闇色

闇色

宮澤真宙

 

 夜はまだ明けてはいなかった。

 

 君はいつものように枕元に立っていた。色の薄い君を見る度に、胸が締め付けられるように苦しくなる。代わってやれるなら僕が君の代わりになってやりたい。

 しかし、それは叶わない。

 

 君はもうこの世にいない。

 

 きっと僕は泣き出しそうな顔をしていたのだろう。君は「泣かないで」と声をかけてくれた。

 

 君は夜にしか姿を見せない。昼間に君を探し回ってもどこにもいない。どれだけカーテンを閉めて部屋を暗くしても、君は夜にしか姿を見せない。

 日が沈んで、町もようやく寝静まった深夜にようやく君は現れる。いつの間にか君は僕の枕元に立っている。

 

 君が見えるようになってからどれくらいが経つのだろうか? もう二年以上か。初めて君に会った時は、随分驚いた。一人暮らしをするつもりが深夜に見知らぬ女性が枕元に立っているのだから。僕は直感的に君が生きている人間ではないことを悟った。目の前に幽霊がいると最初は酷く怖かったが、何度か君と言葉を交わすうちに、次第に打ち解けていった。

 

 君はいつも決まった時間に現れる。町が寝静まる深夜一時から二時の間。僕は決まってベッドの上で横になって、君が現れるのを待っている。

 そして枕元に現れる君。僕は今日あった出来事を話す。君は頷きながら僕の話を聞き、時折相槌を打ってくれる。僕にはそれだけで十分だった。

 

 どうして君が死んだのか僕にはわからない。でもそれを訊ねようとも思わない。幽霊として未だに現世を彷徨っている君があまりにも可哀想で、代わってやれるなら僕が君の代わりになってやりたい。しかしそれは叶わない。せめて君の傍にいてやりたい。この世界で幽霊という存在でただ浮遊し、彷徨うだけの君を孤独にはさせない。

 

 僕は君が好きだ。だから放っておけない。いつかこの想いを君に伝えたい。意を決して何度も告白しようとした。しかし想いを伝えようとする度に言葉が口から出ない。口が堅く結ばれてしまって、何も言えなくなってしまう。それがとても悔しくて、悲しい。君に想いを打ち明けられない苦しさが辛い。

 

 君は僕の気持ちを知っているのだろうか? 時折君も僕のことを好いているのではないかと思うことがある。ただの妄想なのかもしれないが、両思いだったら良いなと感じることがある。

 

 こうやって毎晩君と話して夜を明かす。

 夜明けと同時に君は消えてしまう。窓の外から差し込んでくる日の光を受けて、君の色は少しずつ薄くなり、最後には見えなくなる。さっきまで一緒に話していた君がいなくなって部屋を寂寥が支配するとき、僕は途端に悲しくなる。一緒にいる時はあまり気にならなかったが、やはり君がこの世界の人間ではないという現実が、僕にはやはり受け入れられないのだ。

 消えてしまう寸前いつも君は笑顔で「バイバイ」と手を振る。朝など来なければいいのに。一生夜が明けず、永遠に君との時間が続けばどれだけ幸せだろうか。

 

 朝には消えて、夜になると再び現れる。昼はどうしているのだろうか? もしかして僕の傍にいるのだろうか? あるいは遠くから僕を見守ってくれているのだろうか?

 

 僕はついに君に想いを打ち明けた。

 君が好きだ、と。

 率直な言葉しか思いつかなかったが、結ばれていた口を何とか解いて、僕は君に告白した。

 君は何も言わないで目を伏せた。僕はどきりとした。お互い何も言わないまま時間だけが過ぎた。

 ふと君が泣いていることに気づいた。僕は困惑した。

「どうしたの?」

「嬉しかったから……」

 君は泣きながら答えた。

「私も好き」

「……ありがとう」

 

 夜はどこまでも長く広がっている。

 もう朝など来ないのではないかと思うくらい長い夜だ。初めてのキスの感覚は朧気で、ただ暖かかった。君と僕の温もりを互いに感じられた。

 

 互いに握り合う手。

 気がつくと朝になっていた。

 ふと気がつくと、君の姿はやはりどこにもなかった。

 なんだかもう会えないような気がした。

 

 そして、その日から君はもう現れなくなった。

 

 終

 

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