雨
雨が降っている。しとしととこの世界を濡らす。
あいつが交通事故で死んでもう半年。もう半年経つなのに、俺の時間は止まったままだ。あの日から動いていない。生きているけど死んでいるかのように、ただ呼吸をして、昼と夜に飯だけを食べて、そして寝る。無気力で、何かしようという気がおきない。そんな日々が何日も続き、もう半年だ。
梅雨の季節。俺はふらりと外に出た。雨が降っていた。けど、傘を差そうとは思わなかった。気が付けば、俺の足はあの場所に向いていた。
よく二人で歩いた交差点や商店街を通り、あの場所を目指す。ただひたすらに、あの場所に向かって。
あの場所ーーーー俺があいつに告白した場所。あいつとの一番の思い出だ。小高い山の上にある公園で、デートスポットにはうってつけの場所だった。だからあいつを誘って告白したんだ。今日こそはって、一生懸命告白する言葉とか考えて。たじたじになりかけても、最後まで俺は言い切った。お前が好きだって。だから付き合ってくれてって。あいつは優しそうに微笑んで、「いいよ」って言ってくれた。人生最高の瞬間というのはいささかオーバーかもしれないけど、当時の俺には最高の思い出だ。
ここに来れば、またあいつに会えるような気がした。でも、あいつの姿はない。当たり前か。あいつはもうこの世にはいないから。わかってる。
もう会えないってことくらい。わかってるけど、涙が止まらなかった。地面にしゃがみ込み、声を上げて泣いた。
もっとあいつは一緒にいたかった。もっと話したかった。これからたくさん思い出を作って、喧嘩したり、一緒に笑ったり、泣いたりしたかった。でも、あいつは死んでしまった。俺を残して。寂しい。もし神がいるのだとしたら叫びたい。どうして俺からあいつを奪ったのか。どうしてあいつだけを連れて行ったのか。どうして俺を一人にしてしまったのか。どうして……。
「泣かないで」
不意にあいつの声がした。
「へ?」と思い、顔を上げる。
目の前に、あいつが立っていた。
あの時と同じ格好。でも、何か清々しいものを感じた。
「なんで、死んだはずじゃ」
「うん。確かに私は死んだよ」
嘘じゃないんだ。死んだのが嘘だったら。何度そう思っただろうか。
「でも、どうして」
「……神様に許してもらったから」
そう言って微笑む。
「急に死んじゃったから、君にありがとうを伝えられなくて。ごめんね」
謝らなくていい、君が謝る必要なんてない。そう言いたかったが、俺から言葉は出なかった。
「今までありがとう。恋人として一緒にいれた時間は少なかったけど、君と一緒にいて、本当に幸せだったよ。死んだ時はどうしてって悔やんだけど、今はもう自分の死と向き合って、覚悟ができたの」
俺はただただ頷くことしかできなかった。
「だから、君も苦しまなくていい。君も新しい人で出会って、新しい生活や新しい幸せを見つけてほしいの。ただ、時々でいい、時々でいいから、私のことを思い出してほしいの。あんな奴もいたなって程度でもいいから、私のことを思い出してほしいの」
「ああ」
幽かにそう返事を返す。
「ずっと君に伝えたかった。もう思い残すことはないよ。本当にありがとう。私、君のこと忘れないから。ずっと見守ってるから。だから、私のこと忘れないで」
少しずつ、あいつの色が薄くなる。
俺は最後に抱きしめようとあいつの腕を掴んだ。だがすり抜けて、あいつは消えてしまった。最後にあいつは微笑んでいた。幸せそうに。
結局、俺はあいつにありがとうと言えなかった。お礼を言いたかったのは、むしろ俺の方だ。こんな俺だけど、一緒にいてくれた。一緒に時間を過ごせた。せめてあいつはに一言ありがとうと言いたかった。
気がつけば、雨は止み、空には虹がかかっていた。
人はいついなくなるかわからない。昨日まで一緒に話していた人が次の日にはもうこの世にいないなんてこともある。いつ人は自分の目の前から去ってしまうかなんて、わからないのだ。
あいつが見てる。いつまでも泣いたままでは駄目だ。明日に向かって踏み出さないと。俺はあいつを忘れない。あいつも俺を忘れないだろう。俺、幸せになるよ。だから、いつまでもお前も幸せでいてくれ。
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