あまいにがい
午前2時、会社からのタクシー帰り。ネオンすら消え、街は闇に包まれているが、さすが東京、車の流れは途切れない。
明日は土曜だが、もちろん出勤。入社4年目、ウェブデザイナー。…別に仕事が嫌いなわけではない。しかし、終電がなくなっても、土日も仕事。自分の時間なんて皆無。…友達はひとり、またひとりと遠のいていき、うまく行きそうだった恋愛も暗雲立ち込め、その影響をまともに受け、仕事もミス続き。帰ってもひとりのワンルーム。最近まともに寝れてもいない。
…このままずっとひとりだったらどうしよう。
ため息をつきながら、流れていく景色をただただ見つめる。見知った街もこの
時間では、まったく知らない街のようだ。
赤信号で止まった車窓を眺め暗い気持ちでぼんやりしていたら、初老の運転手が口を開いた。
「お客さん、お客さん」
今までずっと黙っていた、どこにでもいそうな運転手の男性。その声もどこにでもありそうな、干からびた声だ。
「右手を出してください」
突然の言葉に疑問を感じたが、頭が働いていない。言われるままに、そっと右手を出したら、ひんやりとしたものが触れた。
おそるおそる見てみたら、赤い包み紙のキャンディーが3つ。
「大したものじゃないですけど、疲れがとれますよ」
「…あ。ありがとうございます…」
面喰ったまま反射で礼を言うと、ミラー越しに彼はほほ笑んだようだった。
戸惑いつつ、暗い車内の中で鈍く輝く包装紙を剥き口に入れる。それは、コーヒー味のキャンディーだった。
ころころと舌をころがる甘く苦い味。運転手さんの言葉通り、縮こまっていたふっと心がゆるんでいく気がした。それと同時に、急に目の奥がつんとなる。どんよりと暗い私を見かねて、飴をくれたのだろうか。
まるで小さな子ども扱いだ。…でもその気持ちが、あたたかい。
家に帰っても、もちろんひとり。でも今日は安らかな気持ちで寝れるだろう。確信しながら、甘く苦いかけらをのみこんだ。
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