第9話 VSモンスターマスター

 魔王城の大広間で、勇者一行はおびただしい数のモンスターに囲まれていた。さらにそのどれもがキマイラやドラゴンなどの上級モンスターである。


「まずい!あの強さのモンスター達に襲いかかられたら対処できないぞ!」

「でもモンスター達も私たちの出方を見ているようです。ここは慎重に行動して……」


 ウィザーとシステがそんな話をしていると、


「うおおおおおおおお!!!!!!!!」


 大声を上げながらカゲロウが上から落下してきた。

 そのまま頭から床に激突する。


 勇者カゲロウ、死亡──死因、落下死。


 すると、勇者のいきなりの登場に驚いたのか、モンスター達が一斉に襲いかかってきた。


「うわああ!!カゲロウのばかあああああ!!!!」


 魔王城にじぇるの叫び声が響き渡った。


 *


「チッ、様子を見ろって言ってたのに、勇者の登場に驚いて攻撃しやがって。」


 巨大な怪鳥のモンスターに乗ったダークエルフの男が、上から山のように積み上がったモンスター達を見て言う。


 魔王軍幹部の一人、モンスターマスターのイルルガである。魔王城のすべてのモンスターは彼の支配下にあった。


「あんな風に闇雲に突っ込んで勇者達が死ぬわけねえ、すぐにでもあの山から飛び出してくるだろうな。」


 イルルガが言った通り、モンスターの山から鎧を全身に纏った勇者達が飛び出してきた。飛び出したのち、飛び回るイルルガに視線を向ける。


「あの鎧は『武器・防具精製』スキルか、チッ、回復役から潰そうと思ったのに、鎧をつけられちゃ誰が誰だかわからねえな。」


 イルルガが苦々しげに呟いたのち、モンスター達に指示を出す。


「持久戦だ!勇者達を俺の元に近づけさせるな!数が多いこちらのほうが長引けば有利になる!」


 モンスター達はその指示のもと鎧を纏った勇者達に攻撃し始めた。だが鎧は相当強固で、攻撃を当ててもすぐに起き上がってくる。


「チッ、モンスター達の一撃を受けてもロクに怯まねえとは、『瞬間治癒』を持ってる奴がいるとはいえタフだな。……いやまて、魔法で動くハリボテの可能性はないか?」


 イルルガがそう疑うと、魔法で鎧内部の生体反応を確認する。


「あいつらはキリングを倒した奴らだからな、慎重にならねえと……よし、全ての鎧の中に生体反応を確認した。ちゃんとあいつらをモンスター達との乱戦に巻き込めてるようだな。」


 イルルガは安堵すると、再びモンスター達に指示をだす。


「攻撃力強化の魔法をかけてやる!鎧ごとそいつらを叩き潰せ!」


 イルルガの強化を受けた魔物達が勇者達に攻撃し、鎧が潰され、突き抜かれ、打ち砕かれる。そしてぐちゃぐちゃになった鎧の中身が露わになる。


「はははー!!さあ血みどろの肉片を俺に見せろー!」


 イルルガは勝利の声を上げる。だが鎧のなかから出てきたのは血肉ではなく。ブヨブヨとしたスライムの体であった。


「……あ?」


 さらに飛び出たスライムの肉片の中には、なんとカゲロウの頭部が含まれていた。他の鎧からも茹でやら足やらが飛び出してくる。そして頭部だけのカゲロウが、目をギョロっと動かして飛んでいるイルルガを睨んだ。


 カゲロウは生きながらバラバラにされていたのである。


「ヒェッ……」


 そのショッキングな光景にイルルガの思考は完全に停止してしまった。


 *


「俺が囮になる。」


 山のように積もったモンスターの真下で、胴体をドラゴンの腹に潰されながらカゲロウは言った。


「モンスターの山から抜け出したあと、俺は明後日の方向へ駆け出す。ウィザーは人数分の鎧をギガースに作ってもらって魔法で俺に追従させてくれ。勇者達全員が逃げ出したと思わせてからの奇襲作戦だ。」


 他のメンバーはウィザーの魔法障壁マジックシールドに守られている。カゲロウは逃げ込む途中でこけて首くらいしか入らなかったのだ。


「待ちなさいカゲロウ。敵はおそらくモンスターマスター、生体感知の魔法に優れています。ハリボテの鎧ではすぐに気づかれてしまうかと。」


 女神アテナがカゲロウの作戦の問題点を指摘する。


「そうか……やはり正面切ってモンスターと戦うしかないのか。」

「ていうかカゲロウさん!胴体が潰れてる!『瞬間治癒』で今治しますね!」

「いやもう死ぬから別にいいんだが……」

「よくない!」


 カゲロウとシステがそんなやりとりをしていると、じぇるがおずおずと声を上げた。


「カゲロウ、その問題、解決できるかもしれない!」


 *


「なんなんだよこれ……あいつら本当に勇者かよ……」


 カゲロウのバラバラ『生体』を見たイルルガは嗚咽をもらす。


 モンスターマスターであるイルルガは、スライムの体に肉体を入れることで、スライムの体が血液がわりになり、切れた腕などを腐らず保存できることを知っていた。


 だがそれは千切れた体を治すために行うもので、体を生かしたまま千切るために行うなんて発想はなかった。


「俺の目を欺くためにここまでやるか!?イカれてるぞあいつら!くそ!もう一度生体感知だ!勇者以外のメンバーはどこに……後ろか!」


 イルルガはすぐさま後ろを振り向く。


「魔法、『反重力アンチグラビティ』!……を発動していたのさ。」


 ウィザー達が浮きながらイルルガを追っていた。


「アテナ様との同調シンクロ、完了。」

 システが弓と矢を構えてイルルガに向ける。弓の先端になにやら板のようなものが付いていた。


「くらえ!神弓の射手ゴッド・アロー!」


 限界まで引き絞られた弓矢が、イルルガに向かって真っ直ぐに飛んでいく。


「うおおおお!!!!速度強化速度強化速度強化!!!!よけろおおおお!!!!!!」


 イルルガは限界まで怪鳥に魔法をかけ強化する。神弓の射手ゴッド・アローはイルルガをギリギリでかすめて上へ飛んでいった。だが怪鳥も力尽き地に落ちていく。


「避けた!避けてやったぞ!さあモンスターども!俺を受け止めろ!体勢を立て直して勇者達を皆殺しに……ん?」


 イルルガの生体感知に一つの反応が引っかかった。


 ???、死亡──死因、人体バラバラ。


「なんだ、何が死んだ?モンスターのどれかか?だが勇者たちは皆そこに……まさか!」

 自分で発した勇者という言葉で、イルルガの血の気が引く。


「システの弓の先端には、カゲロウの『蘇生の護符』がつけてあります。」


 アテナは勝利を確信して呟いた。


 ──そしてイルルガの真上に、『死手の鎌』を持ったカゲロウが蘇生していた。


「この鎌、俺筋力ステータスが足りないから振れないんだが持ってるだけでいいのか?」


 カゲロウの手の甲に女神の紋章が浮かぶ。倒した相手が復活しないよう魂を縛る。女神の加護を受けたものが使える力。


「ああ!女神の力を送り込んでおいてくれればオーケーさ!魔法!『重力グラビティ』!を発動していた!」


 カゲロウが『死手の鎌』ごと一気に加速し、イルルガ目掛けて突っ込んでいく。かすり傷一つで命を奪う、致命の刃が。


「クソがあああああああ!!!!!!!!」


 カゲロウと共に『死手の鎌』はイルルガに突き刺さった。魔王城のモンスターマスターは今ここにたおれた。


「しゃあ!!俺たちの勝ちたぜ!」

 ギガースが歓喜の雄叫びをあげる。


 モンスターたちは主人がやられたのを見て散り散りに去っていく。


「やったー!やったね!カゲロウ!」


 浮いていたじぇる達は地面に降り立ち、笑顔を浮かべながらカゲロウへ呼びかける。

 だがカゲロウの姿が見えない。


「あれー?ここら辺のはずじゃあ。」


 そのときウィザーがハッとあることに気づく。


「……『重力グラビティ』解除してなかった。」


 その言葉を聞いた全員が床を見る。


 ──床にはきれいにカゲロウの形で穴が開いてあった。


 勇者カゲロウ、死亡──死因、床に激突。

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