第5話 神樹『ア・レ』

 カゲロウは心臓破裂で死んだまま倒れ込んでいる。


「カゲロウ早く起きて、僕もう行っちゃうよ?」

 じぇるが早く蘇生するよう促すが、カゲロウは生き返るどころか、死体が光となって消えてしまった。後には蘇生の護符だけが残っている。


「……まさか僕に運べと!?」


 そうだ、と言わんばかりに護符は静かにそこにあった。



 *


「や、やっとついた。」

 息を荒げながら勇者一行(勇者無し)は『アレ』の所へ到着した。

 そこには巨大な一本の木──神樹『ア・レ』がそびえたっていた。


「これが──神樹『ア・レ』。とっても神々しさを感じます。」

「でけぇ木だなぁ!家が何軒たつんだ?」

「神樹を建築材料として見るなよ!?」


 そうやってワイワイ話しているとアテナが樹に向かって祈り始めた。すると、枝からみるみるうちに光を放つ果実が生えてくる。


「アレこそが私たちが求めていた例のアレ、『ア・レ』の果実です。」


 皆が果実を見つめて感嘆していると、ウィザーが何者かの気配に気が付いた。


「──!そこ!」


 岩の陰に向かってファイアボールを放つ。岩が崩れ、影にいた者が飛び出してきた。

 ──それはスライム、じぇるであった。


「あわわわわ、み、見つかっちゃった!」

「──スライム!?キリングの手下かもしれません!皆さん!速やかに排除を!」


 アテナがそういうと、ピョンピョンと飛んで逃げるじぇるに向けて、ギガースが球のように集めた大量の武器を放り投げた。


「どっせえええええええええい!!!」


 じぇるは柔らかい体を活かして隙間を縫うように武器を避けていく。


「怖い怖い怖い!カゲロウの護符に当たっちゃう!」


 じぇるは体内の護符に気をつかいながら逃走を続けるが、途中で見えない壁に阻まれてしまった。


「あいたっ!これは──魔法障壁マジックシールド!?でも誰も魔法なんて唱えてなかったはず!?」


 魔法を発動していたウィザーが、じぇるが足を止めたのをみて自慢げに言う。


「やはり僕の『魔法無詠唱』のスキルは便利だね。一見地味なように見えて小回りが効く、まあ僕が上手に使えてるからってのもあって」

「今集中してるから黙ってください!」


 そういいながらシステが弓を引き、狙いをじぇるに向ける。


飛翔べ!聖弓セイントアロー!」


 放たれた弓は空中で無数に分かれてじぇるに向かっていく。隙間をなく密集した矢に逃げ道はない。じぇるに矢が突き刺さらんとしたその時。



「──大丈夫か?じぇる。」


 じぇるの目の前にカゲロウが立ち、身代わりとなって矢の攻撃を防いでいた。


「カゲロウ!そんな、僕の身を……守って。」

「ぐっ!……ふっ、気にするな、俺たちは仲間だろう?仲間を守るのは勇者として当然のことだ。」

 カゲロウの背中には隙間なく矢が突き刺さっていた。


「──カゲロウ。……ぶふ!せ、背中がハリネズミみたいになってるよ!あははは!」

「あっ、そろそろ死ぬわ。」


 カゲロウはそのまま前のめりになって倒れる。

 仲間達はポカーンとした顔でそれを眺めていた。


 アテナがハッ、とした後咳払いをして言う。


「勇者カゲロウ、死亡──死因、矢がメッチャ刺さった。」

 なんかもういろいろと投げやりだった。


 *


「じぇるちゃんほっぺぷにぷに~」

「ほ、ほりゃスライムだひ。」

「アメいりますか?」



 あっというまにじぇるはみんなと仲良くなっていた。システとアテナの二人に挟まれて揉みくちゃにされている。


「すごく疎外感を感じる。なんだかじぇるがとられたみたいだ。」

「ま、まあ、あんま気にするなよ。女子はまるっこくて可愛いもんが大好きだからな。俺たちはまだじぇるがスパイなんじゃないかと疑ってるからよ。そんなに気を許してないっていうか。」

「じぇるはスパイなんかじゃない!」

「めんどくさいねカゲロウ!?」


 いじけるカゲロウをギガースとウィザーがなだめている。


「だいたい俺だけ半年も遅れて召喚されたし、『アレ』についても知らされてなかったしなんか俺まだみんなと打ち解けてない気がするんだよな……」

「まずい、カゲロウの強メンタルにヒビが……」


「まあステータス全1の俺なんて役に立たないし?俺の代わりにじぇるが入ったほうが伸びしろあるよなあ。ははっ。」

「卑屈になるなよカゲ──」


 そのとき、カゲロウの頭部に『ア・レ』の身が直撃した


「ロウーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!?」


 勇者カゲロウ、死亡──死因、脳挫傷。


 落ちてきた実を見てアテナが言う。

「あ、実が熟したようですね。」

「熟した?」


 即蘇生したカゲロウがアテナに尋ねた。


「この神樹『ア・レ』の果実は死のリスクと引き換えに、食したものの力を引き出す効果を持っているのです。本当は使いたくはなかったのですが、魔王軍幹部のキリングに狙われている以上、使うほかありません。」

「キリングに殺されるか、イチかバチかにかけるなら断然後者だしね。ま、僕は見事生き残って見せるけど。」


 ウィザーが自信満々に言うと、果実をもぎ取る。ギガースやシステもウィザーに続いた。


 カゲロウも自分の頭上に落っこちた果実を拾う。

「よし、俺も。」


「やめとけよ。」

「やめとけ。」

「やめておきなさい。」

「やめといたほうが。」

「やめなよ。」


「なんだみんな揃いもそろって!」


「勇者カゲロウ、死亡──死因、果実に耐え切れなかった。」

「まだ死んでねぇ!」


 やけになったカゲロウは果実を思いっきり齧る。そして案の定、一口食べて倒れ込んでしまった。


「ほーらやっぱり……みんな待って!果実を食べるのはやめなさい!」


 アテナが叫ぶと全員が動きを止めた。そしてどこからともなく舌打ちの音が響き。おぞましい声が聞こえてきた。


「──気づかれてしまったか、そのまま食していれば全員罠にかけられたものを。」


 神樹ア・レが突如として枯れはじめ、その神々しさは一瞬にして失われた。そこにはただの枯れ木が残り、その上に魔王軍幹部、キリングが浮かんでいた。


「すでに──先回りしていたというの?果実に呪いをかけていたなんて!」

 アテナがおびえ切った声を出す。


「あの勇者が出しゃばらなければな。まあいい。我が手づからお前たちを殺してやろう。──この『死手の鎌』でな。」



 勇者カゲロウ、死亡──死因、キリングの呪い。


 強大な敵が勇者パーティーに襲い掛かる。



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