第3話 俺より強いやつ(スライム)に会いに行く

「……足が骨折して動けない。」


 神殿から少し離れた場所で、カゲロウは片足をおかしな向きに曲げて倒れていた。

 話は少し前に遡る。


 *


「キリングが次にいつ襲ってくるのかわかりません。そのため出来るだけ早くキリングを倒す力を身につけなければいけないのです。」

 アテナが深刻そうな表情で言う。


「ですが五倍近いステータスの差を埋めるようなことは、わずかな時間でできることでは……」

 ウィザーがそう言った後、システがハッとして発言した。


「まさかアテナ様!『アレ』を使う気ですか!」

「──!確かに!『アレ』ならキリングをなんとか出来るかもしれねぇ!」

「『アレ』か!なるほど!その手があったか!」


(『アレ』ってなんだろう。)


 カゲロウだけが知らぬまま、『アレ』を使うという方針が決定した。


「一刻の猶予もありません。皆さん、今から全速力で走って『アレ』を求めに行きますよ。」

「了解!」


 全員の声が重なり、一斉に神殿の外に走って飛び出す。そして勇者パーティーは広大な世界へと旅立っていった。



 ただ一人、走り出した衝撃で自分の足を骨折したカゲロウを除いて。


 *


 カゲロウは足を骨折しながらも、ほふくしながら前へ前へと進んでいた。


「このくらいでへこたれてたまるか!いくら時間が掛かろうとも皆のもとへ追いついてやる!」



 ──じりじりと進むカゲロウの近くに、一匹の魔物の影が近づいていた。



「ふん!」

 匍匐前進より、転がって動いた方が効率がいいと気がついたカゲロウが、腕の力を使って体を動かしている。


「さっきより速度が速くなったぞ。これなら──ガッ!?」


 カゲロウが一回腕の力の入れ方を間違えたとき、腕の骨まで折れてしまった。

「しまった!これじゃあ動くことすらままならない。」


 痛みに耐えながらどうしようか考えていると、


「──見つけたぞ!勇者!」

 半透明な体をした丸い物体がポヨンポヨンと跳ねて近づいてくる。そしてカゲロウの近くで、女の子の上半身を形作った。下半身はナメクジのようだ。


「お前は……ナメクジ?」

「スライムだよ!お前を倒して!弱い僕から脱却するんだ!とぉー!」


 スライムはカゲロウに飛びかかる。のしかかられた衝撃により、カゲロウは心臓破裂で死んだ。


「やっ、やったー!倒したー!勇者を倒したらさぞかし経験値が……えっ?たったの……”1”!?」


「──ステータスだけじゃなく、やられたときの経験値も1なのか俺は。」


 蘇生したカゲロウは少し悲しそうにそう呟いた。


「わっ!?ふ、復活した!」

 驚いたスライムはカゲロウの胸から飛び降りた。カゲロウも立ち上がってスライムを見つめる。そしてスライムはカゲロウのステータスを確認して呟く。


「……この勇者、僕より弱くねー?」


 *


「──カゲロウがいない!」

 最初にそう気がついたのはウィザーであった。

 他の仲間も足を止めて辺りを見渡す。カゲロウの姿は影も形もなかった。


「何故だ?速度強化の魔法もかけておいたのに!」

「途中で魔物に襲われたのでしょうか?」

「怖くなって逃げ出した──ってそういうタマでもねえよなぁ。」


 ウィザーたちがそう言い合っていると。

「……まあ、置いていってもいいんじゃないでしょうか。あのカゲロウですし、後から迎えに行けばいいでしょう。あの『アイテム』も持たせておきましたからね。」


 全員は互いに見合ったあと、「まあ、カゲロウだし。」と再び走り始めた。


 *


「でさー、あいつらいつもいつも僕をいじめてくるんだよ。同じ魔物なのに僕が弱いからって。」

「それはひどいな。俺がガツンと言ってやろうか?」


 そしてそのころ、カゲロウとスライムは──仲良くなっていた。



 カゲロウが、「話せばわかる。」と言って融和を求めたのだ。スライムからしたら倒しても旨味のない相手だし、カゲロウとしてもスライムを倒すことができないので当然の成り行きであった。

 そしてなにより、二人のあいだには、お互いに弱いもの同士という奇妙な連帯感が生じていた。



「置いてかれたって、それって見捨てられたんじゃない?」

「そうかもしれん、さしずめこの『アイテム』は餞別といったところか。」


 カゲロウはポケットからとある『アイテム』を取り出す。それはアテナが忍ばせておいたもので、『蘇生の護符』と呼ばれる。周りの魔力を吸収して自動で蘇生させてくれるものだ。


「空気中の魔力だけで蘇生できるの?すご!……くはないね。うん。」

 スライムは蘇生が速いのは低ステータスだからということに気が付いたようだ。

「なあに、生きてさえいれば成長できる。いつかステータスを上げて、またあいつらと肩を並べたいものだ。」


 スライムはカゲロウの言葉にハッとすると、カゲロウをみてもじもじしながら言った。


「ね、ねえ。僕と一緒に武者修行の旅に行かない?なんだか不思議だけど、君と一緒なら強くなれるだ気がするんだ!」


 カゲロウは驚いたのち、フッと笑って言った。

「おいおい魔物なのに勇者と一緒に行動して大丈夫なのか?──俺はカゲロウ、よろしくな。」


「──!……僕をいじめてくる奴らのことなんか知らないね!僕はじぇる!よろしくね!」


 そしてカゲロウとじぇるは互いに握手をしようとする。



「──なにやってんだザコスライム、弱いからって人間相手にお友達作りか?」


 ワニのような頭のリザードマンが、ギロリとした目で二人を見ていた。


「か、カイマン!」

「暇だからいじめに来てやったぜ?火であぶってやろうか?塩を振りかけてやろうか?──そのお友達を目の前で殺してやろうか!?」


 嘲るようにカイマンが言うと、怒りをこめてじぇるが叫ぶ。


「──カゲロウは僕の仲間だ!傷つけさせたりなんかしないぞ!」

 その体はプルプルと震えていた。


 カイマンが笑いながら言う。

「ギャハハハ!ガクブル震えながらなにを言ってやがる!」



「──黙れ爬虫類野郎。それ以上喋るな。」

 カゲロウがじぇるを守るようにカイマンの前に立ちはだかった。


「ああっ!?ってなんだてめぇ!ステータスがすべて”1”じゃあねえか!雑魚のお友達はそれ以上に雑魚かよ!ギャハハハ!傷の舐めあいってやつかあ?」


 カゲロウはカイマンの眼前に腕を伸ばし、握りこぶしを作って親指を下に向けた。

「どうした?かかって来いよ。ビビっているのか?──雑魚。」


 瞬間、カゲロウの腕が一瞬にして食いちぎられた。


「もうキレたぜ、じぇる、お前も殺す。こいつの死体をヅタヅタにした後でな。」


 カゲロウはカイマンに腕を食いちぎられて大量に出血する。そして顔を青ざめさせた後、倒れて死んでしまった。


「雑魚が調子に乗りやがって。」


 カイマンはカゲロウの腕を咀嚼した後のみ込んだ。そしてカゲロウの死体をヅタヅタにしようと腕を振り上げる。

 そのころじぇるは別のことに意識を向けていた。


(さっきと違ってすぐに蘇生しない──なんで?しかも『蘇生の護符』も見当たらない。)


 そしてカイマンの腕がカゲロウの死体に振り下ろされる直前──


 ──カゲロウの死体が光となって消えてしまった。

 そしてなんとカイマンの口の中からカゲロウの声が響く。


「恐怖を感じている相手にも臆さず、あんなカッコイイことを言えるなんてな──じぇる、お前は俺より──『強い』よ。」


 じぇるがその声を聞いて喜びの表情に満ちる。


「そうか!──カゲロウはあの時護符ごと腕をカイマンに食べさせたんだ!そして『カイマンのお腹の中で』蘇生した!」


 カイマンの腹がみるみるうちに大きくなると、そのふくらみは喉元まで達する。

「ぐ、ぐああああああ!!!!!!苦しい!苦しいいいいいい!!!!!!!!」

 首を内側から圧迫され、カイマンは白目をむき、首をかきむしるように悶えて倒れた。


「──勝った。カゲロウがカイマンに勝った!すごい!すごいよカゲロウ!」


 じぇるは歓喜してカゲロウのもとに駆け寄る。──だがカゲロウは全く返事をしなかった。


「……」

 不審に思ったじぇるはカゲロウのステータスを確認する。そして呆れたようにこうつぶやいた。


「勇者カゲロウ、死亡──死因、圧迫死。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る