第2話 TOUGH(タフ)ではなくTOUFU(とうふ)

「体を強く叩いてはいけない、酒を飲ませてはいけない。」


 ウィザーがそういって手帳にメモをする。

 そのころ、また一瞬で蘇生したカゲロウは、システに向かって言う。


「すまないな、無駄に魔力を消費させて。」

「いえ、大丈夫です。ステータスが低すぎるので消費量より自然回復量のほうが多いくらいですから。実質無限に蘇生させられますよ。」

「なら安心だ。」

「いや死ぬ前提で物を考えないでください!」


 アテナは二人が話しているのを見ながら、思い悩んでいる。

「どうして勇者はあんなステータスに……ちゃんとTOUGHタフな体をしているって……ん?」


 そういってアテナはステータスの記述を見返す。


「これはTOUGHタフ……じゃない!──これ!TOUFUとうふだ!」


 かくして、とうふボディの勇者がここに誕生したのだった。


 *


「さて、呼ばれたてほやほやの勇者さんに武器でも作ってやるとするか!」


 そういってギガースは武器防具作成スキルでカゲロウに見合った剣を作り出す。そしてそれを投げ渡そうとしたところで、カゲロウのステータスの低さを思い出し、直接手渡しした。


「投げて渡したら脱臼とかしそうだもんなぁ。ハハハ!」


 ──ボグン!


「……ん?」


 ギガースは謎の音に気が付いてカゲロウを見ると、剣を掴んだ腕がだらーんと垂れていた。


「剣の重さで脱臼したようだ。」


「……どんだけ虚弱なんだよ!」


 *


「う~~~~~~~ん」


 カゲロウを除く全員がそう唸っていた。当のカゲロウはというと──


『勇者カゲロウ、死亡──死因、全身複雑骨折。』


「まさか鎧の重さでも死んでしまうなんて……」

「こいつ冒険に連れていって大丈夫なのかな……」


 システやウィザーが思い思いの感想を言っていると、蘇生されたカゲロウがすっくと立ち上がって言う。


「よし、みんな、早速魔王退治に出発するぞ。」

「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや。」


 間髪入れずにアテナがつっこんでくる。


「あなたが言いますか!?それ!?もっとこう、『こんなステータスで魔王になんか勝てるわけがねえ!』ってガクブルする立場では!?」

「俺は勇者だ。音頭を取るのは当然だろう。それに俺がステータスが低いからと怖気づくような脆弱な精神だとでも?」

「体はとっても脆弱ですけどね……」


 システがツッコミを入れる、TOUFUとうふな体とちがってメンタルだけはTOUGHタフであった。



「──残念ながら、お前たちは冒険にでることもなく死ぬのだ。」


 神殿の柱の陰から声が響く、するとそこから黒いローブを被り、大きな鎌を持ったガイコツが現れた。


「──!お前は魔王軍幹部!キリング!そんな!まさか幹部が出てくるなんて!」

 アテナが叫ぶと、全員が戦闘態勢をとる。


「待っていたのだよ、勇者が召喚されるこの時を。アテナよ、お前は比較的平穏なこの地でゆっくりと成長させるつもりだったろうが、当てがはずれたな。経験値を稼ぐ時間も与えぬ!ここでお前たちを皆殺しにする!」


 キリングがそう叫んだ瞬間、キリングに向けて走り出す影が一つ。


 ──勇者、カゲロウであった。


「ダメです!キリングは平均して5000前後のステータスを持っていて、私たちではかなわな──って、そもそもあなたには無理です!」

 アテナはそう言って制止するがカゲロウは止まらない。


「俺を殺すだと!?面白い!やってみろ!」

(すでにここまでに三回死んでるけど……)


 カゲロウの発言に心の中でシステはツッコミを入れる。


 自分に向かって突っ込んでくるカゲロウに対して、キリングは鎌をかまえた。


「愚か者が……我が『死手の鎌』を味わうがいい。」


 キリングが鎌を振るうと、『死手の鎌』はカゲロウの鼻先を掠めた。瞬間、わずかな切り傷から瘴気が全身に広がり、カゲロウはこと切れて仰向きに倒れた。


「我が『死手の鎌』の鎌はほんのわずかな傷でも致命傷に変える。これで勇者は死んだ、あとはお前たちだけ──」


「ほう、俺を殺すとは大したものじゃないか。」

 蘇生したカゲロウがすでに立ち上がっていた。


「ばっ!バカな!なぜ生きている!」

「いや一度死んだぞ。」


 カゲロウとキリングのやり取りをよそにシステたちは考え事をしていた。


「今のって鼻先に傷を負って死んだのか、鎌の効果で死んだのかどっちなんでしょう。」

「さすがにかすり傷では死なないだろう……」

「かすり傷から入ったばい菌から死ぬ可能性はあるがな……」


「あなたたち少しはカゲロウの心配をしてあげたら?」

 アテナがツッコミを入れた。



「今度はこちらの番だ!」

 カゲロウがそう叫ぶと握りこぶしを作る。


「まずい!この距離では──!」

 言い終わる前にキリングの顔面にカゲロウの拳がヒットする。


 そして粉々に砕け散った。カゲロウの腕が。


「……え?」

 とぼけた声を出したのはキリングのほうであった。


(何故だ?何故攻撃して勇者の腕のほうが怪我をするのだ。しかもこの勇者ステータスがすべて1ではないか。なんだこいつは弱すぎるぞ。だからすぐに蘇生できるのか?いや意味が分からん本当にこいつは勇者なのか?こんな弱いヤツが女神の召喚されるはずがない。もしかして何か作戦に引っ掛けられているのでは。)


「──!さてはなにか特殊スキルを使おうとしているのだな!そうはさせぬぞ!」

 ありもしないスキルを警戒して、キリングはワープの呪文を唱えた。キリングの姿は光とともに消えてしまった。


「──辺りにキリングの反応なし、本当に撤退してくれたわ。」

 アテナは胸をなでおろして言う。


「……動けなかった。」

 ウィザーが俯きながらそうつぶやく。


「恐怖にすくんで動けなかった。魔王軍幹部があれほどの強さだなんて知らなかった。……僕たちは、まだまだ無力だ。」


 ギガースも同意してうなづく。

「特殊スキルをもらって、ここら辺では敵なしで、俺たちは強いと思ってたがよぉ。……上には上がいるんだなぁ。」


 システも震える足を叩いて止めると、カゲロウのほうを向いて言った。

「でも、そんな中で無謀にもキリングに挑みかかったカゲロウさんはすごいと思います。いや、ステータス差がありすぎて相手の強さがわからなかったのかな?」


 褒めてるのか貶してるのかわからないように言う。


 アテナは笑顔を作ると、片腕から血を流して立ちすくむカゲロウに話しかけた。

「何はともあれ、あなたのおかげでキリングを引き下がらせられました。あなたの勇気は立派な勇者といえ──ん?」


 アテナはキリングのステータスを確認したのち、そっとつぶやいた。


「……勇者カゲロウ、死亡──死因、出血性ショック。」



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