第24話:陸戦可変の脅威! 夜鷹&山斬
アキ達は時織の案内で前回も来た改装されたホールの建物――現・朔望月拠点に到着した。
中には既にメンバーの学生達がカスタマイズや対戦も行っており、軽食やドリンクバーの設備を使って飲食をしながら大学の課題をする者達もいた。
そんなメンバー達だったが、アキ達の姿を見ては気さくに手を振ってくれる。
「おっ! お嬢の登場だ!」
「やっほー! どう、そっちの調子? ランク上がった?」
「そんなすぐに上がりませんよ。それにお嬢は止めてください!?」
むずがゆさ、羞恥心もあってアキはお嬢呼びに顔を赤くする。
それを見て朔望月メンバー達は笑って返すが、悪意がないのはアキも分かっていてそれ以上は言わない。
そんな事をしている内にアキ達はとある一室の前で止まり、部屋の扉には<朔望月諜報サークル・アルバトロス>と書かれており、中に入ると、そこはやけに冷房が効いていて、PC等に囲まれながら椅子に座る鳥杉の姿があった。
「おお! お待ちしておりましたぞ! 時織殿、紅葉院氏と秋道学園EAW部の方々!」
部屋の中はPCや機械的な端末。他にも機械オタクじゃないと分からない様な機械があり、ディスプレイだけでも10台でも利かない。
漫画のハッカーの部屋みたいな感じにムラサキを始めとした部員達も物珍しくキョロキョロとする中、アキ達の姿を見て歓迎する様に挨拶する鳥杉へ、アキ達もそれに応えた。
「鳥杉さん!」
「待たせたな。それで、例のパーツ強奪犯の情報はどうだ?」
「フッフッフッ! 拙者等に掛かればこの通りですぞ。既に特定済みです!」
そう言って鳥杉は素早くキーボードやディスプレイを操作すると、目の前にある複数台のディスプレイから一斉にあるP達の顔や情報が表示される。
「この連中が……?」
そこに映し出されたの学生、というには柄が悪く、不健康そうな顔色や体型をした青年達の姿があった。
「<ミッド・シェルター>……それがチーム名なのかはやや怪しいですが、調べる度にミッド・シェルターの人間だ。そう情報も出れば、証拠もありますぞ」
そう言って鳥杉が再度操作すると、新たに映し出されたのはゲームセンターやEAWショップでパーツ狩りをする彼等の映像であった。
顔も鮮明に映し出され、これなら人違いはまずありえず、その中でずっと電子タバコを異常に吸っている青年を鳥杉はズームする。
「今回のパーツ狩り、その主犯と思われるのがこやつです。――P名は違いますが本名ならばすぐ出ましたぞ。本名は<荒井>と言うそうです」
鳥杉がズームした映像の人物――作業服風の服装の<荒井>
髪型は妙に縦に上げており、自分を大きく見せたいのか、少なくとアキ達には変な人の印象がすぐに植え付けられた。
髪色も紫・黒・赤等、悪い意味で統一性がなく、暇あれば電子タバコばっかり吸っている姿もそれに拍車を駆ける。
「荒井? 義盟の騒動が終わったと思えば、また変な野郎が出て来たな。だが、よく出て来たなこんな個人情報」
「甘いですぞ時織殿。今は監視カメラは当然、皆カメラを持っているデジタル監視社会。普通の人間ならばともかく、嫌われていたり、恨みを買えばすぐに特定・流出しますぞ。実際、中には一部店舗の監視カメラ映像を店員が流した様ですからな。しかも被害はこの周辺。絞り込みが出来たので情報は嫌でも出ますぞ」
そう言って鳥杉は次々とディスプレイに画像や映像を表示させると、そこにはしっかりとアキ達と同じ制服を着た生徒が、一般客と共に荒井達にパーツを奪われている姿が映し出されていた。
「あっ、うちの生徒っす!」
「決定的じゃない! なのになんで警察もEPも動かないの!」
「まぁ気持ちは分かりますが、拙者から言わせて貰えれば彼等は便利屋でもなければ正義の味方でもありませんからな。困ったら助けるじゃなく、条件が揃えば助けてくれる。特に警察は<社会粛清>で、かなりの影響を受けた組織ですぞ。EPがいるなら、EAW関係はそっちでやれのスタンスです」
「どの道、連中が頼りにならないから俺等が動いてんだ。既に連中の拠点やボスの情報も割れてんだろ?」
時織は自身の経験上からして、荒井が映像の映る複数人を完全に手懐けているとは思ってなかった。
外見や雰囲気からして貫録も迫力もない。奇抜な髪形や電子タバコばかり吸っているのも、その現れだ。
実際、映像に荒井へ反抗的な態度をするメンバーもいるが、日によってメンバーの顔触れも変わっていた。
それだけの人数だ。チームの規模を見ても時織には疑問しかなかった。
「うまい汁が吸えるからって、こんな奴にこれだけの規模の人間を扱える筈がねぇ。上にもう一人……いや最低でも二人はいるだろ。なっ、鳥杉?」
「フッフッフッ! 既にお見通しの様子ですな。まさにその通りですぞ。被害現場には一回も姿を見せてませんが、チームリーダーと副リーダーがおりました。――それがこの二人です」
得意げに鳥杉はディスプレイにその二人を映し出すと、現れたのは二人の青年であった。
リーダーは金髪の身長とガタイの大きな青年で、副リーダーは銀髪の眼光の鋭い青年であった。
だが、その二人の姿を見たアキ達は驚いて思わず目を大きく開いた。
「この二人! さっき大学の前にいた二人じゃない!?」
「ふぁっ!? えっ、どういうこと?」
アキの言葉に鳥杉も予想外だったのか、その脂肪を震わせながら驚いた様子。
「このおふた方ぁ、先程大学の前で出会ったんですぅ~」
ムラサキの言葉に見ていた者達全員が頷き、時織の目も険しく光る。
リーダーの名が<
副リーダーの名が<
そんな問題を起こしているリーダー格が何の理由もなく、ここに来る筈がなかった。
「間違いねぇな。まさか次の強奪の下見じゃねぇだろうな? そうなると標的は間違いなく春夜……始まりの覇王しかいねぇぞ」
時織の言葉に場の空気が張り詰める。
この手の連中はハッキリ言って馬鹿だ。だから何をして、無関係の人間にどれだけの被害が出るかは勘定にない。
アキや時織達からすれば、春夜の身も名誉も馬鹿な連中で傷つけたくなく、時織も目が鋭く変わった。
「鳥杉、コイツ等……どこに本拠点がある?」
「……最寄り駅は、ここから二つ行った駅ですな。そこから歩きで20分ぐらいの所に拠点として利用している場所がありますぞ」
「朔望月所有のマイクロバスですぐだな。もっと詳しく頼めるか?」
「無論ですぞ」
そう言って鳥杉は地図と、目的地の写真を表示した。
アキ達は最初、アウトローな廃工場の様な場所をイメージしていたが、実際に表示された場所は清潔感のある施設だった。
「何ですかここ? すっごく清潔感のある綺麗な建物ですけど?」
「どうやら療養……というより心に傷を負った、また居場所がない青年の男女をケアする施設の様です。ただ少し前から職員は休職中で、今はこの連中が使っている様ですな。近年、この手の施設にEAWは導入されてますし、拠点としては問題ないでしょう」
「拠点としてはって、だからって何でこんな碌でもない連中が!」
「ここの代表の名は<本多
「本多……?ってまさか――」
偶然か必然か、どの道アキ達の頭の中にはこの間、春夜の偽物を騙り、違法EAを使って逮捕された義盟の顔が過る。
リーダーの名が<本多>あれと同じかと、誰もが疑おうとはしなかったが、時雨だけは少し考えこんでいた。
「でもあの人、自分達に会釈してくれたっすし。なんか悪い人には見えなかったっす」
「時雨……気持ちは分かるけど、この本多って男がリーダーなのは確かなのよ。しかもこんな施設を使っている以上、知らないはずがないわ」
「同感だ。百歩譲って知らなかったとしてもだ。どの道、色々と責任は発生する」
「そうよぉ~時雨ちゃん。男は皆、狼なのよぉ~時雨ちゃんは騙されちゃいそうで心配よぉ~」
「はい?」
時雨の言葉にアキや時織達が少し迂闊だと注意するが、ムラサキの言葉に何か違うと全員が何とも言えず、時雨も無邪気な顔で首を傾げた。
「そんな呑気な事を言っている場合ではありませんぞ? どの道、春夜殿はまだまだ来れませんし、向かうなら向かいましょう。EPには通報メール窓口に内容を送っておきます。これなら対応しなかった向こうが悪いと言えますからな」
「頼りになるぜ。染森達が到着次第、今行けるメンバーで殴り込みだな。アキの嬢ちゃん達も一応、カスタマイズを確認しとけ。設備や余ってるパーツなら使って良いからよ」
「ありがとうございます。じゃあ準備次第、向かいましょう」
アキの言葉に全員が頷き、それぞれ準備に入った。
そして二十分後には染森達も合流し、朔望月所有のマイクロバス二台(これも覇王特権で購入)でミッド・シェルターの拠点へと向かうのだった。
♦♦♦
あれから数十分走り、アキ達は目的地のミッド・シェルターの拠点へ到着した。
アキ達部員もいるが、朔望月だけでも40人もいる。これだけいれば万が一の時、数名が外に助けを求められるだろうと時織の案だった。
だが途中で合流した染森は少し懐疑的な表情で施設を見ていた。
「本当にここ? 初のチーム戦っていうから稽古切り上げて来たのに、これだけの規模で来る必要あったの?」
表面上の情報しか聞かされてない染森的には、やはり施設が綺麗過ぎて荒事や相手の強敵感が伝わらず、過剰戦力だったのではと疑問であった。
「油断すんなよ染森。少なくも違法パーツを使ってる可能性がかなり高いんだ。春夜や、すぐに来れなかった連中にも伝えてる。万が一もあるし、総力戦のつもりでいてくれよ」
「分かってるわよ副頭。私だって、アキ達だけの危険な目に遭わせる気はないって。でも、こっちだって化粧とか衣装の準備も考えて欲しいんだけど?」
そう言って染森達、演劇サークル達はそうだそうだと時織に抗議の視線を送ると、時織は両手を上げて分かっているとアピールする。
「それに関しても春夜から許可を貰ってるって。何かあった時は朔望月総出で手伝うからよ」
「なら良いけど、稽古の時間も欲しいんだけど?」
「それは相手次第ですぞ……まだ顔を出してないですが、留守って訳でもなさそうですな」
二人の会話に鳥杉はそう言いながらバスから降り、アキ達も続いて降りていく。
それに時織と染森達も続いて行き、敷地の中に入った。
本当ならば敷地の入口にいるであろう警備員の受付も無人で、汚い文字で『勝手に来い』と書かれている。
更に敷地の端には施設には場違いな改造しまくったチグハグなバイクが並んでおり、他にブルーシートに包まれた何か無作法に置かれている。
それを見てアキは表情を歪め、染森達も何かを察した。
「バイクだけ見ても分かる……凄い品のなさ。やっぱりここ、普通じゃない」
「これ大丈夫なの? 向こう、バトルせずに襲撃してくるんじゃ?」
明らかに普通じゃない。そんな連中が律儀にEAWバトルに応じて勝敗次第でパーツを返すのか、それは当然の疑問であった。
だが頼もしいというべきか、その言葉に鳥杉は全く心配してなかった。
「それに関しては大丈夫だと思いますぞ。バトルもせずにパーツを奪えば強盗と同じ。即アカウント停止処分ですが、バトルをすれば賭け試合だった、そうじゃないと言い訳ができます。――EAWは降格、アカウント停止には寛大。ですが、逆に言えばアカウント停止されたPは、法を犯したレベルの何かをしたと自ら公言する様なもの。現代社会では、生きていく上での信用を無くすと同じですぞ」
鳥杉はそう言って周囲を安心させながらも、内心でEAW――TCは上手くやったものだと皮肉的に関心していた。
EAWは、もうただのゲームではない。社会的にも重要な技術の結晶だ。
システム・そしてP自身の能力も。余程の破綻者じゃない限り、必ず足を止める一線としての抑止力と機能し、それを社会に根付かせた天童 閏は技術革命の親だ。
「まっ、本当に何かあったら俺等が相手するだけだ。アキの嬢ちゃん達に危険な事はさせねぇって、あの校長先生と約束しちまったからな」
そう言って時織は少し凶悪な笑みを浮かべるを見て、アキは少し驚いた。
もしかしたら時織自身が、こういう荒事に慣れているのかも知れないと。
けれど、彼を春夜が信用している点がアキ達に時織への怖さなどを出させなかった。
「……行きましょう!」
「おう、気を付けろよ。ここは既に連中の庭だ。もう相手のタイミングで来れる筈だ」
「――その通りだぜぇ! 堂々とバス正面に止めやがって! しかも、この規模で殴り込んできたのテメェ等が初めてだ!」
当然の怒号にアキ達が一斉に入口の方へ振り返ると、そこにはバイク用ジャケットを身に付けた青年達がぞろぞろと立っていた。
バイクをマイクロバスを囲む様に停車させており、パーツ狩りから戻って来たのか、隠れていたのかどちらにしろ話を聞く必要がある連中だった。
「ミッド・シェルターの連中だな。今の話だと、俺等みたいにパーツを取り返しに来た奴等は今までもいたみたいだな?」
「あぁ! この規模は初めてだが、大体は返り討ちにあってパーツを失って泣きながら帰ってったけどな!」
「今回は大量だぜ!!」
そう言って一人のミッド・シェルターがリモコンらしき物を操作すると、周辺のブルーシートから何かが飛び出してきた。
それは車輪の付いた大型の機械で、それらはアキ達とミッド・シェルターの間で停車すると一気に起動する。
「これって移動式のEAWフィールド!?」
「どうやら中に入れる気はねぇようだな」
そう言って時織は相手の人数を素早く確認すると、20人前後はいた。
「人数はこっちの方が多いみたいだが、どうする? 人数は合わせた方が良いだろ?」
「……クックック! いや、そっちは全員でも構わないぜ?」
「おやおや、こりゃ何かありますな」
アキ達と朔望月との人数差を見ても、相手の余裕たっぷりの態度に鳥杉は作為の匂いを嗅ぎつけた。
「つまり細工か、それとも噂の違法パーツって奴か」
「……なに?」
時織の言葉にその場のリーダー格の眼つきが変わった。
だが時織達はそれに気付かず、アキ達を一旦下がらせた。
「嬢ちゃん達は下がってろ。朔望月は春夜以外も強いって見せてやるさ」
「は、はい! 皆下がって!」
時織達はアキ達を一旦下がらせ、アキ達もそれに応えて施設の玄関に近付いた時だった。
それを見ていたミッド・シェルターの別の一人が、何やら別のリモコンのボタンを押す。
その瞬間、アキ達と時織達の間に地面から大きな柵が上がって、両者を分断させる。
「ちょっ!? なにこれ!」
「あらあらぁ~?」
「えっ! ちょっ! これなに!? 皆大丈夫なの!?」
柵を挟み、アキとムラサキ。そして染森がお互いの確認をしてまずは無事を確認するが、柵は強固で多少揺らした程度ではビクともしなかった。
そして、そんな柵を見て鳥杉は気付いた。
「あっ! これは対不審者用の防犯装置ですぞ! そりゃこの規模の施設に無い訳がない!?」
「なっ! マジかよ……コイツ等、やっぱり何かおかしいぜ! 本多ってリーダーの力かこれも?」
「――ッ!」
時織が流石にこれだけの設備を使えるのは本多の力しかないと、彼の名を口にした途端、ミッド・シェルターのメンバー達の表情が変わった。
恐怖、とまでいかなくとも気まずさ、何とも言えない表情ばかりする事に時織達も思わず疑問を抱いたが、それらを無視しミッド・シェルターは動いた。
「……時間もねぇ。こいつ等とっとと仕留めてパーツ奪っちまうぞ!」
「い、良いのか? 早くしねぇと……連中が――」
「仕方ねぇだろ。荒井の野郎ばかり旨い汁吸ってんだ。こうでもしねぇと割に合わねぇし、なんかあったら荒井に押し付ければ良い……!」
時織達はミッド・シェルターの様子に何だと、疑問を感じた。
自分達の様なパーツ奪還の報復になれた感じだが、どうにも本多の名を出した途端に思い出した様に焦りが見える。
それを証明するかのように忙しなく彼等はEAを取り出し、セットし、これ見よがしにリモコンを翳す。
「さぁどうする! テメェ等が戦わねぇならリモコンは渡せねぇな!」
そう言ってミッド・シェルターの一人はリモコンを、フィールドに備え付けられた変な装置に投げ入れると、その装置はリモコンを収容し『LOCK』と表示された。
「あっ! もう回りくどい事ばかりする! 皆! とっととやるよ!」
「よっしゃ! やったるぜ!」
「うちらを甘く見るなよ!」
そう言って染森の言葉に朔望月の面々もやる気を出し、次々と機体をセットした。
それを確認したミッド・シェルターはニヤリと笑うと、アキ達の方を見る。
「因みにだが、この装置は施設内からでも解除できるぜ。まぁ、そのリモコンを持ってるのは荒井の野郎だがな」
「っ! だったら私達にも出来ることがある!」
「荒井を倒すっすね!」
「えぇ! 良いんですかね……?」
ミッド・シェルターの言葉にアキ達は自分達だけ見ている訳にもいかないと、心配する部員を余所に施設内へ入って行こうとするが、流石に待てと時織が待ったを掛けた。
「待て待て!? 流石に迂闊だ!」
「でも! この問題を持ってきたのは私達ですから……何もしないで見てる訳には!」
「まぁ何かあったら私が何とかしますからぁ~!」
「ちょっ! 待てって! こ、このじゃじゃ馬達が……!?」
時織の説得虚しく、アキとムラサキ達は施設の中へと入って行き、他の部員も自分達だけ残るのもと後に付いて行ってしまう。
それを見て時織はまずいと思っていると、それを見ていたミッド・シェルターの男が笑い始めた。
「アッハッハッ! これで時間短縮になりそうだ!」
「ハァッ!? ちょっと! それどういうこと!」
「こっちも事情があってな! お前等の相手を一々してる余裕がねぇんだ! あっちのガキ共は荒井の馬鹿に任せて、テメェ等が俺等が狩るぜ!」
どうやら向こう側には余程、時間を掛けると都合が悪い様子。
だが時織達も同じだ。アキ達を早く追わねばと、彼等も機体をセットし
「急ぐぞ……流石に本気で行こうぜ」
「へっ! かっこつけが! こっちも速攻だ! 開始後、すぐに例のスキルを使え!」
その言葉に一斉に両者のEAがフィールド内でぶつかりあう。
けれど、ミッド・シェルターの者達は知らない。彼等が、普段から春夜――始まりの覇王とEAWをしている者達だと言う事を。
♦♦♦
時織達が外でバトルしている頃、アキ達は施設の中を突き進でいた。
外側が綺麗なこの施設。しかし、中はあまりに酷いものだった。
通路に転がる酒瓶、電子タバコの吸い殻や空箱が、更に機械油、それを拭いたウエスがそのまま捨ててあり、誰かをケアする様な施設とは到底思えない。
「こ、ここ本当に青少年ケアする施設なんですか!? 明らかにヤバいですって!」
「さっき事務室を覗きましたけど、埃も積もってウォーターサーバーも汚れで酷かったです!」
部員達も何か施設のギャップによって住人の異常を完全に理解した様だ。
しかも朔望月の人々は全員が外。だから顔に不安が浮かび始めていたが、それを解消してくれたのはムラサキであった。
「あらぁ~大丈夫よ皆ぁ~何かあれば私が対処するからぁ~」
そう言うムラサキの手には先の付いていない、モップの持ち手が握られていた。
彼女が普段持っている薙刀の代わりなのか、どちらにしろムラサキの雰囲気は頼もしく、部員達の顔色も良くなってくる。
そして、それを確認したムラサキは良し良しと頷き、今度はアキの方を見た。
「こっちの方で何かあったら私が対応するからぁ~アキちゃんはアキちゃんの思う様にしてねぇ~」
「……ありがとう、ムラサキ。やっぱり、ムラサキがいてくれて凄く安心してる」
アキにとってムラサキは親友であり、部活でも頼れるナンバー2だ。
良き相談役でもあり、本当にマズイという行動しようとすれば絶対にムラサキはアキを止めて来ていた。
そんなムラサキが今回、何も止めない以上、きっと彼女も何かを確信しているのだろうとアキは信頼があった。
実際、そんなアキからの言葉にムラサキは相変わらずの表情だが嬉しそうに笑い、そして通路の奥にある大きな扉へ視線を向ける。
「あっちから話し声が聞こえるわぁ~きっと例の人達がいるわねぇ~」
「荒井とかいうパーツ狩りの主犯……リーダーは違うらしいけど、それでも実行犯なのは間違いないわね」
荒井を倒せば次は本多だ。何かあるにしろ、春夜が来てくれれば大丈夫だろうとアキに不安はなかった。
そして目の前の大きな扉を開き、入って行くと大きなフロアへと出た。
その中央には大きなEAWフィールドが設置されており、型番からして良いやつだなアキが見上げていると、アキはそのフィールドの向こう側で電子タバコを吸っている男に気付く。
「あっ! あいつ!」
アキの声にムラサキ達の視線も一斉に、縦長の髪、三色以上混ぜた髪色、不健康に肉着いた顔の男――荒井へと向けられた。
当然、その声でアキ達の存在に荒井も気付いたが、既に外から事前報告があったのだろう。
心底怠そうにアキ達をチラ見すると、電子タバコを吸いながら立ち上がった。
「うわぁ、マジで来たよ……」
「な、なに……?」
不快な気分なのは間違いない。だが思っていた反応とは違うとアキ達は困惑した。
てっきり、不良の様に脅しや恫喝の様な態度でもするかと思いきや、本当に嫌そうだ。
「……おい」
しかし荒井はアキ達の様子を無視し、これ見よがしに電子タバコをアキ達にアピールしながら手招きすると、周囲から外にいたミッド・シェルターと同じ服装したP達がぞろぞろと現れる。
「話は聞いたけど、お前等何しに来たの?」
「なっ! 何よその態度! うちの生徒や他の人たちのパーツを取り返しに来たのよ! っていうかタバコ吸うのやめなさいよ!」
「……なんで? パーツをお前等に渡す理由ねぇじゃん」
「な、何言ってるすか! 人から奪ってるんすから当然っすよ!」
反省感ゼロ。周囲から見れば悪い事しているのに、自分が認めなければ無効と言わんばかりに荒井は電子タバコを吸いまくる。
そんな話の嚙み合わない雰囲気に時雨が怒ったように言うが、荒井は電子タバコを新しいのに変えて更に吸った。
「言い訳じゃん、自分で直接言えよ」
「……なに、この人?」
本当に話が嚙み合わない。アキは何か荒井から異常性を感じ取り、常識の通用しなさに気味の悪さを感じる。
当然、それはムラサキ達部員も感じ取り、ムラサキ達は少し瞳を開き、不快そうに荒井を見て、他の部員達はコイツは話が出来ないとアキの傍に寄った。
「ぶ、部長……あいつ何か変ですよ」
「常識ないっていうか……おかしいっていうか、うんおかしいです」
言葉を選ぼうにも彼等からして『異常』それしか荒井への言葉が出なかった。
だがそれでもパーツを取り返す為に来たのだと、アキは前に出てEA――紅葉を翳す。
「EAWバトル! 受けなさいよ! そっちがパーツ強奪で仕掛けて来たんだから、逃げるな!」
「……時間がねぇ。そりゃ俺だって失敗するけどさ」
アキの言葉に変わらず荒井は会話が噛み合わないが、EAボックスを手に持ったのでやる気はあるのかとアキは思ったが、不意に荒井の動きが止まる。
そして傍に置いてあるバイクのメンテナンス用のスパナを拾って、傍のいたメンバーへ顎で指示を出した。
「おい、黙らせて追い出して来い」
「っ!」
荒井のその言葉にアキはすぐに危険を察し、部員達は自分達よりも下がらせた。
そしてムラサキはあらぁ~と困った様に言うが、その瞳は僅かに開き、確かな笑みを浮かべる。
やはり強行手段で来るか、理由は分からないが本当に時間がないのだろうとアキも身構えた時だった。
「ハァ? やる訳ねぇじゃん。普段から仕事してねぇテメェの言う事、誰が聞くか」
そう言って荒井からスパナを渡されたミッド・シェルターのPは、荒井へそう言ってスパナを投げ捨てる。
その態度に荒井はわざとらしく、電子タバコの吸う音を強調させるが、誰も彼に反応しようとしない。
荒井へ何も思っていないのだろう。彼が他のメンバーへも同じ様に指示を出そうとするが、誰もが彼を無視する。
「……本当にチーム?」
これにはアキも信じられなかった。あのカオスヘッド達ですら最低限、チームに必要な物があった。
けれど、目の前の連中にはそれが破綻している。
そして、そんな周りの態度に対し、荒井は顔を歪ませながらポケットから今度は紙巻きタバコを取り出し、そっちに火を点けて吸い始めた。
「……あらあらぁ~? こどもねぇ~」
そんな荒井の姿にムラサキも肩の力を抜き、笑顔のままそう言うが、口調からは哀れむ様な感じがあった。
そしてタバコを変えてまでアピールしたが、それでも無視された荒井。周りへ何度も煙を吐き、露骨に不機嫌アピールしていた時だった。
荒井は不意に耳に付けていたイヤホンに触れた。
「はいもしもし……はい、はい。はい戦う。それ俺やるから」
「な、なに、通話? それとも独り言……?」
露骨にイヤホンをアピールしながら何やら話し始める荒井。
ただ会話が成り立たない相手故に、アキ達は通話の振りした独り言も疑うが、周囲のミッド・シェルターのP達の様子が変わる。
荒井へ嫌悪感を出していたが、荒井が通話を始めた途端、何かを察した様にEAボックスからEAを出してフィールドへと歩いて行く。
「なにすか……?」
「どういうことでしょう……?」
時雨や部員達も動きが予想できない彼等に困惑していると、荒井も通話が終わったのかタバコの吸い殻をそこらへ捨て、無造作に置いていた自身のEAを持ってフィールドへと歩いて行く。
「早くしろよ、分かるか? 今の俺等って30分あれば複数からパーツ奪えんの。それを止めてるってどういう事か分かる?ったく、年上にここまで説教されて情けなく思わないの?」
「……えっ、いや別に」
「先輩……あの人、やっぱりおかしいっす」
アキは荒井の言葉に思わず素で返してしまうが、時雨は相手しない方が良いと彼女へ注意する。
どうにも荒井は誰かに対して上からじゃ気が済まないのだろう。
ムラサキもそれを見て何か気付いた様子だった。
「あぁ~分かったわぁ~さっきの相手の会話聞いてたけどぉ~多分、あの荒井ってPねぇ~プライド高いけどぉ~自分の事は棚に上げて仕事とかしないタイプねぇ~それじゃあ周囲は付いて来ないわぁ~」
「あぁ……腑に落ちた。納得。そういうことね」
ムラサキの言葉にアキは全て納得できた。
自分の事を上に見せようと、自分が中心だから、自分の言葉だけが全部吐き出してしまうから相手との会話が嚙み合わないのだ。
そう思うとアキは荒井への不気味さは消え、寧ろカオスヘッドよりも哀れだと見る目が変わる。
「チッ! 早く機体セットしろよ……!」
「分かったわよ。それよりも、私達が勝ったらパーツ返しなさいよ!」
アキが今回の目的であるパーツ奪還を伝えると、荒井は少し間を開けてから口を開く。
「……返すって言ってんだろ」
「噓だぞ! コイツ、自分のことは棚に上げるから気を付けな!」
荒井の言葉を否定したのはまさかのミッド・シェルターのPだった。
その言葉に他のメンバーも笑いながら、そうだそうだと同調し何故かアキ達に注意を促す。
けれど、その程度じゃアキ達も驚かず、でしょうねと呆れながら頷いた。
「でしょうね。まっ、その時はその時よ!――皆行くわよ!」
「はぁ~い!」
「オッス!」
「「が、がんばります!」」
アキの言葉にムラサキ達も一斉に機体をセットし、一斉にFDした。
「アキ――
「ムラサキ――
「気逢 時雨!――ナックルレオ! 行くっす!」
アキ達が一斉にFDし、その後から他の部員達のEAも一斉にフィールドへと降り立つ。
そして、彼等のEAの踏んだ地――そこは荒れた岩や木々しかない荒野ステージであった。
「このフィールドなら恩恵属性は……EYE! フィールドの様子を皆に表示!」
『かしこまりました。現在のフィールドのE濃度――地50%・風40%・火10%です。雷属性のEA及びパーツ所持Pは注意してください』
サポートAIであるEYEからの言葉にアキ達は少し安心した。
少なくとも自分達のEAにも恩恵はあり、少なくとも不利な属性ではなく、後は相手次第だ。
「僅かに丘があったりするけど、基本的には平坦なフィールドね」
「えぇ~向こうはどこから来るのかし――あらぁ~アキちゃん? 何か聞こえないかしらぁ~エンジンを吹かすみたいなブオォォンって感じのぉ~」
「えっ? ちょっと待って確認――いや待って。確か被害が生徒が相手のEAについて何か言ってた気が……!」
アキは思い出す。部室で被害生徒が相手のEAは可変機である事を。
そして、その外見は確か――
『確かバイク型の可変機で変なスキルも使ってた』
「バイク! この音――皆! レーダーに集中! 構えて!!」
アキは被害生徒の言葉を思い出すと同時にエンジン音が近づいて来た事に気付き、一斉に警戒する様に指示を出す。
咄嗟に自身のレーダーを見ると、通常機ではありえない速度で一直線に向かってくる機影が少なくとも12機は確認できた。
「数はこっちが上。それでも、まずはこの人数って来るって事は!」
「アキちゃん! 向こうは奇襲が狙いよ!」
いつもと違うムラサキの言葉にアキもスイッチが入り、紅葉は炎刀『加具土命』と炎銃『リンドウ』を構えた。
ムラサキ達も一斉に各々の武器を構え、敵影の映る方角へ機体を向けていると、それらは強烈な音と共に現れた。
『よっしゃあ!!』
『先手必勝だ!! 二小隊は左右に展開しながら走れ!!』
ミッド・シェルターのP達の気合の入った声と共に現れたのはバイクの群れだった。
ハンドル・シート周りの装甲は現実車よりも厚い機体もおれば、スタイリッシュなデザインに洗練された機体もいる。
更にシート左右にマシンガンやミサイルポッドを装備したり、他にマフラーが四本はあり、ヘッドライトも獣の眼光の様に鋭く光ってアキ達を捉えていた。
「部長! こいつ等早いです!」
数名の部員の<タイタン・ネムレス>が敵EAへマシンガンやビームガンを撃つが、バイク形態の速さが凄まじく弾もビームも掠りもしない。
「目で追っては駄目! 先読みして!」
「そう言っても、この動き――!」
アキの言葉に部員達も応えようとするが、レーダーに映るミッド・シェルターの速さは凄まじく、見ただけでも頭がこんがらがってしまう。
そんな時、別の部員の<ネムレス改>が相手へマシンガンで牽制しながら周囲を落ち着かせようとする。
「落ち着くんだ! 俺等は部長達のサポートでも良いから相手の動きを制限させるんだ! それによく見ろ、相手はバイクだ! 直進的な動きと速度だけで、こっちが機体の向きを変えれば――」
『それはバイクを甘く見過ぎだぜ学生!!』
そう叫び、ミッド・シェルターのPにEAの動きが変わる。
マフラー等周辺のスラスターが各方向に吹くと、機体はドリフトの様に曲がって部員のネムレス改を捉える。
そしてバイク形態のままシート左右のマシンガンを乱射しながら突撃してくる。
「そんな! くそっ!」
ネムレス改も負けじとシールドを構え、マシンガンで反撃するが、これはチーム戦。
一人に意識を向けすぎた結果、背後からの敵に気付かなかった。
「後ろっす!」
「あっ、しまったぁ!!」
時雨が叫んだ時には既に遅く、別のバイク形態の機体が迫っていた。
『これがバイク型EA――<
その叫びと共に装甲デザインがスタイリッシュ且つ、マフラーが羽の様にデザインされたバイク型EA<夜鷹>が迫る。
夜鷹のハンドルグリップ部から地属性のビーム刃が飛び出し、そのまますれ違いにネムレス改を両断した。
「動きが……早い……!」
「一人やられたっす!」
『これでもう一人だぜ!! ビームホイールを喰らいな!!』
目の前で仲間がやられた時雨へ、最初のもう一機が迫る。
その機体はウィリー走行で前輪を上げると、その前輪のホイールがビームに包まれ、そのままナックルレオへと落とされる。
ただし、これには時雨も受けて立ち、ナックルレオの右腕にエネルギーが集まり、獅子の頭部となった。
「そっちこそ甘いっす! これがナックルレオの爆拳
ナックルレオは相手がウィリー走行した事で寧ろ懐へと入り、丁度シートの真下部へ拳を叩き込んだ。
『なっ! 馬鹿な! あの速さの
その瞬間、敵機は爆発しながら打ち上げられ、パーツを撒き散らしながら地面に叩き付けられ、その動きを止めた。
「あらぁ~一番手柄ね時雨ちゃん!」
「オッス!――でもあの機体、硬かったす!」
「えぇ、どうやら敵のEAは二種いるみたいねぇ~アキちゃん! 皆ぁ~気を付けてねぇ~」
「分かった! じゃあ目の前のこいつは装甲の薄い高機動の方!」
ムラサキのいつも通りの言葉の最中、アキは丁度敵と対峙していた。
灰色の装甲、他の機体よりもスピードが速いので高機動型の<夜鷹>だと理解し、リンドウで射撃牽制する。
『EAをよそ見操作か! 当たってないぜ!』
夜鷹のPは棒立ち射撃の紅葉を見て、格下と判断して左右へ移動しながら回避、そのまま紅葉へ迫った。
そしてビームホイールとグリップ部のビーム刃を展開し、真っ正面から突撃する。
『陸戦可変の恐ろしさ! 思い知り――』
――瞬間、夜鷹のPに悪寒が走った。
同時にその正体にすぐに気付く。
突っ込もうとした直後、紅葉は炎に包まれた加具土命を身構え、その機体の眼光が自身を間違いなく捉えているという経験故の直感。
そして別カメラに映るのアキの顔。その眼光は狩人の如く、自身を見ていたのだ。
――負けたくない。もう私は負けたくない。アンタ達みたいな奴等に。
アキの中で心を燃やすのはカオスヘッド達との一件だ。
あんな無様を晒したくない。紅葉を傷付けたくない、春夜の前であんな姿をもう見せたくない。
そんな想いが彼女へ勝利へ飢えさせ、その神経を研ぎ澄ませる。
『マズイ!?』
しかし危機一髪で夜鷹のPは我に返り、反射的に動かす。
紅葉が加具土命を振った直後、夜鷹は紅葉の真上を飛んだ。
その姿はバイクの姿ではなく、空中で可変し、スラスターを吹かして地面へと着地。
装甲は焦げたが、人型になった事で回避する事が出来たのだ。
「それが、そのEAの人型って事ね」
紅葉を振り向かせ、ようやくアキ達も夜鷹・山斬の人型を捉えることが出来た。
頭部はヘルメットの様にバイザーで付けられ、背部はスラスターの様に四本のマフラーがある。
肩部にはビーム刃を出すハンドルグリップが、そして両腕には先程まで苦しませたホイールが装着されている。
『……あぁ。嬢ちゃん達、強いな。今まで狩った奴等や返り討ちした奴等よりもずっとよ』
『……ったく、こんな事じゃなきゃ純粋にEAW楽しめたんだけどな』
「……どういうこと?」
アキはどうも、目の前のP達から露骨な悪意を感じられなかった。
カオスヘッド達とは違う。そう断言できる程に。
何かがある、そうアキは直感したが秘密を知っているのは一人だけだろう。
『甘いこと言ってんじゃねぇよ。すぅぅ……はぁぁぁ。金貰えるなら何でもすんだろ? しないなら帰れよ』
タバコを吸う呼吸音と共に、そいつは現れた。
丘の上に立ち、自分達を見下ろす周囲よりも外装や頭部がカスタマイズされた夜鷹のP――荒井が。
「やっと出て来たわね腰抜け!」
『あぁ? すぅぅ……はぁぁぁ。お前さ、年上に説教とか恥ずかしくねぇの?』
怠そうに、そして仲間へ援護しようとも、そもそもEAWへのやる気も感じさせない荒井の姿。
それを見てアキは決めた。コイツだけは、ここで完膚なきまで叩くと。
――こうしてアキ達とミッド・シェルターは開戦した。
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