第23話:パーツ狩り

 あれから三日が過ぎ、色んな話しが報道されていた。

 始まりの覇王と第二の覇王の世紀の再戦。勿論、乱入してきた違法ゼネラル級に関する内容。

 当時の状況や警備対応に関しては閏によって殆ど問題視されなかったが、強いて言えばEPの練度は問題に取り上げられた。

 高い予算に技術や設備装備。それらを投入されているが人員に関しては問題があるなど、EPの立場は更に下げらる等、少し苦しい状況が続く事となる。


 だが、それを除いても一番の話題は第三の覇王の始まりの覇王への宣戦布告であった。 

 自らのスポンサー企業と動画チャンネルでリオンは再度宣戦布告。近日中に試合日を知らせるなど、EAW界隈は違法ゼネラル級事件があっても盛り上がりの熱が下がる事はなかった。

 

 そして当の春夜もまた、対リオンを想定して村正のカスタマイズをする等、時織達曰く、自分達にも何か説明する訳もなく、何やら忙しく動いているとアキは聞いていた。

 それでも事情が事情だからと邪魔をしない様に彼女も日常に戻った。何の変わりも平凡な日常へと。

――戻れる筈がなかった。偽物が相手といえ、注目度が凄まじかった会場で戦ったアキを周囲を無視する筈がなかった。


♦♦♦


「だから無理だって!!」


 アキは自身の通う学校――秋道高校の通路を歩きながら部室へと向かっていた。

 しかしアキの周りには学年問わず、色んな学生が集まっており、そんな彼等を鬱陶しいと言わんばかりに周囲に彼女の叫びが木霊する。


「そこを何とか頼むよ! サインだけでも良いんだ! 始まりの覇王のサインを貰って来てくれ!」


「うちもうちも! 弟とかファンでさ!」


「頼むって! 覇王とは本当に会ってるし知り合いなんだろ!?」


「知り合いだからって、そこまでじゃないわよ! それに今、春夜さんは忙しいの! 数日中に試合する予定なんだから!」


 そう言ってアキはEAW部・部室へと入って行き、勢いよく扉を閉めた。

 部室内には既にムラサキを始めとした部員達がいたが、アキの様子と外の騒がしさを聞いて全てを察した。

 そして部長であるアキがデスクの上に突っ伏している姿を見て、皆が苦笑するしかなかった。


「ぶ、部長……」


「あらぁ~大丈夫だったアキちゃん?」


「大丈夫じゃないわよぉ……もう皆、数日前まで始まりの覇王の復活に半信半疑だった癖にぃ。っていうか私がインターハイ制覇した時よりも盛り上がってる気がするんだけどぉ」


 部員やムラサキが心配してくれるがアキは気疲れして、まるでスライムの様にデスクの上でぐでぇと突っ伏し続ける。


「っていうかムラサキは大丈夫だったのぉ……? 私と同じ様に試合には出たじゃない?」


「私は大丈夫だったわぁ~ああいう相手のあしらい方は知ってるものぉ~」


「あぁ……だから天川先輩、薙刀を持って部室に来てたんですね」


「どうりで不自然に静かだと思いました……」


「もぉ~皆褒めすぎよぉ~!」


 皆からの言葉にムラサキは嬉しそうに微笑んだ。

 ただ男子女子問わず、部員達はムラサキの内なる何かに恐怖と頼りがいを同時に感じる。

 普段から糸目でニコニコしてるのもあって、いざ怒った時はどうなるか想像もしたくないと誰もが思ったが、アキは慣れているので普通に返答した。

 

「まぁムラサキだもんねぇ……でもそうなると他の部員、更に言うなら時雨が心配――」


「ひゃぁ!! わ、私は本当に知らないっす!!」


 アキが心配したまさにその時だ。

 廊下から時雨の可愛らしい声を聞こえ、騒々しい声と共にやがて時雨が勢いよく入って来る。


「ひぇ……た、大変だったっすぅ……!」


「し、時雨!? だ、大丈夫!」


 目を回しながら入室してきた時雨はそう言って、その場で座り込んでしまいアキ達も急いで傍に駆け寄った。

 そして時雨を落ち着かせるが、通路側は相も変わらず騒々しく、これには流石のアキも頭に来た。


「もう良い加減にしなさいよ! こうなったら思いっきり言ってやるわ!」


「あらぁ~流石はアキちゃんだわぁ~」


「だ、大丈夫なんですか部長!?」


「な。何かあったら私達も!」


 立ち上がって通路で騒ぐ生徒へ一発かまそうとするアキへ、ムラサキや部員達も何かあれば自分達もと彼女の後ろに控えるがアキは止まらない。


「大丈夫! 私は部長よ! それにこの程度インターハイの決勝に比べれば何でもないわ!」


 そう言ってアキは勢いよく部室の扉を開け、それと同時に叫んだ。


「あんた達!! 良い加減にしなさいよ!!!」


「何をですか?」


「――えっ?」


 生徒の声とは思えない大人の女性の声。それが頭上から聞こえた事でアキは我に返った。

 同時に感じる異常の静寂さ。アキは思わず通路の周辺を見るが、先程までいた生徒の大群は殆どが消え、残った者達も冷や汗を流しながら顔を逸らしていた。

 そしてアキはまさかと、恐る恐る目の前の女性の顔を見ると血の気が引き、思わず息を呑んだ。

 目の前にいる女性は、赤く綺麗なスーツを身に纏った女性だ。知的な眼鏡を掛け、長い髪も後ろで纏めている彼女の年齢は三十後半だが凛々しさは全く失っていない。

 そんな彼女は、この秋道高校の校長先生だった。 


秋園あきぞの校長先生……!」


「えぇその通りです。気付くのに随分と遅いのでは紅葉院さん? あなたには色々と言わなければならない事があるようですね」


「……あ、あはは。そ、その様です」


 そう言ってアキは諦めた様に肩を落とし、秋園校長と共に部室へと入って行くのであった。


♦♦♦


 秋園校長を部室に招いたアキを待っていたのは、彼女からの心配や今回の騒動に関する注意や軽いお説教であった。


「今までのあなたの功績を私達はよく知っています。部費の増額に関しても、あなたはしっかりと条件を守り、我々もそれに応えてきました。そしてあなたはインターハイを制しました。大変立派です。ですが今回に関しては少々物事を甘く見たと言わざる得ません!」


「……はい、その通りです」


 アキは秋園校長の言葉に身を縮めるしかなかった。

 ただ誤解があるとすれば別にアキは彼女が嫌いという訳ではなく、他生徒も校長が嫌いと言う事ではない。

 寧ろ好感を持たれる人物であった。筋は通し、悪い事は悪いと、だが同時に事情もしっかりと聞いてくれる現代では珍しい芯のある先生であった。

 事実、アキの入学時、当時のEAW部は実力がなかった故、部費や設備に関して心許ない状況の相談に乗ってくれたのも彼女だ。

 

――優しい先生なんだけど怒ると迫力がぁ。


 内心で悲鳴をあげるアキだったが、彼女のお陰でインターハイを優勝している。

 機体の事情で全日本選手権は辞退したが、間違いなくアキにとって恩師だ。

 ただ少々、生徒達が危険行為したり問題に巻き込まれたりした時は、かなり厳しい事で有名であり、それが独り歩きし、また後ろめたい事がある場合は苦手としてしまう相手であった。


「始まりの覇王……彼の事は私ですら聞いた事があります。ですが今回のは彼の落ち度としか言えませんよ。あなたも断る勇気が必要でしたが、あれだけの状態では熱気に当てられてそんな考えが言えるとは思えませんし、学校としても彼に抗議するか迷っています」


「そ、そんな! 違うんです春夜さんは関係……ないとは言えませんけど、私自身もあそこで戦えて良かった思ってるんです! こんな事になっちゃったけど、あれで学ぶものもありました!」


「そ、そうっす! わ、わたしも学べたっす!」


「私も楽しめましたぁ~」


 アキ達は自分達が騒動に巻き込まれていても、春夜に迷惑を掛けたくないという意思の方が強かった。

 大事な時に迷惑を掛けたくないと、アキは慌てた様子で秋園校長へ必死に頼み込むが、秋園校長の表情は複雑であった。


「あなた方の気持ちも分かります。彼はEAWをしている人達にとっては伝説、そして原点だということも。ですが今回の騒動もそうでし、今現在も学校に紅葉院さんへの取材をさせろと何社からも連絡が着ているのです。大体の所は断れば引いてくれますが、全ての会社がそうだとも限りません。ルールを破り、パパラッチ紛いの事をしようとした会社への抗議や通報も学校は行っているのですよ?」


「えっ、そんな事になってたなんて……!」


 秋園校長の言葉にアキの表情が驚きへと変わった。

 学校内だけで騒動が起きてるとばかり、そう思っていたアキだが秋園校長の言葉を聞いて、当然そういう事も起こる筈だとすぐに納得できた。

 そして、そんなアキを見た秋園校長も心配そうな表情を崩さずにアキ達へと言った。


「別にこれ関してあなた達を責めるつもりはありません。生徒を守る、それが学校の役割ですから。ただ私個人の意見としては、始まりの覇王と関わるのは止めた方が良い、そう言わざる得ません。少し調べましたが、どうにも彼の人間性が分からないのです。背後に巨大企業の『千石社』がいる以上、最低限以上の信用が出来ますが、彼個人としては謎が多過ぎて普通ではありませんよ」


 秋園校長は若くしながらも色んな人を見て、色んな経験をして今の地位にいた。

 それだけ人を見る目があり、優秀だからだ。だからこそ春夜の普通ではない点に目が行ってしまい嫌な予感を感じていた。

 アキも、そんな秋園校長の想いを察したが、やはりEAWスタジアムでの事を思い出してしまう。

 

「確かに春夜さんは掴み所がない時があります。――でも! 助けてくれたんです!あの時、EAWスタジアムのオープン記念の時、カオスヘッドからEAを奪われそうになった子を! そして私の事も! 私、本当に嬉しくて……救われたんです」


 アキは確かな意思が篭った目で秋園校長を見て言うと、秋園校長も思わず表情が崩れ、悩む様に眉間に皺が寄る。

 アキが本当に春夜を慕っているのが分かったから。ここで無理矢理な事をすればアキの心に傷が付くと察したから。


「何より……あの人とEAWをして楽しかったんです!」


 そう言い切るアキの表情に一切の迷いがなかった。

 きっと春夜からすれば大した事も、当然の行動だったのかもしれない。

 それでもアキの言葉と想いに一切の偽りはなく、彼女を理解しているからこそ、先に降参したのは秋園校長だ。


「……私はあなたがそう言うのをきっと分かっていたのでしょう。自分の芯を曲げず、責任感もある。だからこそ今のあなた方への相談も迷ってしまいました」


 アキが春夜との繋がりを無くす気はない事を察ると同時に、春夜からアキを直接呼び出した事もない、それもまた事実。

 秋園校長はこれ以上は過干渉だと判断し、そう言いながら自身の背後にいた学生達へ顔を向けた事でアキ達もようやく存在に気付く。


「えっ……あの先生、この人達は?」


 秋園校長が連れて来たであろう生徒達。彼等は部員でもなければ顔見知りでもない生徒達だった。

 そんな彼等を連れて来たことでアキ達が困惑するのを秋園校長も察しており、落ち着いた様子で頷いた。


「今回の騒動と同じく本題でもあります。情けない話ですが、こう言う時にどう対応すれば良いか私達には分からないんです。警察やEPへどう相談するべきなのか。それらを含め、あなた方の意見を聞きたいのです」


「あらぁ~というとEAW関係ですねぇ?」


「……えぇ、その通りです」


 ムラサキの言葉に秋園校長と後ろの生徒達は静かに頷いたが、後ろの生徒達の表情はあまりに暗い。

 それを見たアキ達は嫌な予感がした。


「何があったんですか?」


「……というものらしいのです」


「っ!」


 秋園校長の言葉にアキを始めとした部員達の表情が変わる。

 驚き、怒り、困惑。少なくともアキは怒りだった。

 個人やチーム関係なく、パーツ狩りをする者達は大体碌なもんじゃないパターンが多い。

 何よりもEAWのPにとってパーツは愛着が湧き、大切なもの。真っ当なPならば間違いなく許せない行為だ。


「取締りが厳しくなって、そんな馬鹿な事をする連中は減ったと思ったけど……本当なのそれ?」


 そう言ってアキは被害者であろう生徒へ顔を向けると、彼等もゆっくりと頷いた。


「ぼ、僕はゲームセンターで遊んでたら勝負を挑まれて、負けたらそのままパーツを……」


「私も近所のEAWショップで遊んでたら、他のお客と一緒にEAWで負けて同じ様に……集団でやられて」


 アキ達は全員から話を聞いたが、他もにた様なものだった。

 しかし店にいた者達と一緒、そう言っている以上は被害者は、ここにいる生徒だけではない。

 そんな規模なら実際に起こった店側も対応する筈だが、生徒を見る限り解決している感はない。


「EPの相談窓口はどうなんですかぁ~?」


「学校側としても相談してみましたが、ハッキリ言って当たり障りのない結果でした……」


 そう言う秋園校長の表情は納得いかないという顔だった。

 暇だったら最優先で対応するが、暇じゃなかったら二の三の次扱い。最悪、そのまま忘れるだろう。

 市民の為にとEPが作った窓口。その結果がこれでは信頼を作るなんて無理だとアキは呆れた。


「はぁ……EPっていっつもそう! 今までもこうなった時って影響の強いP

やチーム。それか運営か他企業が対処してたもの!」


 アキは思わず顔を覆って天井を向く。

 秋園校長はきっと、EAWの問題時の対処に疎いから自身に聞いたのだろうとアキは思ったが、アキ自身もパーツの賭け試合の小競り合いの仲裁はした事はあったが、今回の様な規模はした事が無かった。

 話だけを聞けば間違いなくチーム規模でパーツ狩りをしている筈だと、アキは既に自身で解決できる範囲を超えてる事に気付いていた。


「……その強奪した連中に特徴は?」


 それでもアキは生徒を安心させようと情報を聞いてみた。

 すると、生徒達も情報を共有していたのか気になる事を口にする。

 

「そういえば変わった可変型のEAを使ってたな……」


「そうそう! 確かバイク型の可変機で変なスキルも使ってた」


「変なスキルっすか?」


 被害生徒のスキルに関する事で時雨は気になった。

 変わったスキルとか、強いスキル、そういうなら分かるが変なスキルというのは中々聞かないものだったから。

 けれど、その変なスキルという言葉に被害生徒達は全員が同じ認識なのか、それぞれが迷いなく頷いた。


「はい……強いPもいたんですが、それでも倒せる様な相手でもあったんです。でも結構追い詰めたなと思った時、相手のEAが変なスキルを使って……変な色の性能がとてつもなく上がってあっという間に負けちゃって」


「僕達の時もそうでした……突然の乱入からのそのスキルで負けて、賭け試合でもないのにパーツを奪われて」


「変な光を纏うスキル……?」


 アキもそんな言葉に引っ掛かりを覚えた。つい最近、それに似た話を聞いた様なと。


『そのスキルを発動したら禍々しい光が機体を包むって話だ』


「あっ! 第三の覇王が言ってた違法パーツ!」


 それは数日前、第三の覇王リオンが春夜へ去り際に言った注意喚起の言葉だった。

 類似的なスキルの可能性もあったが、追い詰められてからの格段に性能向上はEOD以外では違和感しかない。

 アキはすぐに嫌な予感を察して春夜へ連絡をするが、電話も出ず、メッセージも既読にならない。


「あぁ! 駄目、春夜さん気付いてくれない……えっと、そうだ!」


 アキは再度思い出す。万が一の連絡先――『朔望月』への、更に言えば時織の連絡先を。

 時間帯が心配であったが、アキは急ぎだからと時織に連絡を試みると、時織は2コールぐらいで出てくれた。


『おう、アキの嬢ちゃんだな。どうした何かあったか?』


 突然の電話だったが時織は気さくな感じで応え、同時に掛けて来たタイミングから何かを察してくれた。

 それなら話しが早いとアキは時織に今までの事を話す。


「時織さん、実は――」


 アキは時織に話せる事は全て話した。

 パーツ強奪、その強奪している者達の謎のスキル。そして春夜に連絡が付かず、時織達へ相談しようとした事を。

 その全てを話し終えると、時織はなるほどなと納得した様子で答えてくれた。


『まず春夜だが、アイツも何か知り合いから相談を受けてるらしくてな。第三の覇王へのカスタマイズもあって暫く手が離せないと言っていた。だがアキの嬢ちゃん達から相談受けたら頼むとも言われてるから、まずはこっちに相談して正解だ。嬢ちゃん達なら勝手に強奪チームに殴り込みかけそうだからな』


「そ、そんな事は……」


 時織の言葉に否定しようにも図星過ぎてアキの顔を真っ赤に染まったが、同時にある不安が過った。

 今から自分は時織達に甘え、彼等を巻き込もうとしているんだと。

 そう思ったアキは思わず言葉が詰まり、二人の間に僅かにも変な間が出来てしまう。 

 だが、それすらも時織には想像の範囲だった。


『ハッハッ! なんだ不安か? 始まりの覇王じゃなく、ただのPの俺等に頼るのは?』


「っ!? いえ! ちがっ! 違うんです! その……私の持ってきた揉め事で時織さん達を巻き込もうとしているのが――」


『おっと! それ以上は言うなよ。言う必要はねぇぞ』


 そう言う時織の言葉はアキを咎めると言うよりも、優しく落ち着かせる様な口調だった。


『ったく、年下の子供が年上に気を遣うなんて10年早いぜ。春夜じゃないにしろ、こっちも場数は踏んでる。だから任せろ』


「時織さん……」


 その言葉を聞いて気付けばアキの中に申し訳ない、そんな感情は消えていた。

 まだ関係は短いが懐が大きく、こんな人だから春夜の傍にいられるのだろうとアキは不思議と納得できた。


『こっちは今日の講義は終わった。だから一回、朔望月拠点に来てくれ。この手の事は鳥杉の方が遥かに詳しい。――それと、傍にいる校長先生と代わってくれねぇか?』


「えっ……は、はい。すみません秋園先生、時織さ――いえ、始まりの覇王のチームの方がお話をしたいとの事で」


「分かりました」


 突然の事だったが秋園校長は先程までの会話の雰囲気から何かを察したのか、特に疑いも警戒もせずにアキから携帯端末を受け取る。


「御電話変わりました。秋道高校・校長を務めます、秋園と申します」


『はじめまして。わたくし、時織 本樹と申します。始まりの覇王と言われるPのチーム<朔望月>その副頭サブリーダーを任されています。この度は、突然の御電話で申し訳ございません』


「いえお気になさらず。そもそも問題を紅葉院さん達に持ってきたのは私ですので」


 初対面で年上相手への言葉遣いにも緊張がなく、言葉を噛む様子もない。

 落ち着いた青年だと、秋園校長は時織へ少し感心したが、やはり直に会ってないのもあって信用は手探りだ。


『詳しい話は全て聞きました。それを踏まえてお願いします。今回の件、こちらで対応させて頂きたい』


「……大丈夫なのですか?」


『御心配は当然です。ですが警察は相手の背後にがいると動きが異常に鈍足になり、EPも結局は人手不足で動きが遅い。そうなると、この手の事はEAWのPやチームが独自で動いて解決が早いんです』


 時織の話に秋園校長は少し考えたが、すぐに手がこれしかないと考えた。

 そもそもが警察・EPの反応が悪いからEAW部に相談したのだから、自身の固定概念で問題を複雑化させたくなかった。

 ただやはり心配も確かにあった。


「危険な事だけはしないで下さいね」


『会った事もない人間を信用しろとは流石に言えません。ですが、今だけ……いえこの一度だけ信じて頂きたい。紅葉院アキ達には決して危険な目に――』



『――へっ?』


 予想だにしていない言葉に思わず時織も言葉遣いが崩れた。

 まさか信用云々もそうだが、こちらの事も心配して貰えるとは思わず、時織は電話で無意識に笑みを浮かべてしまった。


「約束してください。あなた方も決して危険な事はしないと……手に負えない時は大人に、いえまずは私に連絡をしてください」


『まさか……俺等の心配もしてくれるなんてな。分かりました、その約束は絶対に守ります。そして任せて下さい。覇王の仲間達は全員があの自由人から信頼を得てますから』


「分かりました、あなた方にお頼みします」


『任せて下さい。あと、もう一度だけアキの嬢ちゃんに代わってください。今からの動きを指示します』


 その言葉に秋園校長は頷くと携帯端末をアキへと返すと、アキは再び時織と話し始めた。

 そして、少しだけ話すと通話を切って周りに指示を出す。


「皆! EAの準備して! 一旦、朔望月の拠点に行くわよ!」


「はいっす!」


 恐らくEAWでバトルする可能性が高いと判断し、アキはムラサキと時雨以外の部員にも指示を出した。

 そして皆が慣れた様子でEAボックスの準備を終えると、アキ達は秋園校長へ挨拶しながら勢いよく出て行った。


「じゃあ行ってきます先生!」


「本当に気を付けるのですよ!」


 アキ達が最後に聞いたのは秋園校長からの心配の声だったが、同時にアキには微かな疑問が浮かんでいた。

 あの危険ごとに厳しい秋園校長が時織と話したからと言って、よく許してくれたなと。


「まっ、いっか」


 けれど、アキはまずは問題解決が先だと頭を切り替え、朔望月の拠点へと皆で急ぐのだった。

 そして残された秋園校長は棒立ちだった被害生徒に今は帰る様に促し、部室に一人だけになると静かに溜息を吐いた。


「……これでよかったのでしょうか。いえ、自身で許して後悔するなんて駄目。彼等を信じたのだから待つしかない」


 警察、EPが対応してくれたら最初からそうしていた。

 出来なかったから今の状況であった。

 だが一つだけ秋園校長はアキ達に言っていなかった事があった。それは悪質な取材や学校に対する事へだ。

 実際にそれは起こっていた事だったが、それはもう解決していた。

 とある企業――<千石社>が対応してくれた事によって。


『今後も何かあればご連絡下さい。我々で対応致しましょう』


 強大な後ろ盾一つで悪質な取材は一切消えた。まるで学校が聖域になったと錯覚してしまうぐらいに。

 最後にそう言っていた千石社の人間の言葉を思い出すが、それでも脳裏に過るのは始まりの覇王だった。


「我が学校では千石社と関わりはない……あるのは紅葉院さんと始まりの覇王の繋がりだけ。全て、誰かの筋書きと思える程に対応が早い」


 そして、それが始まりの覇王なのだろう。

 先程、彼の仲間と会話して好感は持てた。けれどやはり当の本人だけは人間性が分からず考えるだけ不安しかない。


「悪い人間ではないとは思いたい……何事もないと良いのですが」


 秋園校長の不安な声は部室の中で誰にも聞かれずに消えていった。

 暫くして秋園校長もその場を離れた。万が一、連絡が着た時に対応できるようにと校長室へ。


♦♦♦


 あれからアキ達は電車に乗って春夜の通う大学――四臣大学の前までやって来ていた。

 あの騒動があってか多少はざわついていたが、アキに気付いたり変な取材人がいる様子もない。

 そして、その正門の前では壁に背を預けた時織がアキ達を待っていてくれていた。


「おっ! 来たな嬢ちゃん達。今回は大所帯だな」


「時織さん!」


 見慣れた金髪と気怠そうな雰囲気の時織を発見し、アキはようやく少し安心できた。

 時織自身も特にいつも通りの様子で落ち着いており、それが更にアキ達を安心させた。


「あの時織さん、春夜さんは……?」


「一応、連絡は取れたんだが、何か立て込んでるらしい。だが何か準備もするって言うからこっちの事も手を打ってくれるみたいだ」


 時織にしては妙に中身がない話だなとアキは思ったが、それはきっと春夜が本当にそんなフワフワした内容しか言わなかったのだろう。 

 アキは自身の携帯を確認すると春夜のメッセージに既読が着いており、いつの間にかにOKと書かれた変なイラストが送信されていた。


「……こんな感じなのね」


 アキは変な返信を見て、呆れを通り越して肩の力が抜けた。

 これは春夜の性格であって善意も悪意もない行動。きっと考えるだけ無駄で、だから時織も何とも言えない表情なのだろう。


「まっ、うちの大将は時間が経てば勝手に来る……それよりもまずは場所を移すぞ。ここじゃ目立っちまう」


「あらぁ~確かにこの人数ですものねぇ~」


 時織の言葉にアキ達も納得した。ムラサキの言う通り、部員も連れて来たから20人前後はいる。流石に目立つ。

 けれど、どうも時織の様子はおかしかった。人数の都合で言ったのかと思ったが、時織はさり気なく周囲に意識を向けていた。

 アキは気になったが、時織が歩き出したので、その後を付いて行った時だ。

 大学正門の前で不意に時織が足を止め、ある場所をジッと見つめる。


「ん、あいつ等……?」


「時織さん?」


 どうしたのかとアキ達は、時織の背中から顔を次々と出して顔のみ千手観音みたいに彼の視線を追う。

 すると、そこに二人の青年が立っていた。

 一人は170ちょいの身長の青年で、銀髪で髪型はハイライト。少し目つきが悪いが雰囲気は柔らかく感じる。

――だが問題はもう一人の方。髪型は灰色のベリーショートでそれだけは普通だったのだが。


「……でっか」


 アキは思わず口に出す程に身長とガタイが大きかった。

 200㎝は間違いなくある慎重に脂肪ではなく、筋肉によるガタイの大きさでサングラスまでしていて迫力があった。

 青年と思えたのはあくまでも肌を見ての直感でしかなく、銀髪の青年も、その男から一歩引いているから付き人の様に見える。

 けれど、そんな特徴的な二人組が大学正門前にいるのは目立って仕方なかった。


「大学の人っすか?」


 思わず時雨が当たり障りのない様に言うが、時織はゆっくりと首を左右へ振った。


「いや……学年違いや講義・学科が合ってなくても、あんな目立つ人間だ。一回でも視界に入らない訳がねぇ。外部の人間か?」


 ハッキリ言って大学に初見の人間が来ても何の問題もない。

 けれど時織は二人の青年の纏う雰囲気、その場違い、異物感、それを拭う事が出来なかった。

 すると、思ったよりも見ていた事もあってか、何やら辺りをキョロキョロしている二人と時織とアキ達の視線が合ってしまう。

 

「!?」


「!?」


 両者、思わず驚く。言葉が出ず、相手によっては因縁を付けてくるかもしれないと時織はアキ達を守る為に少しだけ身構えた。

 それが切っ掛けかは分からないが、少しの間の後、銀髪の付き人の青年がアキ達の下へ近付こうと素振りを見せた。

 だが、それは叶わなかった。巨漢の青年が時織の背後にいるアキ達に気付くと、その付き人の青年の肩に手を置き、首を振ったのだ。


「本多さん……宜しいので?」


「うん、ここじゃ悪目立ちしてしまう。の連絡を待とう」


 付き人の青年から<本多>――と言われた巨漢の青年は彼にそう言うと、時織やアキ達に会釈する。

 そんな見た目とは裏腹の常識的な動きに、アキや時織達も反射的に会釈で返してしまうと、本多達はその場から離れていった。


「何だったんですかね……?」


「分かんねぇが、普通の連中じゃねぇな。――まっ、過ぎた事だ。取り敢えず、今は拠点に急ぐぞ。情報収集してくれてる鳥杉達を待たせちまってるからな」


 鳥杉という名を聞いてアキ達は、ああ、あのふくよかで個性が濃い人達かと思い出す。

 妙に春夜から信頼もあってか時織・鳥杉・染森のサークル長の事は印象に残っており、前回の義盟達との試合やその前でも世話を焼いてくれたと印象も良い。


 その事もあってアキ達は特に不安もなく、前回訪れた大学の端に佇む、朔望月の拠点となっている建物へと向かうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る