第21話:終戦・襲来・第三の覇王
「プレデトの反応ロスト……想像以上に早かったですね」
海上に浮かぶ小さな船の上から、場違いにスーツを着てEAWスタジアムを眺める一人の男がいた。
虹色のオールバックをした男の名はライアーであり、義盟を焚きつけて違法EAである『プレデト』を渡し、今回の騒動を引き起こした張本人であった。
「折角の新型でしたがP次第で、こうも酷い結果が出るとは。――まぁ、それでも粗悪品にしては二人の覇王相手に頑張った方ですね」
ライアーの言う粗悪品――それは義盟の事を示していた。
親がどれだけの力を持とうが、産まれて来たのがあんなゴミ。結果も出せない哀れな道化だったと、ライアーは小馬鹿にする様にクスクスと笑う。
そんな時であった。スーツの内ポケットからデスメタルの着信音が鳴ると、ライアーは内ポケットへ手を伸ばす。
出て来たのはジャラジャラと、ストラップやキーホルダー等が大量に付いた携帯端末だった。
「はいはい、こちらライアーです」
『ハァ? ライアー?――あぁ、そうか。また名前を変えたのか。って、そんなことはどうでもいい! どういうことだ! なんであんなカスにプレデトを渡しやがったんだ!!』
端末からの男の荒々しい怒号にライアーは耳から端末を遠ざけたが、それでも端末からの怒号のボリュームが下がった気がせず、ライアーは呆れながら声が落ち着くの待った。
『……ハァ……ハァ……玩具じゃ……ねぇんだぞ! もっと……マシな野郎を……探せって感じだぁ……!』
やがて落ち付いた頃には男の息切れの声しか聞こえず、通話でそこまで怒鳴るとはどこまで馬鹿なんだとライアーは同僚の男を内心で馬鹿にした。
「その点に関しては何度も言っているじゃないですか? 適当なPでもどれだけの結果を出せるか、それでこそ真の性能が分かるというものです。それに警備の厳しさ、そして警備への違和感もありましたから。――今回の様な大それた騒動での尻尾切りも楽なんです」
『ハッ! その割にはすぐに『バトルAI』を起動させてたじゃねぇか! 尻尾切りにするにしても結果を出す奴にするべきだろうが!――つうかジャラジャラうるせぇんだよ!! どんだけデコレーションしてんだテメェ!! 任務サボって遊んでる感じかぁ!!?』
「良いじゃないですか、人の趣味に口に出さないで下さいよ」
自分の趣味を貶されてライアーは少しムッとする。
「そもそも、そのAIが弱すぎでしょ。視野も狭いし、プレデトの性能をフルに活かせてなかったですよ?」
『それに関して俺等の責任じゃねぇ! あの破綻女が適当に搭載したって言ってたぞ!』
「破綻女……EDの開発局長をそう言うのは止めなさい。何をされるか分かりませんよ?」
『ハッ! 開発・研究の邪魔をしなきゃ何もしねぇだろよ。そもそも、あの変人が俺等を一々相手するとは思えねぇしな』
それは同感だと、ライアーは内心で頷く。
能力の高さは常人離れでしているが、破綻女と言われるだけあって、まともな相手でもない。任務以外だったら関わり合わない方が吉というもの。
「まっ、とりあえずは落ち着いて下さい。プレデトは撃破されましたが、本気の覇王二人のデータが取れたのです。念願であった始まりの覇王と、第二の覇王のね」
『始まりの覇王か……ボス達は奴に熱心らしいしな。早く俺等にも任務をくれねぇかな。もうサイバーテロやEAハッキングの類は飽きたぜ。やるならやっぱ実機じゃねぇとな』
「それも時間の問題でしょうね。今後は恐らく他の覇王や上位Pも――おや?」
波に揺られながらジャラジャラと端末を鳴らすライアーだったが、EAWスタジアムが浮かぶ人工島が騒がしくなっている事に気付く。
同時にヘリや船まで現れ、そのどれもに『EP』のマークが刻まれていた。
「どうやらゆっくりし過ぎましたね、EPが動きました。今は天童 閏がいる以上、今は逃げる事にします」
『そうかよ。――ところで、例の『ブツ』はどうしたんだ? しっかり撒いた感じか?』
「えぇ、それに関しては以前より種は撒いています。そろそろ顔を出すでしょう」
そう言うライアーの手には一つの小さな黒いパーツがあった。
「この違法強化パーツ『アンダーソウル』が、始まりの覇王達とどんな因縁を生むのか今にも楽しみですよ」
ライアーはそう言うと船の端末を操作すると、船を覆う様にドームが現れ、潜水艇の様に静かに海の中へ消えていった。
♦♦♦
ライアーがEAWスタジアム周辺から姿を消した頃、尻尾切りにされた義盟はEP配備の装甲車を改造して製造された留置車に入れられ、EAWスタジアムEP専用エリアにいた。
それは近年、EAW技術を悪用したサイバー犯罪の横行により、犯人の確保や証拠隠滅阻止に重点を置かれ、導入されたものだ。
謂わば、移動式の留置場――『アバドン』であった。
その周囲に配置されたEPの厳しい監視の中、今回の騒動の犯人となった義盟は車内から泣き叫んでいた。
「頼むよ出してくれ! 僕は騙されたんだ! 頼む! べ、弁護士を――いや父さん達を呼んでくれ!!」
シャツはしわくちゃ、髪は乱れ、もう覇王を騙っていた彼の仮面は剥がれていた。
周りのEP隊員も面倒そうにその声を聞いていたが、その終わりは突然として告げられた。
「良い加減にせんか
その周囲にピシャリと厳格な声が響く。
同時に二人の男が義盟の前へと歩いて来た。
どちらもコートを着ていたが言葉を発した男性は髪に混じる白髪で歳を重ねて見えたが、その厳しい瞳と確かな貫録が周囲の者を侮らせない。
ただもう一人は正反対の印象で、柔らかく優し気な雰囲気のある青年だった。
「と、父さん!! 兄さんも! た、頼むよ! 早くここから出してくれ! 全部違うんだ! コイツ等を黙らせてくれ!」
二人を見た義盟は泣くのを止め、表情が明るくなる。
だがそんな息子の言葉や様子に父親は悲しそうに溜息を吐いた。
「……今回の顛末は聞いた。お前が犯罪組織に利用された事も、違法なマシンによって大勢の人を危険に晒した事も」
「そうなんだよ! 僕は騙されたんだ! だから早く――」
「翔! 父さんの話を最後まで聞くんだ」
父親の言葉を遮る義盟に対し、彼の兄が厳しく名を呼んだ後、優しくそう言った。
そして義盟は驚いて黙ってしまうと、父親は言葉を続けた。
「……悔いていた。お前が私や兄である
「と、父さん? 何を言っているんだい? お説教なら後で聞くから! 今は早く助け――」
「償いなさい」
「――えっ?」
父の言葉に義盟は再び言葉を失った。何と言われたかのか分からないと言った感じだ。
償い、何を? 自分は悪くないのに。そんな想いを疑いもせずに抱く義盟の姿に二人は悲しそうに見上げながら近くのEPの方へ歩いて行く。
「……お願いします」
「分かりました。おい、運べ!」
隊員の言葉にアバドンが走り始める。
そして義盟はようやく自身の状態に気付き、急いで父達へと叫んだ。
「ちょっ! 待ってくれ! 助けてくれよ父さん! 医者は何でもできるんだろ!! 父さんの周りにいた連中は皆言っていたじゃないか!! 誰か! 誰か僕を助けろ! 僕は! 僕はまだ特別になれてないんだ!!」
「安心しろ翔……私も背負う。弁護士も探そう。しかし自身の犯した罪から逃げてはならんのだ」
医者故に、決して失敗を許されない仕事を長年関わってきた一人の人間の言葉は、義盟に届くことなく消えていった。
そしてEPも移動を始め、残されたのが二人だけになると正と呼ばれた青年が口を開いた。
「大丈夫かい、父さん?」
「……あぁ、どうにかな。だが終わりではない、私も色々と周囲へ詫びなければ。お前にも迷惑を掛ける。きっと経歴に傷、最悪左遷もあり得る」
「問題ないさ父さん。医者ってのは場所がどう変わろうが治すのが仕事だよ。それが地方がだろうが離島だろうが関係ない。それか開業するのもいいかもね。――翔にも分かって欲しかったけどなぁ」
医者の喜びを。患者からの感謝の言葉を。
そして金だけに染まった医者になった者達の末路を。
「私のせいだ……必要な事と、馬鹿な連中を傍に置いた結果がこれだ。本当に取り返しの付かない事を」
「大丈夫だって。人的は被害は無かったらしいし、翔の事も二人の覇王達が止めてくれたんだから。俺もサイン欲しかったなぁ」
そう言って正は鞄から細かくカスタムされたEAを取り出し、ドームの向こうから聞こえる歓声のする方を見上げた。
「ん? なんだ正、お前もEAWをしていたのか? 確かに今回は始まりの覇王と第二の覇王の神試合だったな」
「詳しいね父さん。俺も今の医療世界じゃEAWの技術は切っても切り離せないから、学ぶ為と思ってプレイしたらハマってさ。」
「確かにな。本当に技術革命だった。EAWによるロボットやAI技術。それ以外にも恩恵は大きい。嘗ては高難易度の手術と言われたものも難易度は格段と下がり、助かる患者もかなり増えた。それをあんな若者達が作ったというのだから恐ろしさすら感じる」
そう恐ろしかった。彼が思い出すだけでも閏という当時はまだ少年だった彼の知能と動きが。
真っ先にEAW技術を金儲けに繋げようとした汚職医者は真っ先に排除され、各業界も似た様な状況を生んだ張本人。
そんな彼が生んだEAW技術はこれからまだまだ大きくなる。
「翔の様なただの一般人にも危険な違法機械が手に入るとは……覇王、彼等の存在は最早財産ともいえる。そんな彼等だ。今後、今日の様な事件に巻き込まれるのは避けられぬだろうな」
金や権力。それらが渦巻く世界にいる一人の男は確かに感じていた。
サイバー犯罪。EAW技術によってその極地となっている現代。
目に見えない犯罪によって世界の荒れを感じながらも、彼等はその場を後にするのだった。
♦♦♦
義盟が移送されている頃、EAWドームの会場から一般客がEPや警備員の誘導の下、外へと解放されていた。
万を超える人数であったが、この場には閏もいる。彼の考えた計画や手配により、自家用車・バス・船での流れはスムーズに行われていた。
あれだけの騒動が起こっていたにも関わらず、一般客にパニックが起こらなかったのも大きい。
ただ、それだけ危機感が欠落していたとも言える事にEPの者達は気付いていた。
「いやぁ、決着はつかなかったけど凄かったなぁ! 最後に何か変なイベントあったけど、あれが始まりの覇王かぁ!」
「いやなんかあれ、イベントじゃなくてやっぱり事件だったらしいぞ? 違法EAで、何か変なプログラムを起動してたとか。さっき首謀者も捕まったとか聞いたし」
「えっ! あぁ、そう言えばEPのEA部隊が乱入してたな。まっ、瞬殺されてたけど」
「EPのEAって一般よりも高性能なんだろ? なのに瞬殺って、やっぱ腕は良くないんだな。どの道、EPが瞬殺されても丸く収まったんだ、大した問題じゃなかったんだって」
「だったらサイン会とか覇王達のファンサを中止するのは酷いよな。はぁ……二人の覇王のサインとか欲しかったなぁ」
帰宅する殆どの者が事件とは思っていない。
勘付いた者も危機感はほぼ無く、EPの対応に文句をいうばかりだった。
勿論、誘導するEPの者達が聞こえていたが、特に何か反応する事はなく黙々と仕事を続ける。
それが普通となっていたからだ。評判は悪くとも、EAの腕が悪くとも、彼等も仕事もしているし、現在の犯罪の危機感を実感している。
危機感を自覚する者と出来ない者達の考えの違い。これによりEPと市民の間に溝が出来た原因。
そんな彼等を会場の上フロアから見下ろす二人がいた。
それは閏と厳流の二人だった。
「宜しかったのですか今回の事……こうなる事は本当は分かっていたのでは?」
「あぁ、分かっていたよ。世界各国でも欲しがる覇王達のデータ。機体、両者によるEの発生エネルギー。そのどのデータも価値がある。なら
厳流はやはりかと、内心で複雑な想いでも納得した。
試合中でも僅かな戸惑いの様な感じはあったが、閏は全てを分かっていたのだと。
きっと運が良ければ亡命社の人間を確保できる程度だったのだろう。
実際、閏もその認識であった。今回の件の警備も本当に優秀じゃない人間は気付きもしない。
それに気付いたのか、それとも最初から使い捨てを利用する気だったのか。
どちらにしろ『プレデト』の様な新型投入は驚いているし、それを義盟の様な雑魚に使わせたのにも驚きではあった。
「……まっ、全ては終わった事だよ。被害が出そうだった時は僕自身が動いたし。何より、今回の一件でもう誰も疑わないさ。季城 春夜、始まりの覇王の存在を」
「まさか……前回と今回、全てそれだけの為に? 何故そこまでして、彼は覇王であっても一人のPでしかないのですよ!」
「ただのP……? 全く違うね。君は春夜という存在を分かっていない。分かる必要もないさ。僕だけが知っていれば良い……親友である僕だけが春夜を。――まっ、裏で悪い事をしているのはあ互い様だし、許してくれるよね春夜?」
そう言って厳流を無視した閏は所持していた端末を操作すると、そこには控室で帰宅準備している春夜の姿が映し出されていた。
そして閏はそんな姿を見て嬉しそうに笑みを浮かび、そんな彼を見て厳流は思わず冷や汗を流しながら息を呑むのだった。
♦♦♦
「これで良い」
用意されていた控室で春夜は帰宅の準備をしていた。
服装も既にコスチュームから私服へと着替え、EAボックスにも修復用ナノマシンにて修理された村正が収納されていた。
「ティアやアキちゃん達は既に出ているし、忘れ物も無し。俺も急ぐか」
春夜はそう言って荷物を担ぐと、控室の扉を開けてその場を後にした。
部屋から出た通路はあまりに静かで、明かりがある以外は人の気配もない。
あの騒動の後にしては警備が緩いと思う反面、閏がいるからこれで大丈夫なんだなと春夜は自己完結する。
「……さてと、確か出入口は」
「こっちだ」
春夜は気配がなかったのに声を掛けられた事へ驚きながらも、その声の方を向くと、そこにはサツキと彼女の仲間である4人のEP隊員がいた。
「あれ、サツキちゃん? 待っててくれたの?」
「……少し付き合え」
春夜の言葉を無視し、サツキは春夜へと何かを投げ渡す。
それを受け、咄嗟に春夜は荷物を落として投げ渡された物を掴むと、それは見覚えのある物だった。
「これは……確か天童本社で使った『ディーバ』だったか?」
それはやけに機械的なグローブ型の『ディーバ』だった。
天童本社で、どこでもEAWが出来る事をコンセプトとし、サツキ達と戦った時に使用したものだ。
だが何故これを今、自分に渡すのかと春夜は呆気になりながらサツキ達の方を見ると、その意味を理解した。
「……あぁなるほど。そう言う事か」
春夜の目の前でサツキ達は既にディーバを装着していた。彼女達の機体『クルスニク』もセット済みにして。
「リベンジかな?」
「よく言う……今日の試合を見て分かった。貴様、本社での戦いの時、私達に手を抜いていたな!」
激しく睨み付けてくるサツキに春夜はやれやれと、また怒らせてしまったと申し訳ない様に小さく笑った。
「ハハッ……手を抜いた訳じゃなかったさ。新型と聞けば多少の警戒はするし、今日の相手はあのティアだ。俺だって心の燃え方が違う」
「結局、私達はその程度の相手だって事なのだろう! 良いから戦え! 私達はEPの実働部隊だ! ただのPであるお前に嘗められる訳にはいかないんだ!!」
サツキから感じる圧が強くなった。言葉だけではなく、それだけの本気を感じる。
きっと本社での戦った時よりも良い動きをするだろう。春夜も思わず笑みを浮かべてしまう程に確かな何かを感じ取った。
「……分かった。本気でやろう」
そう言って春夜も両腕にディーバを装着し、EAボックスから取り出した村正をセットする。
「行くぞ季城!!」
そしてサツキ達がEAとフィールドを展開すると同時に春夜も村正を展開。
両者のEAが再度ぶつかった。
♦♦♦
「よっ! お待たせ」
「あっ! 春夜さん遅いですって!」
「おいおい、道にでも迷っていたのかよ?」
春夜が出入口から出ると、アキた時織達が出迎えてくれた。
ティアの姿もあったが、時雨達にサインを書いてあげたりとファンサをしており、アキの手にもティアのサインが握られていた。
「いや荷物を纏めるのに時間が掛かってね。ただそれだけだ」
「本当にそれなら良いが、さっきの事件の後だ。妙に遅いと心配しちまうだろ?」
何事もなかった感じにいう春夜へ、士郎が心配掛けんなと軽い注意した。
春夜の掴み所がない性格も原因でもあるし、周りも頷いている事から春夜も笑いながら反省する。
「ハハハ……ごめんごめん。でも本当に何もなかったから大丈夫だって」
そう言って春夜は一瞬だけ出入口を見たが、またすぐにアキ達へと戻した。
♦♦♦
『試合終了……試合時間00:28。あなた達の負けです』
「あ、ありえない……これが覇王……EAWの力なのか……!」
控室前の通路で、サツキ達は膝を付いてその場から動く事ができなかった。
その目は曇っており、目の前に無残に転がる愛機の姿を見ても、先程までの出来事を現実として受け入れる事ができなかった。
選ばれた精鋭。厳しい試験を突破した選ばれた者達。
そんな自分達は、本気になった覇王相手に何も出来なかったのだと、サツキ達は何も言えず悔しそうに拳を握り続けるのだった。
♦♦♦
「それよりも……ティア。少し時間を貰えないか?」
周りに説明を終えた春夜は、そう言ってティアへと声を掛けた。
ティアも少し驚いた様子だったが、ファンサも大体終えたのもあって微笑みながら頷いた。
「えぇ、大丈夫。それに私も聞きたい事があったから」
「ありがとう……えっと、それで皆には――」
「大丈夫です。分かってます私達も」
アキ達に気まずそうに何か言おうとする春夜だったが、彼が何を言いたいのかは既にアキ達も理解していた様で、アキはそう言って頷いた。
「ティアさんと二人で話したいんですよね? それぐらい分かりますって! EAWをやっている人間なら絶対に!」
「そうそう、アキの嬢ちゃんの言う通りだ。幾らでも待っててやるし、邪魔もしねぇから言って来いって」
アキと時織が周りを代表する様にそう言うと、周囲の者達も頷いていた。
それを見て春夜は逆に理解され過ぎて、何か恥ずかしくなり顔が赤くなる。
咄嗟に頭を掻いて誤魔化し、冷静のふりをするもバレバレなのかアキ達全員が笑みを浮かべていた。
「そ、そうか……えっと、じゃあ……何かすまないが時間を貰う。行くか、ティア」
「え、えぇ……!」
ティアもティアで春夜と同じ様に顔を赤くしながら頷いていた。
理解され過ぎていて彼女自身も恥ずかしさを感じながら、二人は少し離れた海と夕日の見える場所へ歩いて行った。
そこは比較的、自然の多い場所で木々の下にある長椅子に春夜とティアは互いに理解している様に腰を下ろす。
そして互いに何か動きがある訳でもなく、静かに春夜が口を開いた。
「楽しかったなぁ……今日は」
「本当そうね。久し振りだわ、こんなにもEAWで熱が入ったのは」
本当に数年ぶりのなのかと。まるでずっと傍にいた友人同士の会話の様に、二人は他愛もない話を始める。
プレデトの乱入はあったが、それでも二人の心は満たされていた。全てではなくても、楽しいという暖かな想いによって。
既に両者の中に義盟のは完全に忘れ去られ、今日の試合での事で会話が一気に弾み始めた。
「アナスタシアの動きもキレが凄かったし、まさか
「それは内緒よ。というよりも私自身も実はそこまで覚えてないもの。それでも戦いの時には思い出すし、身体が覚えてるの。それに、それを言うなら貴方もよ。小太刀もそうだけど幾つ仕込んでるのよ。村正といえど、無属性EAなのに属性勝負でも互角なのはショックだったわ」
「ハハハ……忘れたのか? 村正は各パーツの性能を上げる力がある。つまりはパーツの
こんなに呼吸を忘れる程の相手は姿を消した期間、一回も会えなかった。
ベヒーモスやプレデトも例外ではない。違法ゼネラル級ですら満たせなかったモノをティアは未決着の試合でも溢れる程に満たしてくれた。
だからこそ春夜は参ったと笑うしかなかった。これから更に来るであろう覇王達の影に。
ティアも、そんな事を言いながら笑っている春夜を少し真剣な瞳で見ていた。
「やっぱり、分かっているわよね。これから起こるであろう戦いが」
「……まぁな。カオスヘッドとの戦いの後、閏と去る時に感じたよ。強烈なプレッシャーや視線を。いたんだろうね、全ての覇王があそこに。俺の首を寄越せって事かな」
「それだけじゃないわ。天童社長から聞いたなら分かっている筈でしょ?
そう言うティアの表情は険しくも、心配している様に不安そうだった。
表ではまだ名を知らない人が多い犯罪組織。けれど被害は既に世界中で起こっている。
基本的なサイバー犯罪による重要データ・金銭の奪取は勿論。
時には施設のシステム等にも被害を及ぼしての人質を取り、最悪は無人の乗り物を遠隔ハッキングして搭乗者を死に至らしめた事件すらあるほどの相手だ。
「今日の騒動なんて危険の内に入らない。本当に気を付けて季城君。向こうの目的はよく分かっていないらしいけど、優秀なP達、そして違法EAのデータ収集を目的としているらしいわ。だから比較的、命の危機は少ないけど、いつそれが変わるか分からない。――『始まりの覇王』それはもう称号ではないわ。今後、貴方の周りで必ず何か起こる筈よ」
「ハハハ……随分と心配してくれるなティア。何て言うかさ、昔はその、俺を心配してくれる様な性格じゃなかったと思うが。本当に変わった」
「……7年よ。人が変わるのには十分すぎる。ねぇ、季城君。なんでいなくなったの?」
「……やっぱり聞くよな、その質問」
その問いに春夜の表情が僅かに曇る。
目線もティアへ合わせず、ずっと下の方へ一点を見つめていた。
その姿は何かを思い出しているかのようだ。
「君には関係ない……は、流石に無理だなぁ」
「む・り! 世界大会の前だって一緒に戦った仲なのよ。その関連を疑うわ。『ノア紛争』・『改革抗争』それとも、それ以外の事? 季城君、一体あなたに何が起こったの?」
「それは……無関係ではなかったが、完全に関係あるとも言えないんだ。俺の……俺達の問題だったんだ。だから、その……すまない」
ティアからの言葉に春夜は葛藤しながらも目を閉じ、静かにその場で頭を下げた。
それは彼女のとの再戦の約束しながらも、無責任に姿を消した事への謝罪であった。
だから春夜は、ティアが何かを発するまで、ずっと頭を下げたままを貫いていた。
すると、ティアも何かを察した様に首を横へと振った。
「ごめんなさい……あなたを困らせたい訳じゃないの。ただ知って欲しかったの、私がずっとあなたを探していた事を……心配していた事を。私、あなた自身の事を殆ど知らなかったから。探すのだって……ラストネームしか知らなかったし」
「えっ? そうだったっけ!? 俺、ティアに名乗らなかったか?」
ティアからの衝撃の言葉に春夜は思わず顔を上げてティアの方を見る。
確かに思い出せば、ティアはずっと自身を季城君と呼んでいた事も思い出し、春夜の顔に徐々に冷や汗が流れ始めた。
「名乗ってない! 季城君ずっとPネームの『季節餅』や『月詠』とかばっかり名乗ってたし、季城って名前も誰かが言ったのを聞いて私覚えたんだから!」
確かに。ティアの言葉を聞いて春夜もそうだったと思い出してきた。
そもそもが当時、自身の本名をPネームにしていた方が珍しく、更に言えば当時が一番強者ひしめく環境だった。
誰もが強者、誰もが名を上げ、そして誰もがただの一人のPに過ぎなかった時代だったのも春夜の名や行方を追うのが難しかった理由だった。
「あぁ、じゃあ……ティアが良ければ俺の名前で呼んでくれるか?」
詫びになるかは分からないが春夜は、涙目で子供の様な顔で自分を見て来るティアへそう提案してみる。
するとティアの表情が一変し、パッと明るく笑顔となる。
「えっ! い、良いの……? で、でも少し大胆……い、いきなり名前でなんて」
ティアは嬉しそうに、けれど恥ずかしそうに顔色を変えていく。
絶氷・氷の女帝・クールやら言われている彼女の表情がこう変わるのは見ていて面白いが、それを見て春夜にはやはり疑問があった。
「……あぁ、その。俺も聞きたかったんだが、まず俺も馬鹿じゃない。ティアからの好意に気付いている。けど心当たりがない。寧ろ、当時は嫌われて……いや興味も持たれてなかった気がする。なのにどうして? またEAWで遊ぼうって約束したからか?」
「……あら? 私の質問には答えてくれなかったのに、女性には平然と聞くのね?」
「……えっ。いやそうだが、その」
思わず正論で返された事で春夜はビクッとしてしまうが、そんな春夜を見てティアはいたずらっぽく笑った。
「うふふ、冗談。でも春夜君が答えてくれなかったから私も少し内緒。――今言える事は、あなたが私を人間に戻してくれたから」
「えっ……?」
どういう意味だと、春夜は彼女の言葉に困惑した様子で見つめるがティアはそれ以上は答えるつもりはないらしく、そんな春夜を見て楽しそうに笑い続けた。
そして春夜も、これは敵わないと思い諦めた時だ。不意に春夜は思い出す。
「あっ、そうだ。これをティアに渡さないと思ってたんだ」
そう言って春夜が鞄から出したのは和風の重箱だった。
その重箱を自身とティアの間へ置き、その蓋を開けると中には葉に包まれた桃色の和菓子が入っていた。
それを見たティアは思わず目を大きく開いた。
「これって……桜餅?」
「あぁ、ほら決勝が終わった後に一緒に桜餅を食べながら約束したろ。だからおばあちゃんに頼んで作ってもらったんだ」
春夜だって覚えていた。当時、決勝が終わった後に食べようとしていた祖母からの差し入れを戦い終わった後、何か悩んでいる様子のティアと一緒に食べたのだ。
「……本当に覚えててくれたのね」
そう言ってティアは懐かしそうに桜餅を手に取り、葉を付けたまま口へ運んだ。
食べた瞬間、口に花の香りと優しい風味に甘味。葉の僅かな塩味が良いアクセントだった。
何よりも懐かしい。ティアもあの約束から桜餅を食べて来たが、意外と味が場所によって全然違ったのだ。
だがこの味だった。あの日、世界大会後に一緒に食べた味は。
「ハハハ、今度は葉も食べれるようになったんだな。――うまっ」
そう言って春夜も桜餅を頬張った。
昔、ティアが丁寧に葉を取りながら食べていた頃を思い出しながら。
「だ、だって普通は食べないわよ。飾りか何かだと普通は思うわ」
「まっ、そりゃそうか……本当に懐かしい。本当に……今日は楽しかったなぁ」
「春夜君……?」
笑いながら海に浮かぶ夕日を見る春夜を見て、ティアは少し不安に駆られた。
どこか後悔している様に見えたのだ。楽しかった、そう言うわりには寂しそうでもあるから。
だからこそティアは、これでだけは聞いておかねばならなかった。
「ねぇ、春夜君……あなたはもう――」
「消えないよ俺は……結局、いなくなった事で後悔しかなかった。ティアを始めEAWへに影響も消えず、無駄な混乱だけを生んだからな。だから始まりの終わりが来るまでは俺も覇王でいる。――それに見守りたい子もいるから」
そう言って春夜が後ろを向き、ティアも釣られて後ろを見ると、そこには遠くで自身が描いたサインを大事に持ちながら周囲と楽しく会話しているアキの姿があった。
「ふふ、不思議な子ね」
ティアは子供の様にはしゃぐアキを見て思わず笑ってしまった。
カオスヘッド達との騒動からの今日の出来事。
短い期間で色々と巻き込まれているのに、そして始まりの覇王に見守ってもらっている幸せなPだと。
「……そろそろ日が暮れるわね」
二人は桜餅を大体食べ終え、日もそろそろ落ちようとした頃、ティアはゆっくりと椅子から立ち上がる。
それを追う様に春夜も片づけをしてから立ち上がり、ティアの後ろを追いかけると、不意にティアが振り向いた。
そして振り向いた彼女の表情は、先程とは違い絶氷の女帝としてクールな真剣な表情であった。
「春夜君……分かってるわね? 今日の様な騒動は始まりに過ぎない。そして、それに関係なく覇王を始めとした他のP達が一斉にあなたの首を獲りに来るわ」
生きる伝説、始まりを作りし『始まりの覇王』
影響力、彼の背後にいる大企業『千石社』へもそうだ。始まりの覇王の首を取れば、どれだけの恩恵を得られるかは想像もつかない事態となっている。
「そんなに欲しい物かな? 普通にEAWをすれば良いのに……」
「それは難しいわ。既にEAWはゲームという枠組みから外れている。あくまでも中心がゲームとしてのEAWなだけ。そして、だからこそ欠けたピースであった『始まりの覇王』が戻った事で、他の覇王も一斉に動く。真の頂きを獲る為に」
「全く、覇王なら日本に他にもいるってのに……」
春夜は納得してないように少し疲れ気味に深く息を吐いた。
「仕方ないわ。第四の覇王は自由人だし、第七の覇王はそもそも期待されてないわ。だから春夜君の納得は関係ない。今、最も価値のある覇王の首は『始まり』なのよ。こうしている間にも次の覇王があなたの下に来る準備をしていると思うわ」
考えを読まれたかの様にティアは少し厳しい口調で春夜へ言った。
それを聞いて春夜も諦めた様に空を見上げた時だった。
「その女の言う通りだ! 随分と自身の首を低く見積もりやがって……嘗て俺等が取り合った『始まり』の価値! そんなもんじゃねぇだろうが! なぁ! 月詠!!」
突如、二人の間の空気を消し去る声が周囲へ響いた。
それは春夜とティアにとって聞き覚えのある声でもあり、二人は反射的に声の方を向く。
そこには金髪オールバックにサングラスを掛けた、背丈の大きい青年がこちらへと歩いて来ていた。
その後ろからは彼の取り巻きらしき女性だけのメンバー達の姿もあり、先程の声と、そんな特徴的な集団を見た春夜はすぐに正体に気付いた。
「ティアの次は間違いなく、お前が来ると予想していたが……まさかこのタイミングとはな。第三の覇王……!」
「これでも待ってやった方だ。先陣をそこの女帝に譲ってやったんだからな! この俺! <叛逆>リオン・ペンドマンがな!」
青年――リオンは高笑うかの様に自身の名を叫び、それに対してティアは心底嫌そうな顔するが、春夜は鋭い目つきで彼を見返す。
彼とはEAWサービス開始以降、幾度ともやりあった相手であり、第三回世界大会の覇者でもある相手に春夜も思わず身構えた。
――<叛逆>第三の覇王 リオン・ペンドマン襲来。
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