第20話:VSプレデト

村正とアナスタシアの攻撃がプレデトのクローとぶつかり合う。

大きな属性エネルギーが余波となってフィールドを抉る中、その衝撃でプレデトが僅かに下がった瞬間、春夜とティアは動く。


「エスコートしよう――先に仕掛ける!」


「ちょ、ちょっと!? それ抜け駆け!」


 怒るティアを余所に春夜は動き、村正のフェイスが左右に解放される。

 そこから出て来たのは何かが収まる溝であり、同時に盈月をオートで抜刀から、そのまま口部の溝に吸い込まれるように収まった。


「一季・春三日月!」


 口部に光属性の盈月を、残った右腕には風・地属性の春塵を握り、放った斬撃は高速で細い閃光となってプレデトに横一閃に刻まれる。


『は、速いぃ……!?』


 その攻撃に全く追い付けない義盟の情けない悲鳴が溢れる。

 だが不思議な事にプレデトは、反射の様に素早くクローでガードした事で確かな傷が刻まれたが、ダメージは確実に抑えていた。


「これで浅いか……! ベヒーモスより小型だが装甲強度はアレ以上だ!」


「それだけじゃない! 今、一瞬だけあのPとは思えない動きをしたわ」


 外から見たティアは違和感を感じとる。異様な動きにより嫌な予感を抱き、冷静で有名な女帝の表情が僅かに歪む。

 既にPとしての底を見た義盟に出来ない動きを、多数の武装を持つ操作性が複雑なプレデトで行ったのだ。

 それは反射的に見えても綺麗過ぎる動きであり、まずあり得ない。

――そして次の瞬間、それを証明する様に義盟の更なる悲鳴が響く。


『な、なんだこれ!? 機体が勝手に動いてる!』


 義盟は地下のメンテナンスルームから機体を操作していたが、突如としてコントローラーが勝手に動き始めた。

 すぐに止めようとしても人の力を無視し、強い力でプレデトは動きを、そして纏う雰囲気を無機質且つ威圧的へと豹変する。


「――来るぞ!」


「――来るわ!」


 プレデトのコアEAとなったグロワール改の眼光が村正とアナスタシアを捉えた時、春夜とティアは悪寒を感じ同時に叫んだ。

 村正は真上へ飛び、アナスタシアは後方へ飛んだ瞬間、両機が最初にいた場所に一閃の光が走る。


「うおっ!」


 春夜は驚いた。プレデトの動きを機械の様な一切の無駄がなかったから。

 更に瞬時にクローに火・地属性のエネルギーを纏わせての先読みの動きを加えていた。

 

「この動き――義盟じゃない! もっと機械的……そうかAIをプレデトに仕込んだか!」


「相手は違法EAのゼネラル級よ。それぐらいの事はするでしょうね!」


 Pの腕が関係しなくなるAIでの操作。それはEAWでは厳重なルール違反。

 ちょっとした補助や一部システムの制御ならば良いが、既にプレデトの動きに義盟としての存在はなく、価値もない

 だが違法EAにルール違反を叫ぶのは無意味を通り越し滑稽でしかなく、AIの迷いなき操作とプレデトの怒涛の攻撃が始まる。


 その標的となったのは春夜の村正だった。


「季城君!?」


 ティアが叫んだ時にはプレデトの左腕部クローが宙に飛んだ村正を捉え、クローを開き、切断するかの如く村正へと振るった。


「霜夜!」


 相手は最早、義盟ではなくプレデトの性能を最大限に活かす為の違法AI。

 それを認識した春夜の中でスイッチが入り、ティアと戦っていた時の様な険しい表情へと変わり、遠くに刺さっていた霜夜を村正の手へ呼び寄せた。


「接近戦なら村正と俺の独壇場だ!」


 隻腕で霜夜を握り、水属性エネルギーを纏わせ振り回しながらプレデトのクローとぶつかった。

 空中にいたまま高速で何度もぶつかり合う霜夜とプレデト・クローは、隻腕と損傷レベルを見ても村正は不利だが、春夜には確信があった。


「村正の性能……村正をフルに活かす為の俺のカスタマイズ! それを半端なAIと試作機で止められると思うな!!」


 この程度はハンデにもならない。覇王達との戦いに比べれば苦ですらない。

 村正と自身のEAWの腕に絶対的な自信がある故に、春夜は吠え、村正と共にプレデトを攻めた。


『――GI……GIi……!』


 それに対し、プレデトも生物の声に聞こえる――自身の軋む音を出しながら、もう片方のクローを村正へと向ける。

 クローの属性は勿論、霜夜の弱点属性『雷』に変え、凶悪な放電を纏ったクローは一切の感情もなく村正へ放たれた。


「デカいなら流しやすい!」


 けれど並みのEAなら瞬殺できる巨大クローも、春夜にとってはデカいだけで見切るのは容易であった。

――少なくとも春夜は、ティアとアナスタシアの攻撃に比べれば、ゼネラル級の攻撃も恐くなんてなかった。


「視えた――!」

 

 春夜はクロー部の外側に弱所を視て、口部の盈月をクローへとぶつけ、火花を散らしながら滑る様にクローを流し、そのままの勢いで伸びる腕の上を滑っていく。

 一気に滑り間合いに入った村正の標的、それはコアEAとなったグロワール改だった。

 

「霜夜――冷月の閃」


 村正の握る霜夜に微かな冷気が宿り、名の通り霜夜を示すかの様に矛先が染まっていく。

 その光景にティアは驚いた。


「矛の色が変わる程の属性エネルギー!? 多少の冷気を扱えるからって、水属性だけでどうやって……!」


 霜夜に冷気のエネルギーがあるのはティアも見抜いていたが、アナスタシアと比べれば雀の涙レベルでしかなく、基本属性は『水』だけだ。

 なのに刃色が黒に変わるなんてティアは見た事がなく、どんなカスタマイズをすれば『水』だけでそんな変化できるのか、ティアは嫉妬の念すら抱いてしまった。


『――E・フィールド(水)展開』


 しかし直後、霜夜の刃がグロワール改へ直撃する瞬間、プレデトはE・フィールドを展開した。

 プレデトの中心部から外側へと、一気に展開されたE・フィールドによって村正の攻撃は機体ごと弾き出す。


「おっと! 水属性同士とはいえ、EOD展開の村正の攻撃……防がれたか」


 何事もない様に着地する村正と呟く春夜だが、内心では性能に自身があった為にショックを受けていた。

 

『――攻撃対象・始まりの覇王』


 春夜がショック抱く中、プレデトの反撃が始まった。

 機体全体をE・フィールド(水)に包まれたまま、村正目掛けて突っ込んでくるプレデトに対し、村正は霜夜から雷火へと武器を変えて構える。


「あら、私の存在を忘れたの?――嘗めないで」


 だが今度は、後方に飛んでいたティアも動いた。

 クールな表情ながら、冷たい雰囲気の瞳から怒気を宿し、プレデトを睨みながらアナスタシアは村正の隣へと降り立つ。

 そして右足を上げ、そのまま地面を踏んだ刹那、プレデトを包むE・フィールドが一瞬で凍り付く。


「私とアナスタシアの前で水属性を使うなんて、低レベルなAIがあったものね」


 水属性相手ならば負けはない。負けたくない。

 確固たるプライドがある彼女を前に、戦う誰もが『水』属性を避けるのに平然と使われ、しかも春夜のついでの様に扱われた。

 結果、第二の覇王ティアの逆鱗に触れたプレデトは氷塊となったE・フィールドにより、勢いよく地面へと沈む。


「……呆気ないわね」


「あぁ……だと良いんだが」


 口調だけならばティアも春夜も勝ちを確信しているが、どちらも視線は険しいままプレデトを睨み続ける。

 そしてその予感は的中し、沈んでいたプレデトが自身を包む氷塊を崩壊させながら立ち上がる。


『敵EA――属性把握。E・フィールド(雷)展開』


 立ち上がったプレデトはアナスタシアの属性を把握したのか、今度は水属性の弱点である雷属性のE・フィールドを展開した。


「もう……やっぱりこうなったわね」


「あれだけの性能だ。E・フィールドの属性が一つだけの方がおかしい」


 二人共想像通りの展開に、思わず面倒くさそうな表情を浮かべるが、すぐに表情を戻して互いに視線を送り合うと、やがて同時に頷いた。

 

「雷属性ね……頼んで良いかしら?」


「あぁ任せてくれ。――破った後は頼む」


「任せて」


 その短い会話だけで二人は互いと自身の役割を理解した。

 一番勝ちたい相手、逆に言えば本当の意味で理解している相手だからこそ可能とする芸当だ。


『敵EAの排除再開』


「行くぞ!」


 そしてプレデトが動いた時をスタートとし、素早く村正が動いた。

 風・地属性を持つ春塵に持ち替え、飛ばす斬撃をプレデトへと放ち、そのままスラスターを吹かしてプレデトへと迫った。


「攻略法は大体分かった――まずはE・フィールドを確実に剝がす!」


 春夜は目を素早く動かしプレデトを観察しながらそう言うと、最初に放った春塵の斬撃が雷属性のE・フィールドにぶつかる。

 すると強烈な弱点属性を受けた事でE・フィールドは強烈に乱れ、その勢いで村正は春塵と口に咥え直した盈月を光速で叩き込んだ。


『E・フィールド損傷率72%――迎撃開始』


 剥がれ始めたE・フィールドに気付いても、プレデトはAI故の絶対的な判断力で対処しようと自身の両クロ―で宙に浮く村正を襲う。


「随分と視野の狭いAIね」


 自身とアナスタシアを認識から外すのは何度目だと、ティアは呆れた様に呟いた瞬間、村正を狙っていたクローは一瞬に凍り付く。

 EOD状態の覇王のEA。その恐ろしさをAIに理解させていない事へ、ティアはAIへ同情しながらアナスタシアに強烈な蹴りをさせると氷の斬撃がプレデトの両前脚へ直撃する。


『損傷増加――前脚、動作不良――!』


 クロー、前脚を氷結させたことでプレデトの動きは鈍り、僅かにバランスが崩れた。

 そこを春夜は見逃さず、もう一振り強烈に叩き込むとE・フィールドが剥がれ、村正はグロワール改の横を通り過ぎて背後の二本のオベリスクを両断する。


『オベリスク全て損失。E・フィールドの維持・展開を放棄。過剰エネルギーを制圧型ビーム砲『シュヴァンツ』へ充填開始』


「――させるか」


 オベリスクを破壊した春夜の目の前に、サツキ達を葬ったビーム砲を備えた尻尾が写る。

 尻尾の装甲、その隙間から漏れるエレメントによるエネルギーの光。それが徐々にビーム砲のある尾の先へ上がっていくのを春夜は見逃さない。


「そんな露骨にエネルギーを送ってますって相手を見逃すか」


 オベリスクを破壊した村正は更に前進し、そのまま眼前に映るビーム砲搭載の尾へと回転を加えながら斬りつける。

 装甲の恩恵の無い装甲の隙間を見逃さず、複数個所へ斬りつけると、損傷した尾から送られていたエネルギーが損傷個所から一気に噴き出した。


『エラー! エラー! 『シュヴァンツ』損傷。ビーム砲エネルギー率42%――発射開始!』


「あら、思い切りが良いじゃない。ならこちらも、行くわよアナスタシア」


 損傷しながらもビームを放とうとするプレデトを見て、アナスタシアはその場で飛び上がった。


「アイスダンス――ゲイルスコグル!」


 周囲にダイヤモンドダストを起こしながら飛び上がったアナスタシアは、空中で一時停止からの氷槍となった脚部をプレデトへ向け、一気にスラスターを吹かす。

 プレデトもそんなアナスタシアへ『シュヴァンツ』の照準を向けて発射。正面から受けて立った。 


「半分にも満たない出力で私とアナスタシアを止められると思って!」


 最初よりも細くなったビームだが、並みに比べれば高出力。

 けれどそんなビームでもEOD状態のアナスタシアの動きを、一切鈍らせる事もなく押し負け、そのまま発射口の尾を貫かれた。


『シュヴァンツ大破』


 AIの警告と共に大きく爆発させながら尾は崩れ落ち、アナスタシアは村正の隣に降り立って共にプレデトの姿を見た。

 最初に比べボロボロとなり、各所で放電や煙を出す姿はあまりに弱々しい。

 しかし、それで終わる程に犯罪組織の違法EAは甘くはなかった。


『覇王……ヲ、ハイ、ハイジョ!』


 AIの口調が突如と変わった瞬間、プレデトの機体全体からのエレメントの属性エネルギーが溢れ、機体そのものを包み込んだ。

 そして素早く村正とアナスタシアの方へ旋回すると、クローを垂直に開くと巨大なビーム刃がクローの間から飛び出した。


「ECのエネルギー暴走、そして残りのエネルギー全てをビーム刃へ集中させる。最後の手段がこれなのね」


「どんな奴も追い詰められると行動が単調になるもんだ」


 いくらゼネラル級とはいえ、損傷状態からして風前の灯。

 自壊が先か、敵を道連れにするのが先か。それだけの違いであり、更に言えば春夜とティアにその気は更々無いということ。


『ハイジョハイジョハイジョハイジョハイジョ』


 クロービーム刃を扇風機の如く回転させながらプレデトは両機に迫り、村正とアナスタシアも身構えながらEODの出力を上げた時だった。

――突如、プレデトへ砲撃と水属性の弾幕が振り注がれた。


 その意識外の攻撃にプレデトのコアEAとなったグロワール改が顔を向けると、そこには此方へ駆けて来る二頭の馬の姿があった。


『桜雲!』


『ニブル!』


 それは桜雲とニブルの二機であった。両機は主を助けるかの様に砲撃と射撃を行いながら駆け続け、やがて村正とアナスタシアの間合いへと迫った。

 そんな二機へプレデトはクロービーム刃を横薙ぎに振るったが、二機はタイミングよく飛ぶと同時にスラスターを吹かし空へと飛ぶ。


「行くぞ!」


「えぇ!」


 春夜とティアは互いに息を合わせ、村正とアナスタシアの両機は一気にスラスターを吹かして空中へ飛び、双方は空中でそれぞれの愛馬へと跨った。

 そして着地と同時に互いに大きく回りながら走り、村正と桜雲は右側の、アナスタシアとニブルは左側のプレデトの脚部へと向かって行く。

 

「「脚部を潰す!!」」


 春夜とティアが同時に叫びながら、真っ直ぐに走りそれぞれ三脚ずつ斬り落とした。

 これによりプレデトは支える脚が無くなった事で地面へと巨体を沈めたが、その直後にプレデトの周囲へ暴風並みの衝撃が発生した。

 同時に春夜とティア、それぞれのモニターに映るセンサーが、プレデトから『風』属性のエネルギーが急激に上昇している事を知らせていた。


「風属性……! 飛ぶ気か!」


 春夜が事態を察してプレデトを見ると、プレデトの巨体が空中へと浮かび上がっていた。

 その姿は脚も尾も無くなった事で、蠍よりも歪な円盤と言った所だが、そんな事を思っている間にもプレデトはクローを開き、そこから拡散のビーム砲を村正とアナスタシアへと発射してきた。


「往生際が悪いに程があるわ……!」


「だが、ここまで来たら本当に悪足掻きだ! ティア!――決めるぞ」


「えぇ!」


 春夜の言葉にティアも応えると、両機は愛馬から飛び降りる同時に桜雲とニブルがプレデトへと砲撃を開始。

 その巨体ゆえに回避も出来ずに直撃するプレデト、その意識が僅かながら村正とアナスタシアから離れた瞬間に両機は一気に間合いに入る。


『ハイジョ……ハイジョ……』


 けれどプレデトも死に体であるがゆえに抗いは全力であり、すぐに標的を村正とアナスタシアへと移る。

 そしてクローを展開し、二機へと振り下ろそうとした時、ティアが春夜へ叫んだ。


「行って!」 

 

 ティアの叫びと同時にアナスタシアが脚部を振ると、その場に巨大な氷塊が出現した。

 ただ、その氷塊はまるで登坂の様に斜面があり、それを見て春夜もティアの意図を察し、村正のスラスターを一気に吹かす。


「頼む!」


 春夜の言葉にアナスタシアの頭部が静かに動く。

 そして、村正はそのまま氷塊を登り、そのまま空中へ大きく飛んで行った。


『――!』


 無論、それはプレデトも理解したが、既にクローを振り下ろしている事もあり、そのまま標的をアナスタシアへと絞る。


「――どっちも狙おうとも負けは決まったわ」


 ティアの冷たい眼光がプレデトを捉えた時、アナスタシアがフィギュアスケートの様に高速スピンを始める。

 そのスピンは徐々にスピードを上げていき、同時に恐ろしい程の冷気を生み出していく。

 やがて絶対零度を生み出したアナスタシアと、プレデトのクローがぶつかった。

 火花、そして氷片やエレメントのエネルギーが溢れ、強烈な衝撃となって見る者達の意識を釘付けにする。


「通常の試合じゃ、ここまでエレメントが活性化する事はねぇ。本当に覇王ってのは規格外だな」


 士郎は目の前の光景に呆れた様に言った後、深く息を吐いた。

 店で子供達が、そこらのゲームセンターや施設でも、こんな現象を起こすPはいる筈がない。

 ネット上でもそうだし、だからこそ目の前の現象は異常でしかなく、異常を平然と起こす覇王達はEAWに選ばれたと言える。

 少なくとも士郎はそう思うしか納得することが出来なかった。


「そろそろ終わりね」


 そして、アナスタシアとプレデトのぶつかり合い、それは思ったよりも早く終わりを迎えようとしていた。

 プレデトのクローが徐々に氷結し始め、クロー刃も欠け始め、均等は既に崩れていた。


「私の試合を邪魔しといて、この程度で済んだ事を――感謝しなさい!」


 アナスタシアのスピンが収まった瞬間、最後に強烈な蹴りをクローへとぶつけると、クローは粉々に砕け散る。


『Error Error Error 重大ナErrorガ発生! コアEAヘコントロール ヲ――コント――ロール――ヲ……』


『なっ、なんだ! いきなりプレデトが! だ、だけどこれで――』


――季城を僕の手で!

 

 AIが停止した事でプレデトの操作権が再び義明へと戻り、義明は憎き春夜の姿を探すと、上空から迫る1機のEAに気付く。


『そこか村正ッ!!』


「もう終わりだ義明! 四季巡り・三季さんき――」

 

 村正の口部に咥えられた火・雷属性の雷火から、右腕に持つ風・土属性の春塵から、それぞれの属性のエネルギーが溢れ、その四属性が四季を現すかのように刃を包んだ。


『終わるのはお前だ季城! お前ばかり! お前ばかり! なんでお前が持っているモノを僕が持っていない!!』


――だから誰も僕を見てくれないのか? 僕に期待しないのか?

 

 日本の屈指の名医で、影響力も大きい父を通してしか見られない自身。

 兄はそれでも自身の実力で名医になったのに、自身は何も出来ず、開き直って父の権力を使えば周りは拒否反応や嫌悪感しか見せなくなった。


『僕は何も間違ってない! 僕が自分で出した答えが――』


――少しは自分で考えなさい。本当に簡単な事なのだ。


 嘗て、義明が父へ自身の周囲からの扱いの不満を言った時、父から言われた言葉。

 それを聞いて義明は考え、そして答えを出した。


『特別だ! 特別じゃなきゃ意味がない! 特別な存在! お前の特別を僕に寄越せ!! 一度は捨てたんだろ、始まりの覇王!!』


「覇王は……何も特別じゃないぞ、義明」


『持っている奴の傲慢だそれは!! グロワール改――ES発動!』


 義明の叫びと共にコアとなっていたグロワール改の背部から有線式の八つの端末が現れる。

 最初の時は背面斬りで撃破され、見せる事は叶わなかった武装『モールプルム』だ。

 八つの端末から各属性のビーム網を放ち、攻撃と拘束、且つ持続的な攻撃を与える必殺武装。


『さっきと同じだと思うなぁ!!』


 義明は叫びながらグロワール改の両手にそれぞれ、火・土属性のビームサーベルを握らせると同時にモールプルムを一斉に空中の村正へと放った。


「EAWを好きじゃなきゃ、覇王になんかなれないさ……」


 何かを思う様に春夜は少し、悲しそうな眼をしながらも村正を上空から真っ直ぐにグロワール改へ向かわせる。

 そしてモールプルムから離れたビーム網を、それぞれの弱点属性となる雷火・春塵で切り払った。


『馬鹿な! 馬鹿な馬鹿な! うおおぉぉぉぉ!!! 僕は特別にな――』


 義明の叫びと共にグロワール改は両手のビームサーベルを構えたが、最後にメインカメラが捉えたのは一閃の残光。


「――秋晴あきばれ


 気付けば自身の背後であるプレデトの上に村正は佇んでいて、振り向こうとした時にはグロワール改の上半身に斬り痕が浮かび、斜めにグロワール改は崩れ落ちた。

 

『あ、あぁ……そ、そんなぁ……ぼ、僕が――』


『開いたぞ!――動くな! EPだ! 両手を上げろ!!』


『う、うわぁぁぁぁ!!!』


 グロワール改が沈黙した事でプレデトも完全停止し、EAWスタジアム内のシステムも復旧したのだろう。

 義明の声と共にEP隊員の声が響き渡り、彼が拘束された事を春夜は察した。


「終わったか。……どうするティア? 続きするか?」


 村正はプレデトから降り、傍にいたEOD状態を維持したアナスタシアへ顔を向けた。

 両者と共にEODを維持している。続きをしようと思えば出来る。

 春夜もティアも互いに額に汗を流しながら、互いにどちらかの言葉を待った。

 結果、口を開いたのはティアだった。


「そうね、少なくとも私はそれを望んでいるわ。――けど、この子達が可哀想だわ」


 最後の方が声が小さくなっていたが、ティアがそう言ったと同時にアナスタシアと村正の纏う光が消え、EODが解除された。

 そして両機はそのまま崩れ落ち、その光景に春夜もティアも目を閉じ、悔しくて噛み締めながら拳を強く握る。


「……この日をどれだけ待ったか」


「……あぁ、そうだよな。俺は姿を消す気はない。だから互いの時間が許せば再戦は叶う。叶うが――」


「この日の熱が戻る事はないでしょうね……」


 そう言って春夜とティアは顔を下へ下げた。

 戻る事が無いと分かっているから。先の未来で、今日よりも最高の状態で再戦する日はあるだろう。

 だが、今日のこの試合が戻る事がないのも確か。


「お、おいどうなったんだ? 覇王が違法EAを倒したのか?」


「あぁ、そうみたいだ。すげぇよ、機体が損傷していたのに圧勝だ!」


「すげぇよ覇王! 覇王! 覇王!」


 二人の想いに気付くことなく、周囲の観客達は一斉に覇王コールをして称えた。

 だがアキを始め、一部の者達は分かっていた。嫌でも察してしまう。

 本気でEAWをしている者達は少なくとも、こんな称える事はしないだろう。

 だからアキ達も悲しそうな表情をしながら二人を見守っていると、彼女達の傍の客席にいた一人の男が呆れた様に溜息を吐いていた。


「……ったく、だから仕留めろつったんだ。今の時代、覇王同士の戦いがまともに終わる方が珍しいんだからよ」


 金髪オールバックの青年、彼の言葉には春夜とティアを貶す様な感情が読み取れた。

 だがそれ以上に、残念だと、同情する、悲しみ、そんな感情の方が遥かに強い。


「まっ、初戦を譲ったんだ。同情はするが、だから無しって訳にはいかねぇさ。俺の番だ」


「キャッハハ! そんなこと言って大丈夫? 月詠くん、次の対戦相手決めてるかもよ?」


 青年の言葉に隣に座っていた彼の取り巻きの女性が反応し、自身のピンクのサイドテールを揺らしながら青年を馬鹿にするように言うが、青年は慣れているのか彼女の額を軽く小突いた。


「そんなの関係ねぇよ。それにアイツの事だ、間違いなく次の相手を俺にするだろうよ。――天下のEAW代表もそうする気だろうしな」


 そう言った青年は、サングラス越しから鋭い視線を上階のVIP席へと向ける。 

 EAWを作った天才様は、きっと自身を利用するだろうと分かっているから。

 そして、そんな青年を閏は見ていた。VIP席の備え付けてあるモニターから、ズームにして。


「……アハハハ! 見てる見てる、嘗て春夜に返り討ちにあった『反逆』の劣化品が。でも仕方ないな、春夜の為だもんね」


 閏は青年を小馬鹿にした後、モニターのスイッチを変えると今度は春夜のいるコアの映像が流れた。

 悔しそうに、悲しみの表情を浮かべる春夜。その表情を見た閏は嘆く様に手で自身の顔を覆った。

  

「あぁ……可哀想な春夜。でも大丈夫だよ、待っててくれ。すぐに君を喜ばせてあげるからね。僕は親友だから」


 モニターに映る悲しみの春夜とは違い、閏は嬉しそうな微笑みを浮かべながら春夜を見続けた。

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