第18話:村正の力
村正とアナスタシア。両機のフィールド駆け巡る激闘が緩む事はなかった。
村正が火銃『日暮・秋蝉』の二丁に持ち替え射撃戦を仕掛ければ、アナスタシアも両袖をそれぞれ二門――計四門の射撃武装へと変形させ応戦する。
「手札が多い事だ!」
「お互い様よ……!」
赤と蒼の弾丸・エネルギー弾が閃光となって両機の間を走る。
春夜とティアは互いの厄介な箇所に対し言い合う余裕を見せるが、その射撃戦は一言で言えば高機動射撃戦とでも呼べる程で、両者の平和な会話とは裏腹に高速で動きながら撃ち合っていた。
――速い……!
両者の想いが一致する。
その両者の放つ弾丸は殆ど相手へ当たっていないからだ。
春夜は火属性銃だ。それでも相性有利なティアは当たってやるもんかと、そんな執念を感じさせ動きに更に磨きをかけた。
それだけ両者の集中力は凄まじく、動きが鈍る様子もなく、両者のスラスターがオーバーヒート寸前になりながらも止まる事はしなかった。
「凄い……!」
その高度な射撃戦に周囲が観客達の声援で響く中、その戦いを目の当たりにしたアキは自身にしか聞こえずとも、ほぼ無意識で呟く。
第一回の世界大会決勝の時よりも凄い。動きが、武装の派手さが、両者の執念が。
見ているだけで胸の奥から込み上げるのは活力なのか、それとも純粋な興奮なのかアキにも分からなかった。
「――っとうに最高!」
だからこそアキが振り絞る様に、けれど最高に嬉しそうに言うのも無理もなく、しかもそれはアキだけではなかった。
会場の殆どの者達も試合の全てが輝いて見えていたのだ。
嘗ての思い出補正もあるが、その者達を魅せているのは間違いなく春夜とティアだった。
――いつか絶対、あの人達と真っ正面から戦いたい。
込み上げる想いは純粋な戦欲だ。
やはり自身は根っからのEAWのPなのだとアキが自覚した時だった。
「……ざけるな」
場違いな口調と感情が合わさったからだろう。彼女の言葉はアキの耳へ届き、反射的に声の方を向いてしまう。
そこにいたのはEPのサツキだった。サツキは悔しそうに顔を下に向け、震える程に拳を握り締めている。
「アイツ、私達相手に……一切本気じゃなかったのか……!」
その言葉の意味はアキには分からなかった。春夜とサツキ達EPとの戦いを知らない彼女には。
多少は気になったが、それ以上に覇王同士の戦いへの欲求が勝ち、すぐに視線をフィールドへと戻すと射撃戦はまだ続いていた。
だが流れに変化が起こり、徐々にアナスタシアが被弾し始める。
「まずい、もう村正の速度が上がってる!?――でも属性有利はこちらよ! 決定打にはならない!」
「ッ! この二丁でも……流石に火属性じゃ無理か。正面の撃ち合いではアナスタシアを突破出来ない」
――だが火属性だけが原因じゃないな。
春夜は今までの攻撃を見て、アナスタシアの
相性有利の火属性とはいえ損傷どころか傷らしいものは殆どない。更に言えばさっき雷属性を持つ雷火の太刀も受けたのに斬撃はアナスタシアまで届かなかった。
「弱点属性でも神秘皇装衣に致命的ダメージはない……か。なら考えられるのは――」
春夜の脳裏にある予感――否、確信が過る。
属性相性以上の防御力。それを可能しているのは同じ覇王であるティアだからこそだ。
「世界大会優勝の恩恵光属性のEMを神秘皇装衣に全て組み込んだな……ティア!」
「ご名答! 全ての属性に優勢となる光属性のEM。それをこの
「最強の盾を持ったか……!」
――今度はハズレよ季城君。手に入ったのは最強の盾だけじゃないわ。
ティアは内心で笑みを浮かべながら、ある事を狙っていた。
それは上級者同士なら感じる戦いの流れに関すること。
同等以上の相手ならば経験値が似ている事で予測できる変化のタイミング。
接近戦、射撃戦、どれでもいい。流れがある中でどのタイミングで戦い方を変えるか、今の様に長く射撃戦が続けば必ず変化の時を互いに予測はする。
――けれど私はその流れを無視する。
ティアの狙いは流れを乱し、春夜に自身の予感を外させての戸惑い、予想外からの僅かな動きの停止だった。
――どれだけ理解し身体が反応しても、脳が困惑すれば必ず隙となるわ。
僅かな時間。瞬きぐらいの時間でも良い。それだけでも十分だ。
既にこの射撃戦は互いに流れに合わせているのではなく、既にティアにとっては彼女の仕掛け。春夜への餌だ。
そして仕掛けを発動させる為、アナスタシアは動きを更に速め、袖の二門を村正へと向けた。
「神秘皇装衣――ES発動」
数多の武器パーツと光属性を使って製造した神秘皇装衣。
製造に使用したパーツ分だけESを持つ最強のドレス。同時にそれだけのパーツ使用故に複雑なパズルの様に扱い困難な武装でもある。
だがティアは全てを理解している。どの様な形状にすればどのパーツのESが使えるかどうかも。
「チッ、秋蝉・ES発――」
そして春夜は罠に掛かった。アナスタシアが更に動きを速めてESを使うのを見て、射撃戦が更なるステージに向かうと判断し、秋蝉のESを発動しようとした時だった。
――掛かった!
「ES――キャンセル」
「ッ!?」
ティアの発言にESは発動直前で停止し、アナスタシアはフェイントで動きを変えて村正を真っ正面に捉えた。
その様子に春夜の――村正の動きは一瞬だが確実に止まった。
予定外により一瞬だけ脳がバグった春夜。この時をティアは待っていたのだ。
「最強なのは矛もよ」
瞬間、射撃兵装だった袖は形を変え、最初の時と同じく右腕を騎士の持つ西洋風の大型槍へ変えた。
更に各種部位。特に背後と脚部のパーツをスラスター状へ変形させると一気に火を吹かし、強烈な勢いのまま村正へ槍を向けて突撃する。
「速い!」
――間に合うか……!
弾丸の如く凶悪な速度と、圧倒的な威圧感と共に向かってくるアナスタシアを前に春夜は最早反射で動いていた。
最善の行動。武器を持ち帰る為、二丁の銃を手放した。
日暮と秋蝉はそのまま地面に落下するが、両手が空いた村正は新たな武器を取ろうと動くもティアは確信した。
――もう遅いわ。この攻撃は確実に当たる。
確信は変わらず村正の間合いにアナスタシアが入り、その槍が村正を捉えた。
その時だった。村正が両腕を下から上への交差状に振ると強烈な音と共に両機がすれ違う。
そしてアナスタシアの攻撃で村正の左肩部と腕部の四常権現が吹き飛び、左腕も損傷したのか亀裂と放電を発生させていた。
「そんな……!」
一見すればティアの攻撃の命中したという事実。けれどティア自身は信じられないと言った風に目を大きく開いていた。
何故ならばアナスタシアの神秘皇装衣――その真正面にはクロス状の大きな傷が刻まれていたからだ。
「どうして……抜く暇なんてなかった筈?」
宙に舞った四常権現が落下し、アナスタシアは振り向いて村正の方を振り返る。
すると腕には直前まで無かった筈の小太刀が二本握られていた。
雷火・春塵と同じ、それぞれ二種のエネルギーを刃から放つデュアル武器の小太刀と、それによって付けられた傷を見たティアの表情は焦りで歪んだ。
「まさか神秘皇装衣の防御を突破するなんて……!」
光属性は全ての属性の上にある。けれど無敵という訳ではなく、強烈な攻撃を受ければ普通にダメージは通る。
だからティアも光属性の優位性をフルに活かせる様に神秘皇装衣をカスタマイズしていたが、ここ数年で覇王以外では損傷らしい損傷もなかったのでショックを隠せなかった。
そこに自身の確信があったのも手伝い、更にショックは大きい。
「反撃のチャンスなんて与えなかった筈なのに……どうやって?」
「……ショックらしいが、《お互い様》》だティア。復帰早々に俺に小太刀を抜かせたんだ」
反撃に成功した春夜もまたショックがあった。
手首の部分に仕込んでいた小太刀。これは両腕にある雷火・春塵を素に製造した物だがEMの質はベースの二本よりも良く、攻撃力・質は高い。
それだけの小太刀を春夜は仕込んでいた。保険で、つまりは切り札として。
ただ復帰早々に使わざる得ず、隠していた手の内を早々に露見してしまったのはPとして悔しさがあった。
「あら? なら私も多少は救われるわ……この武装も貴方と戦う為に徹底的にカスタマイズしていたんですもの。――それに手の内ならまだ私は隠してるから」
「……それは楽しみだ」
早く見たいな、無垢な子供の様にそう思う春夜。
そんな彼の様子を見たティアは向こうにも余裕があることが嬉しい反面、少し気にらいらずムッとする。
「その余裕いつまでもつかしら? ここからはその小太刀も何度も使わせてあげるわ」
「勘弁してくれ……!」
――この小太刀、製造するのにレアEA十機分以上するんだぞ?
ティアは神秘皇装衣を本当に徹底的にカスタマイズしたのだろう。
可変武装故に矛にも盾にもなる以上、光属性を活かした事で必然に防御力も上がり、コントローラー越しの手応えでも分かった。
真っ正面からやり合えば、先に武器が死ぬのは自分の方だと。
「……流石にやり方を変えるか」
春夜自身楽しんではいる。だが武器の耐久度を考えると戦い方を選ぶしかなかった。
やるしかないと、春夜は小太刀を戻し、背中の水属性十文字槍――霜夜を取り出して構え、その矛をアナスタシアへと向けた。
「!……悪手」
それを見たティアが小さく笑みを浮かべ、そう呟いた事に春夜は気付かない。
そのままティアも迎え撃つ、と言わんばかりに損傷した神秘皇装衣を再び変形させ、今よりも更に強靭な槍と盾へと変えた。
次から次へと戦いを変える両者。その二人の姿を見たアキ達はもう驚き疲れていた。
「今度は槍と槍!? オールラウンダーってレベルじゃない!」
「お嬢様も季城様も、互いに勝ちたい相手がいる……その相手に勝つ為に意識せず、自然とあの領域に達したのです」
ありえないレベル。そう驚くアキの隣でセバスが冷静に教えてくれた。
属性相性がある以上、EAWで武装と所持属性が多い者は珍しくない。
故に上級者でオールラウンダーになる者も少なくない。
――それに御二人の本領はここからですよ。
セバスは二人の事を分かっていた。数年間、姿を消した春夜の事もだ。
EAW激戦の最初期から二人を見ていて、伝説の第一回世界大会でも近くで二人を見ているから、ここから更に戦いが加熱すると確信していた時だった。
「EYE! 桜雲を出せ!」
「こちらもニブルを出しなさい!」
『了解しました』
再び戦いが動いた。両者の要請にEYEが応えてすぐにフィールドダイブする二機の馬型サポートEA――
世界大会予選突破上位4名のみに与えられた最初のサポートEAであり、基礎となった存在。
「桜雲!」
「ニブル!」
互いに独自にカスタマイズした長年の相棒の名を呼ぶ。
そして二機は心で通じ合っているかの様に素早く走り出し、村正とアナスタシアが互いに後ろへ飛び上がると、その真下に桜雲とニブルは既に佇んで待ち、主をその背へと誘った。
「ニブル! 七年前の借りを返すわよ……言いたい事は分かるわね?」
『ブルルルル!!』
蒼炎の様な幻想的な鬣を揺らしながらニブルは応えるように声を出し、前足を動かして気合を表現。
ニヴルもまた敗北した側だ。だからこそ春夜と村正。更には桜雲へのリベンジ心は強くあった。
「負かした相手との再戦ほど怖いものはないな桜雲?」
『ブルル……!』
ティア達の気迫を感じてか桜雲もまた鋭くデュエルアイの眼光が光る。
何度でも勝ってやる。そんな気迫を感じて春夜も満足し、静かに槍を構えて手綱を握り、両者は騎馬戦の形となって対峙した。
「今度は騎馬戦だ!」
「サポートEAでの戦い……完全に七年前と同じだ!?」
「馬鹿言うな。荒々しさはなくなったが、それでも当時以上の技術の応酬だ」
観客達も再びざわめき始め、アキも目を輝かせながら息を呑むという器用な事をした時だ。
「桜雲!」
「ニブル!」
対峙して間もなく両者は一斉に駆ける。真っ直ぐに、ただ相手目掛けて。
そのまま間合いが近くなると村正は両手で槍を振り上げ、アナスタシアも勢いを利用しようと構える。
そして互いに武器が輝き始め、ESを利用したエネルギーを纏わせながら間合いに入った瞬間――
「
「
十文字槍による蒼き一閃。巨大な槍による黒き氷の突き。
互いの武器がぶつかり合い、強烈な光と衝撃を発生させた。
ぶつかった瞬間、観客達は一瞬だが目を細めるが互いにダメージは少ないのか桜雲とニブルはそのまま走り続け、互いに背を向けたまま走り去る。
「仕切り直しか……」
自身が思った以上にダメージが無いのが気になったが、春夜は冷静に操作してすぐに方向転換。
桜雲をアナスタシアへ向けると、アナスタシアも先程と同じ様に此方を真っ直ぐに捉え、村正が霜夜を軽く振って構え直した時だった。
「仕切り直し……それはどうかしら?」
「――んッ!?」
ティアの声と《《霜夜》への》違和感を感じたのは同じタイミングだった。
いつもより感覚が重い。僅かなそんな違和感を感じ、すぐに確認すると春夜は我が目を疑った。
何故ならば、霜夜の刀身が完全に凍り付いていたのだ。
「霜夜が!? これは……なんだ? アナスタシアのスキルか!」
春夜は叫ぶ様にアナスタシアへ視線を向けた。
あの機体のパッシブスキル【氷結】は知っていたが、水属性武器とはいえ霜夜を使用不能にする程の力はない筈だった。
「……何をしたティア?」
「隠していただけよ……いつか来るであろう、この日の為に。――アップグレートされたアナスタシアの固有スキル『氷結』改め『絶対零度』を!」
「っ! 強化されていたのか……その機体のスキルが」
春夜は驚く反面、実際にない話でもないと察した。
特定の機体・武器のスキルをTC、つまりはEAW運営に申請して通れば強化や調整は可能であり、それ自体も稀でもない。
ならば何が問題かというと、アナスタシアの氷結スキルを強化した『絶対零度』というスキルがどれ程の力かと言う事だ。
「隠し事が好きだな本当に……!」
「ふふ、それはお互い様よ……いつまでも持っていて良いの、その槍?」
ティアの冷たい視線が村正の持つ霜夜に向けられた事で春夜も咄嗟に見ると、凍っていた霜夜の矛。その氷が徐々に侵食する様に広がり、槍を包み込んだまま村正の腕にまで迫っていた。
「これは――!」
そう呟いた瞬間、村正は凍った霜夜をアナスタシア目掛けて投擲。
高速で真っ直ぐに向かって行くが、アナスタシアは易々と一蹴りでそれを弾いた。
そして蹴られた霜夜が地面に落ちると、その刀身の全てが氷に包まれ、それを見た春夜は確信へと至った。
「まさか水属性パーツの全てを?」
「ご名答。絶対零度のスキル……それは全ての水属性を氷結させる文字通りの能力。少なくとも、この試合では貴方は水属性の全てを封じられたわ」
「それは困った……な!」
軽い口調とは裏腹に春夜は鋭くアナスタシアを睨み、大弓・海霧を取り出してエネルギー矢を拡散して放つ。
水属性エネルギーの矢。それが大量にアナスタシア目掛けて向かう中、アナスタシアはその場で佇むだけだが、その理由はすぐに分かる。
「無駄よ」
ティアは無情に呟く。
アナスタシアの眼前で、一斉に空中で停止する海霧のエネルギー矢。
その全てが同時に凍り付き、そのまま砕けった事で春夜は冷や汗を流した。
「……参ったな」
何か穴でもあるかと思っての攻撃だったが、春夜は諦める様に察した。
一発でも当たればと思ったが、それがルールとでもいうのか綺麗に砕け散った矢を見て水属性が通じないと自分の意思で判断出来たのだ。
「だから言ったのに……素直じゃないのね相変わらず」
「よく言う。昔はそんな性格じゃなかったお前に言われたくない」
春夜は何度記憶を辿っても、目の前の柔らかい雰囲気を持つティアが記憶と合わないでいた。
初めての出会い時には冷たく扱われたし、愛想も絶無。
良い所も確かにあったし気付いていはいたが、少なくともファンサービスもしなければ笑顔を絶対に見せるタイプじゃなかった。
「随分と変わったな、ティア」
「じ、自覚はあるわ……こんな私は嫌い?」
ティアも昔とのギャップの自覚はあり、少し恥ずかしくなって顔を赤くしながらも不安そうに春夜へ問いかけた。
ただ春夜はその問いに小さく微笑んだ。
「いや……今も昔も、俺がティア・クリスヘイムを嫌いになったことはないさ。初めて負けてから、ずっと勝ちたかった相手だったからな」
「!……そう。ありがとう」
意外な言葉にティアは驚きながらも嬉しさで笑みが零れるのを我慢できなかった。
初めて出会い、そして負かした時に随分と酷い事を言ったのにこんな嬉しい事を言ってくれるなんて、と。
しかし、だからといって勝ちを譲るかと言われれば別問題であった。
「さて喜んでくれたし……多少は手加減を期待して良いかな?」
「それとこれとは別の話ね。何より――」
――本当に手加減したら怒るでしょ?
「バレた……か!!」
――瞬間、居合の抜刀の如く。
村正は神速で両腰に備えた【光属性】の刀、望月・盈月を抜き、そのまま交差状に振り上げ、光属性の斬撃をアナスタシアへ放った。
「っ!? 光属性の斬撃!!――ニブル!」
光属性の、しかも春夜クラスが放つ斬撃は並のESの比ではない。
ティアも流石に焦りを見せ、素早く神秘皇装衣を変形させ右手に集中させて巨大な盾とした。
そこにニブルも対属性シールドを展開し、そのまま斬撃を受け止めた事で巨大なエネルギーが生まれ、周囲へ余波を与えた。
「なっ、なにこれ!? 今までの覇王同士の試合じゃこんなって!」
フィールドから放てたれる強烈な光にアキや周りは腕で顔を隠した。
今までの覇王同士の試合では見なかった現象に誰もが驚く中、士郎は興味深そうに眼を細めていた。
「それだけ二人共マジって事だろう。世界トップPが最強の属性を持っての戦い。始まりっていう最後のピースが揃った事で覇王達もいよいよ本気で獲りに来てんな」
原点にして最強。新たなEAW時代を築いた始まり覇王。
逆に言えば彼の存在は他の覇王にはコンプレックスに近い存在で、なのに当の本人はいなかった。
影響・力。いない者にどうやって証明すればよいのか手段がなかった今までとは違い、始まり覇王は確かにここにいる。
「もう誰も止められない筈です……お嬢様だけではなく、他の覇王達を含めた強者達の闘争を」
覇王の側近で白金クラスのセバスの言葉。
それは不思議な言葉の重みがあった。近くでティアを見てきて、そして最初期からEAWに関わっていた彼だからある重み。
始まりの覇王の復活。それは新たな始まりを生んでいたのだ。
――覇王含めた強者達との群雄割拠を。
そして世界中で間違いなく、それを実感できているティアはコントローラーから感じる振動を感じながら耐え抜いていた。
ただその代償もあった。盾にして神秘皇装衣には深くクロス状の傷が残り、ニブルの装甲にも確かな亀裂が残ったのだ。
「流石ね……でも私は……私達はこれを待っていたの。あなたが消えたEAWでずっと……決して消えないこの渇きを――」
「――それはすまなかったな」
余波の煙が晴れるよりも先に、アナスタシアが盾を僅かに逸らして前方を確認した瞬間だった。
アナスタシアの眼前に村正の脚部が映っていた。
「なっ――」
ティアが気付き、行動しようにもすでに遅し。
村正の飛び蹴りはアナスタシアの頭部に綺麗に入り、スラスターを噴射しながらそのまま共に両機は飛んでいく。
「桜雲!」
『ブルルッ……!』
更にそこへ主を失ったニブルへ桜雲が迫り、そのまま胴の下へ顔を潜り込ませて強烈にかち上げ、そのままニブルは地面に叩き付けられた。
『ブゥル!?』
ダメージを受けながら顔を上げるニブルへ、桜雲は邪魔はさせまいと立ち塞がった。
これでサポートEAを封じた事で再び純粋な戦いへと戻り、村正はずっと蹴り続けたアナスタシアへ空中で態勢を変え、今度は胴体へ蹴りを叩き込む。
「くぅっ! 嘗めるな!」
ティアの口調が変わり怒気迫る気配を纏った。
アナスタシアは蹴り飛ばされたが空中で神秘皇装衣を変形させスラスターを展開し、態勢を整え、そのまま腕部を変形させながら村正へ高速で迫る。
「望月・雷火――ES発動」
春夜も迎え撃つ為、二刀のEAを発動させる。
雷火は刀身に赤い稲妻を纏わせ、望月も違法ゼネラル級を沈めた光属性ES
「笑わせる――!」
浅はかだとティアの眼光が光り、アナスタシアは右腕を変形させた姿――それは巨大な鋏状のクローだった。
通常のEAなら真っ二つに出来る程の大きさのそれを村正は弾くが、完全には防げず右腕を挟まれる。
ただそれだけでは終わらない。そのクローの内はチェーンソーの様になっており、火花を散らしながら光速回転を始めた。
「うおっ! どんなカスタマイズしたんだ!?」
「私の目標は今も昔も季城君、あなたただ一人! だからこそ考えうる全てをアナスタシアへ与えたわ!」
ティアは自身が思いつく限りの全てを対策し、カスタマイズへ取り入れたのだろう。
徐々に腕が切られていく村正に春夜も流石に焦り、右腕の望月をアナスタシアのコア目掛けて突き刺す――
「させない!」
ティアは読んでいた。春夜のパターンを、相手の不意を突いてのECを破壊する必勝を。
恐ろしいのは春夜には覇王相手でも可能とする技量がある事だ。
だから左腕を盾に変え、望月の斬撃を受けた。
先程とは違いやや小さな盾で、望月の斬撃は盾を貫通したが寸前で確かに止めることに成功した。
「くっ……あと一歩が!」
「その一歩……絶対に踏ませるものですか……!」
春夜もティアも今が試合の分岐点。またはその直前なのを直感している。
コントローラーを握る手を更に強め、これでもかと押し続ける両者。
今この時も村正の左腕は削られ続け、アナスタシアの胸部にはジリジリと刃が迫り続ける。
「ここでECを破壊できずとも、少しでも損傷を与えればスキルに影響も――!」
「こちらとも同じこと! 後半の村正の厄介さを私達は知っている! だからせめて左腕だけでも――!」
両者共に最悪、ここを勝利ではなく勝利への伏線にしようとも考えた。
勝てるならここで決めたい。そんな本心を抑え込み、相手がここで終わる訳が無いと警戒を止めないからこその決断。
だが手に汗握るこの瞬間、先に異変が起こったのはアナスタシアの方だった。
――不意に村正の左腕を削っていた刃が止まったのだ。
「っ! どうした――」
ティアにとっても想定外の事だ。焦りを隠さずに素早く状況を確認すると異変にすぐに気付いた。
「村正の腕が……装甲の色が変わってる?」
先程まで装甲ごと切断まで追い詰めていた筈の村正の箇所が、装甲諸とも青色に変色していたのだ。
水属性を連想させる外見にティアの脳裏に嫌な予感が過り、無意識に春夜を見ると彼は冷や汗を流しながらも確かに笑みを浮かべていた。
「間に合ったな……四常権現のパッシブスキル――『四季化粧』が」
「四季化粧……? まさかそれが四季シリーズの力!?」
「正確に言えば……村正に装備している甲冑装甲のESだ。四季化粧は周囲の属性環境によって属性を変える能力がある。そしてお前がずっと接触させていた部分が水属性に変わったんだ」
「くっ……属性変化能力。四季シリーズ……想像以上に厄介!」
ティアは最悪な展開に思わず歯を噛み締めた。
デュアル武器の雷火・装甲の四常権現と言い、あまりに自身に厄介過ぎる。
実際、冷静に村正の姿を確認すると左腕程じゃないにしろ、徐々に青色に装甲が変わり始めていた。
「つまりフィールド内の水属性エレメントが活性化してるのね……!」
「あぁ水属性ESの使い過ぎだな……お互いに」
春夜の意味深な言葉にティアは何を言っている? と疑問を抱いたがレーダーには後方付近から確かなESの発生が表示があった。
ティアはすぐにカメラを切り替えると、その発生源は見覚えのあるものだった。
「あれはさっき弾いた槍?」
発生源。それはついさっき無効化した水属性十文字槍『霜夜』であった。
霜夜は完全に凍っているにも関わらず、その周囲には低温の霧が発生し、徐々に範囲を広げていた。
「まさかESを発動させてから投げたの? よくもそんな手を……フィールドの水属性エレメントが活性化すれば、恩恵が多いのはアナスタシアの方なのに……!」
ティアの言う通り、EAを始め属性パーツは環境の同属性エレメントが活性化すればする程に性能や威力を上げる。
それはEAWの基礎知識であり、わざわざ相手だけが有利な属性を好き好んで活性化させる者は殆どいないが、春夜は笑みを崩さなかった。
「確かにな……だが俺と村正にはそんなの関係ないさ!」
春夜の言葉にティアもセバスも、アキを始めとした観客も驚愕で息を呑んだ。
相手は最強Pの一人、第二の覇王ティアだ。今まで彼女に挑んだ者は水属性を可能限り弱体させる戦術ばかり
なのに自殺行為でしかない行動、動きをして何故に余裕があるのか。一体、始まりの覇王は何を自分達に魅せてくれるのか。
「あぁ……素晴らしいなぁ春夜。やっぱり君だよ……君だけが覇王に相応しい!」
生みの親である閏ですら春夜に酔いしれていた。
嬉しそうに、子供の様に、純粋な狂気を隠さない閏に隣にいる厳流はドン引きしていると戦いに再び動きが起こる。
「……何よりこれで終わる筈がないだろ俺達は。君も恐さを忘れた訳じゃないだろ? 村正の力を」
「っ! まずい――!」
言葉の意味を察したティアはすぐに村正の左腕を解放し、そのままクローを村正へ振り下ろす。
「やるぞ……村正」
村正のデュエルアイが光り、機体からも薄っすらと菫色の光が現れ、機体を包み込んだ。
そして破損したままの左腕で雷火を振り上げると、そのままクローを切り落とす。
「くっ! なら!」
宙にクローが舞うがティアは冷静を貫き、左腕の盾を戻し、脚部に再び氷刃を形成し村正の腰部へ叩き込んだ。
そして村正が怯んだ隙に後方へ飛び、形状を最初と同じ高機動の姿へ戻る。
不幸中の幸い。右腕自体は斬り落とされていないアナスタシアだが、最初に比べれば損傷は目立ち始めていた。
それは村正も同じだが、その点に関してだけはティアも冷静でいられなかった。
「これじゃ7年前と同じ。村正……!」
ティアの脳裏に第一回EAW世界大会決勝の記憶が過る。
決勝後に春夜が村正じゃなきゃ負けていたと言ったが、あれは後ろ盾の千石社へリップサービスではなくただ事実を言っただけだ。
その理由は村正の持つパッシブスキル。アナスタシアの『絶対零度』の様に、世間で妖刀と認識された名を持つEAの力があった。
「村正のパッシブスキル『
「やっぱり覚えてたか……」
「忘れるはずないじゃない……あの決勝で私はあなたのEODよりも、そのスキルの方が恐ろしかったわ」
ティアも冷や汗を流す程の恐ろしき力。嘗てEAW史上最強のEAとまで呼ばれた事のある初代ムラマサシリーズ。
それはデチューンされた三代目ムラマサを使用するアキですら知っている事だった。
「初代ムラマサシリーズだけが持つスキル……自身が損傷すればするほど力を得る異端のスキル『天呪村正』……!」
誰もが知る伝説のスキル。それをアキは直で見た事に感動の様な、または恐怖の様な震えを覚える。
そして彼女の言葉に士郎とセバスも頷いていた。
「そうだ……始まりの覇王。奴はあれとEODで世界を獲ったんだ」
「えぇ……初代ムラマサはとんでもない高性能機。ですがそれ故の常人では扱い切れないピーキー過ぎる操縦性が問題でした。なのに傷付けば傷付く程に性能が上がるならば誰も扱える筈がない機体です」
――ただ一人を除いて。
セバスはそう言って複雑な表情を浮かべた。
持久戦が続けば村正はその真価を発揮する。真に扱える春夜という乗り手によって完全に。
「まぁ、嘗ては初代ムラマサの乗り手は他にもいたんですが……今は何をしているのか」
「他にも……ですか?」
セバスの呟きにアキは反射的に聞いてしまうと、セバスは静かに頷く。
「えぇ、今では季城様の名が最も有名になってしまいましたが、嘗ては初代ムラマサを扱えるPがもっといたのです。始まりの覇王が消えたのと同時に聞かなくなりましたがね」
懐かしむ様なセバスにアキは春夜とティアの凄さを再度自覚する事ができた。
そんなPばかりの世界大会を制した二人。まさに覇王に相応しいのだろうと。
「どれだけの距離があるんだろ……今の私と」
アキはいつか超えたい人達との距離を考えながら再びフィールドへと顔を向けた。
それしかできる事がないから。
「行くぞティア……ようやく、あの決勝の続きだ」
「来なさい……!」
左腕を巨大な盾へ変形させ迎え撃つ姿勢のアナスタシアへ、戦後村正は雷火を振るい火・雷属性が合わさった斬撃を放った。
その斬撃は先程とまで比ではない濃密なエレメントが込められていた。
『天呪村正』の効果も合わさり、禍々しく濃い斬撃をアナスタシアは盾で受け止めた瞬間、大きな爆発を生む。
「想像以上に性能が上がってる……流石にもう余裕を生む暇はなさそうね」
爆煙が晴れず、アナスタシアも煙に包まれる中でティアは満足そうに笑みを浮かべる。
今の攻撃を耐えたが盾には深い傷が刻まれた。神秘皇装衣がここまで損傷したの久し振りだ。
だからこそ、もう出し惜しみはできない。
「……EOD・スタンバイ――」
『了解。アナスタシア・EOD発動――』
ティアの声にEYEが応えた。
――瞬間、爆煙が一気に吹き飛び、周囲へ猛吹雪が襲った。
「ふぅ……来るか、第二の覇王」
緊張した様に春夜は深く息を吐いた。
雷火と望月のESも維持させながら、吹雪が晴れた先にいるアナスタシアへと身構えた。
「EOD――
アナスタシアから光・水・風属性のエレメントが粒子となって天へと舞った。
それはダイアモンドダストの様に輝き、銀世界へと豹変したフィールドへと降り注ぐ。
「参ったな……!」
周囲のエレメントに大きく影響させるアナスタシアのEODに、春夜は握る手が強くなっていた。
EODを発動させた事で損傷した神秘皇装衣も修復どころか強化され、光属性と水属性の恩恵により金色と蒼のドレスへと姿を変えた。
「……季城君。ここからは私の全力。だから出し惜しんで負けたりしないで」
ティアの声は落ち着きに満ちていた。
それに合わせるかの様にアナスタシアの動きも静かな動きとなり、右足をゆっくりと上げた。
そして、そのまま下ろした瞬間、巨大な氷刃が村正目掛けて走る。
「高密度の水と風のエレメント……!」
直撃は避ける為、村正も再び雷火を振り斬撃を放った。
そのままぶつかり合う両者の攻撃は衝突の余波を生むが、その余波から飛び出したのは多少は小さくなったアナスタシアの氷刃だった。
「押し負けた……!」
それは春夜の嘗ての感覚とのズレを証明していた。
昔のアナスタシアのEODならば相殺できたが、やはりEODも強化されていたと。
村正はすぐにスラスターを吹かして横へ飛んで回避したが、その直後、春夜に悪寒が走る。
「あら? 随分と余裕なのね……まだEODを使わないなんて。それとも甘く見たのかしら、私とアナスタシアを」
「なっ! 嘘だろ!?」
気付かぬ内に背後に回っていたアナスタシアに春夜も驚きを隠せなかった。
だがアナスタシアは特に何もせずに横切るだけだった。
しかし、その後の動きを見て春夜と会場は目を見開いた。
「終わるなら……この技で終わりね」
アナスタシアは村正の周囲を光速で回る。
動きだけではなく、アナスタシア自身もスケートのスピンの様に回転しながら周囲を回り続ける。
周囲を凍結させながら、氷を生成させながら。やがてその動きの中で幾つもの氷塊が生まれ、それはアナスタシアと同じく村正の周囲を高速回転し続けた。
「これはまさか……!」
この動き。それは春夜にも見覚えのある動きだった。
嘗て世界大会決勝で見せられ、他の者達にはティアの代名詞の一つとして。
「絶氷の輪舞!!」
「世界を獲った女帝の必勝技か!」
アキと時織は、ティアが決めに来た事を確信する。
あの技で何も出来ずに敗北したP達を多く見てきたからだ。しかも今回はEODを発動して技に見ている側が絶望を覚えてしまった。
既に村正を囲む氷塊は氷山の様な大きさとなり、徐々に村正へと迫っていた。
「ハハ……昔より凄いが、それでも俺はこれを破ってる事も確かだろ!」
吹雪と氷山に囲まれながらも春夜は笑みを浮かべ続けた。
冷や汗を流しても強き笑みを浮かべ、視界も奪われながらも村正を真上へと飛ばした。
そこが穴だった。この技は吹雪で視界を封じ、周囲の氷山で氷殺するが真上が唯一の脱出路だ。
「二度も同じ手は勘弁だな……!」
嘗ての決勝戦で手痛い目にあった攻撃。それを春夜が忘れる事はなかった。
だから攻撃を最高のタイミングで回避する事もできた。
「でしょうね」
だがそれはティアも同じことだ。一度は破られた技を馬鹿正直な強化だけで終わらせる筈もない。
真上へ飛んだ村正。それを読んでいた様に真上に佇むアナスタシアの姿があり、その脚部はとんでもない速度で、大きな氷刃を精製していた。
「――なっ!」
春夜は思わず声を詰まらせた。
先程までの戦いでティアが手を抜いていたとは思わなかったが、それでも目の前の精製速度は今までの比ではない。
――わざとだ。わざと精製速度を全力で行わなかったんだと、今この時の為に。
「これが私とアナスタシアの全力、絶氷の輪舞――」
ティアの言葉と共に、脚部を巨大な装飾剣の様なデザインの氷刃にしたアナスタシアが村正へと降って来た。
周囲には氷山。真上には逃げ場を塞いだ巨大な氷刃。
村正はどこに逃げる術はなく、そのまま氷の世界へとその身を沈めた。
「――無限氷葬」
女帝の輪舞が終わった頃には、残ったのは巨大な氷の山だけだった。
周囲も氷の世界へと変わり果てていた。地面は凍り付き、濃霧と強風が吹き荒れる。
それは見ていた観客達の言葉を奪う程に圧倒する光景だった。
――アキと閏を除いて。
「……まだ終わらない」
アキは唖然としながらも口だけが勝手に動いてる様に力無く呟いた。
「さぁて……どうするのかな春夜?」
閏もまた春夜の敗北を微塵も感じていない様に楽しそうに笑みを浮かべ続けていた。
ティアもまたアナスタシアの脚部を氷刃と切り離し、静かにその場で佇みながら真下をずっと見ていた。
「これはアナタだけの為に作り、そして初めて見せた技よ。この時の為に――」
「へぇ……そりゃ嬉しいな」
――瞬間、氷山の真下から周りを叩き割りながら斬撃が昇る。
それはそのまま威力を下げずに上り続け、やがてアナスタシアの右半身に強烈に叩き込まれた。
「なっ……馬鹿な……!?」
何が起こったか分からないティアだったが、確かに感じる悪寒。
それによりすぐにスラスターを吹かし、氷山から降りたが脚部にも斬撃によって損傷しており、そのまま膝を付いてしまう。
「EODを使用しているアナスタシアにこのダメージ……やっぱり――」
ティアはすぐに斬撃の発生場所へ視線を集中すると、その場から大きな爆発が生まれ、氷塊が周囲へ飛来した。
そして一際大きな氷塊がアナスタシアへ迫り、それを上半身だけを逸らして回避した先から巨大な菫色の光が溢れ出る。
『戦護村正――EOD・
「EYE……タイマーを含めたEODのリミッターとなる物を全て解除」
『了解しました』
春夜はEYEに対してEODへのリミッター機能を全て解除させる指示を出す。
これにより機体への負担は残るが、EODを出し惜しみなく使用し続けられる。限界を超えた瞬間に勝手に切れるだろうが。
「さぁて……すまなかったティア。ダンスは苦手なんだ」
そう言って氷から出て来た村正はEODを発動させ、全身、フェイス、各種装甲の隙間から菫色の光を纏い、放出させながらゆっくりと現れた。
ただ冗談を言う春夜であったが、村正も無傷ではいられず、全身の装甲は傷や亀裂が走り、左腕に関しては肩より先が無くなっていた。
「……そのようね。でも残念ながら教えてあげる余裕は私にもなさそう」
左腕部を失い、機体の損傷も激しくなった筈の村正だが、それを見たティアの表情は有利側なのに険しく、冷や汗を流しながら村正を睨み続けていた。
そんな彼女の表情が写るモニターを見たアキは違和感を抱く。
「どうしてティアさんの方が苦しそうなの? 損傷具合なら間違いなく……」
「パッシブスキル――『天呪村正』はEOD状態でも発動しております」
村正の方が激しい。そう言おうとしたアキの声を遮る様に答えたのはセバスだった。
「先程も言った様に天呪村正は傷を負えば負う程に力を増します。それに加えEODの力も合わされば、初代ムラマサの性能は凄まじいことになるでしょう。――しかも季城様はそんな機体を扱える技量もある。ここまで言えば、お嬢様が苦しむ理由の説明も必要ないでしょう?」
「互角以上の戦いなのに……戦護村正だけは力が上がってるから」
「えぇ……その通りです。通常、後半戦になれば機体のダメージも蓄積される。ですが初代ムラマサに限っては寧ろ真の性能を発揮する時なのです」
アキは落ち着いた感じで話すセバスへ耳を傾け続ける中、その言葉には重みがあると感じた。
実際に経験した者の言葉の重みが。
そしてセバスが黙まった事でアキも意識を試合へと戻そうとした時だった。
「やっちまったな女帝の奴。月詠が駆るムラマサを半端に追い詰めるとどうなるか知らない筈ないだろうが。――ったく、楽しみながらとか言って最後に自分が負けてちゃ世話ねぇだろ」
騒がしい会場で不思議な事に男の声がアキに耳に届いた。
何故か意識に引っ掛かる声に背後の観客席、その最前列の方を見るとアキは人一倍存在感を発生させる一人の男に気付いた。
「まぁ……月詠の野郎相手に速攻で仕留めろっつうのも酷だわな」
金髪オールバックに赤いサングラスを付けた男は、春夜とティアの試合を見ながら楽しみながら呆れた様な納得する様な不思議な様子で見ていた。
「……あの人、どこかで?」
明らかに周囲とは違う反応の男だが、アキはその男に何故か見覚えがあった。
どこだったか、少なくとも実際に見た感じはなくSNSや雑誌か何かだと思っていた時だった。
『まだやれるか……ティア?』
『当然……!』
フィールドから聞こえた覇王達の声に意識を戻され、すぐに視線をフィールドへと戻した。
「この程度で動けなくなる程、私もアナスタシアも軟じゃないわよ」
脚部から右肩に掛けて村正の一撃を受けたアナスタシアだが、破損部に氷を精製して穴埋めし無理矢理立ち上がった。
戦護村正も各種装甲にも亀裂が入っていたが、消えた左腕部からは菫色の光が激しく放出され、両者共にここで終わらせるつもりはないのが分かった。
「俺も村正もそのつもりだ……!」
両者の激闘を告げるかのように村正の菫色の光と、アナスタシアの氷が丁度両者の真ん前でぶつかり合って二分にした。
そして村正が静かに隻腕で構え、アナスタシアもゆっくりと脚部を浮かせた瞬間、両者が動い――
『キィィィジョォォォォォォォォッ!!!!』
「――はっ?」
「――えっ?」
突然の怒号に、春夜とティアは思わず間抜けな声を出してしまった。
両者がぶつかり合う寸前、フィールドの地面が開き、怒号と共に巨大なサソリの様な機体が飛び出してきた。
そして、そのまま地面に着地して戦護村正とアナスタシアを見下ろすのだった。
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