第17話:VS第二の覇王&アナスタシア

「「ハァァァァァァッ!!!」」


 春夜とティア――二人の覇王の咆哮と共に愛機達は空中で踊る様に斬り合いながら地上へと落ちた。


「ESスキル――ニブルエッジ!」


 最初に動いたのはティアだった。

 アナスタシアの脚部。まるでスケート靴の様な形状のそれが、ブレード部分が氷となり形状自在と戦護村正へと迫る。

 

「――絶氷解放曲アイスリベレイション


 最初は氷柱の様な刃で何度も突き、その刹那で今度ブレード状に変え高速でスピンしながら戦護村正の周囲を切り刻む。

 そして最後はジャンプし、両脚をギロチンの様な氷刃に変え、戦護村正の頭上へと処刑台の如く迫った。


 しかしこの動き。何が恐ろしいといえば、この連続技を僅か数秒程度で演じていることだった。

 その現実にアキ達は驚きを隠せなかった。


「速い!? それにあの脚部の武装って噂の……氷属性!?」


「正確には違うな。皇女シリーズの1機『アナスタシア』だけが持つ固有スキル『氷結』に、上手く水属性・風属性のパーツを利用して氷刃を作ってんだ。――まぁ、あの精製速度は異常だがな」


 アキの疑問に士郎も冷静さを見せながら話すが、困惑からの冷や汗までは隠せなかった。

 アナスタシアの固有スキル『氷結』は文字通りで、少なくとも水属性相手に無類の強さを発揮できる。

 ただそこまで自由度があるスキルでもなく、目の前の変幻自在の連撃はあくまでもティアの技量とカスタマイズの恩恵が大きい。

 そこまでして相手に勝つという、まさに彼女の執念の具現化であった。


 しかも、驚く理由はまだあった。


「それにあの動きもだよ。第二の覇王ティア・クリスヘイム……幼少期にフィギュアスケートでメダルを貰う程の実力だったらしいけど、その動きを上手くEAWに活かしてる……!」


「瞬きだけでも状況が変わりますぞ!?」


 染森と鳥杉も、脳の理解が落ち着かない事態に困惑するが、同時に手汗を握る程に視線はフィールドへ固定していた。

 二人だけではない。朔望月のメンバー達も、そして観客も同じだ。

 これを見たかった。ずっと待っていた。誰もが望む光景を見守る中でティアだけではなく、春夜も動いた。


「ふっ……!」


 口元がニヤけたと思えば、ティアの最後の一撃を戦護村正は右腕に握る――夏・雷火一本のみで受け止める。


「第二の覇王の攻撃を片手で受けた!?」


 アキが叫ぶ。されど異変を感じ取ったのはそれを直に受けたティアだ。


「火と雷属性のデュアル武器!?――なら!」


 刃から溢れ出す炎と雷のエネルギー。それを受けたティアの脚部の属性エネルギーのぶつかり合いが起こる。

 水属性を持っている以上、火属性には勝てるが雷属性は弱点。このままでは脚部へのダメージが出る事を頭が理解――よりも反射的に身体が理解し、動いた。


「私とアナスタシアの本領……その片鱗を思い出させてあげるわ」


 気迫の篭ったティアの声が春夜の耳に届く。同時に画面の脇に映る彼女を見ると、その眼光が鋭く光り、春夜を捉えていた。

 そして、アナスタシアの纏うドレスが。 


神秘皇装衣レーツェルヘイムES発動――絶氷河ミルヒシュトラーセ


 アナスタシアが身に纏うドレスに蒼光が走る。

 腕部を丸ごと隠す袖部分の形が変形し、それは槍の様な鋭利な形へ姿を変えた。


「出た! 第二の覇王の代名詞!」


「変幻自在のドレス――神秘皇装衣レーツェルヘイムだ!?」


 観客席から興奮の声が大きく響き渡った。

 アキ達も当然知っていた。ティアの代名詞であり、彼女の才能の具現化である神秘皇装衣レーツェルヘイムの存在を。


「見たのは初めて……あれがティアさんだけが使える、沢山の武装パーツから作った最強のドレス!」


「……その通りです。火属性を除く武装パーツによって構成された武装。ドレス全てがパズルの様に自由に動いてお嬢様の望んだ形の矛と盾になる、お嬢様だけが使える最強武装です」


 観客達に混じって呟いたアキ。彼女の言葉に返答したのは執事服を纏ったティアの側近――セバスだった。

 セバスは自然な流れで春夜の応援席側に来ると、そのまま何事もなく観戦を始めたが流石に時織が待ったを掛けた。


「おいおい……流石にあんたがこっちで観戦するのはどうなんだ?」


「ハッハッハ……いえいえ、こちら側で観戦した方が面白そうなので。特に問題がなければ許してくれませんか?」


「へいへい、なら好きにしてくれ」


 そこまで問題もないのは事実なので、時織はそう言うと周りも少しでも見逃すのは勿体ないと、すぐにフィールドへ視線を戻す。

 セバスも周囲に許されると、そのまま観戦するが、その視線は彼の仕えるティアへ向けられていた。


「……本当に良かったですね、お嬢様」 


 感情を剥き出しで笑みを浮かべるティアの姿。それがセバスにとって何より嬉しい事だった。

 そして、そろそろ試合に集中しないと勿体ないとセバスも想い、その意識は試合へと向けられていった。


「獲る!」


「マズイか……!」


 槍となった腕でアナスタシアは、態勢をわざと崩し、その勢いで村正へと放つ。

 それには春夜も冷や汗を流し、咄嗟に肩部の甲冑部で受け止めるも、そのまま勢いで吹き飛んだ。


「ッ!――次はこっちからだ!」


 吹き飛ばされた村正だが、空中で体勢を整えて着地。だが直撃を受けた肩部――四常権現には僅かに亀裂が入る。

 カオスヘッド達やサツキ達EPの攻撃を受けてもビクともしなかった甲冑を、こうも容易く傷付けるティアの攻撃力。

 それに応える為、春夜は更に春塵を抜き、雷火との二刀流で挑んだ。


「雷火・春塵――ESスキル発動……!」


 二刀のデュアル武器。その刀身からそれぞれの持つ二つのエネルギーが溢れ出る。

 その直後、村正のスラスターが一気に火を吹いて加速。その目指す先はアナスタシアだ。


「来る……! ならこちらも――」


 腕を戻し、その場で立ち尽くすと思えたアナスタシアが不意に左腕を前に出すと、神秘皇装衣が再び変形し、その左腕に巨大な盾が生まれた。

 更に全身も姿を変え始め、スカートのドレスは強固な重鎧へと姿を変える。  


「なっ!? まだ姿が変わるのか!?」


 場に合わせて素早く形を変える神秘皇装衣に、サツキが驚いた。

 しかし、ティアのこの手の事は彼女の知名度を考えれば、EAWに関われば誰でも知っている。

 なのにEPがそれを知らず、本気で驚いているサツキとその部下達を見て、アキ達はEPの知識の浅さに不安を抱く。


 そもそも、驚く箇所が違うのだ。


「手札が多い事だ。あれじゃまるで重装兵じゃねえか」


 周りの声を代弁する様に士郎が静かに呟く。

 先程まで初代ムラマサに匹敵か、それ以上の高機動戦を見せたと思えば、今度は重武装の姿を見せる。

 形も技術も変幻自在。機体も、操縦の腕もどんな状況でも対応して見せる。

 第二の覇王の恐るべき、驚くべきはそこだった。


「どうだアキ、お前には真似できそうか?」


「――無理。少なくとも、今は絶対にできない」


 士郎が隣にいるアキに言葉を振ると、帰って来たのは否定の即答。

 フィールドから顔を逸らさず、試合に集中しているからこそ、それは偽りなき本音。

 ただ、士郎はその言葉に嬉しさを覚えた。


「……か」


 飽くまでも今は。いつかは必ず、その領域に自身も達して見せるという向上心を嬉しく思いながら、士郎も再びフィールドへ意識を戻すのだった。


「四季廻り・二季――夏祀なつまつり!」


 身構えたアナスタシアに迫った村正。

 雷火の纏う火と雷属性のエネルギーを、春塵の風属性へ流し、炎雷を纏った二刀をアナスタシア目掛けて叩き込む。


「――速い!」


 その斬撃の速度。それはティアの記憶にある、あの決勝で見せた速さよりも上だった。

 それでも、ティアは臆せずに盾に形を変えた左腕で堂々と迎え撃った。 


『敵EAからの高威力の属性攻撃を確認。相性・良。念の為、ダメージに注意してください』


「不要! 致命的損害以外、報告はいらない!」


 EYE01からのサポートメッセージを一蹴し、ティアは春夜からの攻撃に備え、正面からその斬撃を受けた。


 巨大な盾に刻まれる火と雷の数多の斬撃。

 無数の斬撃に傷を刻まれた盾は、その箇所から二つの属性が爆発。

 しかし盾はその形を悠々と保ち、すぐにエネルギーの爆発も止み始める。


「耐え――」 


 耐えた。その言葉をティアが無意識に言い終えるよりも先、村正は更に動く。


「今度は俺の恐ろしさを思い出せ――!」


 盾を流す様に避け、背面斬りの応用で側面から斬撃を刻み込みながら村正はアナスタシアの背後を取る。

 

「取られた!? いや、違う!」


 左半身に斬撃を刻まれ、背後まで取られたティアだが、頭がとてもクリアに、そして異常な冷静となる。

 気付けば身体が反射で動き、神秘皇装衣も盾や鎧の形を捨て、最初の高機動のドレス状に戻す。

 そして脚部を氷柱状へ変え、スピンの勢いで槍にした右腕を背後の村正へと放った。


――だが、そこに村正の姿はなかった。


 その瞬間、ティアの脳内に今までで春夜と戦った時の記憶が蘇り、その記憶が現状の答えを彼女へ知らせた。

 

「――背面斬り!?」


 脳裏に過る春夜の得意技。

 槍では間に合わない。そこからティアは肉体に身を任せて機体を操作し、再び脚部を氷柱状に形成し、そのまま反転。

 勢い良く、片足の鋭利な氷刃を背後へ蹴り入れた。


「――見抜かれたか」


 瞬間、悔しそうな春夜の声と共に、村正とアナスタシアの武装がぶつかり合った。


「危なかった……アナスタシアの反応に感謝しないと」


「二重の背面斬り……見抜かれたのはショックだよ」


 互いの心拍数が緊張、興奮から急激に高鳴る。

 春夜は二重の背面斬りは確実に手応えがあり、ティアも命綱無しの綱渡りを成功させた。

 本音を言えば気を抜きたい。それが両者の本音だが、望む己自身がそれを許さなかった。


「「――ハァッ!!」」


 一瞬、互いが間合いを取る為に離れた瞬間、再度両機はぶつかりあった。

 村正は二刀流で、アナスタシアは脚部の氷刃、神秘皇装衣の形を変え、両機は何度も激しく刃を交えた。


 ぶつかる度に、武装からの属性の余波がフィールドに刻まれていく。

 発火し、氷結し、抉れ、壊れる。けれど両機は止まらず、攻撃の歩みを止めない。

 そんな最中、一瞬の隙を突いた村正が強烈な蹴りをアナスタシアへ叩き込む。

 神秘皇装衣によってダメージ自体は軽減されたが、アナスタシアはかなりの距離を飛ばされた。


「その程度……!」


 今度はアナスタシアが空中で体勢を整えて勢いを殺し、そのまま脚部の氷刃が光りを放った。

 

「っ! エレメントの活性化!――なら!」


 閏の作りだした属性ナノマシン――『エレメント』の活性化を察し、春夜も雷火と春塵を意図的に下ろす。

 そしてエネルギーを武装に溜め込む様に発動させ、アナスタシアと同じ様に雷火と春塵の刃も輝きを見せる。 

 

「「ハァッ!」」


 アナスタシアは驚異的な速度で両脚部を一回ずつ振った直後、その氷刃から蒼い斬撃を放つ。

 村正は下ろした二刀を同時に、交差状に振り上げた。直後、クロス状の斬撃を放った。


「あれって――!」


 両者の放った斬撃。それを見た染森が真っ先に叫んだ。

 同じくして周囲にいたアキも目の前の現象に息を呑んだ後、我慢できずにその現象の名を叫ぶ。


!!」


「武器パーツが持つエレメントの属性エネルギー……それを斬撃にして放つ。上級プレイヤーの必須技術ですぞ!」


 鳥杉が解説した通り、飛ばす斬撃は武装パーツの持つスキルとは関係なく、Pが自身の技量で起こす攻撃方法だ。

 やり方はだと習得している上級Pの誰もが言うが、出来ないPも多い中で春夜とティアの放った威力はアキ達が知るそれの比ではない。


「なんてデカイエネルギーだ……!」


「あれだけで並みのESを凌駕してんぞ!?」


「あれがサークル長の……いや、覇王の戦いなの!?」


 周りにいた朔望月のメンバー達ですら驚きを隠さない。

 武装パーツの大半が持ち、ここぞと言う時の逆転の一手となるESエレメントスキルよりも威力のある攻撃。

 それをES以外の方法で平然と放つ、あの覇王の二人が異常なのだ。


「覇王……そう。そうよ、あれが覇王……始まりの覇王!」


 開戦から現在までの短い時間。その中で沢山驚いていたアキだが、ここで頭が冷静になった事で、純粋に己の感情に身を任せ始めていた。

 まるで身体の内側から無限にエネルギーが湧くかの様に興奮し、調子も良い。

 早く見せて。もっと魅せてと、アキは無意識に振るえる拳を限界以上に握ってしまう。


「私も戦いたいなぁ……!!」


 溢れ出る感情が気持ち良い。何をしても上手くいく様な感覚を抱きながら、アキは許されるなら今すぐにでもEAWをプレイしたいぐらいだった。

 そして、隣でそんなはしゃぐの必死で我慢する姪の姿を見て、士郎は嬉しそうに笑みを浮かべる。


「はは……まぁそんな風に何のも当然だな。なんせお前の……いやの大半がEAWの門を叩いた理由。それこそ正にだろ?」


 正確には7年前の世界大会の試合だ。

 共働きの姉夫婦に代わり、寂しがっていたアキをコネで世界大会に連れ行ったのが全ての始まりだったと、士郎も懐かしむ様に優しく微笑みながら近くの観客席にも視線を向けてみた。


「おぉ……おぉ……!」


「すげぇ……これが覇王か……!」


 観客席にもアキと同じ様に感動している者達が多くいた。

 気が早い者には既にEAボックスを握っている者もいる程で、大半がアキの同類だ。

 

 けれど誰もが同類ではない。

 士郎はさり気なく気付いていた。それ以外の存在に。


 苦しそうに、悩んだ様子で両者の試合を見る者、呆気になったり、諦めた様子で録画する者。


 彼等は周囲の反射で覇王の声援を送る者達とは雰囲気が違い、ハッキリと覇王達に対し闘争心を抱く者達だ。

 会場入り前は、それなりの覚悟で入場したのだろう。しかし非情にも篩に掛けられ、残ったのは僅かな面々だけ。


「黄金と白金クラス……いやそれ以外も――」


 真っ白なキャンパス、その真ん中に黒い点。

 そんな場違いな存在感を纏うP達に士郎は気付いた。

 客席に点々と存在する、特に感情も見せずに品定めするかのように、ただ眺める異物。


「……いや、あれが各クラス上位の連中か」


 EAWの各ランクにも序列はある。

 特に黄金・白金クラスの上位ランカー達は間違いなく、覇王達の首に刃を付けられる実力者達。

 普段ならば、大会や野良試合でランク上げやパーツ・実績稼ぎで忙しい面々で、能天気に試合観戦をする者達ではない。


「そんな連中が揃いも揃って……仲良く試合観戦とはな。――こりゃあ、暫くはEAWも荒れんだろうな」


 大したもんだと、士郎は充実した様な満足感を抱いた。

 一部のP達が地位に居座った事でマンネリ化し始めたEAW界が、始まりの覇王――とはいえ、たった一人のPが復帰しただけで動き始めたからだ。


「暫くは忙しくなりそうだ」


 そう言って士郎は、店の繁盛を予想し悪戯めいた笑みを浮かべるのだった。


 そして周りがそんな事を思う間に、村正とアナスタシアの斬撃は互いの丁度真ん中の距離でぶつかり合い、そのまま巨大な爆発を生む。

 だが結果を言えば相殺。互いにダメージを与えられない事実に、両者は肩で息をしながら笑うしかなかった。


「フフッ……手を抜いたつもりなんて微塵もなかったのに」


「ハハ、確かに……ここまで何一つ、決定打にもならないなんてな」


 春夜もティアも相手への想いを無視し、全力で挑んでいる。

 それでも何一つも相手へのダメージらしい結果はなく、よくて装甲への損傷でも良かったがそれも叶わなかった事実は、互いにショックであった。


「でもまさか……今の私とアナスタシアでこれなんて。――やっぱりEAWから完全に離れていなかったわね? どこで鍛えていたのかしら?」


「さてね……それは内緒って事で。――寧ろこっちもショックだ。属性相性がありにしろ、まさか四季シリーズの一撃でも、そのドレスにまともな傷も付かないんてな」


 疲れた笑みを浮かべながら互いに言葉を投げ合う二人。

 互いの実力が高い事は嬉しく、最高の戦いだと思う。けれど、それでも両者の低くないPとしてのプライドはこの状態を好ましく思ってなかった。


「方腕ぐらいは獲るつもりだったのだけれど……」


「俺も片足……それかそのドレスを半壊させる気だったが……参ったな」


――あまりに強くなりすぎだ。


 余裕を残す様に笑みを浮かべる春夜だが、それは焦りを隠す為のやせ我慢でもあった。

 嘗ての世界大会の決勝。あの時よりもティアは格段に強くなっている。

 覇王になって実戦経験値が多いとはいえ、春夜も自身の腕と村正の性能を信じている。

 なのにこの結果だ。互いに、ずっとEAWを続けていた証拠であった。


「……お互い、EAW馬鹿だな」 


「フッ……否定しないわ」


 ティアも楽しそうに笑みを浮かべた。

 春夜との戦い。それは自身が長年望んだこと。心が満たされる。充実という現象をまさに実感していた。


――あぁ……本当に楽しい。やっぱりEAWって最高。


 ティアは肩で息をしながらも、底から溢れ出す楽しさからくる活力によりコントローラーを握る力が強くて震えた。

 7年前。まだ自身がティアではなくだった時には考えられない感情だ。

 そしてこの感情をくれたのは間違いなく春夜だ。自身をティアという一人の人間にしてくれた大切な存在。最高の宿敵。


「――行くわ」


「――来い」


 アナスタシアと村正。両者の刃が再びぶつかり合った。

 互いの機体の各所から軋みや時折、金属の欠ける音も聞こえる。

 けれどそれは、エレメントが起こす属性エネルギーの余波によって観客達にまで聞こえる事はなかった。


 炎と雷がフィールド中を駆ける。

 水と風が吹き荒れ、氷となって周囲を凍結させる。

 刀と氷刃。両者の武装が確実に互いを傷付ける。

 春夜とティア。村正とアナスタシア。それでも両者共に止まらず、決着はまだ先だと示す様に両機はフィールドを駆け廻っていった。


♦♦♦♦


 その頃、EAWスタジアムで春夜とティアが激闘を繰り広げている間、会場の外では一人の青年が項垂れるように自販機近くの腰掛けに座っていた。


「くそっ……くそっ……ちくしょう……! どいつもこいつも……!!」


 その青年は義盟だった。始まりの覇王を騙り、ティアに完全否定され、春夜に瞬殺された青年は悔しさで憤怒していた。


「どいつもこいつもふざけやがって! 僕を馬鹿にしやがって!!」


 周囲に誰もいない中でも義盟は叫び続けた。

 警備員に締め出され、もうお前には付いていけないと取り巻き達も悪態を言って去っていった。


――何も間違ってない! 全部周りが悪いんだよ!


 始まりの覇王を騙って何が悪い。自身は有名医師の息子だ。金もコネだって凡人よりも遥かにある。

 たかだがEAの使い方が上手いぐらいで良い気になるな。実績だって買えるのだから、その肩書きを自分の物にして何が悪い。


「あぁぁぁ!!! クソッ!!」


 自身を肯定し続けた義盟だったが、胸の不快感と苦しみが無くならずその場で大きく叫んだ。

 同時に不快感が更に増した。原因は先程までの試合で自身を見ていた周囲の視線。

――クズでも見るかの様な軽蔑した視線だった。


「何なんだよ! 畜生が!! もっと強く、素直な機体だったら俺が勝っていたんだ!!」


 そう叫んで義盟は自身の手に握られているグロワール改を睨みつけた。

 大金を払い、その作り手の予約をガン無視で作らせた特別機体だったが、その愛機すらも今では不快感の原因の一つでしかなかった。


『あなたじゃ、この機体は使いこなせない』 


 グロワール改の製作者である小柄な少女。その言葉が胸に突き刺さる様に一瞬の胸の痛みと共に思い出される。

 自身よりも年下の癖に生意気だった。金を払ってるのに、なんだあの態度は。

 義盟がその時の事を思い出すと、それを皮切りに次々と嫌な記憶が蘇ってきた。


『翔、いい加減にしなさい。一体いつまで、そんな怠惰に生活するつもりだ』


『俺も父さんも、医者という職業に誇りを持っている。だから医者だ、そうじゃないとか、周囲を露骨に見下すのはやめろ』


「っ!? あぁもう! うるっさいんだよ!!!」


 父と兄の言葉が蘇り、もう独り言のレベルを超えた叫び声を義盟は何度も繰り返した。

 

「僕だって……僕だって……特別なんだ……僕の方が特別なんだぁ!!」


「――全くその通りです」


「わっ!? な、なんだお前!」


 それは突然の事だった。誰もいないと、義盟ですら思っていたのに隣には一人の男が立っていた。

 営業マンの様な綺麗なスーツを纏い、ずっとニコニコと笑う胡散臭い男だ。髪の色だってのオールバックなのが更に胡散臭さを醸し出す。

 なにより父親の関係者と会っていただけあり、義盟はこの笑顔が営業スマイルで内心では微塵も笑っていないと反射的に理解していた。


「い、いつからいたんだ……!」


 驚いて立ち上がり、警戒しながら間合いを取った義盟だったが、男は申し訳ないと、わざとらしく両手を胸の前で振った。


「おやおや、驚かせて申し訳ございません。何やら将来有望な若者の悲痛な叫び声が聞こえたので、居ても立っても居られなくなってこうやって来た訳です。――あぁ、自己紹介がまだでしたね。私、こういうものです」


 男は見た目は間違いなく外国人だが、そう言って差し出した名刺の渡し方は日本人っぽい。

 常識外れの外見と雰囲気に戸惑いながらも義盟は、差し出された事で反射的に名刺を受け取ってしまい、そのまま名刺に目を通した。


「な、なんだ……ED? あぁEDエーテルダストっていうのか。それと名前が……?」


 何ともふざけた名前だと、義盟は表情も隠さない程に歪ませるがライアーと名乗る男は笑みを崩さないで続ける。


「はい。私はライアー。亡命社EA開発部門・EDの者です。――ところで何かお悩みの様子でしたが?」


「うっ……か、関係ないだろ。何かの営業だったら向こうに行けよ!」


「おっと、これは失礼を。ですが、貴方様の表情があまりに辛そうでしたので。やはり才能ある若者が理不尽によって絶望する姿……そんな姿を見たら無視もできませんよ?」


「り、理不尽?」


 男の傷付けない言葉選び。その中で一つ、義盟に刺さったものがあった。

――瞬間、ライアーは一気に義盟に近付いた。 


「えぇ! えぇ! その通り。貴方様は理不尽に襲われたのです。不思議に思いませんか? EAと言っても所詮は機械。なのにあんな瞬殺されるなどと、何か不正の匂いが致しませんか?」


「ふ、不正!? そ、そうなのか! やっぱりな! こ、この僕がそう簡単にやられる筈がないんだ! やっぱりそう言う事だったんだ!」


――掛かった。


「その通りです! ですがここの観客もスタッフも誰一人もそれを疑問に思わない!! 嘆かわしい……世界に革新を与える技術を生むEAWにこんなに不正が溢れてるのに!――必要ですね、それを正す英雄が」


「え、英雄……僕になれっていうのか?」


 チラ見してくるライアーの言葉に義盟の顔に生気が宿り、瞳にも力が宿った。

 そんな反応を待っていたかの様にライアーは力強く頷くと、手に持っていたアタッシュケースを義盟の前に差し出した。


「えぇその通り! 貴方様ならなれる! 理不尽をその身に受けたからこそ、それを正せるのです! そして貴方様を陥れた覇王達を倒し、周りの目を覚ませば貴方様こそが皆が憧れる真の覇王になれるのです!」


「僕が憧れる真の覇王に?」


――認められるのか僕が? 僕を見下して恥をかかせた連中に仕返しできるのか?


 気付けば閏の頭の中には復讐に近い感情や、達成後の妄想で溢れていた。

 そして、このライアーは義盟にバレない様に笑みを浮かべながら静かにアタッシュケースを開いた。


「えぇ……そして、そのお手伝いを私共は出来ると思っております。――欲しくありませんか力が?」


 ライアーの優しい口調の前に、義盟が断る理由はなかった。

 義盟は狂った笑みを浮かべながら、アタッシュケースの中に納まる一つの機体を手に取るのだった。


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