第16話:覇王激突

「やったわねムラサキ!」


「えぇ~! でも次はとうとうアキちゃんよぉ~? 緊張してないぃ~?」


「……ふぅ。うん、行ける!」


 ムラサキからの心配に対し、アキは少し息を吐いて緊張を無理矢理封じ込めた。

 インターンハイ決勝に比べればどうって事はない。アキはムラサキにそう言うと、後ろにいる春夜達へ振り向いた。


「それじゃ、行ってきます!――見ていてください、春夜さん」


「あぁ……楽しんでおいで、アキちゃん」 


 アキと春夜、二人の視線が合う。何か伝えたそうなアキの目を見た春夜も、何かを察して頷く。

 時織達も頑張ってこい! あんな奴等に負けるな! アキ先輩ファイトっす! 等と声援を送る中、ティアは春夜の方を見る。


「お手並み拝見するわ……あなたが気に入った彼女の実力をね」


「あぁ、見ていてあげてくれ。彼女にとって、俺達は始まりらしいからね」


「ふふ……なら、確かに見ていてあげないとね」


 春夜の言葉を聞いてティアもどこか嬉しそうに、優しい笑みでアキの後ろ姿を見送る。

 ティアにとって憧れ以上の存在にされてしまった覇王の自身へ、あんな純粋な憧れを示すアキは嘗てただのPだった頃の懐かしさを感じさせるから。

 少しだけだが、春夜がアキを気に入る理由が分かった気がしていると、アキは機体をセットしていた。

 

「アキ! 紅葉こうよう――行きます!」


「くっ! イ、イフリート……出る」


 気合の入ったアキとは違い、弱々しくフィールドダイブする取り巻き。

 後ろで胃に穴が空きそうなほどに負けた者達が義盟にボロクソにされているのが怖いが、インターンハイを制覇したアキに自身が勝てるとは微塵も思ってない。


「く、くそ……なんで俺だけこんな……!」


「イフリート……か。最近、縁があるわね」


 フィールドに降り立ち、修理された紅葉越しに敵機体を見てアキは呆れた様に呟いた。

 ようやく1週間経つかどうかの出来事。しかし、あれから何かが変わった気がした。

 自身の周囲で何かが変わり始めているのをアキは確かに感じ取っていた。


『試合開始!』


「畜生!」


 開始合図と共にイフリートの手に持つヒートマシンガンが火を吹いた。

 けれど安く売られ、無改造武装の弾は無駄に散らばり、動いていない紅葉にようやく3,4発当たる程度だった。


「酷いものね……イヤイヤ戦ってるのが嫌でも伝わるわ」


 アキは呆れを通り越し、寧ろ哀れに思えた。

 イフリートシリーズで初期ぐらいに生産された旧式中の旧式機体に、誰でも買える格安武装パーツ。

 攻撃が当たっても、同じ火属性且つ、性能差・カスタマイズ性で装甲に弾かれる。

 既に、取り巻きの攻撃では紅葉を倒す事は不可能。誰もがそう思う。


――アキ自身も、そう思っていた。


「……同情はする。――けど、負けてあげるつもりもない!」


 可哀想な操作をされるイフリート目掛け、紅葉はスラスターで一気に距離を詰めた。

 事情はあるかもしれないが、私はもう負けたくない。あんな思いはしたくないと、アキは強く願っているから動きに迷いはない。


「もう、あんな目に遭わせないからね、紅葉」


 ひと月も経過していないが、悲しく、悔しかったカオスヘッド達との戦い。

 自身が弱かったから、どこか慢心していたから。愛機すら酷く傷付けてしまった。

 そんな自身が許せず、短い間だがアキも覇王から事を練習し、その成果を今見せる。


「は、早いぃ……!?」


 取り巻きは紅葉の驚異的な速度に驚き、イフリートの両肩部から火炎放射を放つ。

 けれどこの反撃は反射に近く、彼の意思で考えて使った訳でもなく、適当に周囲に撒くだけだった。

 だから隙が生まれ、それをアキは捉えた。


「ESだけが武装の全てじゃないわよ!」


 紅葉の持つ太刀――加具土命、そしてもう一振り。千石社が生産した火属性太刀『火桜ひざくら』を抜くと、刃からは炎を溢れ出る。

 そこからアキは素早く操作すると、紅葉がイフリートの目の前で火桜を振るい、相手の視界を炎で覆った。


「見えなっ?! 火力を間違え――」


 実機の視界を覆うのが、自身の火炎放射と間違える程に冷静さを失った取り巻きだったが、僅かに炎が消えた瞬間に視界に捉えた。

 敵である紅葉が僅かに視界の横に映ったのが。


「えっ!? はやっ、後ろ!?」


 距離がまだあったと思えば、既に背後に回られていた事実に取り巻きは驚愕するが、外から見ていた観客達はアキの動きに驚いた。


「あ、あれって……!」


背面斬りだ!?」


 アキの動きは、始まりの覇王――春夜の代名詞、背面斬りだった。

 覇王の前でそれをやる、多少なりとも形になっている事が驚きだが、同じムラマサ系のEAを使用しての背面斬り。

 なんて恐れ多いと、観客達は息を呑んだり、テンションを上げるが当の春夜は違う。


「そう来たか、……」


 いつもの掴み所のない雰囲気はなく、春夜はまるで好敵手でも見るかの様に鋭い視線でアキを見ていたが、隣にいたティアは気付いていた。


「随分、嬉しそうね季城君。そんなに風に笑って……少し妬けるわ」


 目は鋭いが、春夜の口元は正直に楽しそうに笑みを浮かべていた。

 無邪気な子供の様な笑顔を、アキがさせた事が少し悔しい。 

 でもすぐティアも試合に視線を戻す。どうせ、すぐに笑顔にさせられると分かっているから。


「マ、マズイ! 背後が――」


「気付いても、もう遅い!」

 

 見抜かれた事はアキにとって予定外であったが、このの難易度を自身に自覚させられた。

 覇王との出会いを、再度自覚できた憧れを、もう二度と無様な想いをしない為に、春夜との出会いを無駄にしない為に習得しようとした背面斬り。

 見た目は簡単そうだったが、いざ実行すれば機体の全てを微調整を必要とする技術だった。


「……難しい。ブースターの微調整や姿勢制御、それを敵の機体によって更に調整しないといけない……!」


 機会がなくイメージ練習と、僅かな実機練習のみで完成度は低いとアキ自身も認める。

 だから炎を出して相手の視界を封じたのだが、やはり粗さ故にこんな相手にも気付かれてしまった。

 だが、それでもアキが敵のイフリートの背後を取ったのも事実。


「ECを的確に――刺す!」


 背後を取った紅葉は火桜の炎を強めると、ブースターの推力を上げ、一気に背後からECを貫いた。

――同時にEYEが決着を告げる。


『EC大破――機体停止。よって勝者プレイヤーアキ!』


『ウオォォォォォ!!』


 同時に歓声が響き渡り、アキも一礼してフィールドを離れた。 

 取り巻きの方は肩を落とし、トボトボと歩いて行くが誰も気にせず、誰もがアキを見る。

 そしてアキは、真っ直ぐに春夜の方へ歩いて行き、周囲も春夜もそれに気付き、春夜は応える様に出迎えた。


「やるねアキちゃん。流石に背面斬りは驚いた……おめでとう」


 軽い拍手と共に春夜はアキの勝利を労うが、アキは険しい表情で春夜を見ていた。


「春夜さん……今の試合、どうでしたか?」


「そうだね……サービスして80点ぐらい――」


 そこまで言った時、春夜は気付いた。

 アキの表情がどれだけ真剣なものなのかを。それは一切の情を捨て、覇王からの正当な評価を知りたい一Pのものであると。


「……根っからのPか」


 心の底からEAWを愛しているからこそ、覇王の評価を欲する。

 アキらしいと、春夜は嬉しそうに聞こえない程度に呟いた後。静かに顔を上げてアキの顔を見据えた。

 

「――25点」


「っ!」 


 そう言った春夜の表情は、今までの掴み所のない笑顔ではなく、圧のある険しき表情――覇王の顔だった。

 今まで見た事のない春夜の表情にアキも、少し気圧されたがすぐに呑み込む。


「背面斬りの形にした事、目くらましとはいえ工夫はした……それで25点だ。並みのPにならば多少は効果はあるだろうが、それ以上の本当の上級者達には通じない」


 アキの背面斬り。その初動は炎での目くらましだが、あからさまな行動故に読まれやすい。

 スラスターの扱いも粗く、何よりあの程度の相手に見切られた時点で失敗であった。


「俺の前で背面斬りを見せた……それは評価する。けど、今後も上のランクを狙うならまず背面斬りの型を身に付けろ」


「は、はい……」


 厳しい瞳でアキを見る春夜だったが、緊張して背筋を伸ばすアキの傍まで行くと笑顔に戻り、すれ違う様に肩を叩いた。


「見ているんだ。見せてあげるよ――本当の覇王の背面斬りを」


 アキにそう言って、春夜は呼ばれるよりも前にフィールドへ歩いて行く。

 だが春夜がフィールド・コア前まで来ても、義盟はまだ負けたメンバーを怒鳴っていた。


「どいつもこいつも使えない奴ばかりだ!! 僕を嘗めてるのか! お前等の父親達全員、離島送りだと思え!!」


 血走った目をしながら怒鳴る義盟と、顔を真っ青した取り巻き達という見ていても不快になる光景に周囲の観客達もざわざわとし始め、同時に今までの試合を見て確信も得た。

 

「やっぱり始まりの覇王はアイツじゃないな」


「分かってたことだろ。――ってことは、あの偽物のせいで世紀の覇王対決が遅れてんのか……」


「始まりの覇王も、偽物が駄々をこねなければ提案もしなかっただろうし……」


 結局は偽物が騒いだせいで世紀の戦いが延期になっている。

 そんな思いが徐々に観客達に不満、イラつきへと変わり。それを感じ取った審判の黒服は閏の手前もあって急いで義盟へ呼びかけた。


「そこ! 時間が押しているんだ! 早くフィールドへ!」


「チッ……もういい! 見てろ、僕が真の覇王になるところをな!」


「……ハァ。なんでこうもPは濃いのばっかり。――両者! 機体をセットしてください!」


 好き勝手するP達に審判の黒服は付かれた様に肩を落とすが、すぐに姿勢を整えて両者に呼びかけた。

 それに応えて春夜は慣れた様に、義盟は乱暴に機体をセットするとフィールドが稼働。

 二人を光の繭が包み込むと同時に機体がフィールドダイブを果たした。


「さてさて。向こうの機体は……」


 その最中で、春夜は敵機体の情報をモニターで流しで確認するが、それを見て春夜は笑みを浮かべる。


「E・K-EAグロワール改か……前戦った時より強化されてるか」


 前回はネムレスで撃破した時よりも機体各種の強化や、背部には見覚えのない大きなノズルスラスターが付けられている。

 デュアルアイ・肩部・脚部等が大型且つ独特なフォルムが目立つ機体だが、それでも細かく見れば丁寧な作り。

 そんなグロワール改と戦護村正がフィールドに現れると、会場中から歓声に近い声が漏れた。


「すげぇ! 本物の初代ムラマサだ! しかも始まりの覇王の!」


「やっぱりムラマサといえば始まりの覇王だな! それに比べ、偽物は何だよあれ? ムラマサシリーズですらないぞ?」


「……けど良い機体だ。あんな細かい作り、それに他社製品とは共通点のない独創性。あれってEMを加工して独自に作ったオーダーメイド機じゃないのか?」


「型番と機体にサインもあるし間違いない」


 観客達の声の大半は戦護村正に向けられていたが、中にはグロワール改にも向けられていた。

 中には上級者達も思わず驚きの声を出す者もおり、後方で見ていたアキもグロワール改の完成度の高さに息を呑んでいた。


「凄い……EMから直接パーツやフレームを作ったの? あんな人が、あんな凄い機体作るなんて……!」


 あんな小物っぽく、器も小さいのになんであんな凄い機体が作れるの?

 アキは少し才能に嫉妬を抱いていると、そんな彼女の後ろから時織が呆れた様子で声を掛けた。


「あぁ~違う違う。あの機体は義盟の馬鹿が作ったもんじゃねぇよ? 型式と機体のサインを見る限り、どっかのプロに機体の製作を頼んだって」


「前にも言ったでしょ? ほら大学で春夜の偽物の話をした時――」


「あっ……確かにそんな話をしてたような」


 時織と染森の話を聞き、アキは大学でプロの作った高性能機がうんたらかんたら、とそんな話を聞いた事を思い出した。

 どうりで取り巻きは普通の機体で、自分はプロの高性能機。本当に嫌なやつね、とアキはやはり義盟が好きになれないと思っていると機体を観察していた鳥杉が静かに頷いた。

 

「ふむ。見たところ、前回よりも形状が変わっている様ですが、まぁ勝負にはなりませんな」


「えっ? どうしてっすか?」


 不思議そうに首を傾げる時雨に、鳥杉は鞄から棒付きキャンディーを取り出して時雨に手渡した。


「前に言いましたが、春夜殿はあの機体をネムレスで撃破しているのです。ならば今回は本気の愛機。勝負になるのは怪しいというものですぞ?」


「ほぉなんでふね! コーラ味っす!」


 鳥杉に餌付けされながら納得する時雨を見て、アキは苦笑してしまうが静かに佇む戦護村正が視界に写ると再び気を気を引き締めた。

 先程の春夜の言葉。覇王の背面斬りを見せる。その言葉を思い出したからであり、アキはもうフィールドから顔を逸らす事はしない。


「それでは試合開始!」


「季城! お前が覇王だったなんてな! 僕を馬鹿にしてたのか!」


「……」


 試合開始の合図と同時に春夜へ悪態をつく義盟だったが、春夜は何も言わず代わりに戦護村正が静かに歩き始め、グロワール改へと近付いていく。


「こ、こいつぅ……! どこまでも!――だが好都合だ」


 ようやく作った居場所も、プライドも全て季城に壊された。

 ムカつく、腹立つ、取り巻きに八つ当たりしても解消されない負の気持ちを払うには、季城に同じ様な想いをさせるしかない。

 義盟は口元を歪ませて笑みを浮かべ、期を待つかの様に静かにレバーに手を掛けた。


『……あなたにこの機体は扱え切れない』


 このグロワール改を製作したプロの言葉を思い出し、再び義盟は怒りが沸いたが、何とか呑み込む。

 高い金を父親に頼んで出してもらい、手に入れた高性能機。そして今回用の武装。


「くく、くくく……来い季城。お前が間合いに入れば……!」


 背面の10基ノズルスラスター。だがそれは仮の姿。

 真の姿は有線式ビット。一度放てば10門の各属性ビームネットが敵を包み、そのまま嬲り殺しが出来る初見殺しの武装。

 吠え面を見せてくれ。早く間合いに来てくれ。義盟は内心でワクワクしながら戦護村正が間合いに入るのを待った。


「……チッ。しかし遅いな」


 戦護村正は静かに歩きながら近づいていて、タイミングを計るならやりやすい。

 まだかまだか、こんなにも焦らすとは。義盟はイラつきながらも時を待ち、そして戦護村正が近くまで迫った。


「よっしゃ!! ここだ――」 

 

 グロワール改の背部から一斉に有線ビットが飛び出し、そのまま戦護村正を捉えた。

――瞬間、戦護村正は義盟の視界から突如消えた。


「えっ……なんで、消え――」


「――遅いな」


 春夜の声が突如聞こえたと思ったと同時、機体への衝撃を受けた義盟は何が何だか分からないままモニターを見ていた。

 すると、ある一文が表示された。


『ECが破壊されました。あなたの負けです』


 EYE01の声と共に知らされる自身の敗北。

 だが義盟は何が起こったか分かっていない。辛うじて分かったのは外で見ていたアキ達だった。


「……すごい」


 アキ達は見ていた。そして見た感想がそれしか言えないか、言葉を開く事すら忘れさせた。

 グロワール改の前まで来た瞬間、戦護村正が消えた様に見え、気付けば背後からグロワール改の胸を突き刺してECを破壊していた。


「……一瞬だけスラスターを吹かしたあと、何をしたか分からなかった」


 それに比べて自身の背面斬りは本当に粗末だったと、アキは深く実感する。

 けれど、学んでみせる。今の動きの中で少しでも理解できた所を吸収すればいずれは。


「よっし! 少し学んだ!」


 アキは気合を入れ直す中、EPのサツキ達は口も開けず、時織達は面食らった表情でいた。

 観客達もただ黙り続けるが、ティアだけはある事を察していた。


「……えぇそうよね。あなたがEAWから本気で離れていた筈がない」


 消えていた7年間。無駄にしていた訳がない。ティアは理解する、間違いなく7年前よりも動きが洗礼されていると。


 あぁ、早く戦いたいわ。早く今の私の実力を見せてあげたい。


「嬉しそうですなお嬢様……」


「えぇ……待ったかいがあったわ」


 隣にいるセバスからの言葉にティアは嬉しそうな笑みを浮かべる。 

 それはセバスから見れば買う事を約束した、念願のおもちゃを手に入れる直前の子供の様に見えていた。


 そして第二の覇王に、そんな顔をさせた覇王は既に機体を回収させた頃、ようやく周りの意識が追い付いた。


「しょ、勝者! 季城 春夜!」


 審判が慌てて宣言するが、観客達から歓声は全くなかった。

 ただ徐々に手を叩く音が聞こえ始め、やがて大きな拍手へと変わっていく。

 声で称える方法が分からない。だから全力で彼等は拍手を送る。

 言葉は要らない。ただ伝えるのだ。覇王に今の想いを。


 気付けば会場中が拍手を送り、アキも時織達も、何とも言えない表情だがサツキ達も拍手していた。

 けれど会場の中では称える一方で、上位を狙うP達は恐れを抱いた。


『……どうすれば、この覇王を倒せるんだ』


 あんな技術を見せられたP達は同時に力の差を見せられたに等しい。

 だから怖かった。あれが自分達の目指す頂き――覇王。どうやったら目指せるのかと。


 そんな状態を巻き起こした張本人である春夜は、会場の感情を知ってか知らずか、会場で唯一拍手をしていない人物の方を向いていた。


「さぁ、決着を付けようか……ティア」


「えぇ……そうしましょう季城君」


 ティアは幻想的に感じさせる優し気な笑みを浮かべ、ダンスの相手を願うかのように手を伸ばす。

 春夜もそれに応える様に手を伸ばすが、二人の距離は手が届く距離ではない。

 だが二人はそんな演出で満足だった。ダンスではないから、場所はフィールドの中で行う死闘だから。


「う……嘘だ……なんで? だって……僕はまだ……何も……」


 不完全燃焼どころではない、放心状態の義盟がガードマン達に連行されて出て行かされる中、ティアのメイド達が素早く使用されたコアを洗浄していた。

 繊細かつ、力強い動きから、こんな場所でティアに試合をさせる訳にはいかないという気迫を感じさせる。

 そして10分足らずで掃除を終えると、丁度ティアが訪れ、メイド達は彼女達に一礼した。


「「どうぞお嬢様!」」


「ありがとう……もう皆、心配性なんだから」


 自身への若干の過保護を感じながらティアはコアへ立ち、春夜も再び機体をセットした。

 二人の動きに合わせて会場のざわつきも消え、やがて静寂に包まれていく。

 それをVIP席で見ていた閏は興奮を隠しきれず、目を大きく開きながら笑みを浮かべる。


「あぁ……また見られるんだね春夜。本当の君を……僕だけの君を……!」

 

 嘗て自身と共にEAWを作った春夜の帰還。

 手段は春夜に嫌がられたが、そんな事はどうでもいい。結果は春夜自身の幸せになると分かっていたから。

 だから閏は満足していた。そして今からもっと満足すると確信があった。

――同時に不安要素も。


 閏は会場の周辺に飾られてる各スポンサー企業の名を流し目で見る中、アクセサリーパーツ等を販売するティアの会社『クリスヘイム社』を確認した。

 同時に、最も気に入らない存在――『千石社』の名も。


「各覇王陣営側に飾られてるのは純粋な後ろ盾スポンサー――つまり、春夜は今でも千石社と繋がってるのか」


 気に入らない、憎らしい。なんで春夜は自身ではなく千石社を選んだのか。

 理由は確かにあったが、それでも僕を選んでも良いじゃないかと、閏は不貞腐れた様に片手に頬を乗せる。


「あぁ……随分とでかくなったけど、潰せないかなぁ……村正の亡霊共」


 熱が昂る会場で、唯一冷酷な事を呟く閏の言葉を聞く者はいない。

 側近すらも聞こえなかった振りをするので精一杯だから。


 けれど激突の時は迫っていた。


「この時を待っていたわ季城君……いえ、始まりの覇王」 


「昔よりも良い顔するなティア。いや第二の覇王」 


 春夜からの第二の覇王呼びに、ティアは少し表情を強張らせる。

 他のPからならともかく。初代覇王から呼ばれると偽物か、それか格下みたいに聞こえるから。


 控室でのような柔らかな雰囲気は皆無。研ぎ澄まされた殺伐とした雰囲気が両者を包み込んでいた。


 けれど春夜も分かって言った事で、意地悪な笑みを浮かべながら機体をセットする。


「さぁ、始めようか」


「えぇ……!」


『機体セット完了。フィールドダイブ、いつでも可能です』


 両者が機体をセットし、EYE01が二人のタイミング待ちである事を告げる。

 いよいよだと。観客達と、そしてアキ達が既に手汗握った時だった。

 サツキだけは不満そうに表情を浮かべてる。


「ふんっ……所詮、つまらない余興だな」


「ちょっ! いい加減にして下さいよ! 覇王同士の戦いなんですよ!」


 今までのサツキの態度もあってアキはとうとう怒りを見せた。

 誰もの憧れであり、始まりだった戦いの再来なのに何故、そこまで悪態をつくのかと。

 けれど、アキの言葉にサツキは怯まず、寧ろ堂々と言い返した。

 

「ならば分かるだろ。覇王同士の戦いなぞ、ずっと余興だったのが! 第二から第七の覇王達の試合は今まで何度もあったが、その度の結果はどうだった? まもともな結果だったか?」


「うっ……それは……!」


 その言葉にはアキも何も言えなかった。

 アキだけではなく、全てのPが分かっていること。

 今まで始まりの覇王不在の中、残りの覇王同士の試合は何度もあったが、そのどれもが覇王達のやる気のなさが目立った。


「まぁ~否定はできませんわぁ~なんていうか~普通に戦ってぇ~たまに接戦を見せてぇ~でも最後は時間切れとかそんな感じでいつも終わりますからねぇ~」


「確かにな。近年、覇王同士の戦いで普通に負けたのって第七の覇王ぐらいだしな」


 ムラサキと時織も思い出す様に呟いたが、それでも覇王達に強く言えない理由が確かに存在していた。


「でも実際、かなりのテクニックやパーツの組み合わせを見せてくれるっすから強くは言えないっす。寧ろ尊敬っす」


 自分達に出来ない事を魅せてくれるのも確かだと、時雨が何とも言えない表情をする。

 強者の余裕か特権か。少なくとも多少の不満はあっても結局、覇王達が見せるテクニックやパーツ等は試合後人気が上がり、皆が真似をするまでが決まった流れ。

 その為、最近は誰も覇王同士の戦いの決着を望む者は殆どいない。


「そう言う事だ。どうせ今回も、何だかんだ適当に戦い、そして時間切れで終わるパフォーマンス試合で終わるだろうな」


「――そいつはどうかな」


「えっ……おじさん!?」


 サツキの言葉を否定して入って来た男。その声にアキ達が振り向くと、いたのはお好み焼き片手に入ってくる士郎の姿があった。

 

「えっと、あんたは?」


 だがアキ達に面識があっても時織達と士郎は初対面だ。

 誰だこの人と、少し気まずい空気が流れるのを士郎は察すると、お好み焼きを食いながら自己紹介を始めた。


「おっと初対面もいるな。俺は紅葉院 士郎だ。このアキの叔父に当たる。そして今回は始まりの覇王に呼ばれて来てるんでな、不審者扱いはやめてくれよ?」


「あぁ、あんたが士郎って人か。春夜から聞いてるぜ、随分と世話になったし、色々と良いパーツを置いてる良店の店主だってな」


「へっ……全く、勝手に宣伝してくれるとはな。なら今度は店に皆で来てくれ、初回ぐらいサービスする」


「そうさせてもらうぜ。うちは意外と大所帯だからパーツとか足りなくてな」


 手の離せない春夜に代わり、副代表の扱いである時織が代表し、士郎へ握手を求め、士郎もそれに応じた。


「おう、宜しく頼む。――さて、話は戻るが否定されたのが随分と面白くなさそうだなEPの嬢ちゃん?」


「じょ、嬢ちゃん!? ええい! 馴れ馴れしくするな! 厳流隊長の知り合いらしいが私には関係ないぞ!」


「まぁそれはさておき」


 のらりくらりとサツキの怒りの感情を躱す士郎の態度に、サツキは再びギャーギャーと騒ぐが、それを部下達が必死に止める。

 そんな状況にしたにも関わらず、士郎はマイペースに先程の話に戻した。


「まぁでも、嬢ちゃん達の気持ちは分かる。何だかんだで手を抜いたりして、そう思われたのは覇王の連中の責任だ」


「ハァハァ……そうだろ! だったら――」


「だが覇王達の気持ちもよく分かる。欠けたピースがある中で、覇王達がどれだけ勝とうが評価されねぇんだからな」


「あっ……そっか。始まりの覇王が不在の中、他の覇王達がどれだけ勝利しても、周囲は始まりの覇王がいないからとかよく言われてたんだよね」


 士郎の言葉にアキも思い出した。

 どれだけ最強達が戦おうが、結局は始まりの覇王がいないからだとか、始まりの覇王がいない以上、最強を決めるのはおかしいだとか。

 数々の理由で彼等の勝利は無下にされたきた。その全ての理由に『始まりの覇王』がいてだ。 


「そういう事だ。そんな状況が長く続いた中、とうとう最後のピースである始まりの覇王の復帰。これが意味するのはどういう事だと思う? EAWドームでの覇王復帰の噂を聞き付けた強者達。その目の前で銀クラスのチームと違法ゼネラル級を撃破したんだぞ始まりの覇王は。昂らない筈がねぇんだよ、特に決勝以来、リベンジすらも許されなかった第二の覇王からすればな」


 そう言ってお好み焼き片手に士郎は電子タバコを咥え、静かに一息入れながら一週間以上前――EAWスタジアムに春夜を案内した時の事を思い出す。

 車内での暇つぶし。僅かな興味で聞いた他愛ない話。


『覇王になる為に必要なものってあんのか?』


 上位の白金クラスならば覇王に匹敵するPもいるが、覇王達に挑んで黒星を付けたPはほぼいない。

 何か共通点でもあるのか、普通ならある訳ない。だから士郎もまともな返答が返ってこない事を予想していた。

 けれど、その予想に反して春夜は面白そうだと、小さな笑みを浮かべていたのが士郎には印象に残った。


 そして、春夜のいう質問の答えも。


『強いて言えば……かな』


 子供が思いつく様な言葉だが、何故か士郎はそりゃそうだと納得してしまった。

 だから、その言葉を信じるならば自ずと答えは分かる。


「取り敢えず……黙って見てろ。すぐに分かるさ」


『フィールドダイブ、スタンバイ――』


 EYE01の声と共に春夜とティアのコントローラーを握る手が力み、会場中が息を呑んだ瞬間――動いた。


「ティア・クリスヘイム――アナスタシア 参ります!」


「季城 春夜――戦護村正 出陣でる!」


 両者は同時にフィールドダイブを果たし、勢いよくフィールドへと飛んで行った。

 そして地上へそのまま着地――と誰もが思っていたが、戦護村正もアナスタシアもダイブ時の勢いを利用し、そのまま飛び続ける。 

 それを見て、アキは気付いた。春夜とティアの狙いが。


「まさか……!」


 けれど口に出すよりも先に両者の方が早かった。

 ダイブの勢いにより高速となった両機はそのまま互い目掛けて飛び、一定の距離に入った瞬間、戦護村正は雷火を抜き、アナスタシアは脚部を氷柱の様な鋭利な氷で包み込む。


――そして、そのまま両者の刃が激突した。

 

 高速の激突。それは互いの武器のエネルギーにより、周囲に戦いの余波を生み、アキ達も視線を釘付けになってしまう。

 それは二人の行った攻撃も理由だった。 


「ス、スタートダイブキル!?」


「上位プレイヤーが短期決着を狙う時の技じゃねぇか! あの二人、長期化させるどころか、ぶっ倒せるなら時間なら関係ねぇぞ!」


 アキと時織が驚愕の声をあげた。

 フィールドダイブの勢いを利用し、そのまま相手を撃破する技術――『スタートダダイブキル』を披露したから。

 それを見れば、両者が試合を無駄に長引かせるつもりがないのは並みのPならば分かる。

 

 思い出があるとか、懐かしい因縁があるからとか、そんな生易しい気持ちをで春夜とティアは戦っていない。  

 二人が互いに望む物は一つだけだった。


「もう一度貰うぞ! 第二の覇王!」


「逆よ! 私に返しなさい! 始まりの覇王!」


 互いに眼光を滾らせ、歯を剥き出しで食い縛って互いへ願う。


――を。


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