第15話:VS偽物 奮戦! 時雨&ムラサキ


 会場中が静寂に包まれた。

 アキ達も、セバス達も、誰もは思わず目を丸くして呆気になる程に。

 それは試合が始まる直前による集中が理由ではない。

 世紀の戦いに水を差す奴はいないと、当たり前の様に思っていた常識が破られたからだ。


「ハ、ハハハ……何が起こった?」


「分からないけど……不愉快だわ」


 特に研ぎ澄ませていた神経が突如、容赦なく切られた春夜とティアは堪ったものではなかった。

 春夜は怒る気力も忘れ苦笑するしかなかったが、ティアは表情はクールだが、口調や雰囲気から不機嫌な感じは隠しもしない。


 また、その怒りは二人だけではなかった。


「一体なんなの! こんな時に馬鹿なことする奴は!」


「そうっすよ! こっちもめちゃくちゃドキドキしてたっすよ!」


「あらあら~余裕がない声だったわぁ~」


 アキと時雨はプリプリと怒り、ムラサキは余裕はありそうだが困惑した様に首を傾げていた。

 だが逆に、時織達サークル長達は別の意味で首を傾げていた。


「この声……どっかで聞いたことがあるな」


「拙者も聞き覚えがありますぞ。しかもごく最近も」


「いやいや、うそでしょ……!」


 時織と鳥杉の言葉を聞いて染森は正体に気付と、サークルのメンバー達もざわつき始め、その正体を察してか表情が優れなくなる。


「おい、今の声って……だよな?」

 

「う、うん……間違いないと思うわ」


「ぐぬぬ……何故に奴が……!」


 サークルの面々も、仲間達が同じ意見だと察すると確信に変わり、犯人が何故に馬鹿な真似をしたか分からずにざわつくしかなった。

 そんな風にアキ達が騒ぎ始めれば当然、会場の者達も騒ぎ始めるのは道理だった。


「……おい、今のなんだよ?」


「知らねぇよ……不具合か?」


「いやそんな感じじゃないぞ。けど一世一代の大勝負に口出した馬鹿は誰だよ!」


 困惑から怒りへと観客の感情は変化していく。

 当然だった、彼等もまた今日の試合のチケット購入に苦労していた者達。

 万が一、これで中止になろうものなら永遠ネチネチと言われ続け、普通に炎上ものだろう。


「今の声はどこからだ!」


「警備員確認急げ!?」


 観客の声が段々と激しくなる。周囲の警備員も連絡し合い情報共有を始めていた時だった。

 会場の者達はスタジアムの傍で佇む場違いな青年達の存在に気付く。


「おい、なんだ!?」


 観客の誰かが言った言葉を皮切りに、一斉に視線は会場の端っこに向けられた。

 春夜とティアもコアから顔を出して反射的に向け、アキ達も同じく正体を捉えた。 

 ――が、見た者達は、表情を嫌な物を見た様に不快感を露わにする。

 同時に更なる怒りが沸き、思わず試合を中断させた元凶へアキは指差して叫んだ。


「あぁ!! アイツ! 始まりの覇王を騙った春夜さんの偽物じゃない!!」


 アキの視線に写った4人組。その先頭に立つ青年。

 そいつは春夜達の大学――四臣大学で始まりの覇王を騙り、EAWサークルを我が物顔でつかっていた<義盟ぎめい翔>その人であった。


「この勝負に物申す!!」


 義盟は場が静かになったタイミングで再び宣言する。

 EAWサークルの唯一残ったメンバーでもある、自身の取り巻きの男女を連れ従い、高らかに宣言する姿は満足そうだ。

 しかし、周りからすれば場違いこの上ない。


「あれ……彼は確か偽物くんか。どうしてここに?」


「偽物?――あぁ、大学で始まりの覇王を名乗っていた彼ね」


 コアから顔を出し、器用に通信している春夜とティアも相手の正体に気付いた。

 時織達も勘付いており、姿を見付けた瞬間に露骨な顔をするが当の義盟はどこ吹く風だった。

 

「フンッ! どいつもこいつも僕を除け者にしてこんなイベントを開催しやがって! 僕を誰だと思っているんだ!」


 自身の父親は権力もある医者だ。その知り合いの殆どが、この会場にいる連中よりも力のある奴等。

 そんな連中ですら、その息子である自身にも会う度に頭を下げている。

 つまりは自分は特別で偉い。この会場にいる連中、そして始まりの覇王と言われている忌々しい男よりも。


 だが、彼の取り巻きはそんな事は微塵も思っていなかった。


「お、おい……いくらなんでもこれは……!」


「流石に無謀よ! こ、こんなTCや各地の強豪も見ているのよこの試合を!」


「ただ恥を晒しているだけじゃないか!! こ、こんな大きな試合ならスポンサーだって!」


 TCの関係者やカメラの数々。更には世界配信されているのは事前に言われていた事。

 義盟の取り巻きはまだ正常の判断が出来ていた。

 実力も、名声もないただの一P達が覇王同士の試合を中断させるのが、どれだけの愚行なのかを。


「うるさい奴等だ! お前等は黙って僕の言う事を聞いていれば良い!――忘れてないよな? 僕に逆らえばお前等の親なんて都心の大病院から離島の診療所送りに出来るんだからな!」


 偉そうに言い捨てる義盟の言葉に、取り巻き達は何も言えなかった。

 睨みたかったが、それも許されないので睨みの眼光毎、そっと逸らすしかない。

 しかし、場違いという認識は確実に正しかった。


「おい、アイツどっか見たな?」


「思い出したぞ。この間、始まりの覇王を騙った偽物野郎だ! 動画で見たぞ!」


「私も見た! ティア・クリスヘイムさんに堂々と否定されて、その直後に本物が出たやつよね!」


「ふざけんな偽物野郎!! この試合はお前みたいな偽物が止めて良いもんじゃねぇぞ!!」


 観客の不満は一気に感染していく。

 カオスヘッド・違法ゼネラル級EAとの戦い。そしてティアとの接触はニュースや動画であげられている。

 ティアが春夜を認めた事も手伝い、大半の者は義盟が偽物であることは周知の事実。

 つまり本人がいるのに諦めと質の悪い偽物が、この重要な戦いに水を差したとしか思えなかった。


「この戦いがどんだけ重要か分かってねぇのか偽物!」


「始まりの覇王はここにいるんだぞ!」


 怒りはブーイングへと変わり、この万はいるだろうという観客のブーイングは轟音となって義盟達へ放たれると、流石の義盟も狼狽えた。

 

「なっ……こ、この!」


 見下していようがその数と熱気は凄まじさがある。

 会場が揺れる抗議に義盟は狼狽えながらも、素直に出て行って堪るかと反論しようとした時だ。

 

「申し訳ないが、迷惑行為により会場から出て行ってもらうぞ」


 警備員達が駆け付け、落ち着いた態度で義盟達を取り囲んだ。


「なっ! やめろ触るな!! ぼ、僕は……僕は!!」


 何かを叫ぼうとする義盟だったが、取り巻き達は庇う気も無く警備員に従って大人しくしていた。

 周りの警備員もそれを察し、標的を未だに騒いでいる義盟だけに絞り、そのまま取り押さえようとした時だった。


「僕は――僕が本物の始まりの覇王だぁぁ!!」

 

 義盟の叫びが会場に響き、そして生まれる僅かな沈黙。

 それを聞いた者達の気持ちは同じ想いだった。


 ――本気で言っているのか、こいつ?


 分かりきり過ぎた嘘は怒りを通り越し、呆れて言葉を言うのも面倒になる。

 ティアに知らないと断言され、ランクも公開しない義盟の言葉を信じる者は誰もいない。

 アキと時織達も言葉は不要と思い、怒りも何もかも消えて春夜への応援準備に戻り始めた。


「さぁ、もう良いだろ? こっちに来てもらうよ」


「違う! 止めろ! 離せ!! 僕が本物だ!! 逆に聞くがアイツが本物だっていう証拠はあるのか!! 違法ゼネラル級を倒した覇王がアイツだっていう証拠は!! 第二の覇王の記憶違いだって可能性も!」


 警備員に抑えられながらも叫び続ける義盟。彼の言葉に耳を貸す者はいなかった。

 確かに違法ゼネラル級の一件と始まりの覇王の件。情報が色々と入り混じってまだ全員が信じている訳ではないが、それは春夜自身が証明する。

 その為、誰も気にすることなく義盟が退場すると思われた時だった。


「アハハハ! それもそうだ! 確かに半端な証拠しかない……」


 たった一人だけ反応した者がいた。随分と嬉しそうな口調で。


「春夜さん?」


「季城くん?」


 アキとティアが反応した者の名――春夜の名を呼んだ。

 同時に周囲は驚く。まさか名を騙られた本人が反応した事に。

 だが春夜は周りの反応に気付いた様子はなく、楽しそうに笑いながら静かに義盟達に近付き、義盟達を流し目で確認していく。


「……4人か。丁度良い」


「な、何がだ!!」


 意味のなく聞こえた言葉に義盟が春夜に叫ぶが、春夜は背を向けてアキ達の方へ歩いていく。


「試合をしよう。4対4の試合だ。そっち4人と俺を含めた4人の試合……言葉だけじゃ意味がない以上、これ一番いい方法だと思うけど?」


 この状況を楽しんでいるとしか思えない、春夜の態度。

 言葉でややこしくなるならEAWで実際に戦うの早い。少なくとも春夜の提案に義盟の顔が歪んだ笑みを浮かべた。

 顔には、しめた! そう書かれていた程、露骨に。


「良いだろ! あの時とは違うぞ季城! そっちは時織達を含んだ4人だな!――ほら! とっとと離せ!」


 掴んでるガードマン達を払うと、義盟は取り巻きが持っていた自分のEAボックスを奪う様に取った。

 他の取り巻きも仕方ないといった表情でEAボックスを持ち、そのままフィールドに向かう。

 しかし、彼等は一つだけ勘違いをしていた。


「いや、俺は確かに出るけど他の三人は時織達じゃない」


「なんだと? じゃあ誰を出す気だ! 他のサークルのメンバーか!?」


「いやいや、それ以外にもいるじゃないか。インターンハイを制した将来有望で、真っ直ぐな心を持つPと、その仲間達が」


 そう言って春夜はアキ達三人の頭にそれぞれポンッと手を置いた。


「えっ?」


「へっ?」


「あらあら~」


 その春夜の言葉と言動にアキと時雨は認識が遅れ、ムラサキだけが事情を把握した様に普段通りの笑みを浮かべる。

 けれど認識すれば話は別。アキと時雨は驚き叫んだ。


「えぇぇぇ!! なんでですか!? 突然無理ですってば!!?」


「そうっす! そうっす! こんな大勢の人の前でそんな!?」


 インターン杯どころか、そこらの大会とは比べものにならない程の観客の数。

 そんな大人数の前で試合なんて緊張どころの騒ぎではなく二人は抗議するが、春夜は一切慌てた様子はない。


「大丈夫さ。君達はいつも通りで良いんだ」


「そ、そんなぁ……」


 言う易く、行うは難し。世紀の戦いの前、その前座はアキ達は荷が重すぎると感じていた。

 それに、この試合も春夜が勝手に言っている事。今の状況で許されてるのかも分からない。

 アキがそう思っていると案の定、係員の黒服が春夜に走ってくる。


「困りますよ季城様。そんな事を社長が認める訳が――」


『許そう』


 会場に突如、凛とした言葉が通る。

 その言葉に全員が反射的に会場を見上げる。

 そこにいたのは、強化ガラスに守られたVIP席に佇み、この場で何を決めても許されるEAWの創造主がいた。


「やっぱり来てたか閏……」


『アハハ……僕が許そう。好きに戦って良いんだよ春夜!』


 愛おしい玩具を見る様に無垢で、純粋な笑みで閏は春夜を見下ろす。

 春夜もまた小さく笑みを浮かべると、僅かに閏と目を合わせた後、すぐに逸らして静かにアキの肩を叩くのだった。


 ♦♦♦♦


「おいおい、始まりの覇王は本当にやるのかよ。あんな偽物の為に?」


「まぁ良いんじゃないか? 俺も早く覇王同士の試合を見たかったが、あんなチャチャが入った後だし、少しクールダウンってとこだろ?」


「それに今から戦うPだって覇王には劣るが悪いPじゃない。インターハイ制覇してEODも取得している新星と、その仲間。期待は出来る」


 偽物達とアキ達の戦いは、すぐに他の観客に知らされる事になった。

 当然、最初は賛否両論だったが徐々に受け入れる声が大きくなっていく。

 水を差した以上、切り替えを観客も望んでいたからだ。

 そんな中、両陣営の一番手が決まった。


「時雨!! 集中よ!」


「は、はいっす!」


 春夜側の一番手は時雨だ。若干、緊張した様子の時雨に対してアキが激を飛ばす。


「どうしたのアキちゃん? さっきまでは緊張してたのに」


「今だって緊張してますよ……でも、後輩が戦う前でまで緊張してる訳にはいきませんから」


 アキはそう言って今回の元凶である春夜へジト目で睨むと、春夜は困った様に苦笑する。

 

「いやぁ……申し訳なかったね。けど、彼女達の実力も見たかった」


 春夜はそう言うと、時雨を真剣な表情で見守り始める。

 そんな彼をアキは見上げていたが、実力が知りたいならこんな事しなくても良いのにと春夜を若干だが変人に感じた。

 そんなやり取りをしている間、大画面に時雨と対戦相手の情報が表示される。


 ――P名:時雨。ランク『銅の騎士』公式大会参加回数21回:上位入賞回数13:優勝回数4。


 ――P名:巻鶏まきどり。ランク『青銅の兵士』戦歴非公開。


 表示された情報を見て、会場が僅かにざわついた。

 まだ高校一年の時雨のランクが熟練者の最低ライン『銅の騎士』なのもそうだが、戦歴も悪くない。 

 間違いなく有望であり、並みのチームならば間違いなく次期エース待遇でスカウトされる実力だ。


 けれど問題は、義盟の取り巻きにあった。


「ランクが『青銅の兵士』なのは別に良いが、戦歴非公開は印象わりぃな」


「自分で戦歴が酷いの自白しているようなもんですからな」


 時織と鳥杉の言葉に周囲の者達も頷く。

 エンジョイ勢ならば問題ないが、少なくとも偽りとはいえ覇王を騙った奴の取り巻きとは思えない。


「でも相性があるからねぇ。アキちゃんの実力はこの間見たから分かるけど、場合によったら時雨ちゃん負ける可能性もあるんじゃない?」


 染森が心配する様に呟く。

 実力が分からない要素が多いからそう考えてしまうが、EAWは相性で負ける事なんて珍しくない。

 腕が良くても、機体の相性まで覆す力が無ければ悔しい思いをしてしまう。

 

 だが染森のそんな不安にアキは一切心配していなかった。 


「大丈夫です。だって時雨は強いですから」


「戦歴も公式大会参加が少ない理由も時雨ちゃんらしい性格のせいですものねぇ~」


 アキ達は時雨の実力を信じて疑わない。

 それを見て何かはあるのだろうと春夜達は理解し、後は試合を見守る為に黙ったが、その光景や現状に対戦相手の<巻鶏>は不満でしかなかった。


「クソっ……嘗めやがって」 


 覇王が同年のサークル長ではなく高校生を相手にした事。

 その高校生が自身よりもランクが上なこと。既に周囲の評価が自身を貶している事。

 

 この全てが気に入らない。ただの公開処刑でしかないのは覚悟していたが、ここまで言われては唯ではやられる気は巻鶏にはなかった。

 

「見てろよ覇王……! 目の前の小娘潰して恥かかせてやる!」


 相手の機体情報を確認しながら表情を歪ませていると、黒服が前に出て来た。


「両者は機体をセットしてください!」


 審判の黒服が試合開始を促すと時雨と巻鶏はコアに入り、機体をセット。そのままEDエレメントダイブに入る。


「時雨――ナックルレオ! 出ます!」


「巻鶏――ヘビータイタン改で行くぞ!」


 両者ともにフィールドにダイブ。


 時雨の機体は獅子の様な鬣を持ち、スラッとした外見。両手足はやや大きめだが、鬣に覗かせる各種スラスターの数もあって高機動なのが分かるナックルレオ。


 巻鶏の方は、近年仕様にアップデートされたマイナー重EAタイタン。

 その機体は、製造会社が別売りで販売している『追加武装』を組み合わせたヘビータイタン改。


 高機動と火力。既に対極をなす様な機体の登場に、会場は少しは期待できると感じざわざわと騒がしくなった。

 けれど当の時雨は外の声もそうだが、フィールドの状態に少し顔を険しくしていた。

 

「うっ……遮蔽物が少ないっす」


 覇王同士が戦う仕様になっていた為、辺りに遮蔽物はあまりに少ない。

 殆ど平地である故に、Pの実力が嫌で浮き彫りになるフィールドだ。

 自身のナックルレオの特性を考えれば、多少なりとも遮蔽物は欲しかった。


「しかも相手は露骨に高火力っす……」


 両碗にガトリング砲。足と背部にキャノンやミサイルポッドの全部乗せ。

 本当に自分の腕次第では試合はすぐに終わる。自身の敗北で。

 そんなフィールド。外から聞こえてくる観客の歓声もあり、時雨はまだ緊張が残っていた。

 ――時だった。


「時雨! 集中! いつも通りにやれば時雨が負ける事はないわよ! 堂々とぶつかれば良いの!!――あんたの全力全霊見せてやりなさい!!」


「!――はいっす!」


 それは自身が尊敬する先輩――アキからの更なる激昂であった。

 空手部との兼任のEAW部だが、時雨はアキの事を慕っており、それは緊張の糸を両断するには十分なものだった。


「スゥ……フゥー!――よし!」


 そうなれば後はどうとでもなる。時雨は慣れた様に深呼吸し、一気に落ち着きを取り戻す。

 だが巻鶏も年下のP。ランクは向こうが上でも、巻鶏は時雨に負ける気はしていなかった。

 その理由は彼自身のプライドもそうだが、一番の理由は時雨の機体――ナックルレオにあった。


「ナックルレオ……ベース機は<デュエルビースト>シリーズ。その内の1機の『グランドレオ』か。無駄にレア機体だが、所詮は玄人向けの機体だぜ」


 見た目等の人気で『デュエルビースト』シリーズのEAは老若男女に関係なく、そのファンも多い。

 動物をモチーフにされている事もあって馴染みやすいのもあるが、実態は乗り手を選ぶ玄人向けのEA。

 接近戦・高機動を得意とする本シリーズの特色もあり、扱いの難しさもあって購入しても趣味程度の対戦か、コレクションになるだけの機体が関の山。


「所詮は見た目の衝動で機体を選んだだけ……それが自身で扱い切れないじゃじゃ馬とも知らずにな。――やっぱり本気でやるなら、俺みたいに信頼のある安定型EAを選ぶべきだぜ」


 そう言って巻鶏はニヤける様な笑みを浮かべながら、自身のヘビータイタン改を見た。

 市販の初期タイタンの延命措置として販売された追加パーツ、それのみで作られた機体。

 自身の改造要素は全く無いが、逆に言えばメーカーが薦めている状態であり、信頼があると言うこと。


「P自体もガチガチになってやがるし。この勝負、貰ったぜ……!」


『では!――試合開始!!』


「行くぞ!!」


 試合開始の合図後、ヘビータイタン改が両手に持つ地属性ビームガンが火を吹いた。

 真っ直ぐに伸びるビームは、反れる事なくナックルレオへと向かって行く。 


「――!」 


 しかし直後。時雨の目が変わる。雰囲気が一変してレバーを慣れた様子で操作した。

 結果、ナックルレオは左右に素早くステップし、無駄のない動きでビームを回避すると巻鶏は思わず目をかっ開いた。


「なっ! なんだあの動き!――くそっ、ならミサイルで!」


 嫌な予感がした巻鶏は手を緩める事をせず、肩のミサイルポッドを8発全弾発射。

 まともにロックオンしていないが、安定した軌道でナックルレオへ迫るが、ナックルレオは今度は動かず、その場で佇んだ。


「ビームヘア展開!」


 ナックルレオのデザインパーツである獅子の鬣。そこから鬣を模したビームが現れた。 

 赤と黄のビーム色から察するに火属性・地属性だが、見ていた春夜は属性への関心よりも武装の珍しさに驚いてしまう。


「……ビームヘア! ただの飾りみたいな武装を採用するなんて。時雨ちゃんは凄いな、何か意図でもあるのか?」


「ハハハ……無いと思いますよ? 採用している理由は時雨らしいっていうか……」


 考える春夜にアキは困った様に笑いながら呟いた。

 その彼女の隣でムラサキも笑みを浮かべているが、理由が分からない春夜達は首を傾げるしかできず、視線をモニターに戻す中、春夜はナックルレオの姿にどこか違和感を抱く。

 

「……なんか、変わったサブスラスターだな。姿勢制御用にしてはデカイし、アンバランスだ」


 肩部・腕部・背部の所々に付けられたナックルレオのサブスラスター。

 メインは背部にちゃんとあり別に問題ないが、そのサブ系はどうも機体サイズと比較すると若干大きく、バーニアにも見えず、アンバランスが目立つ。

 春夜は適当なカスタマイズと思ったが、ある記憶が自身の違和感に合致していた。

 

「……どこかで見た事ある形だが、だし違うか」


 ナックルレオのサブスラスターが、ある武装と見た目が合致した春夜だったが、そんな所にあんな武装など付ける筈ないと頭を切り替えた時だった。


「行くっすよ!!」


 そんな話をしている間にも時雨が動く。

 歌舞伎役者宜しく、鬣を大きく振り回すとビームヘアは出力を徐々に上げ、そのまま巨大なビーム鬣は迫るミサイルを薙ぎ払って爆散させる。


「う、嘘だろ!?」


 まるで悪夢だと、巻鶏はレバーを握る手が震え始める。

 優位は当たり前だと思ったのに、予定とは全く違い、挙句には産廃武器にミサイルを迎撃されるという芸当まで見せられた。


「た、単純に実力が違う……! か、勝てない……!」


 彼も馬鹿ではなかった。相手との実力差が分からない程までは。

 しかし自身の背後には義盟大馬鹿がいる。ここで逃げたり、降参すれば怒りを買って父に迷惑を掛けてしまう。


「ま、負けられない……負けられないんだぁ!!」


 巻鶏のレバーを握る手が強くなる。

 彼の父は患者の為なら自身を、そして家庭すらも犠牲にする偉大な父だった。

 けれど申し訳なさそうに仕事に行く父を、巻鶏もその母も尊敬していた。


「俺が父さんの邪魔を出来るかぁぁぁ!!!」


「ッ! この人、雰囲気が変わったっす!」


 時雨が巻鶏の異変を感じたと同時だった。ヘビータイタン改の左腕・右肩部のガトリング砲が火を吹いたのは。


「うわっ!?」


「オラァァァ!!」


 巻鶏の放つガトリング砲は確かにナックルレオを狙っていたが、機体の旋回性の悪さやガトリング砲の反動もあって正確さはない。

 だが、逆に言えば読めない動きでもあり、このままでは何かの拍子で蜂の巣になってしまう。

 ――けれど、木逢時雨。彼女には何の問題もなかった。


「なんのっす! 女も度胸! ゼロ距離勝負っす!!」


 時雨は回避に専念するどころか、寧ろレバー一気に引いてスラスターを全力解放。

 一気にツッコミ、突貫を行う。そんな彼女に姿に会場もざわつく。


「突っ込んだぞ!?」


「おいおい、真正面からあれを突破する気なのか!」


 気付けば観客達も手に汗を握っていた。前座とは思わず、真剣に試合に集中する程に。

 

「うおぉぉぉぉ!!」


 それでも周囲の様子に時雨は気付かない。最初に緊張していた彼女は既にいない。

 目は本気で勝負を獲りにいく者であり、ナックルレオはスピードを全く緩めずに突撃し続け、やがてガトリング砲がナックルレオを捉えた。


「当たる……!」


 春夜も反射的に呟く程、ガトリング砲がナックルレオに当たると確信した。

 ――当たる直前、回避するナックルレオを見るまでは。


「あの加速で避けた……!」


「おいおい、なんだぁ今の動きは?」


 見ていて危なっかしい動きでガトリング砲を回避するナックルレオ。その動きに春夜と時織は驚き、というよりは困惑を隠せなかった。


「あの加速で急激な回避……しかも無理矢理、力づくで回避した様な重い動きだな」


「っていうかさ……動きもそうだけど、なんか変じゃない? ナックルレオの周囲が」

 

 考える春夜の隣に、染森がそう言いながらやって来る。

 彼女の言葉を聞き、春夜を始めとした朔望月、EPのサツキ達もナックルレオが回避した周囲に集中すると、その言葉の意味に気付いた。  


「なんだあれは? 何故、あの機体の周囲だけが荒れているんだ?」


 サツキが見る限り、ナックルレオが回避した場所の周囲だけが何故か半端なく荒れていた。まるで強烈な武器をぶっ放した様に。

 メインのスラスターか、それとも周囲のサブスラか別の何かのせいなのか。少なくともナックルレオに秘密があると思った時だ。


「……つうか。あの機体の各所にあるスラスターですが、あれ?」


 鳥杉が無駄に冷静な口調で呟くと、まさか……と言って春夜の中である違和感が確信に変わった。


「……見覚えあると思ったら、やっぱりあの各所にあるサブスラ――あれの『サイクロス』だ」


「おいおいおい!? サイクロスって言えば、威力はタイタン系の装甲すら一発で粉砕する威力全振りの問題武装だぞ。反動も馬鹿で、撃てば並みの機体のフレームが駄目になるってやつだろ。そんなもんを機体の各所にいれてんのか、時雨の嬢ちゃんは?」


 フレームにすら支障をきたす武装。専用にカスタマイズした機体でなければ撃つのは難しく、ましてや時雨はそんな武装を全身に入れていた。

  

「そんな事をすれば機体がお釈迦だぞ!」


 異常なカスタマイズだと言わんばかりにサツキの部隊のEP隊員が叫ぶが、それに異を唱えたのは鳥杉だった。


「そうとも言い切れませんぞ。時雨殿の扱うデュエルビーストシリーズは接近戦主体である為、フレームも強固です。ましてやシリーズ屈指の上位機種であるグランドレオならば余裕でしょうな」


 ただ機体の負担が大きいのは当然でしょう、が。そう言って鳥杉は眼鏡をクイッと上げ、EP隊員へドヤ顔する。

 それを見てEP隊員は不要な事を言ったと悔しみの表情を浮かべるが、そんな会話はさておき、問題は別にある。


「って、つまりは時雨ちゃんのあの回避って、ショットガンの異常反動で回避してるって事!?」 


「どうりで周囲が吹っ飛ぶ訳だ。変化球通り越して魔球的なカスタマイズ……どうして時雨ちゃんはそんなカスタマイズを?」


「……まぁ、それも時雨の性格が原因なんですよね」


 染森と春夜の言葉に、アキはまた彼女の性格の事を言いながら苦笑する。


「どういう事だいアキちゃん? 戦績の時もそう言っていたけど」


「……時雨は優しいんですよ。戦績に悩む仲間や友達がいると、例え公式戦でも悩んで実力を出さないんです。――いえ、出せないんです。相手の悲しむ顔が見るのが辛いから」


『大丈夫っす! わたし、そこまでランクに拘りないっすから!』


 負けず嫌いなのに、あんな悔しそうに言っても説得力ないわよ。

 本当に困った後輩だと、アキは内心でやれやれと思うが、それでも絶体に憎めない可愛い後輩なのだ。


「優しいのは分かったが、それとあのカスタマイズとどう関係がある?」


「多分、時織さん達にも分からない事だと思う。勿論、私もだけどね。――時雨曰くは可哀想なんだそうです」


「うん? 仲間外れ?」


 予想外のワードに春夜は気になると、アキは静かに頷いた。


「大会とか、その賞品として自身の手に来てくれたのに相性やら何やらだけで外すのは可哀想なんですって」


「成程……面白い子だね時雨ちゃんは」


「――ですが、やる時は本当に強いでよぉ~時雨ちゃんはぁ~」


 春夜の言葉に場違いに軟かい声が返答する。

 次の試合は自分だというのに、ムラサキは通常運転でのほほんとしている。

 ただ目は、何か確信している様な自信に満ち、鋭く光らせていた事には誰も気付かなかった。


 そんな会話が終わった頃、試合も決着に近付いていた。


「当たらない! 当たらない!! 機体が重い! 旋回が遅い!!」


 とんでもない動きで迫るナックルレオへ、何とかして攻撃を与えたい巻鶏だが、思う様に機体は動かない。

 そこでようやく認めた。機体が、技術が、全てが時雨に劣っている事に。


「行くっすよ!! ESスキル発動っす!」


 弾幕を突破し、ほぼ間合いに入った時、時雨はESを発動。

 ナックルレオの右腕が変形し、拳の周囲に銃口が出現。そのまま周囲に地のエレメントも活性化し強烈なエネルギーを生んだ。


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!!?」


 巻鶏はもう無理だと思い、逃げようとしたがヘビータイタン改は後ろに傾きバランスを崩した。

――瞬間、ナックルレオの拳がヘビータイタン改の腹部を捉えた。


「うおぉぉぉぉ!! これがナックルレオの『ショットガンナックル』っす!!」


 強烈な音と共に敵EAの腹部に直撃する拳。だが音の割にはヘビータイタン改に外傷はなく、佇み続ける。

――が、周囲は異変に気付いた。


「おいおい……あれって――」 


 何かに気付いた時織は面白いものを見た様に、満足そうな表情で春夜を見る。

 すると春夜もまた、満足そうに頷いた。


「あぁ、まずはだ」


 春夜がそう呟いた瞬間、ヘビータイタン改の全身に小さな風穴が生まれた。

 見たまんま散弾の痕の様なの様な穴の数。そしてヘビータイタン改がゆっくりと崩れ落ちると、ナックルレオが一礼する。


「押忍!!」

 

 時雨の気合の入ったお辞儀で幕を閉じると、一斉に鳴らされる時雨への拍手喝采。

 使いずらい機体での接近戦は面白いものであり、満足している観客へ時雨は一礼するとアキ達の下へ戻って彼女とハイタッチした。


「よくやったわ時雨!」


「ハイっす!」


 アキからの言葉に時雨は嬉しそうに笑い、春夜達も見事なものだと称えた。


「見事だったよ時雨ちゃん。まさか、あのカスタマイズであんな動きが出来るなんて」


「少なくとも真似しろって言われても真似はできねぇぞ?」


「えへへ……照れるっす」


 一見、呆れたカスタマイズだが、それを使いこなせば立派な誇れるカスタマイズ。

 覇王の春夜と時織に褒められた事で時雨は嬉しそうに笑い、アキもそんな彼女を暖かい眼差しで見守っていた時だ。


「あらぁ~じゃあ次は私ねぇ~。時雨ちゃんが頑張ったんですもの。私も頑張んなきゃねぇ~」


 次点であるムラサキが、和風の花々がデザインされたEAボックスを持ち、春夜とアキ達の横を通って行った。

 時雨とは正反対に一切の緊張も見せず、いつもののほほんとした彼女の姿に普通ならば逆に心配なるが、春夜は直感的に感じていた。


「ムラサキちゃん……か。彼女、強いな」


「!……分かるんですか?」


 アキはその言葉を聞き、何故分かったと言わんばかりに驚いた反応を示す。

 その態度はある意味、答え合わせでもあり、春夜の考えが正しい事を意味していた。


「勘……だけどね。けど、彼女の態度や雰囲気見れば本物かどうかは分かるさ」


 後ろ姿からでも分かる彼女の姿勢、動作。

 大和撫子とで言えば良いか、それ程の優雅さを持ち且つ、失われていない。こんな大勢の観客を前にしてもだ。


「さぁ~いつでも始められますよぉ~?」

 

 ムラサキは周囲の反応も相手の準備も気にせず、機体やPカードを既にセットし、準備を整えていた。

 そんな余裕があるムラサキの様子に義盟は馬鹿にされている様に感じ、時雨に負けた巻鶏を蹴飛ばした。


「くっ!? お前のせいで連中に嘗められたじゃないか!! 僕に恥を掻かせた罰だ! お前の父親は離島行きだ!」 


「そ、そんな……!?」


 巻鶏はショックで四つん這いとなるが、その光景を見ていた女子の取り巻きは息を呑んだ。

 次は自分がああなるかもと。


「何してんだ! 早く行け!!」


「ッ!? わ、分かったわよ!」


 義盟の怒鳴りにビクッとなしながらも、女性取り巻きは機体を以てコアへと向かう。

 よくよく見れば相手はのほほんとして緊張感もない。さっきの時雨という少女が例外だったのだと思えば余裕が出来た。

――それが間違いとも知らずに。


♦♦♦


 女性取り巻きの機体――ガルーダ非空戦型は、空戦能力を最低にした事で飛行能力を無くした分、機体性能に全てを回した機体だった。

 <エアレイン社>が製造した鳥を模した姿、翡翠色の風属性エレメントメタルの装甲。武装も羽を模したスカイブレードの双剣。

 接近戦に自身があったのもあり、ムラサキも接近戦を挑んだ事で勝機があった。

――筈だった。


「ひッ?! ぐぅ! な、なんなのよコイツ!!――あぁッ!?」

 

 悲鳴の様な声をあげた瞬間、ガルーダの右腕が飛んだ。

 ムラサキの操るEA――花鳥風月の持つ薙刀によって。


「あらあらぁ~余裕がないと大変よぉ~?」


 優雅な着物を纏った様にも見える花鳥風月をムラサキは悠々と操り、余裕ある口調で薙刀を回しながら歩みを進める。

 口調とは裏腹、風を切る剛音を出しながら接近する花鳥風月は取り巻きから見ればギャップのせいで恐怖でしかない


「な、なんなのよぉぉぉ!!」


 取り巻きは泣き叫び、隻腕のガルーダが残った腕を振り上げて花鳥風月へ迫った。

――瞬間、ガルーダの視点が変わり、気付けば空を見ていた。


「あらあらぁ~足元がお留守ですよぉ~?」


 ムラサキの声で取り巻きは、ガルーダが薙刀で足を取られて転倒させられたと理解し、同時に実力差が凄まじい程あるのも知ってしまった。


「武器の動きが見えない! あぁぁ!! もう邪魔すんじゃないわよ!!!」


 取り巻きの中で何かがキレ、素早く立ち上がると間合いを取り、ガルーダの胸部・腕に装備された3門の機銃を花鳥風月へと掃射した。


「あらあらぁ~」


 しかしムラサキの余裕の仮面は崩れない。

 目の前で薙刀を光速で回し、まるでシールドがあるかの様に銃撃を防ぎ続けながら徐々に歩みを進める姿に、観客達はその技量に驚愕していた。


「な、なんて子だ……本当に銅クラスなのか?」


「あぁ、少なくとも銀クラス以上でもおかしくない……!」


「分かっていた事だが、どっちが本物か決まったな」


 EAWの最高ランク覇王を名乗る以上、仲間の技量を見ても分かる事だった。

 義盟側の取り巻き達の技量・機体のカスタマイズは全て時雨達とは比べるまでもなかった。


 その光景にティアも満足そうに浮かべ、隣にいる春夜を見た。


「周囲も落ちついて来たわね。もう誰も、貴方が始まりの覇王じゃないなんて疑いはしないわ」


「……ハハ、俺的には疑われようが信じられようがどっちでも良かったけどね。結局は本気で試合する事には変わらないんだ」


「自分のことなのに無頓着すぎるわよ、季城くん。――まぁ気持ちは分かるけれど」


 外から見れば何の事か分からない会話でも、春夜とティアは互いを理解し合っている様に楽しそうに話した。

 その光景にアキは少しだけ嫉妬――というよりも羨ましいと思うが、憧れの二人でもある為に当たり前の事だと思って何も言わなかった。


「それにしても、ムラサキちゃん……彼女凄いな。あの薙刀の扱い、EAW以前に自身で薙刀術を身に付けている動きだ」


「確かにそうね。機体の扱いも申し分なし。ただ大会とかの実績は極端に少ないわね」


 二人の意識はムラサキの方へ戻り、彼女の戦歴などを見ても時雨の半分も大会に出ていない。

 けれど薙刀や機体の扱いは、間違いなく上級プレイヤーのそれなのが疑問だった。


「……『花鳥風月』か。ベース機は千石社の風属性EAの十六夜いざよいかな? 色々と気になる。――ってな訳で、どういう事か教えてくれないかアキちゃん?」


「えっ、は、はい! って言っても、あんまりムラサキの事は分からないんですよね。仲は良いんですけど、昔の事とか家族の事とか話したがらないんで……でも、薙刀は習っていたって聞いたことはあります」


 アキは思い出す様に話していく。

 ムラサキとは親友と呼べる関係と思っているが、本人に聞いても困った様子になるので過去・家族関係は深く追求した事はない。

 ただ何かあっても支えてくれる事あり、アキはムラサキの事を心の底から信頼しており、それだけで十分だった。


「成程、訳アリかもしれないなら、俺が何か言ったり聞いたりするのは間違ってるね」


「えっと……それだけで良いんですか? 戦歴とかは――」


「まぁ戦歴に関してはエンジョイ勢って事で納得できる。何より、そんな嬉しそうに彼女を語るアキちゃんを見れば、それが嘘じゃないって分かるし、彼女も信頼できるさ」


 そんなに自身は良い顔をしていたのかと、春夜の言葉にアキは少し恥ずかしく感じる。

 同時に春夜が考え無しに深く他者へ追求するタイプじゃないと分かり、嬉しくもあった。

 信頼とは言えないが、適度な距離感でいてくれるのはアキにしても安心できる。ただ、ちゃん付けなのは複雑であったが。


 アキがそんな事を思っていると、鳥杉が眼鏡をクイっと上げながら三人の方を向く。


「御三方、そろそろ決着ですぞ」


 鳥杉の言葉で春夜達がスタジアムへ視線を戻すと、ムラサキの駆る花鳥風月はガルーダの間合いへと既に入っていた。

 そしてガルーダも、機銃がオーバーヒートでもしたのか、それとも弾切れでも起こしたのか。どちらにしろ撃つの止め、我慢できずにムラサキへ吠える。


「何なのよ!! どうせあんた達に失うもんなんて無いでしょ!! だったら、私達の邪魔しないでよ!」


「あらあらぁ~本当に余裕がないんですねぇ~ 余裕がないと、何をするにも困ることになりますよぉ~」


 最後の最後までムラサキの心が乱れることはなかった。

 相手をビビらせる、戦意を削ぎたい。逆に言えば相手への他力本願。

 そんな中身の無い暴言如き、ムラサキには一切刺さるものなんてなかった。


「……けんな……ふざけんなぁぁ!!」


 取り巻きのメンタルが壊れ、彼女の駆るガルーダは残った左腕が握るブレード一本で花鳥風月へ迫る。

 その姿にムラサキは優しく微笑んだ。そして――


「あらあらぁ~――未熟!」


 彼女の細目が開き、今までの口調とは違う厳しい口調が放たれた瞬間、花鳥風月の持つ薙刀『華月』から風属性のエネルギーが吹き出した。


ESエレメントスキル――断風たちかぜ・八方振り」


 ESが発動し、薙刀に風属性のエネルギーが纏われた刹那、花鳥風月は上下・斜め・横・また斜めに素早く振る。

 薙刀の中で連続技と呼ばれる術を受け、ガルーダはブレードごとバラバラに崩れ落ちた。


「なっ……あっ……!」


 取り巻きは何が起こったか分からず、言葉も出せずにいる。

 そんな彼女をそのままに、花鳥風月を回収したムラサキは静かに呟いた。


「心を鍛えなさい。心を学びなさい……未熟な心のまま生きた先にあるのは決して晴れない、哀れな夢しかないわ」  


 ムラサキはそう呟き、静かにフィールドから離れた後、ようやく審判も我に返り、大きく彼女の勝利を告げる。


「しょ、勝者――ムラサキ選手!!」


「うふふ……ありがとうございますぅ~」


 歓声と共にムラサキはいつもの感じに戻り、アキ達の下へと戻るとアキや時雨、時織達と嬉しそうにハイタッチする。

 ただ春夜だけは、凄い子がいたものだと楽しそうに見ていたのだった。





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