第13話:復帰戦開幕

「再現だ……伝説のプレイヤー、そして覇王同士の! 最初の世界大会の決勝の再現だ!!」


「会社に連絡しろ! 凄いニュースだぞ!!」


 春夜とティアの会話を聞き、軽くパニック状態になっているマスコミ達の声を聞きながらも二人は冷静であるが、春夜は内心ではあまり大々的にするつもりはなかった為、少し困っていた。


――これは自分とティアの問題だ。見せるならば自分の意思で参加した大会で見せたい。

 

 その春夜の考えはティアも同様らしく、周囲の声が聞こえていない様に平然とした態度。

 けれど真剣な瞳で春夜を見る彼女の姿が、その証明といえた。


「……大丈夫さ、俺はもう約束を破らない。本気で挑ませてもらうぞティア」


「私も同じ……リベンジ、果たさせてもらうわ」


 誇りのぶつかり合いが起こるが、春夜もティアも不思議と笑みが浮かぶ。

 それだけ戦いを楽しみにしており、周囲が緊張した様に息を呑んだり、電話や拡散していても全く気にせず、相手との戦いしか考えられなかった。


――規模は関係ない、ただ全力で挑むのみ。として。

 

 武者震いを起こしながら春夜は、近々起こるであろう激闘を心待ちにしながら笑みを浮かべ続けた。

 復帰から初めての上位プレイヤーとの試合。その相手が同じく覇王のティア。

 それは只々、春夜自身に芽生えた覇王のプライド――否、本来ある一人のPのプライドを刺激するに十分だからだ。

 

♦♦♦♦


――三日後、春夜達はEAWスタジアムにいた。


「……ここまで大々的にするつもりはなかったんだけどなぁ」


『始まりの覇王――季城春夜選手、控室』


 そう書かれた部屋の中で春夜が、テレビに映るEAWスタジアムのニュースや、ここからでも聞こえる大勢の人々の歓声に苦笑するしかなかった。


「仕方ないですって、春夜さんとティアさんの再戦がニュースにされちゃったんですから。寧ろ、三日目でEAWスタジアムと観客の準備が出来た事が凄いです」


 そう言って何とも言えない表情をしているのはアキだった。

 彼女の言う通り、既にEAWスタジアムには大勢の人々が押し寄せ、今日は少なくとも普通に入場は出来ない。

 けれども、この用意された控室にはアキの他にムラサキ・時雨、そして時折達、朔望月のサークル長達がいた。

 当然、春夜がゲスト・チームだからと言って特別に入ってもらったからだ。


「因みに、今回の一件にはTCも一枚噛んでる……つうか、普通に全面協力らしいぜ部長?」


「やれやれ……閏め、他人事だと思って好き勝手したな。千石社の人達も色々と準備してたって聞いたし、本当にままならないね」


 時折の話を聞いて春夜は疲れた様に深く息を吐き、そのまま顔をガクッと下へ落とした。

 自分の事となると閏が何か贔屓にするとは思っていたが、まさか数日の内に会場も客もメディアすら抑えるとは驚くしかない。

 後ろ盾でもある千石社も色々と動いているらしく、もう文句も言えない。

 春夜は親友の恐ろしさを、再認識させられた気分だった。


「嬉しそう顔をで、今の状況を見ているであろう閏の顔が思い浮かぶよ……」


 きっと満足げで、そして誇らしげな表情なのだろう。

 悪気はなく、全てが自分の為なのも質が悪いが、春夜は何とも言えない気分だった。


「約束を果たすだけだったのに、ティアには悪い事をしたな……」


 春夜がそう呟いた時だった。

 控室の扉が開くと同時に、聞き覚えのある女性の声が春夜達の耳に届いた。


「うふふ、そんなことないわよ?」


「ティア……! わざわざ来てくれたのか?」


 入って来たのは第二の覇王であり、今日、戦うティア・クリスヘイムその人だった。

 彼女の姿も、大きな舞台で有名プレイヤーが纏う『コスチューム』を纏っており、肩や足以外は露出が抑えられたコスチューム。

 

――例えるなら、氷をイメージした騎士や妖精。

 

 そんな姿で登場したティアは、表情は怒っているどころか優しい表情、柔らかい雰囲気を纏っていた。

 そんな彼女に春夜が視線を釘付けになっていると、彼女の登場にはアキや時折達も反応してしまう。


「ティ、ティアさん!? す、凄い……公式戦で戦う時のコスチューム……す、凄く似合っています! 今日は頑張って下さい!」


「ありがとう……貴女は前より、腕を上げられた?」


「は、はい! 日々、頑張っています!」


 アキはあからさまに緊張してしまう。

 春夜とは違う雰囲気を持ち、それと同等の実力者のティアを前に、前回とは違って冷静であった事でアキは空回りする様にしか言えなかった。

 その真逆でティアは冷静に、けれど優しくアキへ話していると時織は何とも言えない表情を浮かべていた。


「おいおい、氷の覇王さんよ……いくら馴染みでも、今日、戦う者同士が試合前に顔を合わせるのはどうなんだ?」


 近年、プロが台頭した事で今までは気軽に試合前に会っていた者達も、八百万等を疑われて会う事で色々と言われることも増えた。

 その為、こんな大事な試合前、難癖を付けられることに時織は心配しての事だったが、ティアは全く気にした様子を見せなかった。


「大丈夫よ、言いたい人には言わせてあげれば良い。勝敗の売り買いなんて、試合で証明すれば良いのだもの」


「す、凄い自信っす……!」


 試合で黙らせる。

 言うは易く行うは難し、けれどティアの雰囲気を見る限り、それを可能と出来る程の実力と威厳を彼女が持っている事を時雨達も息を呑みながら察した。

 また、ティアにそこまで言わせた以上、もう一人の覇王も黙る訳にはいかないのだが、当の春夜は今だに口を開かず、全員がそんな彼へ視線を向ける。


――そして気付いた。春夜の視線が衣装に固定されている事に。


「……どうしたの季城くん?」


 視線が気になり、少し恥ずかしく感じ始めたティアがそう聞いた時だった。


「……足」


 春夜は小さくそう呟き、その呟きは確かに周囲の耳にハッキリと聞こえた。

 そして――


「足出し過ぎだろ! なんていうか、脇も見えているのも良いけど、衣装の下部分はなんか凄い事になってるぞ!」


「……えっ?」


 春夜が目をかっ開き、指摘、そして見ている自らのコスチューム。

 ティアもそれに釣られ、ゆっくりと見下ろすと、確かに出ている。 

 太もも、その全てが。際どいレオタード故に。


――今まで気にした事なかったけど。ちょっと露出多い? 


 このコスチュームは、EAWの名のあるプレイヤーの衣装を数多く作ってきた“ミラージュ”の作品。

 今まで春夜の消息を探してた事もあってティアは意識はしなかったが、そのデザインに春夜がツッコんできた事で徐々に顔に熱が入ってしまう。


「……やっぱり出てるなぁ」


 未だに研究家の様に、真剣な顔で自分のコスチュームを見ている春夜を見て、ティアの顔はボンッと爆発するかのように真っ赤に染まってしまう。

 そんな様子に気付いたアキは、やや怒った表情で春夜の側面に肘打ちを喰らわせた。


「あ痛!」


「何してるんですか春夜さんは!」


 アキはみっともないと言わんばかりに言い、軽い感じで叫ぶ春夜に責める様な視線を向けると、春夜も何とも言えない表情で言い訳するしかなかった。


「い、いやぁ……あはは、ついティアの美貌に悩殺されてたよ」


「の、悩殺……?」


 誤魔化す為の春夜の言葉だが、それを聞いたティアの顔の熱が更に加熱。


――の、悩殺……私が、季城くんを悩殺……!


 美貌、悩殺、ティアはそう言われて悪い気はせず、ただ嬉し恥ずかしい。

そんな初めての感覚でムズムズする感じを抱き、両手で頬を抑えながら色々と考え始めてしまう。


――も、もしかして季城くんが私との約束を叶えてくれたのは……!

 

『あぁティア、美しい君はまるで、温かさを知らせる桜餅そのものだ。そんな君を見たら。俺は気持ちを抑えきれなくなってしまった。――この勝負に勝ったら俺の物になってくれ』


『そ、そんな……駄目よ、季城くん。私達、少し前に再会したばかりなのに……』


『なら、俺が負けたら俺は君の物になろう……俺は草餅の様に、限られた時期じゃなく、ずっと君に幸せを届けるよ』


『あぁ……そんな……!』


「だ、駄目よ……季城くん、大胆よ……」


 クールが売りのティアだったが、自分の心を溶かした春夜との再会までの年月により少々変化があり、ちょっとした妄想から現実に帰って来た頃には、彼女の姿を見た鳥杉達は何とも言えない表情を浮かべていた。


「うわぁ……ちょれぇ」


「こっちの覇王も一癖あるが……向こうさんも心配になる様な覇王だな」


「でもティアさん幸せそうだよぉ~?」


「そうですわぁ~きっと、春夜さんと強い絆があるのですわぁ~」


「宿敵との約束っす! 燃えるに決まってるっす!」


 鳥杉・時織はティアの将来を心配し、染森とムラサキはそれでもティアは幸せを感じてると思い、唯一純粋な時雨だけが春夜とティアの再戦を感じて燃えていた。

 しかしだ、そんな間にもアキの春夜を見る目は未だに険しいものだった。 

 

「あ、あれぇ……アキちゃんからの視線が未だに厳しいのはなんでだろ?」


「知りません。ただ、春夜さんも男の人なんだなぁ~って……しかもスケベな!」


「――ぐっ!? あ、いやぁ……それはジョークって言うか、性って言うかさ」


 ジト目で春夜を見て、抗議する様に言うアキに春夜は心にダメージを受けながらも、仕方ないんだと言いながらティアへ視線を戻し、そこで更に言い訳を始める。


「いやだってね、アキちゃんは知らないかも知れないけど、今のティアって昔のティアに比べて、かなり性格や雰囲気が変わったてるからさ。俺的にも新鮮で……」


 誤魔化す様に苦笑してアキへ言い訳する春夜だったが、背中は冷や汗でびっしょりであり、けれど言葉も嘘ではなかった。

 

 初めてティアと春夜が出会ったのは、世界大会の前の年。

 とある大会の前、腕に覚えのあるプレイヤー達の集まりがあり、交流を交えたレクレーションにティアと春夜は参加して出会った。 

 だが当時のティアは、目の前の様なクールながらも誰にでも気さくに話す感じではなく、文字通り氷の人形だった。


『……あなたじゃ私に勝てない』


『……興味ありません』


 春夜や他のプレイヤーが何を言っても素っ気なく、感情が無い言葉と表情だけのマニュアル化した返答しかしない。

 しかも当時とはいえ、このレクレーションでの試合で春夜はティアに“敗北”している。

 当時から頭角を現し、一歩間違えればティアが“始まりの覇王”と呼ばれていたかもしれな。

 そんな彼女が数年の時を越え、こんな大胆な衣装や性格も丸くなっていれば春夜も気になるのも仕方なかった。


 しかし、ティアの性格が丸く事は予想外だった。


「魅力的……?」


 春夜の話を聞いたティアは、その言葉を聞いた瞬間、自然な流れで彼女の脳がそれを変換してしまう。


――魅力的=好きだ・愛している・ケッコンシヨウ。


「……!?」


「おいティア!?」


 無表情でクールな態度を貫くティアだったが、顔は再び真っ赤に染まり、そのままオーバーヒートしていまった。

 結果、羞恥のせいで眩暈を起こし、そのまま後ろへ倒れそうになるのを春夜達が慌てて受け止め様とした時だった。

 

「――お嬢様、大丈夫でございますか?」


 春夜達よりも早くティアの身体を受け止めるのは、老いても尚、強靭な腕。

 持ち主はティアが最も信頼を置く使用人セバス。

 彼の姿を見た春夜は驚きながらも、ティアがいるなら、この人もいる筈だと納得する。

 そしてセバスも思う事があり、悪戯をする子供を諭す様な優しい口調で春夜へ口を開いた。


「いけませんなぁ……春夜様。これから戦おうという相手へ精神攻撃など」


「ハハハ……申し訳ないセバスさん。けど、ティアがここまで変わってるなんて思ってなくてね、なんか、からかいたくなった」


「長い時間でございましたからね、貴方様が消えていた時間は。それだけの時間があれば、お嬢様も変わる事も出来ましょう。――無論、変わる切っ掛けをお作りになったのは春夜様ですが」


 春夜とセバスの付き合いも長いと言えば長く、少なくともティアと初めて出会った時に一緒に知り合っている。

 長く付き従ってティアを見守り、嘗ての試合や出会いによりティアが変わる切っ掛けをくれた春夜は、セバスにとって恩人とも言える存在。

 けれど昔を思い出す様に語るセバスだが、あくまでも互いを知っている春夜とセバスだからこそ話は成り立っていて、知らないアキ達からすればセバスの詳細は謎過ぎていた。


「あ、あの春夜さん? この人って――」


「あぁ、この人はティアの使用人のセバスさんだよアキちゃん。――因みにEAWのプレイヤーでもあって、かなりの腕だ」


 春夜は嘗ての出来事を思い出し、セバスの操作技術に随分と苦しめられた事を思い出していた。

 7年程前、春夜はティア同様にセバスとも戦ったが、その時も見た目に似合わない豪快且つ、正確な攻撃に苦しめられた覚えがあった。

 また、その腕が未だに健在なのは、セバスが覇王としても多忙なティアの傍にいるだけで察せる事だった。


「覇王の付き人か……各地の大会は疎か、上位プレイヤーからも野良試合を挑まれる立場だ。そんな覇王の傍にいんだ、連中の露払いをするぐらいの力は持ってる筈だな」


「……いえいえ、私はあくまでティアお嬢様の執事。皆様の様な、若い現役の方々にすぐに追い抜かれてしまいます」


 セバスは謙遜する様に、冷静と余裕の笑みを浮かべる。

 けれどアキや時織達は、今はまだ自分が上と言っているセバスの言葉を聞き、何とも言えない表情を浮かべてしまう。

 本来、上を目指すプレイヤーならば、何か言い返すのが正しいのかも知れないが、熟練者の雰囲気を纏うセバスに気圧されてしまい、アキは少し鋭い視線を送るだけで精一杯だった。 


「……成程、良い目をしておりますな。将来が楽しみなプレイヤー……どうりで貴方様が気に掛ける筈です」


 セバスはアキの態度を見ても不快に感じる事はなく、寧ろ嬉しそうに微笑みながら褒めすらした。

 そして春夜の方を見て、始まりの覇王が何故にのプレイヤーを気に掛けているのか不思議だったが、それも納得した様に頷くと春夜も満足そうに頷いた。

  

「アキちゃんは良いプレイヤーだからね。誰かを悲しませる様なプレイもしないし、EAも大切にして真っ直ぐなプレイヤーだ。だから、許されるなら個人的にも長い目で見て行きたい」


「えっ――!?」


 春夜――つまり覇王の言葉を聞いたアキは思わず驚いた。

 アキだけじゃなく、時織達も若干は驚いた様子だが、ムラサキと時雨は目を丸くしかなり驚いている。

 

――どうして私を、そこまで?


 だが一番不思議なのはアキ自身だ。

 カオスヘッド達との戦いでは自分のミスで危機に瀕し、結局はみっともない姿を見せただけと思っていおり、少なくとも春夜に買ってもらっている理由が分からない。

 だからアキは真意を聞くため、春夜へ声を掛けた。


「あの春夜さ――」


「ところでセバスさん、ティアがここに来たのは俺との挨拶だけの為? 他に何か、真意があるんじゃないのかな?」


 アキの言葉はタイミング悪く、春夜と重なってしまう。

 春夜は何となくでだが、ティアがこんな大事な試合の前で、ただ挨拶だけする為に来たと思うと材料が弱いというイメージがあった。

 だから別の意図があると思っていると、セバスは静かに頷いた。


「その通りでございます。――お嬢様、いつまでも混乱している場合ではありませんよ? 大事な話があったのではありませんか?」


「はッ!――そうだったわ……」


 セバスに抱えられていたティアは、ここで復活。

 ピュアな妄想から復帰し、自力で起き上がる今のティアは氷の女帝の姿であり、さっきまでの姿が嘘の様に冷静過ぎる程の冷たい雰囲気を感じさせた。

 そのスイッチを切り替えたかのような彼女の豹変に、アキ達3人は驚きを通り越して背筋が寒くなり、時織達サークル長達は平常心を装うも身体から流れる嫌な汗は止められなかった。

 

――試合では感情すら凍らせ、絶対勝利を掴む氷の女帝であり覇王。


 機械の様に正確に、けれど人の様に苛烈な動きをする事で有名な二番目の覇王――ティア・クリスヘイム。

 そんな彼女の7年前とは比べものにもならない圧を受け、春夜もまた緊張する身体を誤魔化す様に苦笑し、ティアの言葉を待つのが精一杯だった。


「季城くん……貴方は今回の試合、思う?」


「……あぁ、そういう話なのか」


 春夜はティアからの言葉を聞いて察した。

 この間、自分が閏から聞いた『亡国者』に関する事だと。

 しかし、その内容を知っている者は覇王以外には、その関係者かEPの者達だけであり、アキ達は不思議そうに見ていた。


「無事にって……なにか起こるんですか?」


「ん?――いや大丈夫、久し振りの俺とティアの試合だから、テンション上がり過ぎる人が出るかもって話だから。なっ、ティア?」


 今はアキ達に余計な事を考えて欲しくなく、春夜はティアへ目線だけでサインを送ると、ティアも春夜の考えを察し、再度の挨拶を望む様に右手を差し出して握手を求めた。


「そういうことよ……でも、何があっても私は貴方との決着を付けるわ」


「俺だってそうさ」


 そう言って両者は手を取り、硬い握手を交わす。

 同時に、その僅かなタイミングを狙ってティアは春夜に近付いて耳元で囁いた。


「気を付けて……今まで覇王同士の試合では、必ず起こってきたわ。――近年は減りはしたけど、数年越しで姿を見せた始まりの覇王。その戦闘データを欲しがっている者は、必ずいる」


「――ましてや、嘗ての伝説の再現。例の組織以外にも注目されちゃってるか」


 ティアの呟きに春夜は少し楽しそうに返答するが、その答えは返ってこず、長時間顔同士を近付けるのを怪しまれない為にティアは静かに頷いて離れる。  

 けれど、その行動だけでも春夜には十分であり、わざわざ周囲の印象もある中で来てくれたティアに感謝しかなかった。


「ありがとなティア……」


「フフ、気にしないで。それだけ私も、この試合を楽しみにしているって事だもの。――それじゃ、次は会場で」


 ティアはそう言ってセバスと共に控室を出ていくが、最後の言葉と去る時に見せた背中からは真剣で、そして確かな威圧感を春夜達は感じ取る。

 どこか残念さもあるティア・クリスヘイム個人の中、御しきれない滲み出る覇王としての姿。

 雰囲気一つで場の空気を変えて帰ったティアだが、彼女が春夜へ持つ感情が行為だけではない事をアキ達は察する事もできた。 


「なんか不思議な人ですねティアさんって、春夜さんに好意持ってそうなのに、同時に敵意みたいなのも感じましたし……」


「……そうかい? 本来ならこれが普通じゃないかな。 個人で親しくても、バトルになればいるのはライバルだけ。しかも相手が強いって分かっているなら尚の事、抑えようと思っても抑えられないし、好意以外の感情も普通に抱くもんだよ」


――覇王なら、尚更ね。


 まだアキ達には分からないが、春夜は理解している。

 世界プレイヤー人口が万を超える中、その中で君臨する7人の覇王。

 思惑、思考、価値観、全ては違うが共通して全員が持っている物は、覇王――絶対強者であるプレイヤーとしてのプライドだと。

 フィールドに最後に立つのは己だけ、他の者は全て排除する心構えの勝利への過剰な執着。

 故に、そんな似た者同士がぶつかれば、必ず妥協はなき激突が起こる事を分かっている。


「……いつかアキ達ちゃん達にも分かるよ」


「は、はい……」 


 そう呟く春夜の背中。

 顔は見えないが、その後ろ姿を見たアキは先程のティアと似た様な雰囲気を感じ、また無意識に緊張した時だった。


『ワアァァァァァァァ!!!』


 控室にも確かに聞こえる歓声が届き、観客の集結と会場のボルテージが上がっている事にアキ達は気付く。

 春夜も歓声が聞こえたと同時に雰囲気を柔らかなものに戻し、アキ達に振り向いて困った様な笑顔を浮かべた。

 

「いやぁ……それにしても、結構大事になってきたねぇ。ハハ、やっぱり人前でティアとの再戦を約束したのは迂闊だったかな?」


「その通りだ。始まりの覇王――季城 春夜!」


 呑気に春夜が呟いた瞬間、不満そうな凛とした声と共に4人の部下を引き連れ、扉から入って来たのはベレー帽を被った女性であり、アキを始めとした者達は突然の来訪に面食らう。

 けれど、春夜にはその女性達に見覚えがあった。


「あれ? もしかしてサツキちゃん?」


 EPのイニシャルを刻む白い制服を纏う彼女達は、まさに数日前に春夜と閏の前でEP専用新型EA――クルスニクで戦ったEP・実働部隊副官――橘 サツキだった。

 だがあれ以来、春夜は彼女と会っておらず、ここにいる理由も分からずにいると、サツキは怒りの表情で春夜を睨みつけた。


「気安くちゃん付けで呼ぶな、私の方が貴様より年上だ」


 春夜の言い方にあからさまに機嫌が悪くなり、鋭く睨みつけるサツキだが、当の春夜は気にしておらず楽しそうに微笑んでいた。


「へぇ年上なんだ、なんか意外。けど、なんでEPが? 警備とかにしては過剰な気がするけど」


「……貴様は少し己の立場と価値を知るべきだ。現在、世界ではデータ化されたEAによるサイバー犯罪が多発している。――しかし、その実行犯達はハッカー能力に優れている者達ではなく、腕利きのEAWプレイヤーが多い。故にEAの実力が、そのまま価値に反映する以上、覇王クラスの者達のデータは裏でも異常な金額で取引される」


――つまり。


「今回の覇王同士の試合――しかも数年間、行方を暗ましていた始まりの覇王の試合となれば、色んな勢力が何かしら仕掛けて来るだろうと我々は思っている」


 まるで教科書を読んでいる様にサツキはスラスラと説明するが、それを聞いたアキ達は驚くしかなかった。


「そんな……! それじゃ戦うだけでもマズイんじゃ!? というか、そもそも本当なんですかその話は!」


「わざわざここまで来て嘘を話す程、私も暇ではない。――まぁ所詮は一プレイヤーでしかない君達に言った所で大した影響もないがな」


 クールに言い捨てる様に言うサツキに、アキは少しムッっとすると、隣で聞いていた時織が一歩前にでた。

 その纏う雰囲気を少々、不機嫌にしながら。


「流石は評判がクソ悪いEPのエリートさんの言葉だ。接し方も評判通りだから分かりやすいな」


 仲間を侮辱されたようなものであり、だから口調はいつもの怠そうな感じながらも、確かな怒りを含んだ時織の言葉。

 けれど、そう言ってしまうのも無理はない。


――怪しげなEAWプレイヤーを見たら犯罪者と思え。


 EPの職業柄、その考えは仕方ないとも言えるが、それ故に冤罪騒ぎによるプレイヤー達との小競り合いも珍しくはなかった。

 EAW技術による社会の変化はあっても、その技術の恩恵やEPの存在価値を知らない高齢者達にすれば、税金で遊んでいる謎の集団程度の認識なのも拍車をかける。

 プレイヤー・一般市民、その双方からの板挟みもあり、世間からの評判は不安定なEPだが、中身に学歴などのエリートが多く、プライドの高さもその手の問題に影響していた。


――それをサツキは自覚しているかは別だが。


「なっ! なんだと貴様! 我々はお前達と違い、遊びでEAを使っている訳じゃ――」


「た、隊長!?」


「まぁまぁサツキちゃん、まずは落ち着こう」


 相手が春夜とは違い、完全な一般人故にサツキの部下達が止めに入り、春夜も顔見知りだからと一緒に抑える為に彼女の前に出た。

 天童本社で分かっていた事だが、春夜はサツキが沸点が低い――というよりも、馬鹿にされたり貶されたりと、自分の実力を貶される事に過敏に反応している様に感じていた。

 今までのサツキの生き方での結果か、それとも元々か。それは分からないが春夜は少し、そんなサツキを放って置けなくなっていた。


 けれども、サツキがどう思うかは全く別だ。

 サツキは気に入らない春夜が前に出て来た事で露骨に機嫌を悪くし、矛先を春夜へと変える。


「ええい! 私に近付くな! そもそも貴様が自分の立場を理解せず、こんな安易に試合をするから我々EPも護衛や警備として駆り出されているのだぞ!」


 顔を真っ赤にして己に噛み付いて来るサツキに、春夜も身体を後ろに逸らせながら苦笑する。

 

――俺もここまで大々的にする気はなかったし、お膳立てしたのは閏なんだがなぁ。


 等とは口に出来る訳もなく、春夜は取り敢えずは少しでも信頼を築こうと、サツキの前に右手を差し出した。


「……なんだこれは?」


 サツキは差し出された手を見て、露骨に嫌な物を見た様に鋭く見下すが、春夜は敢えて気付かないふりをして普通に答えた。


「いやぁ、取り敢えずは仲直りって事で……最初は握手から――」


――パァン!!


 けれど、帰って来たのは言葉でもなく、右手に感じる強烈な衝撃だった。

 驚きとヒリヒリする右手により春夜は、眼を丸くして驚き、アキ達も驚愕して思わず口を抑えたりしながら、元凶を睨みつけた。


――右手を叩いたサツキの事を。


「ちょっと! いくらなんでもやり過ぎじゃない! それがEPのする事なの!!」


 アキは思わずEPが相手だろが関係なく、怒りに任せて怒鳴った。

 春夜との間に何があったのかは分からない。

 けれど、先程もEPがEPがと、自分達の立場や任務を強調しながらも、やっている事がこんなんでは納得はできなかった。


「いくらんでも酷いっす!」


「税金ドロボー! 卒業後に払う拙者達の身にもなれぇー!」


 時雨と鳥杉も追い打ちを掛け、ムラサキ、そして時折と染森も怒った様に睨みつける。

 いくらEPでも時折達にとって春夜は大事な仲間であり恩人。だからサツキの行動は許せず、オドオドするサツキの後ろの部下達を無視しながら彼女へ敵意を向け続ける。

 しかし、当のサツキは気にした様子もなく、鼻で笑いながらアキ達の言葉を一蹴する。


「フンッ!――私は言った筈だ。私に近付くなと……な。それに私自身は納得していない、こんな能天気な男が覇王で閏様のお気に入りなどと!」


――努力も成果も、全て私達の方が上の筈だ。なのに何故、今まで己の立場を考えずに雲隠れしていたこんな男を閏様は特別視するのだ……!


 サツキが最も気に入らないのそこだった。

 今日に至るまで他の覇王達は、それぞれの形でEAWと社会への貢献をして来ている。だからサツキも他の覇王達を百歩譲って認めてはいる。

 だが季城 春夜は別。ただ閏の近くにいて、EAWの最初期からプレイして腕があっただけのそれ以上もそれ以下でもない存在。


――何一つ、特別視して良い存在ではない!


 エリートの道――強いては実力主義の中を勝ち残って来たサツキ。

 コネも、媚びも、派閥も一切関わらず、純粋に実力で来た彼女だからこそ源流は、一切の誘惑に屈せずにいられると判断し、EPの実働部隊の副官に任命した経緯もある。

 融通が利かないとも言えるが、それに関してはサツキも理解している。

 けれども、そんな自分だからこそここまで来れたのだとも知っており、変わる気は一切なかった。


「良いか! 任務だから私達は貴様を守るが、私はお前を認めも、仲良くするつもりもない! 握手どころか、少しでも私に触れてみろ?」


――後悔させてやるぞ? 


 サツキのドスの聞いた声により、アキは部屋の温度が急激に下がった様な気がした。

 同時に彼女がそこまでして敵意を向ける理由が分からず、怒りよりも困惑が強くなる。


――同じEAWなのに、立場や使い方でこうも変わるのね。


 そしてEAWの価値観による変化にも複雑に思っていた時だった。

 叩かれた当の春夜は――


「ブォーノ!」


 ニコニコし、そう言いながら人差し指で頬をグリグリとしていた。

――頬を。


「なっ!?」


 何をやっているんですか!? 話を聞いてなかったんですか!

 そう心の中でアキは叫ぶ。あまりの行動に言葉が出ないからであり、ムラサキや時雨は絶句しているが、時折達は口と腹を抱えてプルプルと震えていた。


「なっ、なっ、なっ――!!?」


 けれど一番感情を昂らせているのは間違いなくサツキ自身だ。

 背後の部下達はアキ同様に絶句しており、未だにグリグリしている春夜に対してサツキの顔は最初は羞恥からの赤で染まり、次に怒りの赤で更に染まっていった。

 その結果――


「き、貴様ぁぁぁぁぁッ!!!?」

 

「隊長!? 落ち着いてください!!」


 飛び掛かる勢いで春夜へ迫るサツキを、部下達が流石にそれはヤバいと判断して必死に取り押さえた。

 半ば、修羅とかした彼女を抑えるのは4人の男性隊員でも苦労したが、それでサツキが疲れ始めた事で何とか収まっていく。

 そして息を乱しながらもサツキは落ち着いてきたが、原因である春夜は反省の色を見せず、うんうんと頷きながら他人事で見ていた。

 

「うわぁ~サツキちゃん激怒してたねぇ」


「それは春夜くんのせいだよぉ? それよりも、はいこれ。もう着替える時間が無くなっちゃうよ?」


 呆れた様に染森は言いながらも、一つのアタッシュケースを春夜へと差し出した。

 それには独特なデザインで【Mirage】と記されており、春夜が苦笑しながら受け取ると、それを見ていたアキ達はその文字を見て驚いた。


「Mirageって事は、デザイナーのミス・ミラージュ!?」


 アキはアタッシュケースの持ち主を察し、思わず自分の事の様に興奮してしまう。

 だがそれも無理はなく、ミス・ミラージュは世界的に有名なデザイナー。

 ここ数年はEAW業界でプレイヤーの衣装をデザインし、ミラージュの衣装を着てこそプレイヤーとしても一人前と言われる程だ。

 ファッションに関してもカリスマであり、女子であるアキ達は尚の事、羨ましかった。  


「って事は、試合用の衣装って事ねぇ~!」


「始まりの覇王の衣装っすか!? 凄いっす! 見たいっす!」


 ムラサキと時雨もテンションを上げ、アキも冷静になってその事実に気付くが、再び込み上げる興奮を抑えきれなかった。

   

「伝説のプレイヤー……!」


 始まりの覇王が、その衣装を纏って試合に望む。

 その事実は長年のプレイヤーにとっては特別なことであり、感傷深い。

 だがいつまでもジッと見られては、春夜も着替えるに気が得られなかった。


「ハ、ハハ……流石に着替えずらいかな?」


「!?……す、すいません!」


 アキは自身がずっと春夜を見ていた事に気付くと、顔を真っ赤にさせながら部屋から出ると、その後に続く様にムラサキ達も出て行った。


「あらあらアキちゃ~ん!」


「アキ先輩待ってくださいっす!」


 慌てて出ていく三人を見て微笑ましそうに春夜達は見守ったが、流石に可哀想だと染森達の部屋を出ていくことにした。


「じゃあ私達も一回、外に出てるね?」


「流石に紅葉院の嬢ちゃん達が可哀想だからな、ハハ……!」


「それに親友とはいえ、野郎の着替えを見たってしゃあないですからな」


 そう言って三人のサークル長達も出て行き、残ったのはサツキ達だけとなった。


「あれ、サツキちゃん達は覗いてくのかな?」


「!!――誰が覗くか!! 言われずと出て行くに決まってるだろ!」


 春夜の言葉にサツキは顔を真っ赤にして否定した。

 自分達を何だと思っていると怒りの抗議で叫ぶサツキだが、当の春夜は既に彼女から背を向けており、そのままこう言った。


「――申し訳ない。今から試合前に集中したいから、あまり話しかけないでほしい」


「%#&$%#&#%#&!!!」


「隊長!?」


 その言葉でサツキの中の何かが壊れ、最早言葉にならない罵詈雑言を叫びながら春夜へ飛び掛かろうとするのを、再び部下の皆さんが取り押さえる。

 言ってきたのはお前だろうと、サツキは春夜へ噛み付く勢いだが、そこは男4人であり必死に部屋から暴走状態のサツキを出す事に成功し、最後には扉を閉めると残ったのは春夜だけとなった。


「ハハハ……! 僅かな間で随分と賑やかになった」


 まさか数日でここまで交友が増えると思ってなかった、そう思い春夜は楽しそうに笑う。

 アキ達は当然、サツキ達も根は悪い者ではないと分かっていたが、少々、余計な物を背負い過ぎている。

 EAWを初期から知っている春夜からすれば、戦いの中で必要なのモノを理解している為、彼女達は常時ハンデを背負っている様にしか見えないのだ。


「……あれじゃあ俺だけじゃなく、他のプレイヤーにも勝てないさ」

 

 誰もいなくなったからか、春夜の纏う雰囲気も口調も若干だが冷たくなる。

 掴み所のない、のほほんとした雰囲気は消え、どこか日本刀の様に鋭く鋭利な雰囲気。


 そんな春夜だから知っていた。

 上位プレイヤーの殆どは純粋さを持ちし者達。

 EAWの名が世界に広がった事で余計な要素が増えた中、その中を自身の変わらぬ信念を貫き通した者達が今の上位プレイヤーである事を。


――権力・責任・損得。


 そんなものは勝負の中に必要も無ければ意味もない。

 勝つか負けるか。どちらが強かったかだけ。

 汚い手段で上ってきたプレイヤーは“真の強者”という篩に掛けられ、やがて消えるのがオチ。


「……なんでもっと純粋に生きれないのか。ただ楽しんでもらう為に作ったEAWの中でさえも」


 春夜はどこか虚しそうにそう呟くが、すぐに表情を変えてアタッシュケースを開けた。

 中には嘗て春夜が着ていた衣装を、今の背丈に合わせたものが入っている。


――背中に『季』と刻まれた黒い陣羽織。


 それを取り出すと、ゆっくりと広げて感傷深く春夜は見つめる。


「決勝を思い出す……ティアが相手だからか。――まぁ良い、行きますか……」


――格好いい所を見せる為にね。


 既に自身がEAWに戻って来た理由は変わっていた。

 春夜も分かった上でここにいる。ティアには利用している様で申し訳ないが、今はそうも言えない状況でもあった。

 全ては布石に過ぎず、けれど運命としか思えない出会い。

 それら故に春夜はEAWに来た。たった一人の為に。


――紅葉院 アキ。彼女の為に春夜はここにいる。


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