第12話:第二の覇王 ティア・クリスヘイム


 アキとムラサキ達は近くに腰を下ろし、和菓子とお茶を食べながら目の前の光景に視線を奪われた。 

 眼前に広がるのは大勢のP達の激闘。カスタマイズという能力と探求の会議や、それを活かす設備の数々だ。

 ただのサークルの集まりの筈が蓋を開ければ下手なプロチームどころか、大会常連の強豪チームに劣らない姿をし、EAWを扱う者ならば間違いなく興味が尽きないだろう。 


「……まぁ、こんな感じなんだよ。どうだいアキちゃん達?」


 隣に腰を下ろし、色々と和菓子を持って来てくれる春夜。それを聞いたアキは文句とかは当然だが出せなかった。


――皆、すごい楽しそうにしてる。


 目の前の人々は笑い合い、笑顔が絶えずにEAWをプレイしている。

 彼等は純粋にEAWを楽しんでいる。裏サークルなのにも楽しんでいる充実しているのだ。


 同時にアキは、この光景を見ていた自分達に染森達が言っていた事を思い出す。


『演劇も勿論好きだし、本気だよぉ~!』


『EAWというより、その技術の応用は色んな分野で使われていますからなぁ、拙者達は必要な事が好きな事なのですぞ』


『まぁ、和菓子探究会だけは例外だがな』


 皆、仕方ない等の理由ではない。全部好きだからやっている。そんな彼等をアキは純粋に尊敬してしまった。

 少なくとも、目の前の光景を見て確かに思った事だが、ただ気になる事もあった。


「でも確か……春夜さんって最近のルールや新型について詳しくなかったですよね?  こんな設備やプレイヤーがいるのに、それって変なんじゃ?」


 気になったのは春夜の近代のルールの欠落だった。

 事実、EAWスタジアムでの出会いの時、春夜は補助パーツ・総力戦等の知識がなく確かな復帰勢でしかない。

 だが染森達は復帰宣言の翌日に覇王であると伝えられたと言っており、それらでは矛盾がある。

 アキがそれを指摘すると春夜はあぁ、と言いながら困った表情を浮かべていた。


「……あぁ、当然の疑問だね。でも実際、それまで俺は最低限の事しか触れなかった。必要もなかったし」


「最低限って……それでもこの規模じゃあ――」


 ハッキリ言って無理だ。無頓着が揃えられる設備でもメンバーでもない。

 アキはそう思うと、タイミングを見計らっていた様に時織達が現れた。


「まぁなんだ……皆、春夜にんだ」


「腕前やカスタマイズの知識。それらが半端ない癖にあからさまに一線を引いてましたからな。それなら拙者達だって気を遣いますぞ?」


「実際このフィールド全部にEYEもなければオンライン機能も止めてあるし。試合結果は、その時だけオンラインにするか、EAW運営にデータを送っての自己申告制だもんねぇ~?」


「……なんだ、そう言う事だったのか。なんか悪いな」


 春夜も知らなかった様に言うが、嬉しそうな顔を見る限り、気持ちを無下にしたくないので知らない振りをしていたとアキは感じた。

 

「ですけど、どうしてそこまでして時織さん達は春夜さんの為に動くんですか? オフラインだと手間も掛りますし、やっぱり覇王だからですか?」


「覇王だから……か。ある意味で、その通りだな。実際、春夜に俺等は助けられたしな」


――覇王だから?


 そういう時織の言葉にアキは疑問に思ったが、答えはすぐに分かった。

 覇王だから。つまりは覇王しか持っていない特権があるからだ。


「つまり……?」


「ご明察……この施設やら情けない理事長様への交渉も、全部それだ。――勿論、それでも俺等は覇王じゃなく春夜に感謝してるけどな」


 時織はそう言って嬉しそうな笑みを浮かべるが、アキは冷静に考えて聞き捨てならない事に気付く。


「ちょっと待ってください……この施設とかを覇王特権。つまりは春夜さんが建てたんですか!?」


「建てたって言っても、元になった建物は流石にあったよ。放置されてたから再利用させてもらったんだ」


「維持費も基本的に特権やサークルの成果やブログ、そして大学が出してますぞ。我々の出した結果を見れば大学側も万々歳ですし、普通に文句も無いですからな」


「いえいえそうじゃなくて!? そもそも、覇王特権ってそんな事も可能なんですか!?」

 

 重要なのはそれだった。確かに世界大会の覇者たちとは言え、一人の大学生の春夜にそんな事が可能なのか、アキには信じられない話でしかない。


「確かにランクにはランク特権があるっすけど、覇王特権はもっと凄いんすか!?」


 時雨も事の大きさに気付き、周囲の装置や建物を見ながら聞いているが、春夜は苦笑しているだけで代わりに答えたのは鳥杉だった。


「ぶっちゃけ言えば、TC天童コーポレーションの息が掛かっている会社なら大株主以上の待遇、そしてお願いを聞いてもらえますぞ?」


「今は殆どTCと繋がりあるし、公共機関も大半はタダ同然だもんねぇ~!」


「ハァ!? 何それちょっと待って!?」


 思わず素になったアキだったが、それでも聞き捨てる事は出来ない。

 今やTCはあらゆる業界や機関に技術を提供し、政治家よりも影響力があると言われている。

 つまり世界、その殆どの分野で好待遇を受けられると言っても過言ではなく、生活する上での負担が殆どない。 

 世界大会を制したとはいえ一Pの持てる権力なのかと、アキは理解を諦めて疲れた様にガクリと頭を下げた。


「……道理で、こんなの建てられると思った。贔屓よ、贔屓……覇王贔屓よ」


「ま、まぁまぁ……俺自身も過剰だと思ってるし、覇王特権って言っても俺は頻繁に使ってないさ」


「確かに季城くんって自分の事で覇王特権って使わないよねぇ? そこが格好いいけどね!」


 負のオーラを醸し出すアキへ、良い訳する様に苦笑する春夜。

 そんな春夜を染森がフォローし、続くように鳥杉もフォローに加わる。


「因みに妬むのも無理はありませんが、春夜殿を筆頭に覇王の方々の社会貢献を考えれば当然……寧ろ、足りないんじゃね?――って思いますな」


「――ハァッ!? 何言ってんですか?!」


 アキは反射的に鳥杉の言葉を否定する。

 これだけの事を、その気になればいつでも出来る特権を持って何故に足りないのかと。


「まぁ、これは殆ど知られてないから、しゃあないが……例えばだが、EAWで練習用の無人機と戦闘出来るだろ? アレや医療用EAの動きのデータ、更に言えば現在あるEAの元になった動きってのは全部――なんだわ」


「……はい?」


 時織の言葉にアキの思考が停止する。


「つまりぃ~季城さんがいなかったらぁ~EAWもEAも、この世に出てなかったって事ですわぁ~」


 そこへムラサキが追い打ち。

 まるで氷が解ける様に徐々に認識し始めるアキだったが、逆に驚きを通り越して冷静になり、持っていたお茶を飲んで一息ついた。


「……ふぅ」


「おっ? 一周回って今度は冷静なれたかなアキちゃん?」


「……おかげさまで」


――もう驚き疲れたわよ……。


 この大学に来てからというもの、入口での一件から今に至るまでに何度も驚きはあり、感覚が麻痺したアキは驚く事をもうやめた。


「まぁデータ云々いうけど、閏が勝手にやってる事だしな」


 自身でも過剰と思っているのか、春夜は言い訳の様に苦笑しながら閏の名を口にする。

 けれど、普通にTCの社長の名が出る時点でやはり異常であった。


「因みに、他の覇王さん達も似た様な事とかしてるし、かなり社会とEAWに貢献してるよ?」


「まさに『頂きの7人』だ……下手な政治家よりも世の中の為になってるしな」


「つまり、こんなんでも春夜さんは和菓子ばっかり食べてる訳じゃないんですね……」


「あれ……この短時間で、アキちゃんからの俺への評価が激しく変動してない?」


 気のせいではない。染森達の話を聞きながらアキは内心で頷く。

 少なくともアキの中では株の変動の如く、激しく上下に動いていたが、そこは口にするのも面倒と思って普通に否定する。


「……気のせいです。でも何で、わざわざEAWの裏サークル作ったんですか? やっぱり偽物が原因ですか?」


「アキちゃん、なんか冴えてきたね?」


――今までの流れを見たらそうでしょう……。


 馬鹿にされているのか、それとも子供扱いされているのか、アキは複雑な気持ちだったが、少なくとも原因は偽物にある事は正解らしい。

 そして話の続きを待っていると、春夜がつまらなそうに語った。


「あの人ね……他人が自分の上にいたり、指図や命令されるのも絶対に嫌らしいんだよ」


「つまり性格に難があるって事ですよね?」


「そこは不正解だぜ嬢ちゃん? ただ性格が悪いなら、俺等で対処してEAWサークルに今もいるって」


「あらぁ~それじゃあどうしてですかぁ~?」


 時織の言葉にムラサキが首を捻ねっていると、それについて答えたのは待っていましたと言わんばかりにスタンバイしていた鳥杉だった。

 鳥杉は糖分補給な感じに両手の串団子に齧り付き、やがて呑み込んでから話し始めた。


「人の繋がりは分からないものですぞ?――ここの理事長は、あの偽物の父親に恩があるらしく、その息子である偽物にも逆らえないのです。その結果、EAWサークルは名ばかりの独裁サークルとなって大変だったのですぞ」


「辞めるのにだって高い退部料やサークル費の支払い、それかEAWバトルだけど、こっちが使うのは適当なEAが条件で、向こうはプロに作らせた高性能機だから面倒ばっか!」


「それに勝ったとしても、理事長に圧を掛けて新しいサークルは潰されたりと、ハッキリ言って詰みと来たもんだ」


「――何よそれ、酷い」


 アキは無意識に険しい表情を浮かべる。偽物の行動への怒りが強いからだ。

 結局は親のコネで好き勝手し、他人やEAWを巻き込んだ偽物。

 カオスヘッドもそうだったが、アキ自身、そんな他人に理不尽を与える様な奴は大っ嫌いだった。


「どこにでもいるのね……そんなクズ」


「まぁな……でも、そんな時に現れたのが、この覇王さんだったよ。いきなり来て、あの偽物野郎にこう言ったんだ――」


『俺が勝ったらさ、このサークルの人達を貰って行くよ?』  


「そんな事を言ったんですか春夜さん?」


「さぁ~てね?」


 アキは隣で茶を啜る春夜へ聞いたが、春夜は覚えてない様な感じで他人事の様な雰囲気。 

 でも当然かもしれない。まだ付き合いは殆どないが、それでも濃い関わりだからアキも分かった。 

 例え自分の手柄でも、武勇伝でも、この人始まりの覇王は自ら言いふらしたりしないと。


――無欲だから強いのかも。


 無駄に後先考えず、捕らぬ狸の皮算用で下手なプレッシャーも感じる事もなく、ただ目の前の事だけに全力を尽くす。

 そんな簡単そうで難しい、それで結果を出す春夜に特別感をアキが抱いていると、そんな春夜に時織達も呆れた様な顔で見ていた。


「何がさぁ~てね?――だ。普通にを実践した奴の言葉かよ……」


「そこらに転がってたネムレスを、これまた放置されてた適当なパーツで組み立てて、そして圧勝したんだもんねぇ~」


「えっ――ハァッ!? ネムレスで!?」


 アキは声を上げ、そのまま春夜の顔をガン見する。

 操作性・汎用・拡張性以外、高性能どころか低性能のネムレスで、プロが作成したEAを蹂躙など出来る筈がない。


「驚くのも無理はありませんが、その動きを実際に見た我々はもっと驚きましたぞ?――あっ、こいつは本物だわ。そう頭が真っ先に認めましたからな」


「……まぁ、それで同時に俺達はんだ。勝った後に春夜はと言ったが、結局は俺等の意思で春夜に付いて行った結果、この<朔望月>が生まれたんだ」


 満足げに語る鳥杉と時折の話を聞いたアキだが、その気持ちは分かる様な気がした。

 カオスヘッド達の時だってそうだったと、一騎当千の魅せるEAW。

 

――始まりの覇王の由来。


「で、でも……本当にネムレスで勝ったんすか?」


 時雨が恐る恐ると聞いていたが、春夜は湯飲みをテーブルに置くと小さく笑った。


「俺から言える事は一つだけだよ時雨ちゃん……少なくとも、高性能EA・レアパーツで勝負が決まるなら、俺はになってないさ。ネムレスだって悪い機体じゃない。油断するとネムレス愛好家に喰われるよ?」


 周囲が静かになるのをアキは感じた。

 それだけ言葉が重く、心の底から納得させられる実績と腕を春夜は持っているからだ。


――でも、だからこそ納得できない……!


「さぁて、昔話は終わり。偽物とかは放って置いて、追加でよもぎ餅も行こうっと」


「そんな場合じゃないでしょ!!」


 気付けば勢い良くアキは立ち上がり、能天気によもぎ餅を食べようとする春夜に怒鳴っていた。

 それで今度は別の意味で静かになり、会場全体の視線が自分に集まるのを感じながらも関係ないと言わんばかりに、目を丸くして自分を見る春夜へ向けて言い放った。


「ずっとそうだった! 今までも偽物が出ては、始まりの覇王への理不尽な批判も多かったじゃないですか!?」


「……あぁ、確かに」


 バツが悪そうな表情を浮かべる春夜だったが、アキは何となくまだ分かっていないと察する。


「どうしてそんなに他人事なんですか! 春夜さん悪くないのに、偽物の言動や悪行とかも全部が春夜さんへ行って、しかもその度に面白おかしく批判されて……少しは怒りなさいよ!」


 一番悪いのは覇王を騙って悪事をする者だが、自然消滅や捕まっただけじゃ物足りない連中もいる。

 だから姿の無い始まりの覇王へ批判し、アキ自身は何も悪い事をしてない春夜が色々と言われているのが気に入らなかった。


「本人が気にしてないなら大丈夫とも思いましたが、紅葉院氏の意見も一理ありますな。実際、既に偽物の言動がネットに投稿されておりますし」


 鳥杉はそう言いながらノートパソコンをテーブルに置き、その時の映像とコメントをアキ達に見せてきた。

 そこには偽物――義盟 翔が演説する様に語っている姿、そしてそれに対するコメントが書かれていた。


『なんだこれ? マジでこんなのが始まりの覇王?』


『クズ過ぎだろ』


『いや違う! EAWスタジアムで実際に見たけどコイツじゃないぞ!?』


『どちらにしろ最低だな。七番目の覇王のファン辞めるわ』


『なんでだよ!? あの人頑張ってんだろ!』


 そこまで荒れてはいないが、徐々にコメントの熱も上がっていき変な方向に進み始めていた。

 またこれか、そうアキは思いながらも昔いた詐欺師の類よりはマシだと思うが、それでも本物への批判も多くあるのは嫌だった。


――偽物って気付いても、なんで本物を批判するのよ。


 中には偽物って知っても春夜の事を批判し、その現状を見て本人は何を思うのかとアキは隣を向いてみた。

 そこには困った様に笑い続ける春夜の姿があった。


「あはは……これはちょっと大変になってきたかな?」


 画面に映る偽物は、先程の一件があっても尚、自身が本物の覇王だと言い続けており、それが更なる混乱を招いている様だ。

 記者達も熱が入り、偽物の必死に言い訳をしている姿がよく分かる。

 けれど春夜はそれだけで、いつの間にか持って来ていたよもぎ餅を食べてるだけだった。


「もう春夜さん!」


 アキは堪らず、また少し怒って春夜に迫る様に言うと、春夜は落ち着いた様子で優しく笑みを浮かべながら見返してくる。

 その表情に思わずドキッとしたアキだったが、春夜は静かに話し出した。


「アキちゃんは正義感があって、優しいね。だから、俺が見知らぬ誰かから何か言われるのが我慢できない。俺の為に怒ってくれるなんて、幸せ者だな俺は」


「そ、そう言うんじゃ……ないです」


 真っ直ぐに褒められたのが照れくさく、アキは思わず熱くなる顔を逸らしてしまうが、春夜がからかう様に笑っているのを見て、アキは更に恥ずかしくなりながらも声をあげた。


「もう! 私は本当に心配してるのになんで春夜さんはそんな感じなんですか! 偽物が無い事ばかり言ったとしても、それで被害を被るのは春夜さんなんですからね!」


 火のない所に煙は立たぬ。この言葉は思い込みを促進させる毒に近い。

 あり得ない、けれど可能性はある。もしかしたら等と思い、本当にありもしない嘘に蝕まれる代表格が人間だ。

 アキはそれを知っているからこそ、春夜に自分でも生意気だと思うが、こんな強い口調で言ってしまっていた。

 けれど、それは春夜達に悟られているのか、そんな自分へ一切の疎ましさを見せない彼等に少し気恥ずかしく思っていると、何か考えていた様に春夜は口を開いた。


「確かに……何か起こるかも知れないし、俺が直接出向けば収まりはするだろうね。――でも今回も俺が行く事はない。偽物の彼は、それよりも先にを受ける事になると思うよ」


「……報い?」


 春夜から似合わない言葉にアキはやや驚くが、聞き間違いではなく春夜は悲しそうな表情を浮かべている。


「覇王の名はね……あくまでも称号。それ以上の価値、本来はないんだ。けれど俺が中途半端に消えたから“神格化”みたいになって、今じゃになってしまった。それは覇王自身が思うよりも……だから下手な腕の者が覇王を騙れば、その跳ねっかえりも強烈だ」


――俺が出れば、余計に向こうの傷を深くするだけだ。


 余計に追い打ちをしたくない、そんな感じで春夜は言い終えると茶を飲んで一区切り。 

 けれどアキは、それはただのその場だけを完結させ、次への歯止めにはなっていないと感じた。


「春夜さんの気持ちも分かりますけど、でもそれじゃ……また始まりの覇王を騙る奴が出て来るわ」


「そうだね……それに関しては俺の責任だ。――今日でそれも終わらせるつもりだったんだけど、それよりも先に偽物が出ちゃってね」


 何やら考えがある様に笑っている春夜を見ていた時だ、アキ達へ時折と似た様に恰好をした男子学生が報告してくる。


「大将! お待ちかねのお客様が登場でござるぞ!」


「おっ……じゃあ出迎えるか」


「出迎えるって……誰をですか?」


 立ち上がる春夜へ問いかけると、春夜は楽しそうに微笑みながらアキ達へ同行する様に指を向けながら促した。


「行けば分かるさ。実を言えば俺達が外にいたのは本当は出迎える為。まぁ少なくとも出迎える必要のある相手だし、アキちゃん達も損はしない」


 よく分からないが話を聞く限りはかなりのPなのか、春夜がEAボックスを手に持った事でアキは思わず息を呑む。


「……そ、それ程の人なんですか?」


 覇王の春夜がEAボックスを持ってまで出迎える相手。そのことにアキが無意識に緊張し、ムラサキや時雨も隣で表情が固くなった。

 また予想通りなのか、春夜は三人の様子を見てサプライズの仕掛け人の様な悪戯っ子の笑みを浮かべる。


「……まぁね、随分とし、そろそろ約束を果たさないと」


 そう言って周りに春夜は背を向けて歩き出し、扉の前で立ち止まって全員を見る様に振り向き、そして言った。


「さぁ出迎えようか……様を」



♦♦♦♦


 アキ達が春夜とサークルについて話している頃、四臣大学前では現在も偽物とマスコミとの言い争いが続いていた。


「やっぱり偽物なのか君は!?」


「ち、違う! ぼ、僕は本物だ! 本物の覇王だ!!」


「じゃあさっきの紅葉院Pの話はどう説明する! それかムラマサを見せて証明しろ!」


「き、君達に見せてやる義務はない!」


 既に両者の会話は罵詈雑言となり、インタビューの欠片もない。

 そんな混沌とし始めた大学前だったが、が止まり始め、車内ではその様子をが見ていた。


「何の騒ぎかしら?」


「事前の情報では、どうやら季城様の偽物が現れた様です。けれど案の定、嘘と分かってマスコミと揉めているのでしょう」


「ふふ……大変ね季城君も」


 車内女性――第二の覇王ティアは自身の水色の髪に触れながら、楽しそうに笑う。

 少しは自分達の苦労や、自らの立場を理解してくれただろうか。

 どちらにしろ、こうやって自分を呼んでくれたのだから覚悟も決まり、も嘘ではないのだろう。


「そうじゃなかったら私だって来ないもの」


 これから会うであろう春夜へ、まずはなんて言ってあげようか考えるが、それよりも外の騒動は想像以上に騒がしい。

 防音もされている車内にもザワザワと耳に届く品のない言葉を受け、ティアは春夜の出迎えも難しいと思い始めた。


「随分な会話ね……これじゃあ出迎えも遅くなりそう」


「そうですね……どうしましょうか、少し時間をズラしますか?」


「……いいえ、もう行くわセバス。目の前の場所にいて、しかもお誘いを受けたのだもの。これ以上焦らされるのは我慢できないわ」


「かしこまりました……ではすぐに準備を致します」


 自分の名を呼ぶセバスはそう言って先に降りると、他の車からも使用人達が降りて周囲からガードする様に並び始める。

 ティアはそのに特に思う事はなく、使用人への感謝を抱きながら開けてもらったドアから降りた。

 目立つ行為であるのは自覚している。だが止めさせない。周囲の騒いでいる者達の視線が一斉に自身へ向けられてもだ。


「なんだあの連中……?」


「!……お、おい、あれってまさかか!?」


「そうよ……二番目の覇王だわ! 始まりの覇王と決勝で戦い、第二回世界大会で後の第三・第四の覇王を破って覇王となった生きる伝説……!」


 周囲の声が聞こえる。驚き、戸惑い、挙句には何でいるんだと困惑すらも感じる。

 だがティアは慣れていた。この手の反応にも、覇王になって数年も感じていれば普通に慣れるし、何よりも幼い頃から父の仕事関係で似た様な反応はあったからだ。

 ただ今回はタイミング悪く、騒ぎは収まる様子はない。


「なんでこんな平凡な大学に? 本当にティア・クリスヘイム本人か?」


「馬鹿な?! 始まりの覇王が出た直後、好戦的な白金クラスのチームに戦争仕掛けれれたばかりだろ?」


「お前どこの会社だ? 情報が古いぞ、あんなの二日も経たずに第二の覇王勢の圧勝で終わってる。だからこ本人が此処にいても不思議はない」


「空似ってレベルじゃないし、明らかに本人……まさか――」


 ティアは周囲の者達が自分の姿に騒ぎながら、やがてある人物へ顔を向けた事に気付いた。

 眼鏡を掛けた青年と取り巻きらしき男女の学生達。それが春夜の偽物――義盟に対しであり、周囲のマスコミは義盟が本当に覇王なのかと困惑する。

 それに気付いて周囲の視線を追ったティアだが、偽名の姿を見て不快な表情を隠せなかった。


「……どこも似てないわ」


 興味本位で偽物を見てみたが、ティアが知る限りでは春夜に似ている箇所は一つもない。

 それは表情や肉体からの雰囲気自体もそうであり、根本的に春夜とは違うと確信した。

 同時にPとしての力量も。

 

「――私を偽る人でも、もっと似せるわよ」


「中には整形する者もおりましたからなぁ……」


 ティアとセバスも今まで、ティアを騙った者達の事を思い出す。

 自分も似た様な事をされているし、外見も似せようとしている者もおり、自身がこうすればもっと似れるとアドバイスを送れば、皆アカウントを消していなくなってしまう。

 後ろめたいならしなければいいのに、そう思うティアだったが春夜は立場が違う事を思い出した。


「……顔を出してなかったわね、季城君は」


 顔を知っている者はまだ少ない。嘗ての彼の姿が動画で残ってはいるが、素顔を晒した事は殆どないし、成長して多少は顔も変わっている。

 ただ一目でも見た事があり、そして深く互いを知っている自分ならばともかくだ。 

 赤の他人ならば名乗るだけで意識を誘導できるが、自身を偽物だと最も感じるのは偽物自身の筈でもある。 


 だからこそ無意味に騙る彼等をティアは理解できなかった。


「彼は私を気まずそうに見ているわ。結局は他者の力……自身の力にならないと自覚しながらも、何故してしまうのかしら?」


「一時の快楽……麻薬の様なものなのでしょう。後に後悔するのも同じです」


 ティアとセバスは軽く無駄話をし、内心で偽物が逃げられるぐらいの慈悲を与えたつもりだ。

 だが偽物は逃げる事はせず、ずっと立ったままだった。


 「何でここにいる? ありえない、まずい……!」


 あからさまに表情が優れていない偽物に、ティアは内心で逆に素直だと笑うが周囲は気付いておらず偽物へ意識を再度向けていた。


「二番目が来たって事は……まさか本当に――」


「偽物じゃなく本物なのか……!」


 周囲はティアがここにいる理由を始まりの覇王がいるから、そう結論付けた。

 だがティアからすれば半分正解で半分不正解としか言えない。

 少なくとも周囲は偽物を本物と思い始めており、同時に周囲の視線や言葉に気付いた様に偽物も笑み作り、自信も戻ったようだ。


「よ、ようやく分かってくれたようですね。では失礼……彼女に話しかけなければならないので」


 そう言って義盟は歩いているティアへと近付こうとするが、ティアが何かを言う前にセバス達がその前に素早く立ち塞がった。


「なッ!――な、なんだ! 邪魔をしないで貰いたい!」

 

 自分を守る為に立ち塞がってくれたセバス達に何故、偽物が文句を言っているのをティアも横目で見るが、セバス達は慣れた様子で一切怯まなかった。


「申し訳ございませんが、お嬢様は今から大事なお約束があるのです。どうか邪魔なされぬ様お願い致します」


「邪魔だって……! 僕は始まりの覇王だぞ! なのに失礼だろ!」


 勢いは大したものだとティアは感心するが、一切怯まないセバス達を前に足は震えて腰もへっぴり腰だ。

 このまま無視して進むのも良かったが、ティアも目の前の青年が始まりの覇王を名乗る事はやはり許せず、思わず足を止めて偽物へ顔を向けた。


「確かに私がここに来た理由は始まりの覇王だけど……。彼を知らない人達は騙せても、私は騙されない」


「!?」


 彼女の言葉に義盟の表情は真っ青になった。そして言葉が詰まった様に黙り込んでしまう。

 その様子に周囲も魔法が解けた様に雰囲気が変わり、一斉に失望や軽蔑の視線を義盟へと向けた。


「チッ……なんだやっぱり偽物か」


「さっきの子もだが、二番目の覇王が言うなら間違いないな」


「ったく、典型的な偽物騒動かよ……時間無駄にしたな」


 周囲の勝手な言動。それは察する事も出来るので同情も出来るが、やはり偽物が自分で蒔いた種だ。

 だからティアも、これ以上何かする事をしなかった。


「ち、違う! ぼ、僕は本物だ! 覇王は僕だ!!」


 周囲の意識を向けさせようと義盟は大げさに腕を振ってアピールするが、マスコミを筆頭に周囲の興味は既になく、つまらなさそうにカメラを弄っていた。

 また彼の取り巻きも何も言わずに黙り、周囲も道化と関わる程に暇ではないので撤退準備を始めた時だった。

 一人の記者がティアの言葉の意味に気付いた。


「待てよ……今、彼女はが理由と言ったが、いるのか……ここに本物が?」


 一人の記者の言葉に周囲はザワつき始め、周囲の記者やメディアが自身の下に駆け寄って来るが、それをセバス達がガードする。


「ティア・クリスヘイム! どうか一言!」


「この大学に本物がいるんですか!?」

 

 使用人達の隙間からマイクやボイスレコーダーを向けて来るが、ティアは何も言わずに歩き続けた。

 自分が言っても良いかも知れないが、彼の仕事を奪う程にでしゃばる気はない。


――何より、もなくなったわ。


 ティアは不意に足を止めて、その顔と視線を真っ直ぐに見据えた。

 向こうから、仲間をらしき人達を連れて歩いて来る一人の青年を。


「お、おい……なんか来るぞ?」


 周囲の者達も気付き始め、視線を彼等へと向けた。


――人の事を言えないけど、随分と大人数の出迎えね。


 ティアにとっての待ち人。その周辺には大勢の学生達がおり、その先頭を彼は歩いて来る。 

 本当ならばもっと小人数での再会が理想だったが、彼の手にEAボックスがあるだけで満足だ。

 それに申し訳なさは伝わってくる。彼が自分の目の前まで来て止まると、何とも言えないような申し訳ない表情を浮かべていたからだ。


「いやぁ……はは。すまなかったティア、ちょっと色々とあって遅れた」


「そっちから呼んだのに遅れるなんて……いけない人」


「いやその、言い訳させて貰えると……」


「言い訳するなら更に減点よ?」


「……グフッ!」


 自分の言葉にダメージを喰らった様に気まずい表情をする青年――春夜を見つめるティアだったが、内心では全く怒っていなかった。

 ただ数年も待たされたのだから、これぐらいの仕返しは許される筈だ。


「フフ……冗談よ。ただの仕返し、随分と約束をすっぽかされて来たのだもの」


 ティアがからかう様に微笑みながら言うと、春夜も困った様に笑った後に真剣な表情へと変える。


「……だよな、だから俺は君を呼んだ。約束を果たす為、周りへのケジメを付ける為に」


 連絡先が分からなかったのか、会社へ連絡すれば悪戯だと判断されると思ったのか。

 だがまさか公式ファンクラブにメッセージを送って来るとはティアも思わなかった。

 どこか抜けている春夜の行動にティアは思い出してしまい、再び可笑しそうに笑みを浮かべるが、春夜がEAボックスを開けた事で表情が変わる。


「だからこそ……まずはティア、君との約束を果たそう」


 彼の手に握られ、自分に見せて来るのは春夜の愛機――戦護村正だ。

 それを見ただけでティアは己が胸の淵から震え上がる感覚を覚える。

 まさに武者震いだ。同時に春夜がEAを出した事で周囲が騒がしくなった。 


「ム、ムラマサだ……! EAWスタジアムで見たEAだ!」


「じゃあ、彼が本物の……本物の始まりの覇王か!!」


 そう言って一斉にカメラのシャッターを切り始める者達だが、その隣では絶句したような表情で見ている者がいた。――そう義盟だ


「お、お前が覇王……? 始まりの覇王?」


「和菓子しか食ってない様なあの人が……!?」


 義盟と取り巻きが驚愕した様に呟いてるが、春夜は気にした様子もなく、ティアも周囲の一つの音としか認識しなかった。

 だからティアも反応せずにセバスへ指示を出し、自分のEAボックスを持ってくるように言うだけだ。


「セバス……私のEAボックスを」


「ここに……」


 事前に準備していたセバスからEAボックスを受け取り、ティアも自身の愛機を取り出した。白銀に染まった絶氷のEAを。

 

「アナスタシア……!」


「第二の覇王の愛機っす!」

 

 ティアが愛機を出した事で今度はアキ達も騒ぎ始めた。

 第二の覇王ティアが、嘗てTC主催の水属性限定大会で手に入れた皇女シリーズの内の1機。

 七年前の決勝で春夜を追い詰めた存在を前に、春夜の隣にいたアキ達は騒ぎ始めるが、ティアは気にせずに春夜へと掲げた。


「その言葉……ずっと待っていたわ。私とアナスタシアは」


「……そうだろうな。だから俺から申し込ませて貰う。――第二の覇王・ティア・クリスヘイム……俺と戦え」


――その言葉を、どれだけ待ち望んだか。


 ティアは心臓の高鳴りと、心の昂ぶりを抑える事が出来なかった。

 第二回の世界大会。リベンジを夢見てが、望んだ相手のいない虚しき戦い。

 それを制した事で、世間は始まりの覇王と互角の戦いを見せた事もあり、最強の覇王と呼ぶ者も増えた。

 そのせいで一部の覇王もティアへ試合を申し込む事も増え、その度に激闘を繰り広げれば世間は彼女を何度も称えた。


――けれど、そうじゃない。


 世間が称えようが、他のプレイヤーが認めようが、他の覇王と戦おうが、この渇望は満たされなかったとティアは知っている。

 

「……初めてだったもの。EAWをして、楽しかったって思えた相手は」


 ティアは小さく呟き、そして心の渇きが満たされていくの感じ取る。

 たった今、望んでいた本人からの言葉を聞いただけで、胸の穴が塞ぎ潤っていく。


――あぁそうだ。誰でもない、ただこの人との戦いを私は待っていた!


「――喜んで、お相手差し上げるわ」


 ティアがそう言った瞬間、周囲は大きく歓声をあげた。

 7年振りの再戦、始まり・第二の覇王による伝説の再現は今、約束されたから。


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