第8話:亡命社


――亡命社ネグレクト。それが違法EAをバラ撒く組織の名前だった。


亡命社ネグレクト……育児放棄か?――何なんだ、その連中は?」


「EAを悪用する国際的な犯罪組織さ。ネグレクトという言葉自体は、他にも意味がある言葉だけど、まぁそこまで気にする必要はないさ」


 そう言って閏は再びボタンを押すと画面が一変し、色分けされた世界地図が表示された。

 主に主要国が染まっており、それが『亡命社』の主な行動場所なのだと春夜も分かった。


「『亡命社』は……主にEAを使ったハッキングやサイバーテロ。そして違法EAの売買で金を稼いでいるんだけど……連中はある行動目的もあってね、それが春夜にも関係している事さ」


 ようやく本題か。春夜はそう思って頷くと、閏も頷いた。


「この事はにも知らせているんだけど、連中は主に強いプレイヤーとの戦闘データを集めている様なんだ」


「戦闘データ?……なる程な、覇王なら質の高いデータが取れるって事か」


「そう言うことさ……現に覇王に被害はまだ無いけど、既に『銀』から『白金』に掛けて被害が出ている。それに伴って違法EAの性能も格段に上がっているんだ。だけど――」


 閏は厳流へ視線を向けると、厳流も静かに頷いてもう一個のリモコンを取り出してモニターを操作し始めた。


――世界有数の技術がある場所なのに、なんで幾つもリモコンがあるんだよ? 


 音声操作とかあるだろうと春夜は思ったが、昔に閏が言った言葉を思い出す。


『完成度の高い物ばかり使っていると、無駄なことが無性に楽しく感じるんだよ』


 恐らくは、その性格が今も続いているのだろう。リモコン操作がその証拠であり、リモコンの台数が幾つもある時点でもそうだ。

 二人で楽しそうにリモコン操作をしている姿に、春夜は無性に腹立ってくるが、それを胸の淵に沈めていると厳流がを表示させた。


「これを見て貰いたい。連中の違法EAの性能データなのだが、その変化には一定の決まりがあるのだ」


 表示されたデータは一定のラインを保っているが、ある時期を境に突然として一気に伸びていた。


「なんだこれ……一定の期間は安定していると思えば、いきなり性能が飛躍的に向上している」


 それは異常とも言えるデータだった。

 殆ど変わらず性能が安定した時期が続いたと思えば、突然に倍以上に性能を向上させている。

 ゆっくりとした変化ではなく、急激な変化。明らかに意図的としか思えない。


「本当のデータなんだよな、これ?」


「勿論だ。それに連中からすれば、これは安定ではなくなのだろう。慎重な連中だ……」


 随分と苦湯を飲まされているのか、気に入らなそうに厳流は呟いてボタンを押すと、安定している期間の被害者のランクが表示される。

 しかし、それは一目見ただけでその特徴に春夜は気付く。


「被害者のランクが集中しているな」


 ある期間は『銅の騎士』が、次の期間には『銀の騎士』がと、明らかに一定のランクを狙い撃ちにしている。

 まるで一定のデータを確保すれば次のステージへと進む。

 そんな堂々とした動きだと春夜も気付き、何とも言えない気分になってしまう。


「冷静になると分かるが、これって随分と馬鹿にしてるじゃないのか?」


 向こうも存在がバレていないとは思っていないだろう。

 しかも違法EAもかなり鹵獲されている以上、このやり方は呑気過ぎるし、現に閏の呆れた様に口を開いた。


「実際しているんじゃないかなぁ? メンバーの逮捕、違法EAも随分と鹵獲してきたけど、幹部の顔を割るのが精一杯だからね、こっちは」


 この『亡命社』への対処の甘さ、それは相手が国際的という点が引き起こしている。

 国家間も当然だが、中にはEP内にも派閥やメンツがあるから連携が上手くいかない。

 無論、自身が言えば言う事は聞くが、流石に閏も外見だけは大人の連中に一々と指示を出したくはなかった。


「ボスの顔写真でもあれば楽だけど、多分それも僕が忙しい間にしなきゃならないんだろうね」


 閏はそう言って責める様な視線で厳流とサツキを見ると、二人も何とも言えないような表情で俯いてしまう中、データを見ていた春夜は気付いた。

 

「近年、また性能の向上が停滞しているな……」


 見た限り、最近まで被害が大きかったのは『黄金の騎士』だが、閏が言った通り『白金の騎士』の名もチラホラと増えていた。

 ここまで来れば『銅の騎士』以下の名はなく、完全に上位のランクにターゲットを付けているとしか思えず、ようやく自分との関わりを知れた春夜は苦笑してしまう。


「ハハハ……見る限り、いよいよ覇王もターゲットか?」


「そうだろうね……特に最近はやり方が大胆且つ、派手になってきている。だから表に出て来るのも時間の問題だし、そうなれば自分達の力と存在を示す為に間違いなく覇王――特に昔からEAWに関わっていた始まりの覇王は真っ先に狙われるよ」


 まるで客寄せの扱いだが、それでもパンダの方が何倍も扱いが良いなと春夜は呑気に思っていると、閏はモニターの電源を消して自分の方へ向き直した。

 

「これで僕の言いたい事は分かったかい?」


「流石にな……俺に危険を知らせるのと復帰の一石二鳥か。――どの道、遅かれ早かれでEAWにまた関わる事になっていたって事か」


「そうだね、でも僕の目的はまだあるんだよ春夜。――君にEPに入ってもらいたい。無論、僕直属の精鋭としてね」


 その言葉に春夜は思わず顔を上げ、厳流も聞いていなかったのか顔は驚いてサングラスがズレていたが、この場で一番反応したのはサツキだった。


「お待ち下さい! EPは各部門から認められた者のみが配属を許された組織のはずです! なのに、ただEAの扱いが他の者よりも巧いからと言って――」


「それはじゃないか。僕としては能力あれば受け入れるつもりだったのに、学歴だけや自称エリートの君達の勘違いのせいでEPの質も下がってるし、人員の増員や育成も大変なんだよ」


「そ、そんな事は……!」


 サツキは否定する様に一本出た。それだけ自分の能力に自身があり、少なくともそこで呑気にお茶をススる覇王と言われているだけの奴に劣っているつもりはなかった。


「実際、近年配属した者の大半が実戦や演習で役立たずだと報告があるし、僕も実際に目を通している。ミスも言い訳ばかり、なのに偉そうにして周囲から反感ばかりだし、これならそこらのバイトの方がまだ組織を理解しているよ」 


 けれど、そんなサツキの気持ちは閏によって否定される。

 実際に情けない結果が多く、閏からしてもまだ使えると思っているのは厳流を含めた僅か数人程度。数千人は所属している日本EP本部の中での話でだ。


「それに世間からの声も耳障りになってきているんだよ……春夜もそう思うだろ?」


「まぁ……EAWスタジアムではそれらしい事を言っちゃったしな」


 EAWスタジアムで春夜はEPを、そう言ってしまった。

 絡まれて、しかも高圧的な態度で接して来た事も原因だが、それは同時にでもある。


「EPは特殊だし、最近は警察以上に働いているけどさ……世間的には、天童コーポレーションの私兵のイメージも強いし、何よりも態度が偉そうだから評判悪いんだよねぇ」


「なっ!――わ、我々とて命がけで任務を全うし、お前達を犯罪から守っているのだぞ! なのにネットの中でしか言わない市民にとやかく言われる筋合いはない!」


 顔を真っ赤にして反論するサツキだが、春夜はそういう所だぞと思いながら溜息を吐くと、閏が話を中断させた。


「まぁ今更どうでも良いさ。――話を戻すけど、どうだい春夜? 僕からしても君がいてくれるだけで随分と助かるんだよ。存在だけでも心は温かくなって、EAの腕も君がいれば多くのEA犯罪に対応出来るはずさ!」


「……高く買ってくれるのは嬉しいが、EPにも強いプレイヤーは多くいるだろ?」


 春夜だって知っていた。閏は――彼にとっては皆が過小評価だが、それでも各支部や日本の本部にだってランクと腕が高い者がいる事を。

 だが閏はその言葉を否定した。

 

「多少使えても君の代わりにはならない。少なくとも、僕はEP内の誰一人として君に勝てないと思っているよ。それだけ君が特別だからさ、僕にとってもEAWにとっても。だからこその覇王なんだ」


「確かにな……世界大会の覇者、それは傍から見れば特別に見えるんだろうな。なら、そんな俺が世の中の為に動くのも責任なのかもしれない」


「――なら!」


「――だからこそ断る」


 そう言うと春夜は立ち上がり、そんな彼へ閏は初めて余裕の表情が崩れた。


「なっ――何故だ春夜!? 悪い話じゃないはずだよ!」


「そう言う事じゃない……閏、お前は7年前のあの日から、なんで俺がEAWとから距離を取っていた分かっていないのか? お前は確かに俺の親友で理解者だ、だけどな……それでも俺は、お前のやり方を認めるつもりはない」


――お前にこれ以上、罪を重ねて欲しくない。


 立派になり世界を変えた。立場も偉くなり、それでも自分を親友と呼ぶのも嘘ではなく本心なのも分かる。 

 けれど、それでも変わらないものもあった。閏の目を見れば分かる、また何か起こそうとしている。

 

「俺が本当に気付いていないと思っているのか?……お前の目的も、狙いだって分かってるさ。――だがの場所は俺にも、もう分からない。分かっても、今のままのお前には決して渡さない」


「しゅ、春夜……君は……!」


 珍しいものが見れた。仮面が壊れ、感情のまま自分を見る閏の顔だ。


「納得しないならいつでも来い……『亡国者』だろうが『天童』だろうが、今度は受けて立つ。――じゃあな。団子、美味しかった」


 親友として困っているならば手を差し伸べるが、昔と同じならば春夜は受け入れない。

 例え、それで親友が更に歪んでしまおうとも、この場で全てを閏に渡せば歪むどころでは済まなくなる。


 そして春夜は閏に背を向け、そのまま出口へ向かおうとした時だった。


「……なら、せめて最後の目的には付き合ってくれよ春夜」


 閏は険しい表情で指を鳴らすと、扉の外から4人のEP隊員が勢いよく入室し、彼等とサツキが春夜の前に立ちはだかった。


「どういうつもりだ閏……?」


 黙って帰すとは思っていなかったが、それでも最低限の約束は果たすと信じていた春夜もまた、険しい表情を閏へ向ける。

 

「そんな怖い顔しないでよ春夜……ただ、試作品の試験に付き合ってほしいんだ」


「試験……?」


 その言葉と同時に扉の方から大勢の足音が聞こえ、春夜はすぐに振り返った。

 そこにいたのは白衣を着た研究員達。彼等は先程見せてもらったバイザーやグローブ型の装置をサツキ達に渡して装備させていた。


「あれは、さっき言っていた持ち運べるEAWの装置だったな」


「そうさ、どこでもプレイ出来る装置――『ディーバ』さ。それを装着して目の前のEP達に勝てば、そのまま君を解放するさ……でも負ければ今度こそ君も逃がさない。そして――」


――『』の居場所も教えてもらうよ? 


「なら……俺が勝てばいいんだろ?」


 背後から感じる閏の圧にも怯まず、春夜は平常心を保ってそう言い捨てる。

 だがそれを聞いたサツキ達の表情は険しい。


「舐められたものだな……EPでも精鋭の我々を前に、よく減らず口が叩けたものだ。覇王だなんだと言われていても、実戦でEAを扱っている我々と、所詮は遊びでEAを使っている貴様では練度も覚悟も違う」


 ディーバを装着し、敵意を向けるサツキとEP隊員達。

 閏へ汚名返上する為にも自分を全力で倒そうとする気持ちが溢れているが、春夜はそれを見て逆に確信を得た


「誰しもが平等に力を持てるEAW……それにさえ自分達の優位を示したいのか。――ハハハ……!」


「なっ……何がおかしい!」


 おかしそうに笑う春夜にサツキは怒り、4人のEPの敵意も強くなる。

 だが春夜は笑いを堪え切れなかった。なんで自分達は上だと言いたいのか、なんで優位じゃなければ気に入らないのか。

 あまりに生きずらく、周囲も巻き込んでしまう事を何も思わないのだろうか。


「……あなた達はEAWが好きかい? そして楽しいと思えてるのか?」


「なんだと……?」


 突然の言葉にサツキ達の表情が疑いのものへと変わった。

 何か裏がある言葉なのかと思っているのだろうが、春夜からすれば言葉通りの意味であり、何か裏があるものではない。

 けれど、馬鹿にされてるとでも思ったのかサツキは鋭く春夜を睨んだ。

 

「ふざけた問いだな。……EAWは最早、貴様らの時の様な遊びではないのだ! その技術が世界を変え、そして犯罪すらも変えた。だから我々がいるのだ。それを楽しいだ? そんな感情でEAを使った事はない! 我々は遊びでEAを使用している訳ではないのだからな!」


 サツキはそう言い切った。自分達にとってEAは、あくまでも道具に過ぎないのだ。

 警察に拳銃や警棒がある様に、EPにとってEAはそれと同等か、それ以上であり、EAの扱いによって将来の可能性も広くなっている。


――なのに、この男と来たら。


 サツキは春夜が気に入らなかった。

 世界を獲った覇王なのは認めるが、他の覇王とも違ってそれからは表舞台から去り、貢献らしい貢献もしない。

 あげくには親友だからといって、立場が違う閏への態度もそうだ。

 心構え、姿、実績さえも無駄にした情けない奴。――それがサツキの春夜への評価だ。


 しかし春夜はサツキの言葉にどこか同情的な視線を送った。


「そうか……確かに責任も違うし、心構えも違う。楽しいと思える余裕もないんだね」


「余裕が無いのではない、ないのだ。そもそも、こんな問いに何の意味が――」


「――でも、それじゃ俺には勝てない」


 春夜はサツキへ真っ直ぐに視線を向けて言い切り、その姿にサツキは思わず息を呑んだ。


――なんだこいつ……雰囲気が変わった?


 のらりくらり、ちょっと真剣、先程まで閏と話していた時の雰囲気ではない。

 鋭く、まるで刀を構えた武士の様に研ぎ澄ました感があり、サツキは雰囲気に当てられて自分が冷や汗を流している事に気付いた。


「……わ、私が恐れているのか? こんな遊びだけの男に……!」


 ありえない、少し雰囲気が変わっただけで何を恐れるのか。だがサツキは同時に、この感じに覚えがあるのを思い出す。

 

 それは閏に初めて会った時の事だ。

 まるで別の生き物を見ている様な感覚に陥り、けれど外見は自分達と同じ人間である事が不気味で、目の前の存在を


――閏様とこの男が同じ?……そんな筈があるか!


 認めたくない一心でサツキは春夜を睨みつけたが、当の春夜は研究員達からディーバを受け取り始めていた。


「装着方法ですが……」


「いや良いさ……なんとなく分かる」


 春夜は受け取ると説明も聞かず、少し見た後スムーズに装着していく。

 まるで一度は使った様に無駄がなく、手足に装着して最後にはバイザーも付けた姿に、サツキと厳流も何故だと困惑する。


「別に驚くことじゃないよ……春夜には分かっているんだ。EAWに何が必要なのかを、だからディーバもどうつ装着するか見当は付いているよ」


「……成程、理解という武器をちゃんと活かせているようですね」


 閏の言葉に厳流は納得していると、閏は内心で笑みを浮かべていた。


――当たり前なんだよ。なんせ春夜はEAWの試作時代からEAを使ってるんだから。


 世に影もなかった時から春夜は閏の頼みで手伝い、やがては共犯者となった。

 言うならば、春夜はEAに関しては研究員よりも理解しており、少し考えるだけでEA関連なら分かる。


「……さて、俺はいつでも良いよ」


 棺に戦護村正を入れ、後はサツキ達の準備を待ちとなった春夜に不気味さをサツキ達は抱いたが、そんなのは気のせいだと振り払う。


「ならば、まずはオレが――」


 EPの一人が棺とEAを持って前に出るが、それを春夜は制止した。


「いや、全員で掛かって来なよ」


「!……き、貴様は聞いてなかったのか! 我々は精鋭! それを貴様一人如きになど――」 


「如き……?」


 サツキの言葉に春夜の声のトーンが変わった。


「……確かに俺は公式から姿を消したし、覇王の名だって堂々と名乗る資格があるのかも怪しい」


――けどね。


「俺にもプライドがあるみたいだ……EAWプレイヤー、そしてがね」


「……何が言いたい?」


 何やら話し始めた春夜にサツキ達は困惑するが、その姿に閏は嬉しそうな表情で見ている。


「逆に聞くけど、アンタ達は今から誰と戦おうと思ってる?」


「なに……?」


 一体、何が言いたいのかサツキ達は分からない。

 だが、その態度と認識が覇王の誇りに火を点けた。


「始まりの覇王……それがアンタ達の相手だ」


――EAを構えろ。


「伊達や酔狂で……覇王は名乗れんさ」


 春夜でも閏の親友でもない。

 彼女達の目の前にいるのは、始まりの覇王だ。

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