第7話:覇王と閏


 EAWスタジアムを後にした春夜を出迎えたのは、一台の黒光りのリムジンだった。

 その車体には天童の証である『TC』のイニシャルが刻まれており、持ち主が誰かなのは考えるまでもない。


「……だよな」


 リムジンに乗り込む閏を見て、春夜は苦い表情を浮かべる。

 高級車に慣れてないし勘弁してくれと思うが、閏と他のEPに施されて乗り込むしかなかった。

 そして前後をEPの車が護衛し、車内には春夜と閏、厳流とサツキの4人が乗り、暫く走り続けてビル街に出ると、その街並みを見た春夜は思わず呟いてしまう。


「子供の頃に比べ、随分と変わったな……」

 

 ビル街のあちこちで空中に映像が浮かび、大型の作業車の前ではバイザーを掛け、EAを機械にスキャンさせて操作し、機械のプログラムをメンテする者もいた。


――これが新たな現代。EAWの技術の恩恵。仮想空間やロボット技術により管理される世界【仮想管理社会】か。


「EAWの恩恵か……」


 EAWの技術は革命であった。

 応用によって世の中の技術も10年早まったと言われており、世の中が少しずつ変化しているのを見て、春夜は少し感傷的になる。

 だが、そんな事を呟く春夜を見て、閏は君が言うのかと言わんばかりに、おかしそうに笑った。


「アハハ……その中心にいた者の言葉とは思えないね。君の大学だって、ここから遠くはないし、この手の物なら既に4年前から地方や、一般の家電にも使われ始めているじゃないか」


「黄昏たい時だって俺にもあるよ……それに、身近にあるからって理解したり記憶に残るとも限らない。――なにより7~8年前なら誰がこうなってるって想像できたか?」


 EAWのサービス開始から関わっていた春夜は、今でも鮮明に覚えていた。

 当時は頭の固い者達――つまりははEAWの技術を、自分達が理解出来ないからと受け入れなかった。


――というよりも、変化を嫌っていた。


 ゲームの技術を社会に出すなんて言語道断だと騒ぎ、色々な業界を使って叩き潰そうとすらした。

 けれど、その者達は閏によって正面から叩き潰され、今じゃ権力系からフェードアウト。

 逆にEAWの技術の重要性に一早く気付き、当時の閏に協力した企業が現代で大きな発言権を得ているのが現在だ。


「中学生が作ったゲーム……それだけでも古い人達は懐疑的だった。なのに今では、その技術を誰もが使ってる」


「アハハ! 懐かしい話だね。僕が生み出したEAWの要にして原点・特殊ナノマシン『エレメント』や、環境によって性質が変わる新合金『EMエレメントメタル』……そしてTCの技術を僕が改良した事で、全ては実現した」


 最初は苦労したと、閏は笑いながら思い出す。

 当時、父親が実験を握っていたTCで粗悪な環境しか提供されていない。

 能力は高い息子へ、ぐずると面倒だからと遊具感覚で提供された設備だけで閏は全てを作り上げた。

 そして春夜と共に己の基盤を構成し、邪魔する者達を一気に排除してここまできたのだ。


「君のお陰だよ春夜……僕がEAWのを作り、君がEAWのを作った。それによって当所は存在した邪魔者もから、ここまで来れたんだよ」


 コンピューター・データに疎い老人達にも閏は救いを残していた。

 仮想化した事により肉眼でデータを認識できる世界になった事で、ようやく現在を受け入れる者も年々増えている。

 医療だって例外ではない。応用し、ロボット技術も飛躍した事で嘗ては不可能な手術も可能とし、人工臓器・義手等もEAWにより発展し続けていた。

 

「君は知ってるかい春夜? 今ではサーバーやデータの管理、機械のプログラムもEA使って管理やメンテナンスが出来るんだよ。仮想世界を生み出し、そこにスキャンしてデータ化したEAを送り、直接データやプログラムに触れて管理する。――嘗てはアニメやゲームだけのものが、今では現実なんだよ」


 興奮を抑える様に、目をギラつかせながら話す閏の言葉を聞き、春夜は溜息を吐きながらも納得する。

 人間とは小難しく考えるのは好きだが、結局は単純な生き物。

 実際にそれだけで納得し、あっと言う間に受け入れるからだ。


「どんなに複雑に言葉を並べようが、どれだけマニュアル化した正論を言おうが、やっぱり単純なんだろうな俺達……人は」


「僕達は違うよ春夜。 僕等はEAWで例えるなら“ワンオフ機”だけど、他の人間は全部“量産機”……出来る事も、する事も、全部が同じのつまらない存在さ」


――でも、俺は量産機も好きだけどな。


 閏の言葉の後に、春夜は内心で呟いた。

 言葉にすれば、閏が機嫌を悪くすると分かっているからであり、アキ達がいない今、流石にそこまで能天気を演じる気もない。


「話を戻すけど、EAの操作が上手いという理由だけでも世界で雇用が生まれ、今では企業がEAWに積極的だ。EAW専門の学校すら存在したり、世界への影響は凄いんだよ春夜!」

  

「あぁ、確かにテレビで言っていたな……EAWが今では株価にすら影響するから、企業は専属のPも雇っているって」


「実際、その選択した企業は素晴らしい。EAWはゲームで終わらない、現実に多大な貢献をしているんだからね。つまりプレイヤーはだ、その中でも春夜の様な存在は更に特別。――でも大丈夫、僕が君を守ってあげるよ」


 つまり、もう各企業的にも春夜は良くも悪くも狙われてしまっている。

 実感はないが、春夜は勝手に話を進める閏の言葉に溜息を吐くしかなかった。


「俺からEAWを取ったら、ただの和菓子好きの大学生だぞ? なのに、そんな企業やら何やらにまで影響を及ぼすものか?」


「よくそんな事が言えたものだ。7年も雲隠れしていたとはいえ、貴様の背後には大企業の『千石社せんごくしゃ』がいるのは分かっているんだぞ?」


「……さぁて、何の事やら?」


 探る様なサツキの言葉に対し、春夜はわざとらしく目を逸らしながら呟いた。

 だがその態度は見る者からすれば、馬鹿にしながら誤魔化している様にしか見えず、サツキが鋭く睨んだ時だった。


「――だが近年、国際的にも優秀なプレイヤー……そして覇王がいる国は発言権が強くなっている傾向にあるのも確かだ。まぁ、それでもTCを筆頭としたに口出し出来ぬがな」


 場の空気を維持する為に春夜の疑問に答えたのは、腕を組んで見守っていた厳流だった。

 世界に革命を起こした天才児――天童 閏。

 そんな彼が世界を巻き込み、世界をEAWで作り変えた。

 その名は歴史に残るとも言われており、春夜から見ても天才なのは否定できず、他国も下手な事が言えないの現状だった。


「そうだろうな……天童――いや、閏がいなかったら世の中の変化、そしてEAWも生まれていない。それに閏は天才だ、他の人達への対処も抜かりないんだろう?」


「!……ずるいよ春夜、不意打ちでそんな事を言うなんて、僕は嬉しくて天寿を全うしそうだよぉ」


 褒められた? 事に感動し、天を見上げながら満面の微笑みを浮かべる閏だが、春夜からすれば親友が車の天井に向かって聞き捨てならない言葉を発している様にしか見えない。


「……一部を除いて、本当に変わらないお前は」


 初めて会った時もそうだったと春夜は若干、引きながらも思い出す。


――周りから浮いていたが気にしてもいない少年の事を。


 休み時間にパソコンを弄り、文句を付けた教師や、イジメを始めた同級生から、春夜が気まぐれで助けたのが全ての始まりだったなと。


「俺が庇った翌日……すぐに分かったよ、お前は特別であり、そしてなんだとな」


 なんせ翌日には教師とイジメ児童は学校にのだから。

 教師は蒸発、イジメ児童は両親の会社で何かあったとしか聞かなかったが、まさかと思った春夜の前に現れたのがイジメの被害者である閏だった。


『これで安心できるね、お互いに』


 絵に描いたような微笑みを浮かべていた閏。

 しかし、それが作り笑いである事を春夜は直感的に察したのが全ての始まり。


『作り笑いは好きじゃない』


 壁を感じるから好きじゃない。

 そういうつもりで春夜は言ったのだが、それを聞いた閏の表情は驚いたように素の表情となったのを覚えている。

 

『君は……僕を分かってくれるんだね?』


 それ以来、閏が構ってくるようになり、意外と波長も合った事もあって今日まで一応の親友となっていた。

 そして春夜の言葉を聞いた閏は更に表情を輝かせた。


「あぁ懐かしいね……やっぱり君といると楽しいよ春夜。こんな他愛のない話も充実した時間だよ」


 心地よい思い出であり、自分と春夜二人だけの記憶。

 それは何とも言い難い素晴らしい物、そう言わんばかりに閏は嬉しそうに微笑む。

 そんな閏を見て、厳流は驚いていた。


「まさか、あの閏様がここまで感情を見せるとは……始まり覇王が親友というのも本当なのだな」


 少なくとも自分達では出来ぬこと、そして見ただけで匙を投げる人種の閏と、普通に会話している春夜が凄い人間にしか見えない。

 

「全く……そのコツがあれば聞きたいものだ」


 日頃から近い立場にいる厳流は冗談でそんな事を呟くが、隣にいるサツキが未だに気に入らなそうに春夜を見ている事には気付かなかった。


「……はぁ、面倒は続くか」


 無論、それは春夜自身も気付いておらず、閏に別の話を振る事にした。


「ところで、幾つか聞きたいんだが良いか?」


「あぁ勿論! 君とならどんな話でも大丈夫さ!」


 窓を見ながら聞いて来た春夜に対し、閏は平然と承諾する。


「……はどうなんだ?」


「ッ!?」


 それは閏にとってのパンドラ箱だった。

 訳ありの家庭で、TCに所属するまで母子家庭の中、閏を育て切った彼の実母の存在。

 

『春夜くん……あの子のこと、お願いね』


 いつでも優しく、周囲を和ませる事が得意だった閏の母――満時みちとき こよみ

 女手一つで閏を育て、息子の親友という理由だけで春夜にも愛情を注いでくれた、栗色の長い髪の優しい女性。

 閏の父親が本当のだった為、暦は苦労していたが閏達の前では顔に出さない強い女性だった。


――けれど、TCが招いたが原因で、今は病院で眠り続け、数年間意識が戻っていない。


 その事を知っている人間は少なくないが、口に出す者はいない。

 閏にとって母は全てであり、無関係な人間がの同情をしようものならば、閏はその人間を戸籍から存在まで抹消させるだろう。

 

――こ、こいつ、恐怖も常識もないのか!?


 だからこそ、この場にいるサツキは恐怖する。

 パンドラの箱の蓋を平然と撫でまわす様に、その言葉を平然と吐く春夜の愚かさを。


――いくらなんでも……閏様が許さぬだろそれは!


 厳流もサツキ同様の意見。

 流石に一騒動は起きると確信するが、その当の閏は――


「……前よりは良くなってる。主治医も、数年以内には目覚めるかもって言っているんだ」


――へ、平常心だと?


 何の変化もなく、普通に春夜へと返答している閏に厳流達は更に驚いたが、彼等を尻目に春夜と閏は話を続ける。


「そうなのか……良かったよ」


「うん、君のお陰でもあるからさ……EAWの技術が母さんも救おうとしているんだ。本当に嬉しい限りだよ」


 嬉しそうな、悲しそうな、寂しそうな、何とも言い表せない表情を浮かべて閏はそう言って静かに頷くが、春夜の話はまだ終わってない。


「じゃあもう一つ聞いても良いか?――義母親の自殺、そして実父の蒸発についてはどうなんだ?」


「――どういう意味でだい、それは?」


 閏の声のトーンが若干変わった。

 表情は相変わらず微笑んでいるが、彼にとっての鱗にようやく触れた様らしく、声と雰囲気は冷たい。

 それを察した厳流達の表情は気の毒な程に真っ青だが、春夜は態度を一切変えず、そのまま続けた。


……ただ、そっちの方は大丈夫なのか? それだけだ」


 閏の義母がある日突然に自殺し、TCの社長だった実父も行方不明となったのは数年前の事。

 その事に関して世間話的に春夜は聞いてみただけだが、その言葉を聞いた閏は一瞬だけ真顔になると、やがて笑い出す。


「……アハハ! あぁなる程、そう言うことだったんだね! 大丈夫さ、については、もう僕とは関係ないし、何の影響もない。――でも春夜も、そんな質問をされたら誤解するじゃないか」


「……それは悪かった、ただ親友に意地悪したくなる時もあるさ」 


 そう言うと閏はどこか嬉しそうだ。

 これが自分以外なら修羅場となるだろうが、唯一の親友の自分ならば許すのが閏だ。

 だが実際、春夜も意地の悪い聞き方をしたと思っている。


――少なくとも、の性格、そして閏と母親への仕打ちを知ってるしな。


 春夜が覚えている限り、あの二人は心の綺麗な人間ではなかった。

 数年前に義母親のスキャンダルが発覚し、大々的なバッシングにより、本社のビルより飛び降り自殺。

 実父も株主・幹部が閏側に付いた事で立場を奪われ、今では生死すら分かっていない。

 その二人が消えたからこそ閏がTCを完全掌握し、世の中は変わったともいえる。 

 だが、春夜の写る世界は何も変わっていなかった。


「……世の中や街と違い、お前は変わらないんだな」


 窓の空を見上げ、黄昏る様に春夜は呟いた。


「気にいらないかい、そんな僕が?」


 その言葉に閏は普通に聞き返してきたが、その口調には余裕がある。

 最初から返ってくる答えを分かっている様な、そんな余裕。


 天童 閏――EAWをこの世に生み、世界と技術の常識を変えた者。何物にも染まらない、逆に世界や周囲すら己の色に染め上げる天才。


 それ故に言葉によっては困惑するも、そこは親友である以上は春夜の意図も理解できており、春夜自身も承知の上だ。

 

「いや……それは俺も同じだ。それに、お前が変わると思って勝手に姿を消した以上、あくまでも俺の自己満足でしかない。だから俺が、それでとやかく言う資格はない」


 自分でそう言って春夜は内心、少し自己嫌悪。

 それと頑張ったが、やはり閏の前では調になってしまう。

 のらりくらりとした、そんな話方も自分なのだが、春夜はこっちの方が話しやすいと思うが、癖にした事で基本的な口調はアキ達への対応と同じだ。


「――無理は続かないし、都合良く思った通りにはいかないか」


 閏の思惑を察してEAWから離れ、それで閏も良い方向に行くと願ったが、結果は酷い大人の消滅とEAWの腐敗化を招いた。

 別に春夜は自分一人如きで何かが変化するとは思っていなかったが、周囲への影響力は士郎達に教えられたので軽視はできず、EAWの現状に閏が気付いていない筈がない。


――敢えて泳がせてるんだな閏。


 心を開いていない他人の扱いは悪いが、EAWには深い思い入れがある閏が今までカオスヘッドの様な連中を野放しにしていた理由はそれしかない。

 

「ハハ……でも変わらない事が良い事だって多くある。現に、僕は君の御婆様の桜餅を今でも部下に買いに行かせているんだよ?」


「そこは自分で買いに行けって……その方が婆ちゃんも喜ぶ」


「僕もそうしたいけど……ちょっと最近、面倒なことが増えてきてさ。新型やシステムの改良を急ぐ必要があってね。本当に忙しいんだ」


――なら何故、俺に時間を割く?


 春夜は疑問を抱いた。

 並みや優秀程度の人間の忙しさなど、閏からすれば大した事はなく、そんな彼が忙しいと言うのなら本当に忙しいのだろう。

 無論、自分の為ならば時間を平然と割く事もするだろうが、春夜は同時に閏の自分に対する、を思い出す。


――閏は昔からな……俺に質問されたり、頼られたり、逆に俺に頼れって言わせたい性格なんだよなぁ。


 良くも悪くも構いたい、構ってもらいたい親友。

 だが確信は出来た、自分が力になって欲しいと言われるか、それとも自身が閏に助けを求める事になるのかが。


「おや、そろそろ着く様だよ春夜。やっぱり君といると時間が足りないなぁ」


 窓を眺める閏の言葉に続き、春夜もハッとなって窓を見上げると、そこには大きなビル、そして周囲は自然に溢れた広大な敷地に包まれていた。

 研究所、工場も全てが揃っているここが、嘗ては春夜も訪れていた天童コーポレーションの本社だった。


――もう来ないつもりだったんだけど……やっぱり俺も爪が甘いか。


 入る前から疲れ切った様に肩を落とす春夜を尻目に、車はそのまま本社の中へと入って行く。


♦♦♦♦


 地下の駐車場で降り、そのままエレベーターで直接社内に入った春夜を出迎えたのは、嘗ての知っている社内ではなかった。


「……驚いたな」


 会社に一歩踏み入れれば出迎えたのは近未来。

 宙に浮かぶ映像には各研究所・工場の映像が流れており、その変貌した会社の様子に春夜も驚きを通り越して感心した様に呟いた。


「社内も随分と変えたんだな……明らかに街とかの技術よりも良い物じゃないのか?」


「やっぱり分かるかい? 流石は春夜だよ……その言葉通り、内装の技術は全て、今後に発表する試作的な物が多いんだけど、それでも世間に出ている物よりも高性能さ」


 そう言って閏は自分の会社内ですら観察する様に見渡すと、春夜も合わせる様に見渡すと色々な映像が目に入ってくる。


 高温・低温の部屋に置かれて活性化するEMの原石・試作EAの試験運用。

 中で一番目に入ったのは手足にを取り付け、顔にも大きなバイザーを付けながらEAを操作している研究者達だ。

 モニターにはスキャンした仮想EAの操作も行い、その隣では他の研究員がの様な機械に入って何かしているなど、珍しい物ばかりで春夜も流石に首を傾げた。

 

「おいおい、あれも今後のEAWに必要な物なのか? ここまで来ると、俺には理解が出来ない世界になったんだな」


「ハハハ……初期から関わってくれていた春夜にそこまで言わせるなんて、なんか勝った気分だよ。――でも、それは君が分かっていないだけさ。理解すれば、君だって喜ぶものだよ」


 そう言うと、懐から小さな端末を取り出して起動させると立体映像が浮かび上がった。

 宙に浮かぶ映像、それには先程見た大きな繭とバイザーの一式が映されるのを見て、春夜は閏が説明したくて堪らないのだと理解した。


「この大型の繭――『ディープコア』だけど、これはEAを仮想に送り込んだ様に、今度は人を為の装置さ」


「……へぇ、そうなのか」


 春夜は平常を演じて応えるが、その内心では冷や汗を流しながら驚愕していた。

 

――とうとう、そこまで来たのか……お前の能力は。


 現在EAWとは違い、企業が使うEAW主流となっている技術は、EAをアバター化させ仮想世界に送る技術だ。

 機体をスキャンし、元となったEAのデータを構築してアバター化して送っているに過ぎない話だが、人間はそう単純ではない。

 なのに閏は平然と、もう完成させるのも可能という様に余裕のある感じで言っている。


「……まぁ、まだ色々と改良の余地があるから、これは世間に出すのは先になるだろうね――でも、は遠くない内にお披露目ができそうだよ」


 春夜の内心を悟っている様に嬉しそうな笑みを浮かべ、閏はもう一つのバイザーやグローブ型の機械の詳細を表示させた。


「覚えているかな春夜は……昔、君の家で遊んだテレビゲームを。ロボット物で、そのゲームの世界だと、どこでも場所を選ばずにバトル出来た。――あれは僕の理想のEAWなんだ。特定の場所じゃなく、好きな時間・場所でEAWをプレイ出来る様にする。そしてようやく、それは実現するまでにこぎ着けた」


「それがこのバイザーやグローブなのか?」


 実現できれば更なる革命となるだろうが、操作はバイザー等で大丈夫そうだが肝心のEAはどうするのか春夜は気になっていると、閏は更に補足する。


「そうさ……バイザーで視界を映し、グローブがコントローラーとなる。――後の問題は使用するEAを実機か仮想機か、どっちにするかだけなんだ。色々と迷うけど、どんな結果でもマイナスとなるデータにはならない」


 お前だからそうなんだと、春夜は思わず苦笑してしまう。

 5の力を閏に通すだけで百、千、上手くいけば万の力にすら変わる。

 嘗ての者達は決められた答え以外は失敗扱いだが、閏は違う。

 望んだデータでなければ、それを活かせる方に回し、それから得られたデータで本命を更に進化させて完成させる存在だ。


「転んでもただでは起きない……じゃなく、お前の場合は転びもしないからな。本当に凄い奴だよ、昔から」


 実感はないが春夜は閏なら実現するのだろうと確信はあった。

 好きな事に己の全能力を発揮する人種、そしてスペックも規格外。

 外でも設備無しでEAWをプレイできれば、更に幅も広がるのは確実であり、春夜の言葉に閏の表情は輝きだす。

 

「き、君とお婆様だけだよ……母さんを除いて僕の事を褒めてくれるのは! 嬉しくて死んでしまうよ春夜!」


「そうか。親友の手を握る程に嬉しかったか……」


 表情と目を輝かせ、自分の手を握る閏に春夜は何か嫌な予感を抱いた。

 握る手が深くなって行くのは気のせいだと思いたい。閏の呼吸が荒くなっているのも気のせいに違いない。


「……我々の為にも閏様のご機嫌取りを頑張ってくれ」


 背後で厳流が同情する様な視線を向けるのも気のせいだと思い、春夜は内心で溜息を吐きながら静かに手を引き離して本題に入った。


「まぁ良いけど……所で、一体なんの話があるんだ? 話だけなら車でも良いし、現状を知ってもらいたかっただけなら十分理解した。これで終わりなら、もう帰っても――」


「――残念ながら本題はまださ春夜」


 いきなり表情を一変。真面目な雰囲気と笑みを浮かべ、閏は指を鳴らすと春夜の退路を断つように――EPの者達が一斉に整列する。

 その人数は少なくとも20人以上はいる。突破しようものなら最低限の自由も出来なくなるだろう。


「どういうつもりだ閏?」


 勘弁してくれ、そんな感じで春夜が言うと、閏も申し訳なさそうに笑みを浮かべて見ていた。


「ごめんよ春夜、でもこうでもしないとね……君には前科があるからさ。拘束しないのが信頼だと思ってほしいんだ」


 嘗ての事をまだ覚えている。

 閏が忘れる筈もないと春夜も分かっていた。

 自分が逃げた事で閏の計画は大いに狂い、だからと言って自分と親友でいたい唯一の良心によって強行もできなかった。


「言い訳はしない……だが、これで本当に話だけなのか?」


「それに関しては嘘じゃない。少なくとも、春夜にも無関係な話じゃないのさ。それに放っておくと――」


――


「……だから、どういう意味だ?」


 表情には出さないが、春夜の内心は穏やかではなかった。

 閏は脅しの様な言葉を言う時があるが、意味もなく、そしては使わない。

 閏が言う時、それは本当に起こりえるからこそであり、その内心を悟った様に閏は聖人の様な笑みを再び浮かべていた。


「それを今から話すのさ……さぁ、社長室に案内するよ。他人に聞かれたくない話だってあるしね」


 そう言って背を向けて歩き出す閏達に、春夜は背後からの圧もあって付いて行くしできなかった。


♦♦♦♦


 大型のエレベーターに乗り、最上階に付いた春夜を出迎えたのは昔と変わらない社長室だった。

 昔は社長室ではなく、閏専用の執務室だがテレビやゲーム、そしてPCなどは機種が変わった程度の変化しかない。


「適当に腰を掛けてよ。お茶とお菓子も準備も出来ているんだ……」


 そう言って閏は湯飲みと和菓子を準備し始め、厳流とサツキが入口に立つ。

 残された春夜も取り敢えず長椅子に腰を掛ていると、閏はテーブルにお茶と菓子を置いた。


「最近はルイボス茶と和菓子の組み合わせにハマっているだ……春夜もきっと気にいるよ」


 そう言って目の前に出されたのは湯飲みに入ったルイボス茶、そして二本の餡子が乗ったヨモギの串団子だった。

 ヨモギ粉ではなく本物を使用しており、団子に葉が確かに存在していて美味しそうに見える。


「君のお婆様の店でも良かったけど、僕も行きつけの店ってのを見付けてね。ここはその中で一番の店さ。――さぁ食べてみてよ」


 閏に諭され、春夜は一本持って餡子を落とさない様に口に運ぶ。そして驚いた。 


「あっうま――!」


 ヨモギの苦みと餡子の甘さが良く、ルイボス茶も渋さは弱いが後味がサッパリしている。


「凄いな、ここは当たりだ」


「だろう? 老舗って感じじゃなかったけど、常連を大切にしてるから敢えてそうしてるらしいよ」


「良い店じゃないか、場所教えてくれ」


「どうしようかなぁ~?」


 店を聞かれ嬉しそうなする閏と、そんな感じで話しながらお茶をしてやがて完食。

 食器を厳流が片付け、場も落ち着きを取り戻し始めた頃、最初に口を開いたのは春夜だった。


「それで……なんで俺を呼んだ? 無論、ここじゃなくEAWスタジアムに」


「さぁ、何のことだろうね? 世間に噂を流したのは認めたけど、来る来ないに関しては君の意思じゃないのかい?」


 小さく笑いながら閏はとぼけるが、春夜には通じない。

 ポケットからスマホを取り出すと、それを閏へと見せた。


「とぼけるな……アドレスは知らない奴だったが、俺のPCにを送くれるのはお前しかいない」


『EAWスタジアム来なければ、沢山の人が悲しむ事になる』


「……なるほど。それが、君がもう一度EAWに戻った切っ掛けかい?」


 どうやらまだまだ白を切るつもりの様だと、春夜は溜息を吐いた。

 恐らく、隠す理由もないが今の状況も楽しんでいる。そんな理由なのだろうと察して。

 

「今までにだって俺の――始まりの覇王の出没ガセ、そして名を騙る奴がいなかった訳じゃない。けれど、俺は一度も付き合う事はしなかった」


 出没ガセもいつの間にかイベントみたいになっていたし、名を騙る者もすぐに消えるか、悪質な者は勝手に墓穴を掘って叩かれるか、逮捕されて勝手に消える。

 そんな自然消滅ありきのイベントに参加する程、春夜も暇ではなかった。


「まぁ……中には俺が姿を見せないからだって批判はあるけどな」


「その度に運営である僕の方へ、苦情や情報の開示をする様に言ってくるけど……僕はそれを認めた事はないよ?」


「苦労を掛ける……けど、原因はあるんだから大目に見てくれよ?」


 春夜がそう言った瞬間、両者の纏う雰囲気が一瞬だけ変わったのを厳流は察したが、その空気もすぐに消えて何事も無かった様に話を続けた。


「そうだね……あまり気にしていないし過剰に嚙みついて来た連中も、今頃は外の景色でも見て大人しくしているんじゃないかな?――なんせにいるんだから」


「意味を知ったら笑えないぞ、それ……?」


 これが本当の窓際――所謂“左遷”かと、春夜は天童の影響力を再度認識して思わず苦笑してしまうが、春夜の言いたい事はそれではない。


「……目的があるんだろ? 俺のデータか。それとも、嘗てお前が村正にの行方か?」


「……さてね、どうだろう。僕はEAWに君がいない事が、勿体ないと思っていただけだし。実際、君は訳の分からないメールでわざわざスタジアムに来てくれたじゃないか?」


「……胸騒ぎってのは当たるもんだな」


 普通に無視しても良かった。けれど春夜は、同時に胸のざわつきが日々強く感じ、内心では閏の仕込みだろうと分かっていながらも千石社の人達の反対を押し切って来てしまった。

 だが、来て正解だったと春夜は言える。

 

――子供を悲しませる不良集団・違法ゼネラル級EA。


 どれも万が一が起これば、きっともっと傷付いた人が増えただろう。


「……目的がデータじゃなくとも、カオスヘッドとゼネラル級を撃破した事で、周囲は俺を覇王として認めた。お前的には俺を、楽に復帰させられて満足なんだろ?」


――きっと、それがだったんだろうからな。


 閏は、春夜の言葉を聞きながら、嬉しそうな笑みを浮かべており、それだけで春夜は自分の言葉が真実だと理解した。


「……けど唯一の誤算は、君の周辺にいたの存在。まさか君の為の舞台に、あんなのが出しゃばって来るなんてね」


 模造品――つまりはアキ、そして春夜以外のPの事だ。

 春夜の為にとリアリティを出す様に最低限の細工にしたのが仇となったが、そのままアキはカオスヘッドの罠に嵌り、結果的に計画通りに上手くいったから妥協点。

 

「けれど、これで君は問題なく覇王へと返り咲ける。弱者を助け、ゼネラル級の違法EAを倒す。それだけで周囲は思い出すんだ、EAWの頂きである君を!」


 それは春夜を呼んだ事を認めた様なものだったが、それだけで納得できるものではなかった。


「閏、お前はそれだけの為に周囲を危険に……!」


 春夜はその言葉を聞いて険しい表情を閏へと向ける。

 ベヒーモスは普通のEAではなく違法改良されたゼネラル級。

 その影響力によってはアキを危険に晒らし、リヴァイアサンを当てた子供にも心に傷を負う可能性もあった。


――だが結局は、それも元を辿れば原因は俺か……。


 本当はもっと強く言いたかった。けれど、春夜は自身が閏から離れた事もあって心を止める。

 全ては、嘗ての自分の行いが招いた結果でしかない。


――閏の暴走を止める為に、閏とEAWから無責任に離れた俺の……。


 自分の間違った選択により、閏を止めるどころか状況を悪化させてしまった。

 今回も、閏自身には全く悪気が無い。自分の為にと本気で思っているから春夜は責める言葉を出せないでいた。

 だから、ただ疲れた様に手を額に当て、呟く様に閏へと問いかけた。 


「一つ教えてくれ……万が一、俺が関わらなかった場合はどうする気だったんだ?」


「その時は周辺に配置させていたEPに対応させるつもりだったよ……どの道、彼等はしていたからね。君の相手をして捕まるか、ただEPに捕まるか、遅かれ早かれだったのさ」


 閏はそう言うと立ち上がり、デスクの上のリモコンを操作し始める。


「実は僕にとってもここからなんだ……何故、僕が君を表に出させたのか。その理由を今から話すよ」 


 そう言ってリモコンを操作すると、映像にあるEAが浮かび上がる。

 それは下半身が戦車、ミサイルポッドを担いだ武装腕を持つゼネラル級EA――ベヒーモスだった。


「こいつは俺とアキちゃんが戦ったゼネラル級……」


「そうだね、正式名称は“EG-P02ベヒーモス”って言うらしい……けど、こんなEAを僕は作った覚えはないんだ」


「つまり他社製のEA……それをカオスヘッド達が違法改造したって事か?」


 EAを動かす為のナノマシン――エレメントは、その物体が大きすぎると動作や伝達に支障を来す欠点があり、それもあってゼネラル級は日の目を見ていない。

 あの連中にゼネラル級を改良する技術があるのか。そこだけは春夜は疑問だったが、閏はそれを否定する。


「いや、所詮は僕の後追いしか出来ない連中にゼネラル級は作れない。あの動かすだけの連中も同じ事。それにゼネラル級なら既に僕が完成させたからね。ただタイミングを待っているだけなんだよ」


「……じゃあ? お前がそんな言い方するって事は、少なくとも開発データが漏れた訳でもないんだろ?」


 生みの親だけあり、閏のEAWの想いは強い。少しでも彼の手が入っているならば「作った覚えはない」なんて言わない。

 だが他社もゼネラル級を作れないと断言している以上、春夜には見当もつかなかった。


「勿論さ、管理も暇つぶしで見ているけどデータを持ち運んだ痕跡、ハッキングも見当たらない。――そもそも、このゼネラル級は僕のと作りが違うんだよ。僕ならもっと完成度の高い物にできる」


 解析したベヒーモスの構造を詳細に見ながらそう言うと、やがてベヒーモスの型式番号へ意識を向けた。


「何よりも作った連中は分かっているんだ……その連中こそが君を呼んだ理由なのさ春夜」


 閏が見せやすく解析した型番EG-P02の『E』の文字を拡大すると、そこから更に詳細が表示された。


――『EtherDust』……と。


「なんだ? エーテ……?」


「そう『エーテルダスト』――通称ED。それが、このゼネラル級を作ったファクトリーの名さ。無論、このゼネラル級に限った話じゃない」


 閏は春夜を見つめ、これ見よがしにリモコンのスイッチを操作。

 すると、大量のエーテルダスト製の違法EAの情報が映像に流れ、それを目の当たりした春夜もようやく事の重大さを理解してしまう。


「この数は笑えないぞ……」


 大量に画像と共に映されるED製のEA。その数を見て、春夜は苦笑する。

 そもそもEAを作るのには、かなりの技術や費用が必要だ。

 なのにエーテルダストはそれを可能とし、既に数多くの違法EAと他社でも完成できないゼネラル級すらも製造している。


「確か、違法EAは物によっては市場をかなり荒らすが、今重要視されているのはEAを利用したハッキング。そしてサイバーテロが問題になってる筈だろ?」


「まさにそれの対処なんだよ、僕が忙しい理由は。時代と技術の変化、それが現在――『仮想管理社会』さ」


 閏はそう言うと、昔を思い出しながら目を閉じた。

 自分が社長の座に就く以前から天童コーポレーションは仮想技術に力を入れていたが、結局は完成させたのは自分だ。

 それによって世界は急激に変化し、会社等のデータも仮想世界を構築させて保管させ、EAを使って目視出来る様にまで発展させた。


――その時から、こうなる事は分かっていたけどね。


 どの時代でも技術を賢く使をし、馬鹿な悪用をする者が必ず出る。

 その馬鹿の相手をしたくないからEPの存在を国際的に認めさせ、世界中に支部を作ってEAを使ったサイバーテロや犯罪の対処させているが、今回の連中は一味違う。


「やっぱり人間のシステムは凄いよ春夜。――この世界にする為、馬鹿な事をしそうな政治家や企業を潰し回ったのに、こうやってまた新しいのが出て来るんだから」

 

 まるで害虫の様だね。閏はそう言いながら、その表情を狂気で歪ませた。

 

「そりゃそうさ……なんせ俺やお前みたいなのもいるんだぞ? 別のベクトルで型破りが生まれる事だってあるさ」


 形はどうであれ自分達という実績がいる以上、何かしらのイレギュラーは出ても不思議ではない。

 春夜は自分で言って内心で苦笑するが、閏も同じ気持ちらしく表情はすぐに柔らかくなった。


「君らしい答えだね春夜。――それで話を戻すけどEDって連中は、実はの“開発部門”の名前なんだよ」


「犯罪組織の開発部門・エーテルダストか。独自にEAを作るのもそうだが、その大元もいるなんてな……」


 本音を言えば閏の話でも、そろそろ実感が湧かなくなっていた春夜だが、閏は真剣そのものだ。


「実感できないのは悪い事じゃない……だけど、春夜は嫌でも自覚しなきゃいけない。これは他の覇王達にも知らせている事でもあるからね」


「……どういう事だ?」


 覇王といえど民間人。閏と自分の関係が特殊だと思っていた春夜は表情が変わった。


「そのままの意味さ……もう君も、他の覇王達もから目を付けられている。その組織にね」

 

 一言一言が釘を刺す様に閏が行ってくる。

 どうやら自分で思っているよりも、自身は面倒ごとの中心にいる様だと春夜は溜息を吐いた。

 閏の言う通り、他の覇王も同様。犯罪組織に恨みを買われる事はしていないので奇妙な不安を抱いてしまう。


「俺……なんか恨みでも買ったかな。 人気店でも普通に並んで買ってるんだけど?」


「大丈夫さ……これは恨みとかの話じゃない。春夜達がEAの扱いに長けている、その事が重要なんだ。でもね、あまりに春夜の態度がそれだと向こうも何するか分からないよ? 例えば――」


――今日出会った模造品を、君の為のしたりね。


 閏のその言葉に場が静まり返り、春夜も平然とした様子だが内心は穏やかではなかった。


「――ふざけた話だな」


 まさか一度だけ出会ったアキ達にも被害が及ぶ可能性が出るとは、春夜は何故そこまでして組織が覇王に拘るのか疑問を持った。


「……その組織の名前は分かっているのか?」


「勿論さ、その組織の名は――」


 閏は春夜が喰い付くのを待っていたかの様に、満足げな表情で頷きながら呟いた。 


「――『亡命社ネグレクト』……それが連中の名前さ」


 この瞬間、春夜は己の再臨の理由を知る事になった。

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