第6話:EAWの親 天童 閏
周囲がザワつく中、その原因である青年――天童 閏は全く周囲へ見向きもせず、不気味な程に毒気の無い笑みで春夜だけを見ていた。
「久しぶりだね春夜……君がこうして、またEAWに戻ってきてくれた事が嬉しいよ」
下心が全く無い様な微笑みを浮かべ、愛おしい存在を見るような目で閏は春夜を見つめる。
だが逆に春夜は呆れた様に、そして疑う様な視線で見ていた。
――俺が気付かないとでも思ったのか、閏。
「……よく言う。――お前だな閏。俺がEAWスタジアムに姿を現すって噂を流したのは?」
この親友しかいない。昔から自分を知り、すぐに居場所も予定も調べられる能力を持っている者は。
現に今まで泳がせていた様に干渉しなかった割に、一度干渉させた途端に違法ゼネラル級・EP・そして閏本人の登場だ。
春夜からすれば、それだけで材料は十分だ。その言葉が聞こえた者はザワつき、アキ達も思わず言葉を漏らした。
「噂を流した……?」
「どういう事っすかね?」
「少なくとも春夜さんは不機嫌そうね~」
アキ達はどこかちょっとした雑談程度で済んでいるが、士郎は春夜が復帰理由に
「……やっぱり、始まりの覇王の失踪の裏には天童の影があったか」
どの大企業にも言える事だが、やはりそれに伴って黒い噂はあった。
その一つ、始まりの覇王が消えた理由にEAW運営の影あり、そう言われていた事もあった程に。
――根拠がねぇから噂だと思っていたが……覇王も顔馴染みなら、あながちただの噂でじゃねぇな。
どうりであの時は厄介な任務だった筈だと、士郎は複雑な表情を浮かべていると、春夜が再び閏に問いただす。
「どうなんだ閏……?」
「……アハハ、そんなに怖い顔しないでよ春夜。――あぁ認めるよ……そうさ、その噂を流したのは僕だ。そうすれば君が、もう一度EAWに帰ってきてくれると思ったからね」
ネットに流れた噂の発信源。それがEAWの運営会社・
属性ナノマシンエレメントを作り、EM、EA、EC。その他のシステムや人工知能を作り、世界の常識を書き換えた風雲児。
――だからこそ不気味なんだよ……。
春夜は閏を知っている。親友と思っているからこそ尚に。
始まりの覇王の復帰を願っての事だと閏は言うが、それ以外の理由がある事は察せる。
閏は無駄な事をしない。自身の復帰のついでに何かをしたかったのだろう。
それを察した春夜の表情は若干だが険しくなった。
「俺がそんな噂話を実現する為に来た……本当にそう思っているのか閏?」
「君ならしそうだけど?」
「……まぁ否定は出来ないな」
――おい!?
否定できないのかよ。
シリアスな口調からの能天気な口調に周囲はズッコケそうになったが、春夜の話は終わっていない。
回収されるベヒーモスに視線を一瞬だけ向け、何かを察していると伝わる様に強い口調で閏へ言い放った。
「俺のEAWスタジアムの噂……そして違法ゼネラル級EA。これは偶然だと思うか?――今日、この日に俺が来て、違法のゼネラル級と戦ったのが本当に偶然だったのか?」
「……成程ね。確かに偶然にしては都合が良すぎる。まるで物語のようだね」
他人事の様に話す閏だが、楽しそうな笑みを浮かべている顔を見れば、語ってもらう必要はなかった。
そして閏自身が隠すのに飽きると、春夜の問い詰める様な視線にやがて根負けした様に両手を上げる。
「冗談さ春夜……それについて僕からも話しがある。出来れば付いて来てもらいたいけど、そこは君の自由を尊重させたいよ」
「……拘束するんじゃなかったのか? その為のEPだろ?」
「いや違うよ、僕は君と話しをしたくて場所を用意したんだけど、色々と騒々しいだろ? だから春夜と話を出来る様にしてって頼んだら、EPの無能達が暴走しちゃったんだ」
平然とEPを無能扱いする閏の言葉に、周囲はざわつき、実行していたサツキを始めとしたEP隊員の表情は青ざめていた。
各分野のエリートが多く所属するEP。それを作り上げたのはTCであり、閏だ。
だからこそ、閏のご機嫌を損ねればどうなるかエリート達は無駄に考えているのだろう。
だが春夜は、彼等の心配が全くの無駄である事を知っていた。
――EPには気の毒だが、閏は認めた者以外は有象無象としか見ない。
天才の性か、マニュアル化されて個性が死んでいる者達を閏は嫌う。
――というよりは、個性が死んでいる=覚える必要のない存在でしかないんだよ閏の場合は。
何故に自らの才――個性が潰して役割が同じとなった存在達を一々覚えなければならないのか。
『脳細胞のムダさ。わざわざ、蟻の群れ一匹一匹の名前を覚えようとする人なんていないだろ、春夜?』
そう言った嘗ての閏の言葉が、春夜の脳裏に蘇る。
聞く者が聞けば、それは共感以上に反感を買う言葉だろうが、どれ程の人数が反発しようよとも閏は怯む事はなく、それすらも全く無関心でいられる本物の天才。
「それで、春夜はどうするんだい?」
春夜が昔を思い出していると、当の本人は自身の答えを子供の様にワクワクした様子で待っていた。
「……変わらないなお前は」
溜息交じりで呟きながら、春夜は少し考えた。
別に行く事にも問題はないし、目的だって内心では春夜も察している。
だから結局、自身の考えが正しければ、閏の望む100%の結果にはならないと予想していた時だ。
「春夜さん!」
「……あぁ、そうかアキちゃん達がいたんだ」
後ろから呼んでくるアキ達を思い出すと同時に、春夜はある決心をする。
自分の後ろの方にいるアキ達の方を向き、その姿を確認すると嬉しそうに微笑んだ。
「……?」
アキは春夜と目が合うが、何を伝えたいのか分からずに首を傾げると春夜は閏へ言った。
「どうせ俺を連れて行くのも計算の内だろ? だったらその代わりに条件がある」
「あぁ勿論、君が望むなら僕は喜んで叶えてあげるさ!」
まるで閏はそれ以外の喜びを知らない様に幸福に満ちた笑みを浮かべ、春夜は彼をアキ達に視線を向けさせた。
「彼女達なんだけど……」
「……なんだい
「なっ――!」
自分達を見て
その様子から察するに閏の言動は常習らしく、特定の人物以外はまともな認識はしない。
――否、するつもりもない天才兼変人。少なくともアキはそう判断した。
「今の言葉で決まったわ……私、あの天童って人とは分かり合えない……!」
失礼極まりない言葉を受け、拳を握り締めて怒りを抱くアキだった。
それを見て士郎が肩を掴んで落ち着かせようとする。
「まぁまぁ落ち着け。大体の人間がお前と同じ印象を持つだろうが……現に傍にいるゲンを見てみろ。可哀想に、髪の毛が1本もねぇだろ?」
「誤解を招く事を言うな! これは自分で剃っているのだ!」
士郎の言葉に厳流は抗議する様に怒鳴るが、その背後では数人のEPが身体を震わせており、厳流が振り向くと身体ごと逸らして難を逃れた。
「ぬぅ……! 貴様と会うと碌な事がない!」
「まぁ気にすんな。少なくとも俺は気にしない」
厳流の背中をポンポンと馴れ馴れしく士郎は叩くが、厳流は腕で払った。
「えぇい! 馴れ馴れしく触るな!――全く、貴様は昔から本当に変わらんな」
「変わるのは技術だけで良い。人間が変わると碌な事が起きねぇからな?」
「その都合の良い言葉遊びも止めろと言っているだろ……技術と人間は同じ存在だ。どちらもすぐに染まりやすい」
そう言って士郎に背を向けてしまう厳流だったが、その光景を見ていても閏にはアキ達を理解できなかった。
「春夜、一体アレと君はどんな関係なんだい?」
「世話になったんだ……彼女達のお陰で、久し振りに俺はEAWを楽しめたし、アキちゃんは一緒にゼネラル級と戦ってくれたからね」
「……あぁ思い出した、確かに春夜の村正の
ベヒーモスとの戦闘映像は閏の下に送信されていた。
そして、その映像の中に周囲をウロチョロしていたEAがいた事を思い出すが、やはり言い方が良くない。
「……潰す」
自分の愛機を劣化版呼ばわりされたアキは肉体から闘気の様なものを醸し出し、今にも閏へ殴りかかろうとするのを士郎、ムラサキと時雨、何故か厳流まで巻き込んで4人で抑えた。
それでも元凶の閏は興味すら湧かず、ようやく納得したのか表情を一変させた。
「それならそうと早く言ってよ春夜! 君を助けたのなら僕にとっても恩人だ!――それで、僕に何ができるんだい?」
嬉しそうな笑みを浮かべ、喜びを春夜から貰おうとするかのような態度に溜息を吐きながらも春夜はお願いを口にした。
「今回の一件、彼女達は被害者だ……だから余計なものに時間を奪われて欲しくない。普通にEAWスタジアムを楽しんでもらいたいんだ」
アキ達がEPとかに干渉されず、純粋に楽しんで行ってもらう。
それが春夜の願いだったが、閏はうんうんと頷くと指をパチンッと鳴らした。
すると閏の背後から付き人らしい黒服が現れ、その手には封筒が握られている。
「それを春夜の恩人に渡せ」
黒服見向きもせずに指示を出し、黒服も頷いて向かうと彼女の前に立ちって封筒を差し出した。
「どうぞこれを……TCから、せめてもの御詫びです」
「は、はい……?」
突然の事でアキは反射的に差し出された封筒を受け取ると、何やら厚みを感じた。
長方形に感じる厚みであり、まさかと思いながらアキが封筒を開くと、中から出て来たのは一万と刻まれた
「こ、これって……」
「はい、TC及び、それに加盟しているEAW系の店で使える
それを聞いた瞬間、アキはこの束が急激に重くなった様に感じた。
周りにいた士郎達も目を丸くし、春夜すらも目を丸くしていたが閏は気にした様子もなく、手を叩いて春夜の意識を自分に向けさせた。
「さぁ! これで良いだろ春夜? 次は僕との約束を守ってほしいな」
「待て待て待て!? 俺が言いたかったのはこういう事じゃなく……!」
ただアキ達をすぐに解放し、この場で説明を果たしてほしかっただけだった。
けれど閏は天才と言われているだけあり、普通の常識は通用しない。
これぐらい渡せば大抵は黙るだろうと、極端に考えた結果だった。
――又は、分かっているかもしれないが、自分との時間を優先して手っ取り早く片付けようとした可能性もあるな。
どちらにしろ春夜が参った様に頭を抑えていると、今度はアキが閏に食って掛かった。
「そ、そうよ……! こ、こ、こんなの受け取れるはずが……ないでしょうぉ……!」
商品券100万。そんな物は現金とほぼ同じであり、頭がショート寸前で声を震わせながらも理性で踏ん張った。
けれど、閏は呆れた様に首を振る。
「やれやれ……折角、春夜の恩人だというから気を使って商品券にしてあげたのに、何が不満で僕と春夜の時間を邪魔をするんだい?」
「……閏、確かに俺達は
何故か一瞬だけ閏の声のトーンが変わった気がした春夜だったが、閏は聞こえている筈なのに無視してアキへ言葉を続けた。
「それだけあればEAの修理どころか、そのスペックと同じ物を15機は作れる筈だよ。一体、何の文句があるんだい?」
「あ、当たり前でしょ!? だ、だって大金と同――」
「やっぱりいい。恩人だからと言ってそこまで聞く程の事じゃない。僕は少しでも春夜との時間を大切にしたいんだ。なにせ、ずっと待っていたんだからね……」
アキの言葉を遮って閏は春夜へ視線を戻した。
まるで欲しかったプレゼントを目の前にした子供の様に輝かせており、春夜は昔と変わらない親友の姿に安心と不安の両方を抱いてしまう。
「何故そこまで待った? お前は俺の居場所も何をしていたかも、その気になればすぐに分かった筈だ」
「当然分かってはいたよ……けど、それじゃあ君の時間を僕が邪魔してしまう。それは嫌なんだ、僕は君に嫌われたい訳じゃない。勿論、僕自身は寂しくて辛かったけど耐える事は出来た。何故なら――」
――僕は始まりの覇王の……
そう言って、今度は知的な大人の様な笑みを浮かべた閏。
子供の様に見えたと思えば、大人としての自分も作り上げ、それを自由に好きな時に表に出す。
そんな親友の異常性に懐かしさを覚えるのは、閏の言葉通りだからだと春夜もどこか納得できていた。
「勿論……逆に君は僕の理解者でもある。――さて、もう良い筈だ。そろそろ約束を守ってくれ春夜。車は表に止めてあるよ」
そう言って入口へ歩き出す閏だったが、その時、厳流が閏を呼び止めた。
「お待ち下さい閏様!……あの者達の処分は、全てEPで決めますが宜しいでしょうか?」
「……ん?――あぁ、ゼネラル級を使った連中か。それに関しては余罪やらの調査は任せるさ……
閏はそう言うと懐から薄い端末を取り出し、操作しながらカオスヘッド達を見た。そして――
「EAWに、あんなゴミは不要だ。――アリストテレス……
『仰せのままに……我が主』
端末に閏がそう呟くと、端末から機械的な声が流れると端末には多くの人物の情報が流れ始めた。
それはカオスヘッド達『双炎の魔王軍』のアカウント情報であり、やがて表示が止まると彼等の情報が真っ赤に染まる。
『違法者の
「なっ! なっんだとっ!!?」
EPに取り押さえられているカオスヘッドが閏へと吠え、他のメンバーも顔が真っ青になった。
「どういう事だ! ふざけんな! EAWは俺様達の居場所なんだ! なのにそんな理不尽はねぇだろうが!」
まさか本当にアカウント停止を下されるとは思っていなかったのか、カオスヘッド達は飛び掛かりそうな勢いで食って掛かった。
EAWが自分達にとって最後の居場所だ。社会から見捨てられ、唯一の稼げる場所から捨てられれば本当に居場所が消えてしまう。
――それだけはさせねぇ!!
「なんだアレは? ここは皆の場所なのに酷いものだ」
だが閏はカオスヘッド達を完全に無視し、フロアの一部を陣取っていた彼等がいた場所を指差した。
チームのシンボルの旗が壁に貼られており、その周辺をカオスヘッド達が我が物顔で使用していたのに閏は悟ると、警備員達へ顔を向けた。
「無能も個性だ、それは僕は許すよ?――でも
「は、はいぃ!」
閏からの檄?を受けた警備員・係員達は一斉に走りだすと、大急ぎで『双炎の魔王軍』の溜まり場を撤去し始めた。
椅子や箱、パーツも慌てて片付けて行き、最後はとうとうシンボルへ手を伸ばそうとするのを見てカオスヘッドは叫んだ。
「やめろ! それは俺様達の存在の証だッ!!」
カオスヘッドは叫ぶ。
けれど、そのまま旗は引き裂きながら撤去され、そのままゴミ袋に詰め込まれて持っていかれた。
「……!」
その光景にカオスヘッドはショックを受けた様に膝を付こうとするが、EPによって抑えられ、それすらも叶わない。
すると、そんな彼等に閏はようやく気付いた。そして――
「
「!?――さぁ! とっとと歩くんだ!」
閏は
これで綺麗になった。そう感じたかのように、閏は少しスッキリした表情で春夜を見る。
「ごめんよ春夜、今度こそ大丈夫。もう余計な事は起きないよ……他の仕事は全部終わらせているんだ。勿論、君と会うため――そして、始まりの覇王の再臨と呼べる特別な日だからさ」
「……そうか、そりゃ嬉しいな」
閏とは違い、どこか諦めた感がある春夜も約束通りその後を歩いて行く。
だが、今の話を聞いた周囲の者達は確信を得た事で騒ぎ始める。
「おい聞いたか……やっぱり、あの人が!?」
「あぁ! プレイヤーカードの情報もそうだがTCのトップが認めたぞ!」
「覇王! こっち向いてくれ! オレはあんたの試合を見てEAWを始めたんだ!」
「復帰するんだよねぇ! またどこかに行くのは嫌だよぉ!」
徐々に春夜へ向けられる声が多く、そして大きくなってゆく。
歓声、憧れ、そして不安が混じる沢山の言葉を、スタジアムにいる者達が一人の人間へと向けるのだが、春夜は申し訳ないのか、顔を下へと向けて振り向かずに歩いて行く。
「覇王はどこどこ!? 急いでカメラ回して!」
「はい、いつでも――ってなんだあんたら!?」
メディアも春夜を映そうとカメラを回すが、カメラの前にはガードする様にEP達が壁となって防ぎ、その間に閏と春夜が入口へ向かう時だ。
アキも我に返った様に春夜を呼び止めた。
「春夜さん! えっと……助けてもらって本当にありがとうございました! ほんの僅かな間でしたけど、一緒にスタジアム内を周れて楽しかったです!――あと私も……その、始まりの覇王の試合を見て格好良かったからEAWを始めたんです! だ、だから……あぁもう! とりあえず、会えてうれしかったです!」
「自分もっす! アキ先輩を助けてくれてありがとうっす!」
「まさか覇王だったなんて分からなかったわねぇ~」
アキ達はお礼と今日、感じた事を口にし、士郎だけが見守る様に黙っていた。
すると、春夜も足を止めて振り向かず手を上げて振る。
「いや……俺だってそうさ。君達みたいな純粋に楽しんでいる人と一緒にいたから、俺はEAを再び手に取ったんだ。だから、お礼を言うのは俺の方さ。――ありがとう」
今日、春夜はバトルをするつもりは更々なかった。
ただ
勿論、カオスヘッド達が許せなかったのもあるが、やはり大きかったのはアキの存在だ。
「紅葉院 アキ……
春夜のその呟きはアキ自身には届いていない。届いて欲しいとも、別に思っていない。
ただ呟きたかっただけ、そして自己満足。
それを果たして春夜が再び歩き出した時だ、後方から他の客を掻き分けて追ってくる者がいた。
「季城くん!」
それはティアだった。EPの存在で中々に近づけなかったが、春夜もその声で振り向いて気付く。
「!……もしかして、ティア? ティア・クリスヘイムか?」
「!……えぇ」
少し驚いた様子の春夜にティアも静かに頷いた。
すると春夜は少しバツが悪そうに後頭部を片手で触り、やがて申し訳なさそうにティアへ頭を下げる。
「
春夜も約束を覚えていた。
しかしそれだけではない、ティアはテレビや雑誌の取材も受けていて、その度に始まりの覇王――春夜へとメッセージを送っていたのも知っていた。
『私は今でも……あの約束を覚えています』
再戦の約束であり、同時に再会の約束。
事情があったと言えばそれまでだが、それでも自身の都合なのも事実。
だから春夜は申し訳なく、ジッと自分を見る彼女にそれしか言えないでいた。
――すると、そんな春夜の様子にティアの氷の様な表情は崩れ、優しく微笑んで首を振った。
「私は貴方を責めるつもりもなければ、困らせるつもりもないわ。――ただもう一度……私は貴方と戦いたい」
そう真剣な表情の彼女の手には愛機――『アナスタシア』が握られていた。
まるで氷のドレスを着た様なEAで、もはや芸術品。
そんな嘗て自分と世界を奪い合い、そして世界を取ったEAを見せる彼女の純粋な気持ちと覚悟。
それを見せられれば黙っている訳にはいかない
「確かに約束はした……けど、もう7年ぐらい経つのに、まだこんなにも沢山の人が俺を覚えてて、そして待ってくれているなんてね」
こんな自分勝手な覇王の事なんて、すぐに忘れてくれて良かったのに。
そう春夜は思っていたが、そんな彼の言葉を返したのは士郎だった。
「へっ……確かにそれが普通だろうな。お前にはお前の事情があったんだろうが、それでも他の6人と違って、とっとと勝ち逃げトンズラした覇王なんて本来どうでもいいもんだ」
「ハハ……士郎さんは厳しいね。車でもそうだった」
春夜はEAWスタジアムに来るまでの事を思い出す。
『今更どうするつもりだ? 気分で戻るのも個人の自由だが、少なくともお前は多くの連中に影響を与えたのを忘れんなよ? 正体を知らせないなら別に良い。だが知らせた上でまたトンズラは筋が通らねぇぞ――お前に憧れて、今でもその覇王の幻影を追っている連中がいるのを忘れんなよ』
車の中で言われた言葉が、まだ春夜の胸に残っている。
なんで分かったか、そう聞けば「お前は分かりやすい」とだけ言われて苦笑してしまった。
でも逆にハッキリと言われて新鮮な感じもあったので、春夜はそれで士郎を信用できたのだ。
「まぁ……それが普通だもんね」
今も士郎の言葉に困った様に、けれど満足げに笑みを浮かべる春夜だが、そんな彼を士郎もまた呆れた様に、だが憎めないと言った表情を浮かべながらフロアの上を見上げる。
「けどな……忘れらんねぇだよ。外見だけとか、権力とか、そんなんじゃねえ……
「……?」
士郎の言葉通り、春夜は顔を上へ上げてみた。すると――
「覇王! 復帰したんだよねぇ!?」
「あんたを倒すのは俺だぞ! そのまま消えんのは無しだぜぇ!」
「わたしも友達も! 始まりの覇王の試合を見てEAWを始めたんです!」
「覇王! 覇王! 覇王!」
「覇王! 覇王! 覇王!」
応援、歓声、ライバルとして名乗り、そして覇王コール。
いつ以来か、こんなにも沢山の人から言葉を掛けられたのは。
プレイヤー、それ以外の人達も手を振ってくれている。
だがその何人かは不安そうだ。また自分が消える事に不安を覚えており、安心したいのか自分の言葉を欲しがっているのに春夜も気付いた。
――いや、それだけじゃない。
春夜は
歓声を上げてくれている人々ではない者達。
アキ達やティアの様な純粋さを抱く者達の視線だ。
――なるほど、
マックスとランロを筆頭に、黙って春夜を見る者達がいる。
観客に紛れる者、各フロアの陰から見る者それぞれだが、共通しているのは一つ。
――消えるなら好きにしろ。だが
もう勝ち逃げは許さない。
始まりの覇王ではなく、自分が頂点の証明の為に勝ちを置いていけ。
それは確かに感じる純粋なEAWへの想い。
だからこそ、ずっと不完全燃焼を抱いたままであり、フワフワと浮いた状態の確立していない覇王達は渇望する。
――絶対的な頂点を。
それを大勢の人々がいる中でも確かに感じれてしまった自分に対し、春夜は自身もEAWが好きなのだと再認識できた。
だから言わねばならない。
「――そんなに、始まりの覇王の首が欲しいのかい?」
その言葉が放たれた瞬間、会場中が音を切り離された様に静かになった。
「最初の世界大会の覇者――故に原点。確かに特別なのかも知れないし、最強・頂点……それを決めるのに一つでも欠けているのは駄目なのは当然だ。その事に、この場のいる人達によって思い出させてもらったよ」
原点、最初の覇王、そして多くの者をEAWへと導いた――だから
その最後のピースを制してこそ、皆が認める最強のプレイヤーである真の覇王が誕生できる。
「――だから俺も、それに混ざらせてもらいたい」
『!?』
その言葉に会場中から息を呑む音が聞こえた。
そして春夜がゆっくりと腕を上げ、その口から待ち望んできた言葉を待つと、春夜は楽しそうに満面の笑みで応える。
「始まりの覇王……P名『季節餅』愛機は戦護村正――今日を持って、このEAWに復帰する事を宣言する!」
――瞬間、周囲は最大の歓声に包まれた。
アキ達は茫然として何が起こったのかまだ理解できていないが、士郎はこれから楽しくなると察した様に気持ちのいい笑みを浮かべた。
勿論、ティアだってそうだ。
憑き物が取れた様に表情が輝いており、アナスタシアを胸に当て、ようやく待ち望んでいた時が来たと表情は柔らかくなっている。
「団長……オレ達はどうするんですか?」
「無論、いつも通りさ。――いつも通りに上を目指す。相手が始まりの覇王だからと言ってチームの信念や行動を変える我等ではない」
そう言って平常を装うマックスだが、ランロは団長が嬉しそうな表情にしていると感じながらも、チームメンバーに連絡を送る。
そして周囲も同じく更に慌ただしくなった。
「チーム全員に連絡! 始まりの覇王が帰って来たぞ!」
「写真だ! スクープになるんだ写真を取れ!」
観客やメディアも大混乱。
そんな彼等を警備員達も必死に止め、メディアもEP達が必死に抑え込んでいると、閏が呆れた様に春夜へ言った。
「やってくれたね春夜……君の為に、もっと大々的に復帰報告をしようと思っていたのに」
「折角のオープンイベント中なんだ、これぐらいは許してくれ。――それに、これもお前の
「何のことかな?」
春夜の言葉に混ざりっけ無しの笑顔を浮かべる閏だが、出口の方を向いた頃には不敵な笑みを浮かべていた。
そして、今度こそ閏と共に向かおうとする中、春夜はアキを一瞬だけ見て嬉しそうに微笑んだ。
「これも運命だな……
EAボックスに眠っている相棒へ声を掛けながら春夜は、閏とEP達と共に歓声をバッグにEAWスタジアムを後にする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます