第2話:猛者集結


  EAWスタジアム――その中心部にその場所はあった。

 

 EAWスタジアム・目玉エリア――バトル専用フロア。

 

 全部で高層式の5階まであるEAWスタジアム。

 どのフロアもロビーから見下ろし、モニタリングもされた作りで、全てのPが見届け人とし戦いを繰り広げていた。


『勝者:『銅の騎士』――ワッサン選手』


「よっしゃ! これで10人抜きだ!」


 己の勝利をフロア全てに示す様に叫ぶP。

 そんな彼を2階以上のフロアから見下ろすのは、上位の猛者と言えるP達だった。


 EAWで約束された強者としての地位を持つ者達。その目的は始まりの覇王のみ。

 けれど、ランクが不安定な根無し草のP達の目的はチームへのだ。


「誰か俺をチームにスカウトする奴等はいないか!!」


 己の試合結果を実力の証明とし、フロアを見る者達へ勝者は叫ぶ。

 会場の周囲。2階以上のフロアから戦いを見下ろすのは名立たるチームの猛者達ばかり。


 良い選手がいれば戦力増強を狙い、スカウトしようとする者も少なくないが、取り敢えずは勝てば良い。

――訳でもなかった。


「……あのプレイヤー、どうですか?」


「駄目だな。格下ばかりに勝ってあの威張り様。それに装備が火力重視過ぎで被弾率が高すぎる。あれではチームとして使えん」


 各チーム。その中でもトップのP達は目先の戦績より、そのPの戦い方に意識を向けていた。

 Pの見本市とも言える場所となっていたが、上位Pの目は長年の戦いにより肥えており、そうそう甘い展開はない。


 それは普通に勝利が難しいPでは、理解が難しい。

 だから立ち聞きでも彼等の厳しい評価に対し、他のP達は困惑の色を隠せない。

 

「今の聞いたか? やっぱり言う事が厳しいなぁ……」


「当たり前だ……あそこにいるのは『白金の騎士』クラス、チーム『原初の騎士団オリジンズナイツ』団長<マックス・ペンドマン>だぞ?」


「おいおい『無冠の騎士王』かよ。世界トップクラスのチームまでEAWスタジアムに来てんのか……!」


 並みのPでは畏れおおく、近付く事も出来ない猛者が多く来場している。

 名を呼ばれた彼等もその一人であり、彼等の様な有名人の周囲だけは聖域の様に一定のスペースが生まる程だ。


「……フンッ! EAWの本場の日本だから期待してたのに、大した奴はいませんね団長?」


「フッ……そう言うなランロ。これはイベントであり、皆は楽しむ事に集中している。だから本来の戦士として姿を見せていないのさ」


 反応を見て周囲を蔑む様に言うジャージを着た青髪の少年<ランロ>に対し、銀髪にスーツ姿の青年マックス。

 彼は、その頭に手を置きながら落ち着いて諭したが、ランロは納得いかず不満の顔を隠さない。


「でも気に入らないですよ団長……俺達よりもランクも実力も低い連中の癖に、団長の事をとか言いやがって」


「フフッ……それも事実だから仕方ない事だ。それに私も所詮は一人のPに過ぎないさ。――にすればな」


 自分の事で怒る仲間に嬉しく思うマックスだったが、自分達のいる2階フロアの――その向かい上の3階。そこにいる一人の女性を見上げた。

 

――自分なんて、からすればまだまだなのだから。


 上位Pであるマックスですら冷や汗を流す程の存在。

 その相手はマックスには気付かずに、ただ静かに水色の髪を揺らしながら会場を見下ろしていた。


♦♦♦♦


 3階フロアロビー。そこだけは他の階よりも様子が違った。

 周囲のざわつき、熱気、困惑する者もいれば熱い視線も向けてくる者もいる。

 彼等の視線を集めて空気を変えている女性――彼女も自身が原因だと気付いているが、それでも目的の為に極力不干渉を決め込んでいた。


「……見つからないわセバス」


「見つかりませんな、お嬢様……」


 フロアの手すりから見下ろす一人の女性。

 水色の髪と氷の様な青い瞳が特徴的で、雪の様に白い美貌は望まずとも男女問わず、周囲の者の視線を独り占め。


 そんな彼女の言葉を聞きながら、後ろに付き従っている大柄な執事<セバス>が周囲を守る様に佇み、彼女の言葉に頷いた。


「本当に来るのかしら……」


 感情が表情にない。自覚していても残念そうに話す彼女自身は、儚い氷の様に綺麗だった。

 同時に確かな凛々しさも纏っており、彼女の周りにスペースを作っている者達は、その存在感に息を呑んで見惚れる事しか許されない。


「やべぇ……本当に本人なのか?」


「間違いないわよ……見間違う筈ないって。あの『絶氷の女帝』にして――」


「――『頂きの7人』の一人……<ティア・クリスヘイム>……!」


 ティア・クリスヘイム――彼女こそ第二回EAW世界大会の覇者であり『覇王』の名を持つ事を許された者の一人だった。


 『水』と『風』――二つの属性を持つEA『アナスタシア』を持ち、その実力と容姿、彼女自身がお嬢様である事もあって『絶氷の女帝』と呼ばれている。

 

 何より第一回目の世界大会で、始まりの覇王と決勝で戦った伝説のPだ。


 そんな彼女だが、自身を褒める言葉でも届くことはない。

 自身を周囲に晒し続けても、彼女にはこのEAWドームでどうしても叶えたい願いがあるからだ。


「……屋敷から問い合わせましたが、やはり運営側は同じ回答でした。個人情報故に教える事は出来ないと」


「……そう、ありがとう」

 

 もうずっと運営に問い合わせている内容を聞いてくれるセバスに礼を言うが、ティアは悲しそうに思わず目を閉じた。


「――どうしていなくなったの……したのに。貴方じゃなきゃ満たされないのに」


――約束したじゃない。友達になろうって、そしてまた戦おうって。


「……始まりの覇王」


 悲しそうに顔を落としながら呟くティア。

 彼女も始まりの覇王が消えた事で悩んでいる一人だった。


 同じ年齢で最年少同士。色んな大会、練習試合で競い合った相手。

 そんな彼に二回目の大会で約束は叶わず。夢見ていたが相手は消え、そのまま不完全燃焼で覇王となった。


「元々、日本人という情報以外不明の謎のP……直に戦い、言葉を交わしたお嬢様ですらラストネームしか知らない程ですからなぁ」


 当時、Pネームが本名とは関係ないのが流行りだったEAW界。

 何より、始まりの覇王が自身の大事な主――ティアにそこまで影響を及ばすとは思ってもおらず、相手の名前等を知らべなかった事をセバスは後悔していた。


「……日本人は個性的と聞いておりましたから、何かしらの手掛かりぐらいは見つかると思っておりましたが、何も掴めないとは」


 日本人は特殊。だから見付けるのも容易だと周りが思っていたが、それは間違いだった。


 調べても出てこない異常さがあり、裏ではTCや始まりの覇王のスポンサーでもあった『千石社』が情報を出さない様にしていると噂が立つ程、始まりの覇王の情報は制限されていた。


「今回も出処が分からない噂が発端。何の保証もない中、本当に現れるのでしょうか?」


 情報収集の苦労をサバスは身を持って知っている。

 だからこそ今回の何の予兆もなく出た始まりの覇王の復活。その噂の出所が怪しくて仕方ない。


「オープンイベント開催中は待つわ……そうでもしなきゃ諦めきれないもの」

 

 けれどティアは諦め切れず、藁に縋る様に握る手が強くなる。

 事情を知っているセバスも無下な事を言いたくなく、例えガセだったとしても最後まで共に足掻くと決める程に。


『すごい強いな! ここまで追い詰められたのは初めてで楽しかった! またやろう!――うん? あぁ、これ婆ちゃん特製の桜餅なんだ。一緒に食べる?』


 思い出す。彼との思い出が。

 自分の心を唯一溶かしてくれた覇王との約束と、共に桜餅を食べ事を思い出しながらティアは沢山いるお客を見渡していた時だ。


「おい聞いたか!? 実はさっき――」


「マ、マジかよ!?」


 ティアは周囲が騒がしくなるのに気付き、自然と彼等の方へ意識を向けていた。


「どうしたのかしら……?」


「なんでしょう……お嬢様と同じく、有名なPが来場したのでしょうか?」


 先程までそう言う事が起こり、騒ぎもその度に起こっているのは知っていた。

 けれど今の騒ぎは妙だとティアとセバスは困惑する。歓声の様に騒いでいる訳ではなく、皆が声を潜ませて情報交換の様に話しているから。


「本当なのか……!?」


「あぁ……馴染みの係員が教えてくれたんだ」


 まるで確信がない噂を聞くか、見えないあやふやな真実を探ろうとしている様子だ。

 一体何なんだと二人が顔を見合わせていた時だ。買い物に出ていた一人の使用人が血相変えて戻って来る。


「お嬢様! 執事長! 大変です!!」


「あらお帰り……でも、どうしたの?」


 両手にコーヒーボトルを持っている使用人を労うティアだったが、いつもとは違う様子に首を傾げ、代わりにセバスが彼の前に立った。


「何かありましたか?」  


「じ、実は――」


 そう言って執事はセバスに耳打ちすると、セバスの表情が驚きへと変わる。


「なんと……まことですか?」


「特別入場の係員が確認し、それを興奮しながら話していたので確かかと……」


 それは確証には薄い情報だと、話を聞いたセバスは少し悩む。

 だが今は少しの可能性でも賭けたいと、セバスは意を決してティアの傍に戻り、その口を開いた。


「お嬢様、よくお聞きくださいませ。――少し前、特別入場から入ったPいたのですが……そのランクが『覇王』だったそうです」


「それって……!」


 待ち侘びた言葉にティアの瞳が動揺で揺れ、この会場に入って始めて彼女は感情をみせた。

 そして内心を察しながら、セバスもゆっくりと頷く。


「マスクをしていたそうですが……その係員曰く、EAWファンである自分が唯一、近年でPだそうです。他の覇王の方々は有名人ですから、見た事がないというのが証拠ではないかと」


 それを聞いた瞬間、ティアは手すりから上半身を乗り出し、下の階を見渡した。

 日本人でマスク。これが目印として必死に探すが、見下ろした光景は衝撃的だった。


「ねぇセバス?……何故、日本の方々はこんなにもマスクをしているのかしら?」


 見渡すティアの視界に写ったのは、予想以上にマスクを付けた日本人が多いという事実。

 これでは誰が誰だか分からない。


「確かシャイなのと……花粉症の時期に重なってしまった様ですな」


 セバスの言葉にティアは肩を落としてしまう。

 そういえば彼も花粉症に悪態をついていたなと思い出すも諦めるつもりはなく、同時に確かな核心が持てた。

 

「絶対にバトルエリアに来る……最初の覇王で、誰よりもEAWを楽しんでいたんだから」


 彼ならば来る。自分にEAWの楽しさを教えてくれた彼ならば。

 ティアは先程よりも真剣な瞳をバトルエリアに向け、意識を集中する。

 そんな彼女の表情は無表情ではなく、頬を赤くして興奮する子供の様であった。


♦♦♦♦


「なんか……上のフロアが騒がしくなってきたね?」


 その頃、来場した春夜達は一階フロアで武装とデコレーションパーツの買い物を終えた時だった。

 次の店に行こうとした時、何やら二階より上のフロアが騒がしくなるのに気付く。


「ホントっすね? もしかして、始まりの覇王が現れたんっすかね!」


「それならもっと大騒ぎよぉ~。だって、7年近くも姿を見せてないんだものぉ~」


 二人の言う通り、本当に見つかればスタジアム中に広がる騒ぎだが、ムラサキは2階で僅かな騒ぎだけなので否定した。

 だが、そのどちらでもない感情を持っていたのは春夜だった。


「始まりの覇王……か」


 ネット・動画・メディア。どれもこれもがその覇王の話ばかりだ。

 春夜は既に7年近くも姿を消したPに対し、そんなに気になるものかと不思議でしかない。

 

「……そんなに始まりの覇王に会いたいもの? EAWから勝手に消えた無責任な人間じゃないか」


「当然っすよ! わたしは9才ぐらいでしたけど、それでも覚えてるっす! 刀や槍で相手を正面から打ち倒す! まさに子供心を鷲掴みにされたもんっす!」


「私達世代は大体……始まりの覇王・二番目の覇王の御二人に憧れる子が多かったですものねぇ~」


 大人も混じる中での世界大会。その決勝に立ったのは当時14才の少年少女だった。

 EAWに年齢は関係ない。それを証明した存在を見て、沢山の子供や大人達もEAWに火が付いたものだと二人は思い出した。


 何の偽りもなく、本当に嬉しそうに。それだけ憧れの感情は人を行動させる原動力だ。


「憧れ……か――ずるい言葉だ」


 複雑そうな感情を胸に、悲痛な表情を浮かべる春夜は他も同じなのかと思ってアキにも視線を向ける。


「なるほど……じゃあアキちゃんもかい?」


「えっ……うん、まぁそうですね。私は実際、叔父さんに連れられて決勝戦を直に見てますし。――その試合を見て始まりの覇王と第二の覇王のティアさんに憧れて、それが切っ掛けでEAWを始めましたから」


 アキはそう言って照れくさそうな表情を浮かべ、更に続けた。


「ムラサキが言った通り……私達世代は始まりの覇王に憧れてEAWを始めたわ。勿論、他の覇王やプレイヤーもそうだけど……やっぱりは、あの人達ね」


 あんなに楽しそうに、そして心を鷲掴みにする様な魅せるプレイ。

 それを自分もしたい。EAWはこんなに楽しそうなのかと。そんな単純な理由で始めた者は本当に多かったとアキは内心で思い出すが、春夜は何とも言えない表情だった。


「……私達のか。そうか、そういうものなんだな」


 アキ達の言葉を聞き、春夜は溜息を吐く。

 マスクで気付かれないだろうが、それでも純粋に楽しんでいるアキ達の言葉には思う事があったから。


「……かなぁ」


 どこか寂しそうな眼で春夜はアキ達を見る。

 自分の行動に後悔はないが、春夜は三人の言葉を聞いて自問自答の様に色々と考えていた時だった。


 雰囲気を変える様にアキが全員に見せながら地図を広げた。


「二階はフードコートもあるから自然と騒がしくもなるわよ。それよりも次はEAショップに行かない? 新型を始めデザイン変更型も出てるみたいだし」


「!――そんなのも出してたんだ?」


 切り替えている最中だったのでやや驚いてしまったが、誤魔化す様にしみじみと春夜は頷く。 

 アキもまた、そんな春夜を見て苦笑した。


「なんか爺臭いけど……まぁ取り敢えずはどう? 色々と教えてあげたし、もう完全に復帰出来るんじゃないかしら?」


「う~ん、そうだね。でもなんか逆に驚いたよ。追加パーツや一部のスキル以外、殆ど昔と変わってなくてさ」


 パーツショップ等で春夜はアキ達から話を聞いてアドバイスを貰ったが、基本的には今までのルールの派生で収まっていた。


 昔と違うのも新パーツやステージの属性恩恵ボーナスの調整程度しかなく、元となったシステムの完成度に少し驚いた。


「それはEAWの基礎が優秀だからっすね。少しの調整や新パーツで済んで、だからといって昔のEAやパーツじゃ勝てないって訳じゃないっすから」


「EAWの技術が他の分野に応用されているのも大きいですが、やはりゲームの内容ですわぁ~。本当にプレイヤーの腕次第でも戦況が動きますし、助っ人機能もありますから人気も未だに落ちないんですぅ~」


 これに随分と助けられたプレイヤーは多いと、時雨とムラサキは頷きながら話してくれる。

 それを聞いた春夜もまた、どことなく嬉しそうな表情を浮かべてしまう。


「EAW自体は歪んでいないんだな……」

 

 壊れ機体やぶっ壊れ装備を出さず、ずっと望まれている調整を続けている事が実際嬉しく思い、どこか納得と同時に後悔もあった。


「……そうだね。確かに皆が楽しめる工夫がされてるし、ここまで色々と広がって楽しくなってたのか。なら離れていた事が悔やまれる」


「それを今から取り戻すの! さぁEAショップに行くわよ!」


 顔を下げる自分の手をアキに握られ、優しい温かさを感じを抱きながら春夜はアキ達に連れられてEAショップへと向かうのだった。


♦♦♦♦



 EAショップは複数の店舗があるが、どこも最大級の賑わいを見せていた。

 色んなPが楽しそうに、難しそうに、と色んな表情を浮かべて機体やパーツを見ている。

 店のディスプレイにも各シリーズのEAが展示されており、アキ達も親子連れやメカニック達に混じりながら見て回った。


「へぇ……『ガルーダ』に『タイタン』シリーズの後継機。……マイナーチェンジ版まで出したのか?」


――エアレイン社製・風属性空戦型EA『ガルーダ』

――石堂連合社製・地属性汎用EA『タイタン』

 

 この二機は初期から出されているシリーズであった。

 今も尚、その後継機や近代改修が発売されている事に春夜が手に持って驚いていると、アキも隣で頷いた。


「初期からあるシリーズは拡張性も良いから改造しやすのよ。――でも、後継機とかにも拡張性は受け継いでるけど、最近は苦手な人も多くて【特化型】も多くなったわ」


 アキは目の前に並ぶシリーズの中から【特化型】と書かれたEAへ複雑そうな視線を向けた。

 改造出来ない人も増えてきた救済処置で、始めから色んな環境に特化されているEAだ。

 改造がほぼ必要なく、楽で最初から特化型を買う者も増えているが、アキにはそれが複雑だ。


「別に私は特化型を否定するつもりはないけど……やっぱり一から作って、カスタマイズもしてこそのEAだと思うのよね」


「それ分かるっす! 何か自分専用機感がなくて少し複雑な気分になるっす!」


「あぁその気持ちはよく分かるよ。汎用の量産型だろうが自身でカスタマイズしてこそって感じはある」


 アキと時雨はそう言って頷きあい、春夜も気持ちは分かる頷いた。

 EAWは本来、自分専用機を作る事への浪漫も人気要因の一つ。

 だが特化型は初心者でも使える様に最低限のカスタマイズがされているが、それが仇となっていた。


「――武装だけじゃなくブースターや装甲もまで一定の手が付けられている。……確かにこれじゃ拡張性がないな」


 未改造で遊べる完成度の高さ、それ故で拡張性や可能性が死んでいた。

 これでは武装や外見が少しだけ変えられる程度で、自身の専用機感は薄れてしまうし、いざ改造しようって時には逆に性能の低下しか招かない。


「……でもまぁ、楽しみ方は人それぞれさ。逆に言えば、どんな人でもEAWを出来る様にしたって事じゃないかな?」


「はい、私も季城さんと同意見です~。うちの弟と妹も、特化型を良く使ってるから気持ちが分かるの」


「う~ん……そう言われちゃうと何も言えないのよね」


 否定する訳ではないが、アキは一から改造して戦う生粋のPなので、やや納得は出来ない様子だ。

 そんな彼女の気持ちも分かると春夜は理解し、話題を変えようと気になっていた事を聞いてみた。

 

「そう言えば、さっきから気になってたんだけど……あれなに?」


 春夜は店に入った時からずっと気になっていた謎の行列に興味を向けた。

 行列の先にあるのは巨大な球型のボックスで中にはカプセルが大量に入っており、人々はお金を入れてレバーを回していたのだ。


「5連……いや倍プッシュ! 10連だぁぁぁ!!」


 何やら数人は雰囲気がヤバイが、まるでガチャガチャの様な機械に何故あんなにも行列が出来るのか、春夜は不思議でしかない。

 だが、アキ達のような最近のPにとってはそうではないようだ。


「あぁ、あれは普通によ。パーツは勿論、運が良いと新型のEAも当たるの」


「この間までは新型を買うのも苦労したっすからね。最近になってまともに買える様になったすけど、やっぱり皆も欲しいっす。だからハズレも基本ないから引くっす!」


 二人の言葉を聞きながら春夜はガチャを引く人達を見ると、確かに残念そうにしながらも後悔した表情の人はいない。 

 それどころかトレードしている者もおり、中々に楽しんでいる様だが春夜は一つだけ気になった事があった。


「けど、なんでそこまでして? 新型でも予約すれば、いずれは……」


「そうなんすけど原因もあるっす! それはっす! しかもチームぐるみの!」


「チームぐるみの転売屋……?」


 聞きなれない集団の登場に春夜は首を傾げると、アキも表情を険しくしながら説明してくれた。


「文字通りチームで新型を買い漁って高額で売る連中よ。最近は厳しくなって判明したら降格、又はアカウント停止処分になったから昔よりは減ったわ」


「けどそれでも裏サイトで売買している害悪なチームもまだいるっす!――特にがっす……」


 気付かれない様に横目で呟く時雨の視線を春夜も追うと、その先にいたのはフリースペースを我が物顔で占領している一つの集団がいた。


「ハッ! 雑魚共しかいねぇのかよ、ここには!!」


 周囲を平然と威圧し、全員が悪魔のデザインバンダナを巻いている集団。


 彼等の背後にはを持った悪魔の布も壁に貼られており、その姿に春夜はドン引きしてしまった。


「えぇ……なにあれ? 凄くガラ悪い。絵に描いたような不良集団だな」


「それなら可愛げもあるけど、実際はもっと質悪いわよ――『双炎の魔王軍デュアル・デーモンズ』……『銀の騎士』クラスのリーダーのP名<カオスヘッド>が率いるチーム。メンバー数の規模だけなら、かなりの連中よ」


「ですが良い噂は聞きませんわ~。悪質な転売を始め、レアパーツ狩りやEA狩りは勿論、出禁になった大会もあると聞きますもの」


「次なんか問題起こしたら絶対にアカウント停止処分って言われてるっす!」


 つまりは要注意集団でしかない。基本的にPにも処分は優しいEAWがそこまでする理由。それだけヤバい連中と言う事でしかない。

 寧ろ大したもんだが、別に褒められる事ではなく春夜は苦笑すら出ずに絶句するしかない。


「アイツ等まだいんのかよ……早く垢バンになれば良いのに」


「馬鹿! 聞こえるだろう……!」 


 アキ達の言った評判も嘘ではなく、通る人々も目を合わせない様にしているが『双炎の魔王軍』は見向きもしない。


「――それにしてもチームか」


 自分が現役だった頃は情報交換のコミュニティぐらしかなく、チームと言う存在に春夜は今のEAWの変化を実感する。


 個人による群雄割拠から、今ではチームという勢力が存在している。

 昔の様な個人同士よりも面倒さは増したと春夜は思っていると、アキはどうでも良いように呟いた。


「まぁ……流石にこんな大勢の中で問題は起こさないわよ」


 向こうも問題を起こせば即終わり。

 だから大人しくするとアキは思っていたが、春夜は彼等の様子に違和感を抱いていた。


「アイツ等、なんでずっとガチャの方を見てる?」


 彼等の視線はずっとガチャコーナーの方に向けられていた。

 特にリーダーのカオスヘッドの表情は嫌らしい笑みを浮かべ、まるで得物を見ている様で不気味だ。


「確かにおかしいけど相手にする必要はないから、私達も行きましょう」


 アキは彼等を無視する事を決め、ムラサキ達もそのまま店を後にしようとした時だった。

 ガチャコーナーの方から歓声が響き渡った。


「やった! あたった!――『リヴァイアサン』だ!」


 歓声の中心部にいたのは小さな男の子で、その手には海龍をモチーフにした人型EAを持ってはしゃいでいおり、時雨も驚いた様に少年を見ていた。


「うわぁ……マジっすか。本当に運がいいっすね」


「うん? リヴァイアサンって……?」


 よく見れば時雨以外の客も驚き、または拍手しているのでレアEAなのは春夜も分かったが、そんな彼にアキが傍によって教えてくれた。


「去年12月に出たばかりの最新水属性EAよ。水中に関してはかなりの高性能で、再販は半年先の予定だったんだけど、あの子は運が良いわ」


「最新鋭のEAに選ばれたか……良いねそういうの」


 よくあるロボットアニメ系の王道な感じに春夜が適当に言った時だった。 

 突如、先程とは真逆の悲鳴や悲しみの声が響き渡った。


「かえしてよぉ!!」


「うるせぇ雑魚がッ!! テメェみたいなガキにもったいねぇ……俺様が有効に使ってやんだよ」


 泣き叫ぶ子供の声と怒鳴る若い男の声。

 その声で春夜達は向く前から既に何が起き、誰が原因なのかも分かっていた。


「やっぱり……!」


 春夜達の視線の先に写ったのは先程リヴァイアサンを当てた男の子。

 そして金髪でアクセサリーを多く付け、悪魔のデザインバンダナを巻く若い男――カオスヘッドだった。


「このクラスのEAがガチャの大当たりか……! こいつは良い稼ぎになりそうだぜ!」


 カオスヘッドの手にはリヴァイアサンが握られており、彼が子供から奪ったのだとすぐに分かった。

 その許されない行為を見て、アキの表情が険しくなる。


「アイツ……! あんな小さな子に何てこと!」


「警備員や店員さんは……いらっしゃらないのでしょうか?」


 ムラサキが周囲を見渡すが警備員は近くにはおらず、店員は取り巻き達の多さにビビッて知らぬふりをしていた。

 周囲の者達もランクが低かったり、そのチームの評判も知ってか歯痒そうにするだけで何もせず、そんな情けない周囲の姿を見てアキが動く


「もう見てられない……! これお願いね」


「えっ……アキちゃん!?」


 アキは荷物をムラサキ達に渡し、自分はEAボックスだけ持ってカオスヘッドの下へ向かおうとした時だった。


「はいはい……ちょっと失礼」


 アキの隣を横切り、周囲をかき分けながら春夜は進んで行く。

 周囲はこいつ何する気だと、そんな感じで見ているが気にせずに進み、やがてカオスヘッドの背後に立つとリヴァイアサンを持つ彼の手を軽く叩いた。


「イテッ――!?」


 突然の軽い衝撃に痛みよりも驚きの方が強かったのだろう、カオスヘッドは思わずリヴァイアサンを手放してしまう。

 そのまま落下するリヴァイアサンを春夜はキャッチするが、カオスヘッドには自分を叩いた人物だと理解されてしまった。


「おい……なんだテメェ? いま俺様に何した……?」


 感情を押し殺し、わざとらしく低いトーンで話しながら睨んでくるカオスヘッドだが、春夜は怯む事なく名乗ってあげた。


「俺の名前は季城 春夜……手を出したのは悪かったけど、人の物を盗んじゃ駄目だって」


 春夜はそう言うとリヴァイアサンを男の子へ返してあげた。


「はい、良かったね。そのEA凄く良いもんだから機体と一緒に頑張ってくれ」


「えっ……は、はい! ありがとうございます!」


 男の子は春夜へ頭を下げると走って逃げて行き、春夜もそれを見送ると足下に置いていたEAボックスを拾った。


「小学生でも年齢関係なく楽しめる……やっぱりEAWから遠ざかってたのは勿体なかったか」


 一時期はプレイヤーの平均年齢が上がり、新規のプレイヤーが減った事もあったが今では幅広く浸透している。

 良い方向に変わったと思い、春夜はアキ達の下へと戻ろうとした時だった。


「おい……!」


「あらら」


 春夜は不意に首の襟を掴まれると同時に引っ張られ、身体ごと無理矢理方向を変えらてしまった。


「なんなんだテメェ?……関係ねぇ奴がなに俺様の邪魔してんだよ?」


「……おっと、囲まれたか」


 強制的に目の前にカオスヘッドの顔があるが、左右を見れば既に『双炎の魔王軍』のメンバー達が囲んでおり、穏便には抜け出せそうになかった。

 しかし春夜に焦る気持ちはなく、まるで他人事の様な春夜の態度がカオスヘッドの神経を逆撫でた。


「おい……ふざけんなよ? あぁ?……お前よ、格好付けてんじゃねぇぞ?」


 目の下をピクピクと痙攣させ、今にも殴りかかって来そうなカオスヘッドだが、春夜もやっぱり叩き落とすのは駄目だったかとやや反省。

 困った様に空いてる手で頭を掻きながら、せめてもの言い訳をしてみた。


「いやぁ、でも人の物を盗るの駄目でしょう? EAWのマナー以前に人として一般常識だから」


「だからそれが関係ねぇんだよ!! テメェ……嘗めてんだろ? おい、どうなるか分かってんだよな?」


「だけど問題起こすと、君達……次はアカウント停止処分になるんじゃなかった?」

 

 春夜はさっき時雨が言っていた事を思い出し、それを口にしてみた。

 自分でも中々にズルイ手だとは思ったが、その言葉にカオスヘッドの表情が若干変わったので効果はあった様だ。


「……クソッ!――だが、それがどうした? それでビビると思ってんのか? このまま無事に済ませる訳に行くかよ!」


 一瞬だけ収まりそうに迷った表情をしたが、彼の根本的な問題なのだろう。

 再び表情を怒りに変えるが襟から手を離し、春夜の持つEAボックスへと視線を向けていた。


「……テメェ、ランクは?」


「まぁ……一応、特別入場はしてるかな」


 まるで金目の物を探られている様に見られていると、春夜のその言葉にカオスヘッドは悪態をついた。


「テメェみたいな奴でも『銀』かよ。まぁそれでも、レアパーツの一個は持ってんだろ? 付いて来い……テメェにEAバトルを申し込む。――バトルエリアでテメェのEA破壊してレアパーツぶんどってやらぁ!」


 アカウント停止処分を、こんな訳の分からない奴のせいでされるのは嫌なのだろう。

 だが怒りが収まらないカオスヘッドは発散と見せ締め、そしてレアパーツの為にバトルを申し込んできた。


「……やっぱりいるだな。こういう連中は」


 カオスヘッド達に聞かれない声で春夜は呟くと、感情を殺した様に冷たい目で彼等を見た時だった。

 それを聞いたアキが二人の前に飛び出してくる。


「待ちなさい! その人は復帰勢なの……だから代わりにバトルは私が受けるわ。私も『銀の騎士』ランクだし、不足はない筈よ!」


 プレイヤーカードと彼女の専用機『紅葉』を出しながら言ったアキだったが、カオスヘッドは異物を見るような目でアキを見ていた。


「なんだよ今度は……ランクなんか関係ねぇ。俺様はコイツをぶっ殺さなきゃ気が済まねぇんだ!!」


 怒りに任せてアキの提案を一蹴するカオスヘッドだったが、取り巻きの一人がアキの持つ紅葉のパーツに気付き、驚いた声をあげた。 


「リ、リーダー! アイツのEAに装備されている刀……火属性のレア武器の『加具土命』だ! 大会限定で希少価値があって、確か火属性パーツの性能をあげるって聞いたぜ!」


「加具土命……火の性能を上げる?――ほぉ、そりゃ俺の為にあるパーツじゃねぇか。良いぜ嬢ちゃん、そのレアパーツを賭けて戦うなら乗ってやるよ」


「上等よ。その代わり、負けたらこの一件は治めてもらうし、EAWスタジアムから出て行きなさい。他の人達に迷惑なのよ!」


 臆さずに一歩も引かないアキの態度に周囲は息を呑み、カオスヘッドは何かを感じたのかアキの身体を舐め回す様に見始める。

 胸、腰、そして最後は顔を見ると頷き、やがてアキに近付いた。


「その条件なら俺も一個増やすぞ?――俺様が勝ったらお前は俺の女になれ? 良い身体じゃねぇか……興奮すんぜ」

 

 ニヤニヤと笑いながらアキに手を伸ばそうとするカオスヘッドだが、その手はアキ自身によって払われた。 


「フンッ……別に良いわよ。私、あんたよりも強いから。本当の『銀の騎士』ランクの力を見せてあげる」


「チッ……言ってろ。――おいお前等! バトルエリアを占領して設定しとけ! 来たらすぐに始められるようにしといてやるよ」


 アキの言葉に苛ついた様子のカオスヘッドは舌打ちをしながらも、メンバー達に指示を出して先に設定をしておくように指示を出す。

 だが、アキはそれに待ったをかけた。


「それぐらい自分でやるから良いわよ」


「バ~カ……せめてもの慈悲だ。そのEAとは最後の別れになんだから、ゆっくりとカスタマイズしとけ」


 完全に嘗め切った様子のカオスヘッドだが、流石に話を聞いていた春夜は慌てて口を挟む。


「待った……これは俺が先に手を出したんだ。だから彼女は関係ない。何より、そんな条件を受け入れる訳ないだろ!」


 仕掛けたのは自分だ、アキは関係ない。

 ただEAWを楽しみにしている者達の邪魔をさせたくなかった春夜は責任を取る為に前に出たが、カオスヘッドは納得しない。


「黙れや……テメェのせいで高く売れる筈だった得物逃してんだよ。ならお前の安いレアよりも、こっちのレアパーツと女を貰った方が割に合うんだよ」


 カオスヘッドはそう言ってその場を後にし、奥にあるバトルエリアへと向かって行くが春夜はそれを止めようとする。


「おい、話はまだ終わってない――」


「もう良いから季城さん!」


 春夜はアキに止められるが、春夜自身も納得はできなかった。


「だけど流石にこれは……」


「大丈夫、私強いから。それに現役の『銀』と復帰勢の『銀』じゃ話にならないし、ここは私に任せて」


「けどアキちゃん~!」


「アイツ等、絶対になにか仕掛けてくるっすよ!」


 余程に信用がないチームらしく、ムラサキと時雨も心配した様に駆け寄るがアキは満面の笑顔で二人を見た。


「大丈夫! こんな大勢の中であからさまな反則なんて出来る筈ないじゃない。それに――」


 アキはそう言うと後ろに手を組み、何かを言いたそうにして春夜の顔を見上げると、春夜も流石に気付いた。


「ん?……どうしたの?」


「ううん……ただ、さっきの季城さんを見て初めて格好良いと思ったから、なんとなくね」


「嬉しい事だけど、流石にはあれは見過ごせないしなぁ……」


「当然のことだって言いたいんですか? でも、それがもいるみたいですけどね?」


『!?』


 アキは周囲の人間に聞こえる様に言うと、周りは気まずくなったのか蟻の子を散らす様に逃げて行ってしまう。

 その光景に二人は思わず笑ってしまいそうになった時だ。


「おにいちゃん……おねえちゃん……」


 幼い声に呼ばれて4人は振り返ると、そこにはリヴァイアサンを持った先程の男の子が涙目で見ており、春夜とアキは腰を低くして目線を合わせてあげた。


「どうしたんだ? 折角のリヴァイアサンを当てたのに泣く事はないだろ?」


「そうそう! 男の子なんだから泣かないの……その方が格好いいよ?」


「でも……でもぉ……ぼくのせいで……!」


 責任を感じてしまっているのだろう。

 涙を流しながら顔を下に向ける男の子だが、春夜はその考えを否定してあげる。


「大丈夫さ……君は悪くない。ほらティッシュあげるし……う~ん、こんな事なら婆ちゃんの桜餅を持って来れば良かったなぁ」


「それ以外に泣きやませる手段はないんですか……?」


 隙あらば餅で解決しようとする自分に呆れてしまうが、アキも男の子が悪くないのは賛成の様子。

 アキは男の子の頭に撫でてあげると、静かに立ち上がった。


「大丈夫……だって私、強いから。だから見ててね、本当に実力で上がった『銀の騎士シルバー』プレイヤーを」


 アキは紅葉を握りながら頷き、覚悟を決めた表情でバトルエリアへと向かう。

 そんな彼女を見て、春夜もEAボックスを握る手は震えていた。

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