幼女、駄々をこねる


 


 ―――妖精の村、ラッセルベリーに夜がやって来た。


 この時間まで待機していたノエル達は、妖精達が森に帰る今、ミシャが捉えたこのクエストのターゲットであるピクシーを討伐に向かう―――のだが……



「やぁだぁ!! アンジェがいくのぉ!!」



 床に転がり、エメラルドグリーンの髪を振り乱してアンジェが喚き散らかしている。


「これこれ、わがままを言うもんじゃ……――むぅっ!?」


 宥めようと近寄ったラケシスだったが、暴れるアンジェのスカートからチラつく獲物に言葉を止め、


「ダメじゃっ! 冒険者様方は案内にはリンダと言っとる!」


「やだやだっ! じーちゃんのいじわるっ!」


 アンジェを甘やかしているイメージだったラケシスが珍しく叱りつけると、火に油を注いだようにまた暴れ出し、 “獲物” が大量にラケシスの網にかかる。


「ダメじゃ!」

「やぁだっ!」

「ダメじゃ♡」

「やだやだ!」


「ダ〜メ―――じゃっ!?」



 鈍い音と共にラケシスの首が角度を変えた。



「――お前がダメ村長だ……」



 鋭い眼光に陰をつくったミシャの手刀が、ラケシスエロじじいの首欲望を挫く。



「あ……あれ? これ、戻るやつ……?」



 奇妙な角度で首を曲げた妖怪じじいが、呆れた顔をして立つノエルに話し掛ける。


「知らねぇよ、時間かけりゃ戻んだろ?」


「あ、時間それあんま持ってないの、わし老人だから」


 自虐的な返しをしてくるラケシスは捨て置き、駄々をこねるアンジェに屈んだミシャが話し掛ける。


「もう時間も遅いから、アンジェはお家で待ってなさい」

「やだっ!」


「子供がお外に出る時間じゃないのよ?」

「リンダだって子供だもんっ! ちょっとしか変わんないじゃん!」


 優しく宥めるも、アンジェは “いやいや” を続ける。 それを見ていたノエル&ラケシスは思った。



 “優しく宥める” ――――そんなこと、出来たんだ………と。



 破壊と殺戮を司る地獄のシンボル。 鳴かぬなら殺してしまえなんとやら、を地でいく彼女の意外な一面を見ていたノエルに、アンジェが縋り付いてくる。


「ノエルぅ……」


 大きな瞳を潤ませて見上げてくるその視線、ノエルは顔を背けてそれを受け流す。



アンジェおまえは、俺の寿命を縮めるからな…… )



 既にアンジェ発信で痛い目に遭っているノエルには、その眼差しに応えるつもりはないらしい。


「リンダは……ほら、お姉さんだから、なっ?」


 背けた顔の先に丁度立っていたリンダに援護を要請すると、


「まだ16ですが……アンジェよりは、はい」


 返事をした後、リンダはもじもじと恥ずかしそうに言葉を紡いだ。


「あの、ノエルさんは、今おいくつなんですか?」

「ん? 俺? 17」


 何気なく答えたノエル。 その間にも服を引っ張るアンジェが何とかしてと訴え掛けてくるが、二人は気にした様子もなく会話を続ける。


「一つ年上……なんですね」


 どこか嬉しそうにはにかむリンダ。


「お前、俺のこと怖くねぇの?」

「えっ?」


「結構怖がる女いるからさ、亜人のハーフだし、ほらっ、牙あるし」


 そう言って犬歯を見せるが、彼女は特に怖がる素振りは見せなかった。 まあ、何度も折れ丸まった大した牙ではないからか。


「最初はちょっと……でも、アンジェも懐いているし、悪い人ではないと思います……」


「……お前、いい奴だな」


「えっ……」


「なんつーかさ、戦闘力無いふつうが良いよ。 飯うまいし、死を感じない安心する」


「っ……」


 耳まで真っ赤にして俯く少女。

 新鮮な反応に少年は自然と笑みを零す。


 ここ最近、普通の女性から遠ざかっていたノエルは、しみじみと危害の無い存在に浸っていた。……が、



「おい」



 ノエルの首元に、馴染みある冷やかな刃が添えられる。


「仕事中に女口説く程強くなったの? 鍛え直してあげようか」



 ――――育てる前に摘むタイプが絡んできた。



 予想通りではあるが、鬼教官がラブコメの匂いを搔き消しに登場する。


「おま、うちのリンダに手ぇ出したら討伐依頼出すぞ? ミシャさんに」


 ラケシスじじいを連れて。


「あら、それなら今すぐ達成出来そうね。 ターゲットの首は今にも落ちそうだし」


 それは、クエストではなく……



 ――― “暗殺依頼” では?



 冷たい汗が垂れるノエル。

 相変わらずの一幕だが、いつの間にか蚊帳の外にされた駄々っ子は我慢の限界だったようで、



「みんなだけあそんでずるいっ! ばかぁッ!!」



 仲間外れにされたと思ったアンジェは、泣きながら奥の部屋に篭ってしまった。



( これ…… “遊び” か……? )



 己の命のやり取りを “遊び” と言われ、自分の価値に絶望するノエル。



 ―――『死亡遊戯』。

 是非子供は真似しないで頂きたい。 ……大人もね。



「困ったものね、後は村長に任せるわ」


 溜息を吐いて剣を収めるミシャ。


「わかりました、後はお任せくだされ」


 背中を向けているのに顔は前にあるラケシス。

 どうやらさっきの一撃で首の可動域が広がったようだが、こちらはそろそろ人生を納めそうだ。



 アンジェの癇癪で有耶無耶になった “生還劇場” 。 今度は彼女に救われた形になった。



「大丈夫ですか? ノエルさん?」


 心配そうな顔で覗き込むリンダに、


「ああ、クエスト前にミシャクエストがあるのはいつものことだ」


 心配する事ではない、そうリンダを安心させるが、本質は―――心配しても、どうにもならないのだから。 が、正解だ。



 それにしてもノエル、なかなかどうして……




 ――――成長したじゃないか。



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