みんなでお昼ごはん

 


 ドアの開く音が聞こえ、ピクンと反応したアンジェが振り返る。


「ノエルっ! おっかえりー! もうすぐごはんだょ〜」


「ああ、なんとか還った……」


 打撃、水攻め、氷漬けからの火あぶり。

 なんとも贅沢なフルコースを体験した男はげっそりとした顔で呟いている。


「あら、いい匂いね」


 その後ろから、それを振る舞った地獄のミシャシェフが現れる。


「おかえりっ、つよいおねーちゃん!」

「ただいまアンジェ」



( 強さを持っちゃなんねぇ奴が持ってるよな……世の中…… )



 ノエル被害者は心中で呟く。



「ってアンジェ、あ、あんたなんて格好してんのっ?」


「んー? 変?」

「変……とかじゃなくて……」


 先程川でずぶ濡れになったアンジェは当然着替えていたのだが、その格好に問題があるとミシャは指摘する。




「ほっほっほ、気に入ってもらえましたかの?」


 奥の部屋から楽しげな声を発しながら歩いてきたのは、


「……あんたか、村長」


 呆れた顔で目を細めるミシャ。


「うんうん、似合うっ! 可愛いぞアンジェや」


「へへへ〜」


 褒められて嬉しそうに笑うアンジェは、大きな胸を白い布でビキニの様に前で結び、成長途中のほのかにくびれた可愛らしいお腹を大胆に見せ、短い花柄模様のついたピンクのスカートを履いている。


「ま、まさか村長が着替えさせたんじゃないでしょうね!」


「ミシャさん、わしはそこまで道徳を失ってはおりませんぞ。 ほれ、今食事を作っておるひ孫のリンダがやってくれたんじゃよ」


 台所で料理をしている栗色の髪をおさげにした少女、彼女がアンジェを着替えさせたらしい。


「ひ孫……ちょっと長老感でたわね」

「え? マジ?」


 初めて長老を肯定されて喜ぶラケシスだったが、その反応が長老していない。


「まぁ、安心したわ」


「ほっほっほ、わかって頂けて良かった。 わしはただあの服をリクエストして、ただ着替えを覗いておっただ―――」



 ―――風を切る音がした―――



「――毛……?」



 ラケシスが冷や汗と共に零した声の後、一度ミシャに切られた眉毛が更に短くなって床に落ちる。



「手元が狂ったわ、光があるみたいね」


「……ええ、まぁ。 狂って……よかったなぁ……わし」


 眉がさっぱりとしたラケシスの視界は広がったが、次は視界が無くなるかも知れない。 最悪、死界へのご招待もある話だ。


「やめとけじじい、巻き込まれるのはゴメンだ」


 誘爆を恐れ、ラケシスに釘をさすノエル。 その間にもリンダは手際よく料理を作り、アンジェも楽しそうにそれを手伝っている。





 食事の準備が整い、全員がテーブルに着いた。

 ラケシスの左右にアンジェとひ孫のリンダ、その正面に冒険者様御一行が座っている。


 食事を始める前、「それでは」とラケシスが切り出すと、


「我らに恵まれた自然と今日の糧を与え、慈悲深き………えっと、神の……恵み? 的なものを……」


「なに言ってるのおじいちゃん? 初めて聞いたけど……」

「はやくたべよーよー」


 それらしい事を語り出したラケシス。 そこにひ孫からの冷やかな声と、アンジェの不満そうな煽りが入る。


「無理すんなじいさん、いつものやつでいいぞ」

「ホント、見栄っ張りは死ぬまでね」


 既にラケシスのキャラを掴んでいるノエルとミシャも呆れた顔でそれに続く。



「………いただきます」



 各方面から残念な老人のレッテルを貼られ、ラケシスは無念そうに “いつものやつ” を口にし、食事が始まった。




「おおっ、うめぇ! 生きててよかった!」



 ―――説得力がある。



 確かに死んでいれば味わえなかった味だ。

 いつそうなるかわからない彼には、是非ともじっくりと味わってもらいたいものだ。


 なにしろ……『最後の晩餐』は突然やって来るだろうから。



「そ、そんな……大袈裟です……」


 リンダはそう言って恥ずかしそうにするが、事情を知れば納得もするだろう。 彼は常にミシャキケンと隣り合わせの冒険者なのだから。


「うん、ホントに美味しいっ。 リンダちゃんお料理上手ね」


 その味を深めたミシャ加害者ノエル被害者の感想に共感する、なんとも言えない光景だ。


 絶賛されたリンダが少しそばかすのある可愛らしい顔を俯かせていると、


「そうでしょう。 このリンダはわしの自慢の孫……あれ? ひ孫?」


「どっちでもいいよ、美味けりゃ」


 呆け老人をあしらいながら食べ続けるノエル。


「それにですな、このリンダには不思議な力があるのですじゃ」


「不思議な力?」


 老人の戯言とは思うが、一応反応してみたミシャにニヤリと口角を上げるラケシス。



「リンダはその身に今は亡き人を憑依、降臨させることが出来ますのじゃ」


「へぇ……そんなの初めて聞いた、すごいわね」


 あの世に送る側専門の魔女と真逆の力を持つリンダ。 死神ミシャは素直に感心しているようだが、当の本人は浮かない顔をしている。


「すごくなんか……村の男の子達には、気味が悪いって言われるし……」


「なにを言うか、あいつらバカだから放っておけばいいんじゃっ、所詮奴らは村人A、B止まりじゃよ。 わしの可愛いリンダに悪い虫が付かなくて都合が良いわい」


 村長としてその発言はどうかと思うが、ひ孫は真剣に悩んでいるようだ。

 その俯いた顔を、会話に参加せず食事に没頭していたノエルが上げさせる。



「リンダ……だっけ?」


「えっ、はい」



「お前、すげぇな。 興味あるわ」



「――えっ……」



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