派遣と亜人剣士、二人の距離

 


 夜の洞窟の中、二体のアンデッドが刃を交えている。



「ははははっ! やっぱ強えなぁアール! さっきっから結構斬られてらぁぁ!」



 恐怖を突き抜け、生への執着から解き放たれたノエル。 虚ろな目で笑いながら、最後の遊戯を楽しむように両手剣を振るっている。



「こぉらこの駄犬っ! ガリラヤは出してるだけで魔力使うのよ! その上アンタがダメージ受ける度に回復してんのも私の魔力が支払ってるのっ!」



 怒鳴り声を上げるミシャ飼い主様。

 確かに、見ればノエルに寄り添う精霊ガリラヤは、彼が傷付くとすかさず癒しの息吹きを吹きかけている。


 考えてみれば、こんな都合の良い精霊、ただで扱える訳もない。 恐らくはかなりの手練れでしか呼び出せない、その上、消費魔力も相当なものだろう。


 それを聞いたノエルは、



「駄犬だろーが飼い主が面倒みるのは当たり前じゃないですかぁ? いってぇなアール、こいつぅぅ!」



 ―――ダメだこの駄犬カスは。



 悪びれる様子も無く、親のカードで遊び回る愚息の如く、アールお友達と戯れる。

 そして、遂に自らを犬、それも駄犬と受け入れる狼。 元々はミシャの雇い主だったノエルは、今や飼い犬にまでその身分を落としていた。




「………そう。 わかったわよ……」



 俯き、静かな怒りを込めて呟やくミシャ。 すると、



「あっ、ああっ! が、ガリラヤぁぁ!?」



 いつまでも、あると思うなガリラヤと魔力。

 堪忍袋の尾が切れ、ミシャお母様がカードを没収する。



「なにすんだよ鬼っ、悪魔、魔女、偽天使!」



 命知らずな……いや、もう諦めているからだろう。 ノエルは抗議の言葉を並べ、精霊を消したミシャに振り向く。 すると、



「な、なん………だ……?」



 虚ろな目を見開き映ったのは、ミシャの頭上に浮かぶ巨大な光の槍。



アールお友達から先に送ってやるわ。 アンタは辞世の句でも考えておくことねっ!」



 慈悲果汁0%の顔で、ノエルに蔑む視線を送るミシャ。 宙に浮かべた光の槍でアールを倒した後、次はノエルお前だと、そう言い放った。



「こ、こんなもん食らったら……アールが持たねぇ……」



 ―――持たせてどうする。



 完全に軸がずれてしまった冒険者は、倒すべき敵の身を案じている始末。

 その時、



「――ッ!!」



 無警戒に立ち尽くすノエルにアールが襲いかかる。 呪われた剣を振り被り、隙だらけの目標に向けて斬り掛かって来た。



「ぐぅッ!……ぁあ!!」



 咄嗟に両手剣で防ぐが、その威力に負けて真横に薙ぎ払われる。

 次は防げない、ノエルは完全に態勢を崩されている。 だが、アールは吹き飛ばしたノエルに追撃する事無く、正面を見据えていた。


 その視線の先には、今にもその強力な魔力を放とうとしている、圧倒的な存在が立ちはだかっている。



「あ、アール……お前、俺を庇って……」



 違う、と思うが……。 そう見えてくるから不思議である。 しかしは、



「んなわけあるかぁぁ! 審判の槍ハスタム=デ=リファレンタリウスっ!」



 ミシャが詠唱と共に右腕を挙げる。

 そして、



「逝っけぇぇぇッ!!」



 まさに槍を投げ放つように腕を振ると、巨大な光の槍が、回避不可能な速度で一直線に飛んで行った。



「さらばだ……戦友……」


「――あ、アーールーーーッ!!」



 ………言って、ないんじゃないかなぁ。



 光の槍がアールを突き刺し、眩い光が洞窟に煌めく。 その光が、呪われた伯爵を天へと還していく。



「ば……バッキャローーー!!」



 いにしえの熱血漫画の台詞を叫ぶノエル。


 その叫びも虚しく、光の槍は凄まじい威力をもって、跡形も無く戦友を消し去った。



「本当に、馬鹿野郎だぜ……おめぇはよ……」



 ブラウン管に映るドラマを彷彿させるノエル。

 もう好きに自分に酔っているがいい、もうじきお前も逝くのだから。


 その時、静寂を取り戻した洞窟に響く不吉な音。 それと同時に、洞窟を照らしていた魔法が消え、また暗闇が辺りを包む。



「――はっ!」



 我に返ったノエルは、その音がした方向に視線を向ける。 夜目の利く狼人族が捉えたのは、あの規格外の力を持った謎の白魔導士が、地に倒れ込んでいるまさかの光景だった。



「み、ミシャっ!」


「…………」



 慌てて名前を叫ぶノエル。 だが、ミシャからの返事はない。

 流石の魔女も先のアイスドラゴン討伐に続き、この洞窟に至るまでのアクシデント、そしてアンデッド軍団との戦いで立て続けに強力な魔法を使ったのだ。

 これで何の疲労も無ければ、それこそ人間ではない。



「大丈夫かっ?! 無茶しすぎなんだよおめぇはよ!」



 ガリラヤを湯水のように使っていた奴が良く言えたものだ。 更に言うと、先程まで敵側にすら感じたこの穀潰しが何を言っても虚言にしか聞こえない。



「俺が負担かけたからだな……すまねぇ!」



 ―――とするノエル。



「………ノエル」


「おおっ! 良かった、無事か?!」



 弱々しく呟くミシャ。

 掌返しのノエル飼い犬は、白々しくもミシャ飼い主の無事を尻尾を振って喜ぶ。



「アンタさ……」


「なんだ?! なんでも言ってくれ!」



 あからさまに媚びを売る牙まん丸の狼。

 倒れたまま、ミシャはその声の先に向けて言い放つ。




「――遠いわ」



「…………」




 ―――遠かった。


 ノエルは先程からミシャの身を案じる台詞を吐きながら、お仕置きを恐れてセーフティな距離を取り過ぎていた。

 壮絶な戦闘を共に戦い、勝利し倒れた仲間を、こんな長距離砲で案じる馬鹿げたシーンがあるだろうか。



 それ程に、二人の距離は遠かった……。



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