ぼっちの亜人剣士、戦友を得る

 


 ミシャの強力な浄化魔法により、残るは伯爵アール一体のみ。 その上、先程の聖なる光のダメージも決して少ないものではない筈だ。



「ヴ……ゥ………」



 不気味な呻きを零しながら、また二人に立ちはだかる貴族の成れの果て。



(アレで逝ってくれるとは思わなかったけどね。 さて、それじゃ……)



「ノエル」


「おう」


「任せた」


「おう、今度は二対一だ、二人がかりで―――おうっ?! ま、任せた?」



 数的にも形成逆転、当然二人でアールを仕留めようと考えていたノエルに、予想外の任務が言い渡されようとしている。



「また派手なの決めるから、魔力を練る時間がいるの。 それまであのボンクラ宜しく、その後は死んでもいいから」



 気持ちの良い程ストレートな “捨て石” 宣告。

 当然ここで、ノエルお得意の怒りの突っ込みがやって来る、筈が、



「………わかった」


「――え……?」



 何の文句もなく、その横暴な任務を了承するノエル。 あまりに予想外の返事に、ミシャは面を食らっている様子だ。



「そうしなきゃ勝てねーなら、やるしかねーだろ。 いいもん、見せてもらったしな。 さっきのお前………本当に、天使みたいだったぜ」


「ノエ……ル………」



 潔い戦士の言葉、そして、ミシャに向けられた偽りない賛辞。

 男ノエルの胸を熱くする台詞に、ミシャは顔を紅潮させてその英雄の名前を呟く。


 この局面にきて、遂に一皮剥けたのか。

 薄っぺらい自信で自らを誇示していた少年は、戦場の中で成長し、本物の剣士となったのだ。



(こ、これなら死なせらんねーだろ……。下手に文句たれるよりこの方が助かる、筈……!)



 ―――成長したのは処世術だった。



(ノエルの……バカ。 そんなんじゃ、見捨てられないじゃない……)



 狐に化かされるとはまさにこの事。

 ノエルの思惑は見事単純お姉様の心を掴んだ。

 狸、猿に続き今度は狐。 勇敢な狼は今、とんでもない化け物に進化を遂げている。



「行ってくる。 お前は死ぬなよ、世界が暗くなる」


「あ……」



 ―――ノエルへのクレームは一切受け付けません。



(子供の癖に……アンタがいなくなったら、私の明日はどうなんのよ……!)



 ―――出勤しろよ。 いつからそんな二人になった。



「大分弱ってんだろ?! 先に逝った奴ら追いかけろよッ!」



 勢いよく飛び出し、両手剣を振り被りながら叫ぶノエルペテン師



 金属がぶつかり合う音が響き、再度開戦の火蓋が落とされる。


 暫く、両者一進一退の戦いが続いた。


 ここまで打ち合い、攻撃力上昇を受けたノエルであっても力負けしているのは認識済み。 ならば狼人族の特徴を生かし速さで勝負が妥当だろうが、なまじ力に自信があるのと、補助魔法による本来以上の仮初めの能力に酔い、正面から戦ってしまうノエル。


 そして、やはりそれが裏目に出る。

 ノエルが力任せに剣を振り下ろし、それをアールが払い上げた時、



(やべッ――)



 瞬間がら空きになった隙だらけの身体。 それを見逃してくれる程、敵は愚鈍ではない。

 両手剣は間に合わない。

 咄嗟の判断は、不十分な体勢で地面を蹴り、僅かに身体を後ろに飛ばすだけにとどまった。


 アールは好機を逃さず、払い上げた闇を纏う剣を、斜めに振り下ろしてくる。


 完全に避け切るのは難しい。

 それなりのダメージは覚悟しなければならない、最悪の場合―――。



「ッそおぉぉぉ!」



 これから訪れる痛みに、叫び、恐怖を誤魔化すしかないノエル。 そして、無情にも想像した未来が現実になる。



「ぐッ……! あ……ぁ……」



 アールの斬撃がノエルのレザーアーマーを斬り裂き、その奥の肉体にまで、呪われた剣は到達している。


 血飛沫が飛び、苦悶の表情で後方へ倒れていくノエル。




「―――ノエルッ!!」




 アクアマリンの瞳を見開き、血相を変えて叫ぶミシャ。


 ―――その時、脳裏に浮かぶノエル仲間の絶命の瞬間。

 灰色に映るその光景がフィードバックされると、





 ―――死なせない……!





精霊召喚イノークェ=ビビーテ=ヌーメン=アデスト……神癒の精霊、ガリラヤ!!」



 “怒り” 、だけではない、 “後悔” 、かも知れない。


 入り混じった感情で呪文を叫ぶミシャ。

 その表情には、今までのような余裕は完全に消え失せていた。



 青白い粒子が神秘的な女神の形を造ったような、透き通る精霊が現れ、ノエルの元へ飛んで行く。




(終わり……か……。 今日はそんなやり取りが多かったな……)



 やはり致命傷は免れなかったのか、死を連想させる傷の深さに、倒れていくノエルの意識がスローモーションになっていく。



(まったくよ、ミシャアイツのお陰で、ひでー目ばっかり―――あ? なんだ?……あぁ、お迎えってやつか……)



 お迎えに見えなくもないが、視界に映ったのは “精霊ガリラヤ” 。


 ガリラヤがノエルに寄り添うと、斬り裂かれた傷に息吹きを吹きかける。 すると、痛々しい傷が嘘のように塞がっていく。

 それはまるで、幻想的な絵本の1ページのような光景だった。



(……痛みが、消える。 これも、ミシャが? アイツなんでもアリかよ……)



「よっ……しゃあぁぁ!」



 地に着く寸前身を捻り、片手で身体を支え、すぐに体勢を立て直す。 そして追撃に備え、素早く構えを取った。



 その様子を見て安堵の息を吐くミシャ。


 戦闘再開前、ノエルの芝居に騙されたミシャだったが、この必死の救出劇はそれが本当の理由ではないだろう。


 過去、彼女にどんな悲劇があったのかは窺い知れないが、 “ノエルを死なせたくない” 、そう願ったミシャの気持ちに偽りは無い筈だ。


 それなのに……。



「ダメージ回復! 狙い通りだぜッ!」



 このノエルばかの一言で、僅かに開きかけていたシリアスファンタジーの扉が乱暴な音と共に閉ざされ、“この作品出入り禁止” とばかりに鍵がかけられる。



「――は? 狙い通り?」



 案の定ミシャのセンサーが失言をキャッチし、明らかに場面とそぐわないノエル発言に、ミシャの表情が変わる。

 所詮は新米ペテン師、詰めが甘いぞノエルくん。



「んん?……ううん、言ってない言ってない」



 やっと自分の犯したミスに気付き、表情を消して首を振るノエル。 完全に身から出た錆、さあ責任を取って貰おうか。



「精霊これミシャが出したんだろ? すげーなコレ、んで消えねーんだ?」



 精霊ガリラヤはノエルに寄り添ったまま、その姿を消す事無く現存している。



「狙い通りってなに?」


「おいアール、俺はこの通りまだやれる、次はてめーの鎧ぶっ壊してやるからよ」



 復活したノエルは、アールを挑発するように息巻いている。 が、頬を伝う汗は何かに怯えているようだ。



「狙い通りってなに?」


「かかってこねーなら「狙い通りってなに?」こっちから「狙い通りってなに?」行く「狙い……」―――後ほどお時間頂いていいですかッ?!!」



 魔女の言霊に取り憑かれたノエルは、精神的限界を超え、遂に “敬語っぽい言葉” を会得した。



「んでアール《お前》もかかってこいぃぃ! きて欲しくない時は来やがってよぉ!」



 まるで髪の長い、某学園ドラマの教師のような口調でアールに怒鳴る銀髪先生。

 だが、ノエルの目的はあくまでミシャが魔力を練るまでの時間稼ぎ、実際は来てくれない方が都合が良いのだが、ミシャの追求から逃れられるならアールの方がまし、そう彼の頭は判断したらしい。


 その願いを受け入れたのか、優しいアールが再びノエルに襲いかかって



「…………」



 不満気な顔で二人の戦闘を眺めるミシャ。

 返答を先延ばしにされ、どうにも納得できない、といった様子。



(狙い通り……。 アールにやられて、回復するのが?)



 最早この戦闘より優先されるノエルの失言。 これが新しい形のシリアスファンタジーである。(嘘)



(やられるのが狙いなわけない、じゃあ、回復するのが狙い……―――違うッ! 回復のが 、“狙い” !!)



 どうやら本作品は、謎解きファンタジーだったようだ。


 この謎の答えがぼんやりと見えて来たミシャ《名探偵》の脳が、凄まじい速さで回転し始める。


 そして、



「―――はっ!………だぁまぁしたなぁぁノエルぅぅッ!!!」



 正解に辿り着いたミシャは、鬼の形相で憎しみ込もる叫びを上げる。

 その声は、当然ノエル犯人にも届いている事だろう。



 熾烈しれつな戦いを続けるノエルは、背中に刺さった鬼の叫びを受け、目の前の強敵を見つめて微笑む。




「アール、お前は強えよ。 とてもじゃねえが今の俺には手に負えねぇ、正直、怖い。……さっきまではな」



 互いに武器を構え、視線をぶつけ合いながら、ノエルはアールに話しかけている。



「不思議だよな、あんなに怖かったお前がよ、今はまるで戦友みたいに感じるぜ、なんでかわかるか?」



 アールが言葉を理解しているかは分からないが、ノエルは言葉通り、戦友と話すように笑みを浮かべ、言葉を紡いでいく。



「例え俺を倒せても、お前はミシャあの女に消される。 だがアール戦友、俺も一緒さ。 お前を倒せても―――ミシャあの女に殺されるんだよぉぉぉ……!」



 涙を浮かべながらアールに斬り掛かるノエル。 その刃と刃が交わり、両者は近距離で再び視線をぶつけ合う。



「楽しもうぜ、俺の最後の夜だ」



 半狂乱のノエルには、アールに対して恐怖感は既に無かった。 その精神状態だったからか、それとも、本当にそう言ったのか、ノエルには―――聞こえた。



「そうだな、戦友。 楽しもう」



「――っ?!」



 幻聴、だったのかも知れない。

 だが、ノエルにはそれでも良かった。

 そして、「……へっ」と不敵な笑みを浮かべ、戦士達は通じ合った。






「「俺達は、―――アンデッドだ」」





 消滅が確定している両者。

 そこに奇跡の友情が芽生えた。



 さて、本作品は……どんなファンタジー?(笑)


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