派遣白魔導士、重なる残像

 


 ミシャの回復魔法により一命を取り留めたノエルだったが、未だに意識は戻らないままだった。



「よっ、と………っしょ!」



 うつ伏せで大地に倒れているノエル、その身体を転がすように仰向けにすると、



「ノエルさーん、起きないと知りませんよー。 虎に食べられちゃいますよー?」



 目覚める気配の無いノエルを覗き込み、気の抜けた声をかけるミシャ。



「もぉ、これは時間外労働ですよ? ――おっ?」



 残業を良しとしないいつもの愚痴を零していると、目に留まったのはノエルの頭に生えたふさふさとした耳。



「これは……なかなか癖になる……」



 ノエルが起きないのをいいことに、その耳を撫で回し、手触りの良さを堪能していると、



「……ん……うぅ……」


「あ、起きた」



 寝起きのように小さな呻きを上げるノエル。



(……あ……俺……死んだんだ……よな……)



 まだ意識のはっきりとしない中、ぼんやりと視界が開けてくる。

 まずその目に映ったのは当然、



「………そうか、ここは………地獄か―――ッぉおう!?」



 囁くように呟いた途端、目線の真横に突き刺さる短剣。



「今、何を見て地獄とジャッジしましたぁ? まさか私ですかぁ?」


「い、いやっ、違う……! な、なんでだ? わかんねぇ、俺寝起きダメなタイプだからっ!」



 現世に降臨したミシャ《閻魔様》の訊問に怯え、無理のある返答を捻り出すノエル。



「ノエルさん? 地獄に天使はいませんよ?」



 天使の笑顔、とはかけ離れた重圧の微笑みを浮かべる眼前の自称天使。



「だ、だよな……どうかしちまってるぜ、俺……」



 今日一日で大分 “どうかしちまった” ノエル。 心にも無い台詞を吐き、自分に嘘をつき慣れていく狼少年。

 現実は地獄より地獄。 またも訪れた身の危険に、素直に生還を喜べない憐れなノエル。



「ふんっ、せっかく瀕死のところを助けてあげたのに!」



 ―――さて、何故瀕死になったのでしょう?



 不満気な顔で短剣を引き抜くと、「速く《ラピィドゥス》!」ミシャは自らに速度上昇の魔法をかける。

 そして、まだ仰向けに寝た態勢のノエルを睨みつけ、



「不愉快なので帰ります、それではっ!」



 捨て台詞を吐きローブを翻し、「恩知らずですねっ!」と追加の文句を添えると、振り向くなり凄い速度で走り去って行った。


 その姿が見えなくなるまで、顔だけ起こして呆然と見送っていたノエル。

 一つ溜め息を吐くと、ぐったりとまた後頭部を地につけ、天を仰いだ。



(初めてのドラゴン討伐、成功……か? ちげーな……俺は、ドラゴンを狩ったっつーか、ドラゴンと一緒に、よな……)



 ノエルよ、狩ったとか狩られたとか、そんな細かいことを考えてはいけない。

 結果、 “アイスドラゴン討伐” は成ったのだ。

 その功績はこのクエストを受け、リーダー登録をしているノエル、君なのだから。


 ただちょっと女魔導士に狼人の癖に足で勝てなかったり、道中被爆してプライドを捨て助けを求めたり、前衛なのに後衛の方が虎を多く仕留めていたり、最後には標的のドラゴンまでとどめを持っていかれた挙句二度目の被爆&命乞いをしただけの事。




 ―――その分君は強くなった。 メンタルが。




「俺、向いてねーのかなぁ……」



 静かな氷原地帯に、悩める少年の呟きが零れて消える。


 そして、その少年に大きな影響を与えたお姉様は――――。





 ◆





 クエストを終え、氷原を走る一陣の風。

 ミシャは、いつものようにいち早く帰路につく。



(なんだか、今回は感情的になり過ぎたな。 普段は隠してる気持ちも、自然と表に出ちゃったし……)



 考えを巡らせながら走るミシャ。 確かに、猫被りのドライな派遣社員にしては、今回のクエストは最初から普段と違ったように思える。



(二人だけ、だったから? 年下の癖に生意気だったから? ……なんか、違う)



 今日の自分を省みて、自問自答をする。

 段々と走る速度が遅くなり、遂には立ち止まって俯き、目を瞑ってしまった。



(乱暴で、デリカシーが無くて、負けず嫌いで………偶に、ちょっと……可愛い)



「アイツに、似てるから……」



 佇み、最後は気付かずに小さな声で呟いた。

 そして無意識にか、胸元の銀のロザリオを握るミシャ。



(いやいや、あんな弱いのと比べたらアイツも怒るわね。 ていうか、なに感傷に浸ってんの私、バカバカしい………)



 頭の中を掻き消すように首を振り、顔を上げる。



(……帰ろ)



 気持ちを切り替えてまた帰路につくが、そのアクアマリンの瞳は、ノエルと共にいたこの僅かな時間より、寂し気に陰りを見せていた。



 途中、岸を繋ぐ長い吊り橋の上で、また足を止めるミシャ。



(この空、吹雪いてきそう……アイツ、気付いてるわよね―――ってゆーか……!)



 柄にも無くノエルの身を案じている自分に気付き、よく分からない怒りがこみ上げてくるミシャ。



「契約は終わったんだからね、二度と会う事もないしっ!」



 苛立つ語気で言い切ると同時に、吊り橋を強く踏み込んだその時、



「――え……」



 足元が突然、宙に浮いたような感覚を覚える。





 ◆





(ふぅ、やっと半分は来たってとこか)



 ノエルもまた帰り道を急ぎ、ミシャと同じルートを走って来ていた。

 治癒魔法のお陰で身体は問題なく、ミシャが途中足を止めていた事もあり、そう大きく遅れを取ることなく進んで来た、のだが……。



「――な、なんだこりゃ……!?」



 来るときはあった筈の、長い吊り橋が消えている。

 そしてノエルの頭を過ったのは、



「あの女……ここまでするか……?」



 どうやらノエルは、ミシャが妨害の為自分が渡り切った後、嫌がらせで吊り橋を破壊したと思ったらしい。


 いくら何でもその思考はミシャを悪く捉え過ぎに感じる。

 そこまでの考えが生まれる程に、ミシャがノエルに何をしたと―――。




 どうやらノエルは、ミシャが妨害したと思ったらしい。




「迂回……するか」



 そう決断した時、



「……エルさーーん……」




「――は?」



 ノエルのふさふさの耳が捉えた声。


 聞き間違いかとも思ったが、その声は、再度どこからか聞こえて来た。



「こーこーでーすーーー……」




「………嘘だろ?」



 そう、その聞き覚えのある声。

 その声はどうやら、今や断崖絶壁となったその真下、そこから聞こえてきているのだ。


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