派遣と亜人剣士、飛ぶ
吊り橋の入り口で屈み、
「こ、こんな事ありますーー?」
苦笑いで話しかけてくるミシャが、切れた吊り橋の縄に掴まってこちらを見上げている。
(こっちの台詞だっての……)
呆れた顔でぶら下がるミシャに視線を送るノエル。
その表情に勘違いしたのか、下からは必死の弁明を叫ぶ乙女が、
「わ、私が重くて壊れたんじゃないですからねーー! そこんとこお間違えなくーーー!」
この状況で大分余裕があるのは流石だが、そんな事を言っている場合だろうか。
「んなこと思ってねーけどよーー、なんでこーなんだよーー」
「そ、それは………」
ノエルの事を気にかけて、その自分に理解出来ない苛立ちから吊り橋を踏み壊した、などと言える訳もなく。
というか、そもそもこの吊り橋の老朽化が最大の原因だとは思うが。
「えーーっと………これがホントの、堕天使?♡」
―――このまま落ちてしまえ。
恐らくはノエルもそう思ったのだろう、全力で脱力感を醸し出しているのが見て取れる。
「で、どーーすりゃいーーんだよーー?」
「引き上げて頂けますーー? 私、軽いんでーーー」
問題はそこではない、吊り橋が重い。 しかしそこは腕力も人間より強力な狼人族。
ノエルはやれやれと吊り橋の縄を掴むと、ぶら下がる堕天使とかいうのを引き上げ始めた。
「大丈夫ですかーー?」
「おっ……めぇぇーーー!」
「―――は? 重い?」
必死に引き上げるノエルの耳に、今日幾度となく聞いたあの冷たい声が届く。
―――手を、離せば……。
瞬間頭を過ぎる、非人道的な思考。
だが、今手を離せば、この恐怖から解放される。
「――はっ! お、俺はなにを……!」
己の中に巣食う、人ならざる悪魔的思考。
我に返ったノエルは、それを振り払うように首を振り自分を取り戻す。
また両の腕に力を込め、縄を掴み引き上げる。
すると徐々に近付いて来るのは、善意で助けている筈の自分に突き刺さる殺意の視線。
俺は、一体何をしているんだ?
こんな思いをしてまで、わざわざ自分から災いをもたらす存在を引き上げる意味がどこにある?
今日一日、この迫り来るミシャ《堕天使》とやらに何をされたのかを思い出せ。
「――堕天使……? そうか……」
何かに気付いたように呟くノエル。
「コイツは……天使だ、人間じゃない……」
人間としての良心と、自虐とも言えるミシャ《厄災》の救出による恐怖。
その二つの感情がノエルの頭の中でせめぎ合い、遂に少年の心は壊れてしまったようだ。
「そうだ、天使は飛べる……俺が、この手を離しても……」
―――そうだノエル、やっちまえ……。
言い訳なんてどうとでもなる。 “手が滑った” 、 “力が及ばなかった” 、それは決してお前の罪じゃない。
自分にはそれが嘘だと解っていても、思い込み続ければ不思議なものだ、その嘘はいずれ、本当の事さえ嘘にしてくれる。
「……俺、握力弱いんだった」
答えに辿り着いたノエル。 しかし、実はもう、手遅れだったのだ……。
考えを巡らせトリップしながらも、自然と身体は動き、それは知らぬ間に近付いていた。
「あ……」
その呟きは、視界の端に、金色の髪が見えたから……。
その瞬間、少年は反射的に身を守るべく自然と行動し、同時に言葉を発した。
手を差し伸べ、あたかも心底そう思っているように、
「だ、大丈夫かっ! て、手を……」
差し伸べた手を、握られた感触が伝わる。
自分より小さく、柔らかい手だ。
恐れるような対象ではない、こんなにもその手は、か弱いのだから。
「……ぶつぶつと、何を呟いてましたか……」
まるで井戸から顔を出す物の怪のように、怨みを乗せた言葉と共に這い出て来た妖怪 "婚期遅れ” 。
青く昏い目を見開いて、亡霊のようにノエルの前に姿を現した。
「さ、最近ぼーっとして、夢遊病かもしんねぇんだ、今朝も両手剣と歯ブラシ間違え――てぇぇッ?!」
本日から夢遊病デビューを果たしたノエルの足元に、もうお馴染みとなった短剣が突き刺さる。
その短剣を軸に身体を浮かせ、一気に地に降り立ったミシャは、
「いい夢、見せてあげますね?」
「さ、さっきもう見まし―――た……?」
「――なッ?!」
刺さった短剣で足場が弱くなっていたのか、二人の足元の地面が崩れる。
「お、おめぇーがやたらと突き刺すからぁぁぁーー!」
「私は重くなーーいッ!」
「んなこた言ってねぇッ!」
もつれ合い、今度は二人一緒に崖から落ちていく。
「天使なんだろおめぇ! 飛べよッ!」
「亜人なんでしょ! 尻尾なんていいから翼生やしなさいよッ!」
「狼に翼はねぇわッ!」
金と銀の髪をなびかせ、空中で言い合いをする二人。
その高さは、二人仲良く天使になるには十分のようだ。
「………くそっ」
顔を顰め、吐き捨てるように呟くノエル。
そして、
「――ちょ、ちょっとッ?!」
落下しながらミシャの身体を引き寄せ、顔を胸元に埋め、頭を包むように抱く。
(どうせ助からねーだろうがよ、閻魔様に印象良くして逝った方がいいだろ……)
二人の身を砕く終着地まで後数秒、
「………そういうの、やめてよね……っ!」
ミシャはノエルの胸元からもがき、僅かに肩越しから地面を視界に捉える。
(どこまで抑えられるか……でも、諦めは悪い方なのよ……!)
地面に打ちつけられる直前、ノエルの両脇から二つの掌を出すミシャ。
「
風の魔法を繰り出し、地面に跳ね返るその風圧で、落下の速度を僅かでも落とそうとする。
そして、想像する衝撃が現実になる刹那、
――――アルノルト………。
最後の瞬間、目を瞑り、ミシャに過ぎった懐かしい残像。
その後、二人の身体に意識を奪う、強烈な衝撃が走った。
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