ぼっちの亜人剣士、恐怖を知る

 


 威勢良く切り込むノエルの出鼻に、アイスドラゴンの右前足、直撃を想像するのもおぞましい鋭利な氷の爪が振り下ろされる。



「今の俺にそんなもんが――」



 回避力が上がっているノエルは、その攻撃を余裕を持ってかわし、



「当たっかよぉッ!」



 振り下ろされたままのドラゴンの前足目掛け、力強く振りかぶった一撃を叩きつける。



「――ぐぅッ!?」



 会心の初撃になる筈だったその一撃は、硬いドラゴンの皮膚に阻まれ、鈍い音を立てて弾かれる。


 その反動で身体の自由が利かなくなったノエルに、もう一方の前足が卓上の虫を払うように真横から迫っていた。



「――ッ!!」



 声を出す間も無く薙ぎ払われ吹き飛ぶノエル。 水面に投げられた石のように数度地面を弾んだ後、咄嗟に剣を地に突き刺した。



「ぐッ……ぉぉおおおッ!!」



 地を削りながらなんとか勢いを止め、追撃を怖れ素早く視線を上げると、



「表面は硬いので裏側、もしくはお腹がおすすめですよっ」


「はぁ……はぁ……そりゃどうも!! なんで先に言ってくんねーかなッ!?」



 笑顔で指摘してくる惚けた仲間に声を荒げるが、



(守備力上がってなかったらヤバかったんじゃねーの? アイツのお陰かよ、くそ……!)



 もし補助魔法がなければ、そう考えると背筋を走るものがある。 だが今は忘れなければならない。



(避ける分にはイケる、懐に入り込んで腹かっさばいてやる!)



 戦闘プランが決まり、再度アイスドラゴンに向かい走るノエル。 しかし、ドラゴンは両翼をはためかせ、その突進に強風を浴びせてくる。



「――ぶっ!……がが……ぁ……」



 勢いを止められ、両手剣を盾にして強風に耐えるノエル。



「あ……愛玩モンスターとか言ってたよなぁ! コイツ、愛せそーにねぇッ!!」



 銀髪をなびかせ、火の玉と戯れているようにすら見えるミシャに苦言を投げつけるノエル。



「飼ってみれば愛着が湧くかも?」


「かーちゃんに聞いてみるけど多分無理ぃぃ!! うちペットとかだめだからぁぁ!!」


「助けますかぁ?」


「いいですかぁッ?!」



 “やれんならとっととやってくれ” 、そう言いたかっただろうが、ここでお姉様の機嫌を損ねるのは得策ではない。 成長したノエルは精一杯言葉を選んで叫んだ。



暫定の城壁アドホック=モエニアっ!」


「――おぉっ?」



 ノエルの前に強風を遮る見えない壁が現れる。



「動いても前にありますから大丈夫ですよー」


「ま、マジか?! そりゃありがてぇ!」



 魔法の説明を受け、勝機を見たノエルの眼光は鋭さを増す。



(今度こそ懐に……!)



 強風を物ともせずにドラゴンの懐を目指し、自慢の脚力で大地を蹴る。 間合いが詰まり、ドラゴンの爪が襲いかかるも躱すだけなら訳はない。


 そして、遂に懐に入り込み、



「らぁぁッ!!」



 飛び掛かり、槍のように剣の先端をドラゴンの腹に突き立てる。 表面と比べ格段に硬度の弱い皮膚を裂き、今度は切り裂くように長い両手剣を振り下ろす。



(今度は効いただろッ!)



 手応え通り氷原に響くドラゴンの悲鳴。

 地に降り立ったノエルは間髪入れず再度跳躍し、好機とばかりに追撃を加える。

 そして、三度飛び上がり剣を振りかぶったノエルだったが、



「――ッ!? ぐぁッ……!」



 突如横面に氷のつぶてを受け、呻き声と共に落下するノエル。



(アイスボム……? アイツ、ちゃんと相手しとけよな!)



 何とか着地して急ぎ視界を取り戻すと、その間に間合いを取ったドラゴンの前足がまたもノエルに迫る。

 何とか躱しはしたものの、また懐を失ったノエルは、



「さっきのシールド魔法みてーの効かなかったぞ?!」


「あれは正面だけだし、もう効果切れてますよ?」



 ドラゴンの攻撃を避けながら文句を飛ばすノエルに、冷静な口調で言葉を返すミシャ。



「アイスボムはそっちの担当だろっ、サボんなよなっ!」




「………そうですか、わかりました」




 余裕の無いノエルの罵声に目を細めるミシャ。



「アイスボムだってわざと残してたのに、いいですっ、とっとと終わらせます!」


「ああっ?! なんだよ、聞こえねー!」



 ドラゴンの爪を避けながらのノエルには、ミシャの不貞腐れた声が良く聞き取れなかったようだ。



「それをサボりなんて、ふんっ!」



 お姉様の可愛い?ツンが出た途端、ミシャは凄まじい速さで短剣を振るい、4体のアイスボムを一瞬にしての状態に斬り刻んだ。



 アイスボム。

 その生態はもうお解りのように、一定以上のダメージを受けると―――。



「届けっ、私の想い。 荒々しい風フェルム=ウェントスっ!」



 ミシャの放った風の魔法に乗って、青い火の玉がタンポポの綿毛のように飛んでいく。



「……きれい」



 その情景を見て、うっとりと呟く少女……ならば絵になったのだろうが、それは……。




 ―――白い悪魔。




 風に乗り飛ばされた火の玉は、途中赤く染まり膨張していく。


 その行き先は、




「はぁ、はぁ……。 くそっ、距離取るとまた強風かまされるしな……!」



 死闘を続けるノエルとアイスドラゴン。

 その時、ミシャの想いの乗った赤い “殺意” がノエルを通り過ぎる。



「――は……?」



 一瞬呆気にとられたノエルだったが、一度屈辱のノックダウンを食らったその物体を忘れる訳もなく、



「あ、あの殺人魔導士……」



 瞬時に状況を理解し、全力でアイスドラゴンから離れようと跳躍するノエル。




「ぬうぁああああッ!!―――――あ………」




 アイスドラゴンの元に届いた赤い火の玉達が、魔女の殺意を体現するように爆発する。


 四つの死の花火が氷原を照らし、その爆音はドラゴンの断末魔さえも搔き消す。


  勇敢な剣士と共に……。




「届いた」




 爆音の鳴り止んだ氷原で、クエストを終えた白魔導士は虚しさすら感じる表情で呟いた。



 そして、焦げドラゴンとなったその骸を見つめ、その手前で同じく転がる焦げ狼となった哀れな少年剣士の前に佇む。





「クエスト成功っ。 契約終了ですね、お疲れ様でしたノエルさんっ」



「…………」



 うつ伏せになって動けないノエルは、その言葉に返す気力も無い。



「ではっ」



 そのノエルに無慈悲にも背中を向けるミシャ。



(コイツ……まさか回復しねーで、置き去り……か……)



 足音が遠ざかる。 このままではまたモンスターが現れたら完全に終わり、そもそも治療されなければ放って置かれるだけで助からない。

 薄れる意識の中、薄っすらと目を開けたノエルの視界に、微かに映る白い花。



(これだ……これしか……ない)



 その花は雪雫。

 アイスドラゴンとの戦闘の前、ミシャが話していた花だった。



「し、白くて……可愛い……らしい花……だなぁ……」



「っ……!」



 ノエルの最期の力を振り絞った掠れた声が、離れていく足音を止める。




「ま、まるで……ミシャ……みたい……だ」




 言い切った後、戦い果てた剣士は力尽き、目を閉じた。




「もぉ……」



 小さく呟くミシャ。




「ずるいんですからっ! ノエルさんたらぁ!」




 振り返り、恥ずかしそうに頬を染める白く、可愛らしい悪魔



 弾むような足取りで焦げ狼の元に駆け寄り、ご機嫌な顔で治癒魔法を施している。


 意識は失ったままだが、身体は危険な状態を脱したようだ。



 ぼっちの亜人剣士は、一命を取り留めた。



 きっと彼は、この先もっと強くなるだろう。


 もうドラゴンに怖気付く事も無い、何故なら彼は―――。



 それ以上の恐怖の存在を、今日身をもって知ったのだから。


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