ぼっちの亜人剣士、仲間の力を得る

 


 数々の苦難(主に身内)を乗り越え、二人はアイスドラゴンの元まであと僅かの所まで辿り着いた。



「そろそろ、ですね」


「ああ……」



 もういつ目標と遭遇してもおかしくない筈、その為慎重に、警戒しながらゆっくりと進む。



「なぁ、ミシャ」


「はい?」



 先程言われた通り、ミシャを名前で呼ぶノエル。 乱暴な印象が強い彼だが、所々素直な面を見せる時がある。



「俺、ドラゴン初めてなんだよ……」



 珍しく弱々しい声色で話すノエル。

 怖いもの知らずの若き狼人族の少年、だがそんな彼であっても、初めてドラゴンと相対するのは恐怖感があるようだ。



(――可愛い……)



 らしくない態度に思わず胸が締め付けられるミシャ。



「べ、別にビビってる訳じゃねーけどよ、コツっつーかほら、なんかコレはやべーから食らうなみてーなのがあんのかなって……」



 虚勢を張りながらも不安を隠せないその様子に、ミシャは目が離せなくなっていた。



(なにこれ……? 生意気な年下のギャップ萌えってやつ?! だ、ダメダメ、私の母性本能をくすぐらないで……!)



 ―――そんなのあったのか。



「大丈夫ですよ、アイスドラゴンはドラゴン初心者向けの倒しやすいドラゴンですから」



 意外にも母性を持ち合わせていたらしく、ノエルの不安を和らげようとするミシャ。



「そ、そうか」


「ええ、翼をはためかせて強風を巻き起こすのと、前足、後ろ足に鋭い氷の爪があるぐらいで、大した攻撃力は無いです、愛玩モンスターですよっ」


「愛玩モンスター……」



 それは言い過ぎでは、と感じたノエルだったが、存外肩の力が抜けリラックス出来たように見える。



 それから少し急な上り坂が続き、そして水平な景色が覗いた時、先を行くノエルが身を屈め、目標発見の合図をしてきた。



「おい、あのばかでけー化けもんのどこが愛玩モンスターなんだ?」



 屈んだまま振り向き、ミシャに冷たい視線を向けるノエル。



「あっ、あの周りに咲いているのが雪雫ですね」


「んなもんはどうでもいいんだよ、俺の話聞いてんのかよ?」



 ドラゴンを目の前にして、悠長に花の話をするミシャに苛立つノエル。



「白くて、可愛いらしいお花ですね。 まるで……ねぇノエルさん」



 ノエルの気も知らずに花の話を続けるミシャ。

  どうせ下らない世辞を期待しているのだろうが、そんなものに付き合う余裕は今のノエルには当然無い。



「あぁ? だからよ、目の前にドラゴンいんのに花の話してる暇ねーって! さっきのアイスボムも周りにウヨウヨ浮いてんぞ?」



 アイスドラゴンに気付かれないように、声を殺して抗議をするノエル。

 確かに、横たわるアイスドラゴンの周りには十数体の青白い火の玉が浮いている。



「………そうですね、そんな暇ないですよねっ!」


「――へ? お、おいっ……!」



 鼻息を荒くしてノエルを追い越していく不貞腐れ白魔導士。 慌てて声をかけるノエルを置き去りに、ズカズカとアイスドラゴンに近付いていく。



「なんなんだよアイツはッ! 生きて帰ったら派遣会社に文句言ってやるッ!」



 何の策も練らず、心の準備さえさせてくれない相棒に愚痴りながらも、先を行く白いローブを追いかけるノエル。



「うん、大きさは普通ね」



 何の躊躇いもなく歩を進めるミシャ。

 その人間の匂いと足音に気付いたアイスドラゴンが身を起こし始める。

 禍々しい顔つきと幻想的とも思えるその姿は、前回のスイートマンドレイクと比べ優に二倍以上はあるだろう。

 そして、紅くぎらついた双眸でミシャを見下ろしている。



「あんたに恨みはないけどね、人間ってのは自己中なのよッ!!」



 言い放ち速度を上げるミシャ。 まず迎え撃って来たのは何体かの青い火の玉だった。



「――ふッ!」



 駆けながら短剣を抜き、素早い跳躍で一体のアイスボムを縦に斬り落とす。 地に着つとすぐさま斜め右に跳躍し、返す刀でもう一体を斬り上げた。


 そのミシャに氷のつぶてを放とうと、一体のアイスボムが僅かに膨張する。


 その時、



「ッらぁぁ!!」



 攻撃を放つ寸前のアイスボムを両手剣の刃が斬り落とした。



「おめーは自分のポジションわかってんのか!? 女勇者かよッ!」



 一人勇敢に斬り込んだ女白魔導士に役割を確認させるノエル。



「あっ、動けたんですかぁ? 怯えて震えているのかと思いましたぁ」


「今そういうのいいからッ! どーすりゃいんだよ! 作戦あんのか?!」



 皮肉っている場合かと声を張り上げる遅れて来た剣士。 ミシャは、



「アイスボム《コイツら》は私がやりますから、強く勇敢な狼人族のノエルさんはドラゴンをどうぞッ!」



 言いながら横一閃、鋭い短剣の一撃が青い灯りを一つ消し去る。



「ほ、補助魔法かけろよなっ?!」


「え〜」


「そこはやろうって!」



 “そんな言い方されたら行くには行くが、ちゃんと守ってね” 、そう勇敢な戦士は言っているのだ。



「守備力上昇っ! 運命の好意フォルテス=フォルトゥナ=アドュバット!」


「おおっ! これでダメージ減らせんだな? よしっ、やってやらぁ!」


「逝ってらっしゃーい」



 危険なニュアンスで声援を送る絆無き仲間。

 それでも補助魔法を初めて受けたノエルは猛り、猛然とアイスドラゴン目掛け駆け



「も、もいっちょなんかねーか?」



 やはりドラゴン退治初心者のノエルはまだ逃げ腰。 呆れた顔をしたミシャは、



「欲しがり屋さんですね〜。 特別ですよ? 回避力上昇! 前進せよプラス=ウルトラっ!」



 ミシャはアイスボムの氷のつぶてを避けながらも、ノエルに補助魔法を放つ。 その白き光が再びノエルを包み恩恵を与えた時、氷のつぶてがほぼ同時に襲ってきた。



「――くそっ……! おっ?」



 身体を捻り逃れるノエル。 その時、本人にしか分からない違和感をその身に感じた。



(これは……反応速度が上がってんのか、すげぇ……)



「ミシャ、行ってくる!」


「――え……。 はい……」



 能力の上昇に気持ちが高ぶり、恐怖も吹き飛んだノエルはアイスドラゴンを目指し駆け出す。



 その時掛けられた言葉、そして走る姿が、ミシャの知る誰かと重なる。




(全然似てないのに………バカみたい………)




 風を切り進む狼は青い火の玉を斬り捨て、掻い潜り、最短距離で奥に控える目標に辿り着く。


 そこに立ちはだかる巨大なモンスターは、敵意の視線を向けてくる琥珀色の眼光を捉え、咆哮した。




「おお怖ぇ……。 ま、でもよ、後ろにいる白い魔女のが怖ぇかもな」



 血の色をした脅威のまなこに睨まれ、それでも怖じずにノエルはにやりと犬歯を剥き出し笑う。


 そして、



「俺の初めて、もらってくれよ……。 さぁ―――第一印象から決めてましたぁぁッ!!」



 第一印象は完全に怯えていた狼人族の剣士、ノエルが飛びかかる。


 いつも一人だったその身体に、今は初めて仲間の力を乗せて、巨大なドラゴンの首をその剣で狩る事が出来るのか。



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