派遣白魔導士、それは天使

 


 スリリングな休憩を終え、二人はまた雪景色の中を進んで行く。



(全く、こんな危険な女、嫁にもらう奴いんのか? あ、いねーから独身なんだな……)



 度重なる仕打ちを受け、今や完全に “危険人物” となったミシャを流し目で見るノエル。



「どうしました? ノエルさん」


「いや、なんでもねぇ……」



 ミシャは首を傾げて微笑むも、その裏を知るノエルには最早恐怖の対象としか感じ取れない。



 順調に目的地に進んで行く二人。 とその時、先頭を行くノエルの視界に、景色の中で僅かに動きを見せる物体を見つける。



「何かいる、気を付けろ……」



 足を止め、警戒を促すノエル。

 すると、



「はい、とても怖いです、私」



 白々しく両手を胸に当てるミシャ。

 ノエルはその態度に溜め息を吐き、



「今度は何が出たんだ? 前回みたいなのはごめんだからよ、先に言ってくれよな」


「どういう意味でしょう? ノエルさんが気を付けろと――」

「教えてくださいキレイなお姉さま」


「スノータイガーですね、縞の無い虎で姿を景色に隠して襲ってくるモンスターです。 別名 “雪紛れ” と言われてますよっ」



 すらすらとモンスターの解説をするミシャ。

 この僅かな時間の中で、ノエルも少しずつこの色魔導士の扱いを覚えてきたようだ。



「なるほどな、タネがわかりゃなんて事ねぇ」



 ノエルは両手剣を構え、僅かな景色のずれを探す。

 そして、



「みっけたぁぁッ!!」



 鋭い狼の眼光が獲物を捉え、何も無かった筈の雪景色に朱い色が付く。

 振り下ろした両手剣の側に、今は虎と判る2m程のスノータイガーが一体、地に横たわって絶命していた。


 その直後、



「――!? ぐッ……!」



 もう一体のスノータイガーがノエル目掛けて鋭い牙を剥き襲いかかる。

 両手剣を盾に、その牙を防ぎ堪えるノエル。


 そして、



「があぁぁッ!」



 力任せに押し返し、一度態勢を整える。



(何体いるか掴みにくい……! てかアイツ大丈夫か? 流石にあの短剣得物じゃキツイだろっ?!)



 次の攻撃に警戒しながら、ノエルはミシャの身を案じ視線を走らせる。


 そこには―――



「あとはノエルさんの方の一体だけですよ〜」



 既に短剣を収めたが、三体のスノータイガーの骸を並べて微笑んでいた。



「――なっ?!」



 その光景に、またも打ち砕かれるノエルの剣士としてのプライド。

 わなわなと両手剣を握りしめ俯くノエル。



「……俺は……俺が雇ったのは、白魔導士だ……」



 そう、前衛に立つ自分を補助してもらう為に雇ったのだ。 あくまで戦うのはノエルの筈、しかし現実は……。



「こんなイカつい女剣士じゃねえぇぇぇッ!!」



 その咆哮と共に正面のスノータイガーを睨みつけるノエル。



 ―――スノータイガーは悪くない。……のか?



 仲間をやられ、剣士の魂の叫びに怯えたスノータイガーは、身を翻して逃げていった。



「はぁ……はぁ……」



 肩を揺らして剣を構えるノエル。 その揺れる肩に、冷たい短剣の刃が置かれる。



「――はっ……!」



 戦慄するノエル。 背中に感じる重圧に、不覚にも構えていた両手剣を地に落とす。

 そしてその背後には、肩に置かれた短剣の刃より冷たい視線を放つ魔女が立っている。



「おやおや、剣士がこうも簡単に後ろを取られるとは……」


「ば、バカな……」



 ノエルとて本職の剣士、気配を感じ取れずに背後を取られるのを良しとする筈はない。



「いけませんね、その台詞は死亡フラグ。 さっき……なんて言いました? ……なんです?」



 冷たい汗が頬を伝う。

 ここでの言葉の選択は命に関わる、そうノエルの本能が警告を発している。

 しかし考える時間は限られている。 肩に置かれた切っ先が首筋に当たり、 “時間です、お答え下さい” と催促するように迫って来たのだ。



「……良い匂いが、すんだな」



 出来る限り平静を装い、探るように話し出したノエル。

 イプスター氷原地帯に緊張が走る。

 つい忘れそうになるが、このクエストの目的は『アイスドラゴン討伐』である。 決して『狂気の白魔導士からの生還』ではない。



「………は?」



 踏み出した一歩は正解か不正解か、未だ背後のミシャ死神はその鎌を引いていない。



「俺は、今まで一人でやってきた。 派遣なんて依頼しても、ソロの亜人に手を貸そうなんて物好きはいなかったからよ」



 どうやらノエルは、今までずっとソロで戦ってきたらしい。 派遣依頼が成立したのも今回が初めて。 つまり二人だけとはいえ、パーティで動く事自体が初めての経験なのだ。



「私が、変わり者だと?」


「そ、そうじゃない……!」



 一瞬 “死” に傾いた天秤を慌てて引き戻そうとするノエル。 このクエストの目的は『アイスドラゴン討伐』である。



「そんな俺に、手を差し伸べてくれたアンタは……て、天使みたいな……お、女だなって……」



 ノエルの中で、大切な何かが失われていく。

 家族しかいない秘境で生まれ育ち、人生経験は他の17歳より未熟かも知れない。

 それでも、自分の心にはいつも正直に生きてきたつもりだ。 その自分が今、死の淵に立たされ心にも無い言葉を並べている。


 明日からは、今までみたいに笑えないかも知れない。 でも、これが大人になるって事なのかな……。

 そんな事を考えながら、ノエルは小さい頃、無邪気な心で風に乗せたタンポポの綿毛を思い出していた。



「……て、天使だなんて……そんな……」



 頬を染める天使死神

 そしてノエルは言葉を紡ぐ。



「そんなアンタだから、こんなに優しい、良い匂いがすんだなって……!」



 涙混じりの震える声で、ノエルは大人の階段を登った。 いや、登らされてしまった……。



「……ノエルさん。 辛かったんですね」



 ―――辛いのは今だろう。



「でも、安心して下さい。 少なくとも、今回は私がいます」



 ―――不安を与えているのは誰だ?



 ノエルの首筋から短剣が引かれ、同時にこの生死を賭けたやり取りにも幕が引かれた。


 恐る恐る振り返るノエル。

 まだ生きた心地がしないといった表情で見た先には、まさに天使の笑顔?で微笑むミシャが立っていた。



「一人じゃないですよっ」


「………ありがとう」



 ノエルは、呟くように“ありがとう” と零した。

 死の淵から生還したノエルには、素直にその言葉が言えたのだ。

 それは、育ててくれた両親に、そして自分は “生かされている” のだと気付き、初めて世界に感謝したのだった。



「でも、はやめて下さいね。 ちゃんとミシャって呼んで下さい」


「………はい」



 本当の恐怖を知り、少年は一つ階段を登った。


 このクエストを終えた時、ノエルは必ず成長している事だろう。



 主にメンタル面だが……。


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