派遣白魔導士、休憩する

 


 アイスボムとの戦闘を終え、にもダメージを負ったノエルもミシャの回復魔法によって傷を癒し、二人は目的地に向けて動き出した。


 ミシャの挑発により、ここまで予定よりもかなり早いペースで進んで来たのも考慮して、今は無理のない程度の速度で進んでいる。 とはいっても機動力の高い二人のこと、どうやら今回はクエスト中に時間切れでミシャの離脱、といった事にはならなそうだ。



「なあ、アンタは特別なんだろ? 俺の足に付いてくる魔導士なんて、いくらなんでもおかしいぜ」



 先の “追いかけっこ” の結果が余程納得いかないらしいノエルは、こんな奴滅多にいないとミシャに言って欲しいようだ。



「魔導士だからってのろのろしていたら生き残れない、他にもいると思いますよ?」


「………勘弁してくれよ、もう出会いたくないぜ……」



 げっそりとした顔のノエル。 ミシャの言い方から推測するに、多くいる訳ではなさそうだが。


 それから、もう道程の6割を越えた頃、二人は少し休憩を取り軽い昼食にする事にした。




「色々あって今なんだろーがよ、アンタならパーティ組めばもっと稼げるんじゃねーのか?」



 胡座をかき、干し肉をかじりながら話しかけるノエル。



「そうですね。 でも私ぐらい出来る仲間ならいいのですが、みたいに足を引っ張るようなレベルの相手が多くて、嫌になったんですよ」


「――そ、そうかよっ!」



 皮肉たっぷりに答えるミシャに憤るノエル。



「だから……もう、パーティは組みません」



 最後は少し寂し気な声色で呟くミシャ。 彼女の本当の気持ちは分からないが、それを聞く事が出来る程の付き合いでもない。



「ノエルさんはパーティに入らないんですか? 腕は立つんですから、欲しがる所もあるでしょう?」



(まだ根に持ってやがるな、コイツ……)



 褒めているようで褒めていないミシャの台詞に、ノエルは目を細めて視線を逸らす。



「嫌なんだよ、人間様の引き立て役でこき使われるのは」


「まあ、そうですけどね」



 ノエルの言った言葉、それはまさに差別を受ける亜人達皆が思っている事だろう。

 前線に立って身を呈して活躍しても、結局評価されるのは人間だけ。 大きな功績を挙げて表彰され、式典が開かれるようなパーティに亜人が在籍している事も勿論ある。 しかし、その亜人は式典にすら呼ばれない場合もあるのだ。



「それに俺はハーフだからな、どうせ亜人をパーティに入れるなら純血の方が能力高いと思われるだろ」



 生まれながらに背負ったハンデに歯噛みをするノエル。 ミシャは、「確かに」と気持ちのいい程気を遣わずに、思った事をそのまま述べている。



「……アンタ、はっきり言うよな」


「気遣われるのは嫌いなタイプだと思いまして」


「そりゃそーだけどよ、普通――」

「でも筋は良いんじゃないですか? 今まで何人も亜人の冒険者を見てきましたが、劣っているとは思いませんよ」


「――ま、マジかっ!?」



 純血に対して劣等感を持っていたノエルは、ミシャが言ったその言葉に食いついた。 興奮して尻尾を振り、凄い勢いで近寄って来たノエルにミシャは狼狽えながら、



「ま、まぁ、マジですよ……」



(ち、近いって……! もう、私の大人の色気がいけないのね、これだから若いのは……)



 興奮したノエルに得意の勘違いで頬を染めるミシャ。



「そーかそーか! やっぱりなっ!」


「でも、故郷には他の狼人族の仲間もいたでしょう?」



 まるで比較対象を知らないようなノエルの様子にミシャが尋ねると、



「実家は信じられねぇ秘境にあってよ、まぁ家族じゃなきゃたどり着けねぇよ。 狼人の親父と人間の母親だからな、お互い親族と縁切る覚悟で結婚したんだろ」


「なるほど」



 恐らくは駆け落ち同然に結ばれた両親、ノエルは家を出るまで家族以外との交流は殆ど無かったのだろう。



(でも、それちょっとロマンチック……! いつかきっと大富豪のご子息様が身分違いの私に恋をして、燃え上がる二人は周囲の反対を押し切り、全てを捨てて愛の逃避行をするのね……。 あ、それじゃ財産ないってことか、私は捨てるって程の物もないしなぁ……)



 ―――残念な女である。



 そもそもそんなご子息様を待っていたら25はおろか三十路超えても一人は必至、財産云々言っている時点でロマンチックもなにもない話だ。



「親父には全く歯が立たなかった、家出る時も “死にに行くようなもんだが好きにしろ” って言われてよ」


「ワイルドなお父様ね……」


「この親父が特別なんだ、俺は弱くねぇって思いたくて外に出てきたってわけよ」



(父には完全に白旗、超える気はないと……)



 負けん気の強い印象のノエルだが、その父にはその気も削がれる程にやっつけられていたらしい。



「いくつで家を出たんですか?」


「15だ」


「じゃあ、この2年で強くなったのでは?」



 話の内容から察するに、ノエルはずっとソロで戦ってきたのだろう。 今回のように派遣を雇う事があったとしても、殆ど自力でシルバークラスまで上がったのだから、決して弱くはない筈だ。



「そ、そう思うか?!」



 またもその俊敏な動きでミシャに迫るノエル。

 今度はお互いの顔が拳二つ程まで近付いている。


 その時、素早い動きに揺れたノエルの銀の髪が、ミシャの金色の髪に僅かに触れた。



「あ……」



 色・魔導士ミシャは、その感触に惚けたまま、眼前にある琥珀色の瞳を見つめている。



「なぁ、やっぱりそうだよなっ!」


「あっ……」



 返事のないミシャに焦れて、ノエルはミシャの両肩を掴んで



 逃げろノエル。

 責任を取らされる可能性もある。




(……求婚……されてる……?)




 ―――されてない。




「なぁ、なんとか言ってくれよ!」



 嬉しそうに顔を綻ばせるノエル、彼はまだこの危険な現状に気付いていないようだ。



「き、急にそんなこと言われても……」



 ―――何も言われていない、訊かれているのだ。



「今日会ったばかりなのに、いきなり結婚なんて……」



 色魔導士ミシャ、究極の禁忌魔法『自己変換プロポーズ』が炸裂する。 それを聞いたノエルは、



「結婚? なに言ってんだ?」



 と当然こうなる。 しかし、



「そりゃ25までには結婚するって決めてるけど、恋愛期間も大事にしたいし……」



 顔を紅潮させて俯く乙女。 ノエルは流石にこの状況に違和感を覚え、ミシャの肩から手を離し距離を取った。 そして、



「なんだか知んねーけどそっちも大変なんだな、あと3年しかねーじゃん」



「――は?」



「は?」



 ミシャの “は?” にノエルの “は?” が返される。

 そして間抜けな顔で見つめ合う二人。



 暫しの沈黙の後、先に口を開いたのはノエルだった。



「だって今22なんだろ? ああっ、もう相手がいんなら大丈夫だよな、急に結婚とか意味わかんねー話すっからよ、わりーわ――ッうおぉ!!」



 頭を掻き笑っていたノエルが突然悲鳴を上げる。

 その悲鳴と共に笑みを消したノエルの頬には、薄っすらと短剣の刃が傷痕を残し、銀色の髪がはらはらと地に舞い落ちていった。



「な、なにしやがるっ!」


「いえ、アイスボムかと思ったらノエルさんでした」


青い火の玉アレと俺間違えるわけねーよなッ!!」



 突然斬り付けられ猛然と抗議をするノエル。 ミシャはしれっとした表情で剣を収めた。

 その後も抗議を続けるノエルだったが、ミシャは寧ろ被害者は自分であるといった様子で相手にもしない。



(大体アンタなんて全然優良物件じゃないんだからね! ああ危ない、自分を見失っちゃダメね)



 ―――危ないのはお前だ。



 再度言おう、ノエルは何も悪くない。



 そしてまた、休憩を終えた二人はクエストに戻るのだった。



 休憩できたかノエル?!


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