第49話 想定外の女心

「あっ……」

岩場で足を滑らせたシオリが、ササキの腕にしがみついた。

「傾斜がある所では、苔を踏まぬように気を付けられよ」

「はい、すみません」

がっしりと体にしがみついたシオリに手を貸して、体勢を治してやりながら、ササキは小さく溜め息を吐いた。


 カニンパーティーの翌朝早く、シオリ達を呼びに向かったのはササキだった。誰に押し付けられたわけでも無く、自分が適任だろうと志願してのことだ。

 タカルハと神成は船の扱いを教えてもらって、ツマラの家から離れた砂浜まで移動する手はずになっている。その砂浜へ、直接シオリ達を連れて行くのがササキの役目だ。ミナカタとマメルカは、東の連中の為に水や食料の調達に行っている。


「あの……この間は、獣人などと侮辱するようなことを言ってしまって、申し訳ありませんでした。東には、あなたのような方々はおりませんので、どうしても恐ろしく思えてしまって」

「確かに、自分達のようなマンは、人間とは見掛けも違うし身体能力も優れています。しかし、人間よりも温厚な種族なのです。種類が違うからと言って、我々は人間を恐れたり侮辱したりしません。東に帰ったら、是非そのように報告なさって欲しいものです」

淡々と言い放ったササキに、シオリは気落ちしたように目を伏せて見せた。


 いかにも申し訳なさそうなその表情と仕草に、ササキの目元が小さく痙攣する。


 そもそも、ササキは自分が迎えに行ったら、どれほど東の連中が反発するのだろうと身構えていたのだが……実際に合流してみれば、予想とは逆の態度で迎えられたのだった。置き去りにされて余程不安だったのか、シオリなどはササキにベッタリで、機嫌を取る様な事ばかり言い続けている。


「いやぁ、その通りだな、兄者! 獣人も穏やかなものだ!」

「全くだ! 戻ったらそのように報告しよう」

ヨサクとゴサクの言葉に、ササキの居心地の悪さが加速する。しかし、神成に「嫌な役目だけど、よろしく頼む」と頭を下げられた手前、余計なことを言って揉める訳にはいかない。


 それだけでは無い。新しい技まで習得してササキの命を助けてくれたタカルハの為にも、東の連中の相手は自分が請け負って、さっさと船へ乗せてしまおうと考えていた。



*********************

 神成とタカルハは、海辺で自慢げに船の前で腕組みしているツマラを見つめていた。どれ程の大型船が用意されているのかと思いきや、帆もついていない小舟を見せつけられて、反応に困っていた。

「おいおいツマラ、この船で大丈夫なのか? 西と東の大陸は、案外近いとか?」

どう見ても近海向きサイズの船に、神成がツマラに疑いの目を向ける。

「いや、クソ遠いぞい。だが、この船には特別な魔法装置がついているから、波も風も関係無く、クソ高速で移動できる。ネーブル島まではいくつか小島も点在しておるから、問題なく行きつけるはずだぞい」

「……そっか。まぁ、こんなにすごい魔法武器を作る様な渡りの賢者が言うんだから、そうなんだろうな」

自身のガントレットを撫でた神成が、同様のクソシリーズを持ったタカルハに目を向けると、タカルハも頷きながら自身の杖を撫でて見せた。


「あぁ、その魔法武器か。シャレで作ったのだが、まさか使いこなす者がいるとは驚きだぞい。お前達、どうなっているのだ、はははは」

お世話になっているクソ武器は、悪ふざけの産物だったようだ。

「ちょっと、ガントレットと杖を貸してくれ。一週間ぐらいでいいから、よく調べてみたい。使っている所もじっくり見たいぞい」

ツマラの言葉を聞いた二人は、無言で装備を外して魔法のカバンに収納して見せた。18年間ご無沙汰だったミナカタに、2年ぶりだと言い放った時間音痴が言う一週間は、どれだけかかるか想像も出来ない。

「何だ、クソケチじゃねーか。作ったのは俺だぞい」

「それは感謝してるけど、時間音痴に何年も貸してやる余裕は無いんだよ。シャレだろうが何だろうが、俺達に取っては大切な武器なんだ。無ければ旅は出来ない」

「そうか……修理や手入れは請け負ってやるぞい。いつでも持って来ると良い」

武器を入れた魔法のカバンを大切そうに抱える二人を見て、ツマラは満更でもなさそうに目を細めた。


「で、船の魔法装置ってのは何なんだ? 使い方は?」

「うむ。船尾の装置のこの部分に、核を入れれば良いだけだ。ネーブル島までなら、核が10個もあれば足りるぞい。後は、加速と減速がこのレバーだ」

ツマラが指さした船尾には、四角い木の箱が取り付けられている。核を入れる為の竹筒が一本突き出ていて、端には『進む←→止まる』と注意書きされたレバーがあった。単純明快のおもちゃのような代物だ。


「簡単で楽しそうなのだぞ! こんな船は、臨海都市シーベルの港にも無かったのだぞ」

「そりゃそうだ。これ程の物は俺にしか作れないのだぞい」

「それじゃ、相当貴重な船なんじゃないか? シオリ達にやってもいいのか?」

見た目はおもちゃでも、天才が作った特別な船だと知って、神成はツマラに不安そうな顔を向ける。

「それは大丈夫だ。ネーブル島には友人がいるから、向こうに船が着いたら回収してくれるようにお手紙をしておくのだぞい」

そういうことならばと、神成とタカルハは我先に船に乗り込んで試運転を始めた。


 船の操作を堪能した二人は、早速ササキと待ち合わせしている砂浜へと船を進める。最高速度で波を割く船に、二人のテンションは爆上げだった。

「ふはははは! すごいのだ! ドラマダを乗せたら、喜びそうなのだ」

「そうだな、はははっ」

タカルハの口から飛び出した、カミナリ盆地のお友達。ドラマダという響きを懐かしく感じる神成。

「……土産話が沢山あるな。まだまだ旅は続くけど、盆地に帰るのが楽しみだ」

遥かカミナリ盆地の方角に顔を向ける神成を見て、タカルハも懐かしそうに目を細めた。



*********************

 先に砂浜に到着していた神成達の元に、ササキと東の連中が到着した時には、昼を過ぎていた。合流するなりタカルハに張り付いたシオリは放っておいて、神成がヨサクとゴサクに船の扱い方を説明してやる。西の大陸までやって来るだけあって、双子は航海については知識があるようで、問題なくネーブル島まで辿り着けるだろうと安堵した表情を見せた。


「西の魔法道具に頼るのは癪だが、仕方あるまいな。これも東に戻る為だ」

「そうだな、兄者。ネーブル島までの我慢だ!」

ヨサクとゴサクの身勝手な言いように腹は立つが、これでお別れとなれば言い合いをするのも馬鹿らしい。最初から感謝の言葉など期待していなかった神成は、喜び合う双子をただ黙って見つめていた。


「……あの、ありがとうございます。約束通り、船を用意して頂いて」

タカルハと共に現れたシオリにそう言われて、神成は返事に困った。まさかシオリに礼を言われるとは。

「いや、まぁ…船は別の人の物だし、無事に帰ってくれればそれで良い。ミナカタとマメルカが食料集めに行っているから、戻って来たら出発すると良い。見送りぐらいはさせてもらうからさ」

「わざわざ食料まで。助かりますわ。自分達でも、色々と集めては参りましたのよ。途中に島もありますし、お二人を待つ必要は無いかもしれません」

シオリの言葉に、首を傾げる神成。タカルハにしがみついて出発をごねると予想していたのだが、やけに機嫌が良さそうだ。


 ぐったりと砂浜に座り込んでいるササキの様子から、さては散々シオリに喧嘩を売られたに違いないと思っていたが、そうでも無かったのかもしれない。しかし、神成はそんなシオリの様子に嫌な予感を覚えた。


「これでお前達も東に帰れるのだな。良かったのだ。サクヤ女王には酷いことをされただろうが……東の人達には、西にも力になってくれる者もいたと話して欲しいのだ。悪いヤツばかりでは無いのだから」

「えぇ、そう致します。タカルハ様や仲間の皆様には、すっかりお世話になってしまいました。皆様に出会えて、幸運だったと思います」

タカルハの手を握り、満面の笑顔を見せたシオリには、別れを惜しむ様子は見られない。


「シオリ様、船のことは万全です! いつでも出発できますぞ!」

ヨサクがボディービルダーのように、肘を折って腕の筋肉を盛り上がらせた。隣ではゴサクも同じポーズで笑みを浮かべている。船の操縦に腕力は必要ないだろう……そう突っ込みたくなる気持ちを抑え込んだ神成は、何にせよ、これで東の連中と離れられることにホッと胸を撫で下ろす。


「あの、お世話になったお礼です…森で拾ったものでお恥ずかしいのですけれど」

シオリが、果物を持って神成の眼前へ立った。

「わざわざ森で集めてくれたのか。ありがとな」

果物を受け取る神成。


果物が…神成の手から零れ落ち、地面ではねた。


 地面に膝を折る神成を見て……ササキもタカルハも、神成は果物を拾おうとしているのだと思った。


「ぐっ……う、な…んだ…」

絞り出すような神成の呻き声に、タカルハが首を傾げる。

「師匠? どうしたのだ?」

神成の体が地面へ倒れ込んだ。荒い息と、震える肩を見て、ただ事では無いことに気付く。


「師匠……?」


腹部を押さえる神成の手指の隙間から、赤い筋がいくつもあふれ出す。


「師匠っ!! シオリィ、お前、お前が……何と言うことをっ!!」

転げるように神成へ駆け寄ったタカルハは、力任せにシオリを突き飛ばした。シオリは短い悲鳴を上げて派手に地面を転がったが、タカルハは気にも留めなかった。


タカルハが見据える神成の腹部には、ナイフが突き立っていた。


「どうしましたっ!」

駆け寄って来たササキに、タカルハが必死な形相で口を開く。

「し、師匠がシオリに刺されたのだっ! ナイフが……!」

「これは、自分が刺されたナイフ……クソッ、自分から盗んだのか!? ご、ご主人様、気をしっかり! タカルハさん、早く治療を!」

「解っているのだっ! 師匠、今助けるのだぞ!」


声も出せない様子で顔を歪める神成。


動揺したササキとタカルハは、静かに四つん這いで忍び寄って来るシオリの姿に気が付けなかった。

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