第48話 美味い物でも食おう

「ど~れ、船の用意は任されたぞい。お前達には、晩飯用に海の幸でも取って来てもらおうか。貝も魚も沢山取れるぞい。今の時期は、カニンが深海から沿岸に登ってきているはずだが…取るのは難しかろうな」

ツマラの言葉に、神成以外の顔つきが変わった。


 ただならぬ雰囲気を感じた神成は、ツマラに説明を求めた。

「カニンって何だ? 危険な生き物なのか? 魔物?」

「まぁ、危険だが魔物では無い。深海に住んでいて、硬い殻に覆われた足の長い足の生き物でな。ハサミもついているから危険なのだが、食うとクソ美味いんだぞい」

想像すると、神成にも容易に想像がついた。カニン……恐らく、カニに似た生き物だろう。それならば味も想像出来る。


「てめぇーら、カニン取りだ、この野郎―――!!!」

ミナカタが吠えた。

「夢の食べ物なのだ―――!!! 捕まえるのだ―――!!!」

「ふぁぁぁぁあ!!!」

両拳を握りしめて足を踏ん張ったミナカタ、タカルハ、マメルカからは、何か波動的な物が飛び出しそうな勢いだ。

「カニか…俺も食いたいな」

「ご主人様にカニンを―――!!!」

神成の一言で、ササキからもオーラがほとばしった。



*********************

「よしっ、てめぇら、作戦は理解したか!」

ミナカタ隊長の元、タカルハ、マメルカ、ササキは砂浜に整列していた。


「一番、タカルハなのだぞ! 俺は、お水の魔法で海底を探るのだ。カニンっぽい気配を読んで、大体の位置をマメルカに伝えるのだ!」

タカルハ隊員の説明に、ミナカタが満足げに頷いた。


「二番、マメルカなのです! あたしはタカルハさんから聞いた場所を崖の上から見て、水面に上がって来るカニンの泡をみつけるのです。見つかったら空中で待機しているミナカタさんへの合図として、目当ての場所に矢を飛ばします」

再び頷くミナカタ。


「四番、ササキ! 自分はカニンの調理の為に、薪を集めて火をおこしておきます」

「良しっ、問題なさそうだな。てめぇら、絶対に捕まえるぞ―――!」


「おぉ!」と威勢の良い声を上げる面々の中で、ミナカタの隣に佇む神成は首を傾げていた。


「ちょっと待てよ、三番はどうした。一番重要な所だろう。ミナカタはどうやってカニンを捕まえるんだ?」

「ミナカタ隊長! 師匠に説明をお願いしますなのだぞ!」

タカルハに乞われて、ミナカタはわざとらしく咳ばらいをして見せる。



 ……そして、神成は空にいた。

「俺が捕まえるのかよ……」

「当然だろ。海底まで30メートルはあるんだ。一気に潜れる脚力も体も、お前しか持ってねぇだろうが。頼むよ~、俺にカニンを食わせてくれや」

空中で懇願するミナカタ。


二人は、空中に居た。

 ネコマンの村に急行した時に出て来た素敵アイテム、渡りの賢者限定の魔法装備『お空が飛べる羽』を装備したミナカタが、神成を抱えて海の上空に浮かんでいる。

 三番、神成は、マメルカが知らせて来た場所に向かって、空から落とされるようだ。そこから一気に海底まで潜って、カニンを取って来る役目らしい。無茶な作戦に溜め息を吐いた神成だが、カニンはどうしても食べたかった。


「よし、解った。俺もカニンが食いたい…いや、食うぞっ!!」

覚悟を決めた神成の目に、崖で手を振るマメルカの姿が映る。

 手を下げたマメルカが、矢を放った。空に緩い弧を描いて落下する矢の軌道を追いながら、ミナカタが空中を移動する。矢が吸い込まれた海面には、確かに泡が立っている。


「よっしゃー、こりゃ、当たりだな! カミナリ、しっかり捕まえて来いよ!」

手を放そうとするミナカタに、神成が慌てて口を開いた。

「待て待て! 何匹捕まえればいいんだ? 袋とか持って来てないんだけど?」

「は? 一匹で充分食い切れねぇよ」

「は?」


神成投下。


 そう、高飛び込みッてこんな感じで腕を伸ばして頭から突っ込んで……水中に突き刺さった神成は夢中で足を動かした。そして思う……スイスイ潜れる、俺ってすげー……あぁ、本当にカニがいる。ここからでもはっきり見えるカニン、馬鹿でけぇ、と。



「おぉ~、師匠が飛び込んだのだぞっ!」

タカルハ、マメルカ、ササキは、砂浜に並んで海を見つめていた。

「ご主人様は、本当に大丈夫なのだろうか」

「平気なのです! カミナリさんならやってくれるのです」


変化の無い海面……


直後、もこっと盛り上がり、水しぶきと共に何かが空に打ちあがった。


「カニン~~~~~~!!!」

巻き上がるカニンコール。海から打ちあがったカニンの腹の下には、神成の姿があった。そのまま浅瀬に落下したカニン・カミナリは、ゆっくりと砂浜に上陸を果たす。


カニン……ワゴン車サイズのビッグモンスターは、滅多にお目に掛かれない高級食材だ。


「お前ら…想像の百倍はデカかったぞ! ハサミでチョッキンされる所だった」

荒い息の神成が、砂浜に横たわるカニンをべしべし叩く。

「高級なのだっ、食ったことが無いのだ、すごいのだっ! 師匠~、ありがとうなのだぞ」

飛び跳ねて喜ぶ仲間の姿を見て、神成の顔も満更でも無さそうにほころんでくる。


「ご主人様、流石です! どうやって倒したのですか?」

「あぁ、拳で直接、雷をぶち込んだんだ。我ながら、壊れないように上手く加減出来た」

神成の返事に、感嘆して尻尾を振るササキの隣で、タカルハが目の上に手をかざして海に目を凝らした。


「あっ、師匠! 放電に巻き込まれたお魚さん達も浮いているのだ。もったいないから、ちゃんと集めて来て欲しいのだぞ」

「………」

タカルハからカゴを渡された神成は、黙って海へ帰って行った。



*********************

 巨大なたき火の周りに組まれた足場。四番、ササキの働きで、カニンを焼く準備は整っている。

「師匠~、カニンの足を離して殻に切り込みを入れたいのだが、硬くて無理なのだ。どうにかして欲しいのだぞ」

タカルハに情けない顔を向けられて、神成は顎に手を当てた。雷を使って切るか、力任せに引きちぎるか……倒すよりも難しい作業かもしれない。


「あっ、あたしが良いものを持っているのです。切れ味抜群のこれをカミナリさんが使えば、完璧なのですよ」

マメルカに手渡されたナイフを見て、神成の表情が消えた。


「お前、これ…ササキに刺さった敵のナイフじゃないか…」

神成の言葉に、ササキとタカルハが寄って来て、ナイフを覗き込む。

「そうなのです。記念に取っておいたのです」

自慢げに鼻の穴を膨らませるマメルカ。その勘違いホールに、タカルハの指が突き刺さる。

「馬鹿なのだっ! ササキが死にかけたナイフが、なぜマメ子の記念品になるのだっ!」

ふがふがもがくマメルカの手から、神成がナイフを取り上げる。


「そうだな…記念品なら、生還した記念として持っていてもいいのはササキだろう」

神成に顔を向けられたササキが、眉間に皺を寄せて溜め息を吐いた。

「そうですね…皆さんに助けて頂いた記念と言えなくもありません。危険な代物ですし、自分が預かりましょう」

「えぇ~、カニンを解体してからにして下さい! カミナリさんは不器用だから、カニンを粉砕されたら困るのです」

「………」


 ササキの命を奪い掛けたナイフ。特殊な魔法が掛けられた鋭い切っ先は、見事にカニンを解体した後、ササキに没収された。


カニンは上手に焼けました。


 東の三人と離れて、クソ美味いカニンパーティーで大騒ぎする面々。


 皆騒ぎ疲れて、浜辺に寝そべりながら膨れた腹を撫で始めた頃、ミナカタが酒をすすりながら神成に声を掛けた。

「おい、明日は誰かを東の連中の所に迎えにやらなくちゃなんねぇぞ」

「そうだな……シオリはタカルハに来て欲しいんだろうけど」

神成の言葉に、マメルカが鼻を鳴らした。困ったように顔を伏せたタカルハは、明らかに行きたく無さそうだ。「一緒に東へ来てください」と泣いてすがるシオリの姿が、誰にでも想像出来る。


「タカルハ、お前ぇ…アイツらと一緒に東に行きてぇか?」

ミナカタの問いを聞いて、全員がタカルハに注目する。


「馬鹿なことをっ! 行かないのだ! 行きたくないのだっ!! 俺は、毎日毎日楽しいのだ。行くとしても、師匠と仲間と、冒険しに行く。シオリさん達とじゃないし、今でもないのだぞ!」

声を荒げたタカルハに、ホッとしたような笑顔を浮かべる面々。


「ははっ、女より仲間か。美人を逃したって後悔するんじゃねぇのか?」

からかうミナカタに、タカルハは鼻息を吹き出した。

「しないのだっ。俺が助けたから色々と面倒を見てやったが、シオリのような頼りない女は好みじゃないのだ。お胸も足りないのだぞ!」


マザコンのタカルハは、巨乳を所望した。

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