第47話 異文化のクソ事情

「おい、駄目だ……駄目だぞ!」

神成の厳しい声に、マメルカとタカルハは顔を見合わせて口を引き結んだ。


 海岸近くの森の中。空の色と潮風の香りで、海が近いことが解る。耳をすませば海鳥の鳴き声も響いて来るような清々しい空気の中、神成一行には緊張が走っていた。その理由は、木に取り付けられた丸くて赤いボタンにある。見るからに怪しいそのボタンの下には……


●『押すなよ』


と書いてある。

ミナカタが呆れたように口を開いた。

「止めて置け。そのボタンは、俺の友人が設置したもんだ。物を作る天才で、おもちゃみてぇなカラクリも作りやがるから、何が起こるか解んねぇぞ」

神成がミナカタに同意する。

「そうだぞ。押すなって書いてあるのに、何で当然のように押そうとするんだよ」

ボタンを発見した瞬間に、駆け寄って指を近付けたマメルカとタカルハは、慌てた神成に説教されて立ち尽くしている。


 しおらしくしているが、結んだ口元がピクピクしていて、いかにもわくわくを抑えきれていない。ボタンから離れる様子も無い。

「おいおい、とにかくお前ら、そこから離れろ」

神成に言われて一歩踏み出した二人。


マメルカはボタンを押した。


「ずるいのだ~~、マメ子~~!」

タカルハの叫びと共に風切り音がして、ドスッと鈍い響きがあちこちで上がった。


「あっぶねっ!!」

片足立ちのおかしな態勢で固まっている神成の足元には、木の杭が突き刺さっていた。


 見回せば、あちこちの地面に木の杭が突き刺さり、全員が面白い体勢で避けて固まっている。

「すげー罠だな。ミナカタの友達は変人なのか? 何で罠に『押すな』ってボタン付けるんだよ。目的が解らん」

神成に恨みがましい顔を向けられて、ミナカタは眉間に皺を寄せた。

「知らねぇよ。『押すな』って書いてあるもんを押すような馬鹿は死ねってことだろ」

「と、とんでもない罠なのだ…こんな高度な罠は初めてなのだぞ」

「天才なのです」

馬鹿二人には、ミナカタの嫌味は届いていなかった。


「あ、あっちにもあるのだ!」

タカルハが、別のボタンを見つけて走り出す。

「おいおいおい、止めろ、駄目だぞっ!」


タカルハはボタンを押した。


ボコッと土ぼこりが上がる地面。

「お、おわぁっとと…あっぶね…」

無数の落とし穴が現れて、ギリギリのところでかわした面々。深い穴の底には、無数の竹やりが突き出していた。


 額から汗を流して、ホッと一息ついた神成の目に、一点を凝視するマメルカとタカルハの姿が映る。視線の先の木には、新たなボタンがあった。


「まずいっ! ササキ、ミナカタ、二人を止めろっ!」

神成の叫びに、全員が反応する。


 駆け出したマメルカは、ミナカタにタックルで沈められ、タカルハはボタンの直前でササキに羽交い絞めにされた。

 捕獲された二人が、神成に耳を引っ張られて悲鳴を上げる。さらに涙目の二人を正座させた神成は、「もう押しません」と口に出して誓わせた。


「しかし、何と言うか、意地の悪い罠ですね」

ボタンを眺めて呆れた声を出すササキ。

「だよな…こいつらみたいな馬鹿には効果てき面だ」

ササキに呆れた笑いを返す神成。こちらを振り向いて、笑顔で応えるササキ。


ササキの尻尾はボタンを押した。


「ササキぃぃぃぃぃ! 尻尾、素直かっ!」

「も、も、申し訳ありませんっ! 未熟な尻尾…どうぞ切って下さい!!!」

ササキの尻尾は欲望に勝てなかった。


 何が起こるのかと身構える面々。しかし、何も起こらなかった。


 訝しみながらも緊張が緩んだその時、近くの茂みがガサガサと揺れ始める。反応して距離を取った面々の目に、意外な物が飛び込んで来る。

「な、何なのだ? 人形?」

茂みから出て来たのは、五十センチくらいの人形だった。イシュバラの女王直属部隊のようなおもちゃの人形が、次々と行進するように姿を現す。

「十体はいるぞ…おもちゃの兵隊か? ちょっと可愛いな」

首を傾げる神成に、ミナカタが「油断するな」と身構える。


 人形たちが、手に持った細長い筒を口にあてがった。


ポシュッ


筒から小さな粒が飛び出す。

「イテッ……師匠~、豆なのだ。こいつら、豆をぶつけてくるのだ。可愛いのだ! ふはははは」

笑い声を立てたタカルハに、皆の緊張が緩む。


ビシィッッッ


「ぎゃ―――!!」

悲鳴を上げて、地面を転げ回るマメルカ。 


「何だ、どうしたっ!」

「目が、目がぁぁぁぁ!!! こいつら、的確に目を狙ってきやがりますですー!!! ふあぁぁぁあ……」

「エグいな」

マメルカに憐みの目を向けた神成は、目潰し豆を避けつつ、全ての人形に拳を叩き込んで行った。あっけなく砕ける人形たち。


 壊れた人形の残骸に、キラリと光を反射する物が見える。手に取ると、それは魔物から取れる核だった。

「核で人形を動かしているのか。何かすごいな…電池式のおもちゃみたいだ」

神成からすると珍しくも無い動くおもちゃだが、こちらの世界でこういう物を見るのは初めてだった。魔法などというとんでもないものがあるのだから、この人形がハイテクなのかローテクなのか判断に困るところだ。


「騒がしいと思ったら、知った顔がいるようだぞい」

いつの間に現れたのか、木の陰に男が立っていた。ミナカタと同じような服に、同じような坊主頭……見るからにお友達だろう。猫背で目の下にクマがある陰気な容姿からは、渡りの賢者という立派な印象は感じられないが、どこか普通では無い不気味なオーラをまとっている。

「よう、ツマラ。相変わらず下らないおもちゃを作っているようだな」

ミナカタが親し気に話し掛けると、ツマラと呼ばれた男は顎に手を当てて目を閉じた。

「うむ、ミナカタか。2年ぶりだぞい」

「阿呆が、18年ぶりだ。時間音痴の引きこもりめ」

「18年…クソ久しぶりじゃねーか! クソ薄情な友達だぞい!」

「お前ぇが言うなよ。俺は18年間閉じ込められてて、毎日死にそうだったんだぞ。友達なら心配して探しに来いよ」

「おぉー、随分と大勢でやって来たようだな。茶でも出すぞい」

ツマラはミナカタの言葉を無視して、神成達を見渡した。眉間に青筋を立ててツマラを睨んだミナカタだったが、すぐに諦めたように溜め息を吐いた。長い付き合いで慣れているのだろう。


「うむ…お前ら、ボタンを三つとも押したのか? 全部押した者は初めてだ。お前らのクソ馬鹿な探求心、クソ気に入ったぞい!」

ツマラの言葉を聞いて、タカルハとマメルカが鼻の穴を膨らませた。

「そこにボタンがあるから、押すのだぞ!」

「それが危険だと解っていてもなのです!」

満足げに頷き合うツマラ、タカルハ、マメルカ。その様子を見ながら、神成はミナカタに冷たい目を向ける。


「ミナカタ…ツマラも渡りの賢者なのか?」

「あぁ、こいつは渡らないが、渡りの賢者だ。お前が使っているガントレットも、タカルハの杖も、そのツマラが作ったんだ。変人だが、天才には違いねぇ」

クソクソうるさい口調で察しは付いていたが、凝った装飾のガントレットを作った男には見えない。ネーミングセンスに関しては納得だが。



*********************

 ツマラの案内で、海岸沿いの絶壁にある洞窟を利用した家にやって来た面々は、良く解らないガラクタに囲まれながらお茶をすすっていた。ミナカタが東の三人の事情を説明している間、ツマラはずっと手元で何かを組み立てていた。物を作る天才だと言われるだけあって、四六時中何かをいじくりまわしているのだろう。


「…という訳なんだが、東の連中をネーブル島までやれるような船はあるか?」

ミナカタの言葉に、ツマラが手を止めてミナカタをじっと見つめた。

「事情は分かったぞい。船なら、クソ丁度良いものがあるが……その連中を東に帰して良いのか?」

「良いも何も、そうするしかねぇだろう。あの三人を東に帰せば、西のサクヤ女王の悪行が東に伝わることになるが…かと言って、殺しちまうわけには行かねぇだろ」

黙り込むツマラとミナカタ。二人の物騒な会話を聞いて、神成が口を挟んだ。


「あのさ、三人を帰したらそんなにまずいのか? もしかして、怒った東の国が攻めて来て戦争になったり?」

「な、何、戦争? そんなことになったら大変なのだ…」

神成に不安げな顔を向けたタカルハ。ウサになった三人を助けた本人なので、罪悪感があるのだろう。ただでさえ仲間との折り合いが悪くて肩身が狭かったのに、大陸大戦争の引き金にまでなってしまっては堪らない。


 タカルハの様子を見たツマラは、焦るタカルハに新しいお茶を注いでやり、落ち着くようにと肩を叩いた。

「一年半前か……確か臨海都市シーベルに、東の人間がやって来た話は聞いたぞい。イシュバラの女王と交流した後、ネーブル島に戻る途中の海でドラゴンに襲われて命を落としたという話だったぞい」

ツマラの話に、全員が納得したように頷く。シオリ達をウサに変えたサクヤ女王は、面目を保つためにそういう嘘を吐いたのだろう。やりたい放題している割には、東の大陸との対立を避けようという配慮はあるらしい。


 だとしたら、東の大陸の人がシオリから真実を聞かされてしまったら、報復を考えるのではないだろうか。神成がシオリ達に親身になりきれなかった理由も、その辺にあった。

「まぁ、気にすんな。たとえ東を怒らせたとしても、戦争にはならねぇよ。魔法を使えない東の人間が、西に攻めて来ることは無い。同じように、魔法に頼り切った西の人間が、魔法を使えない東の地に攻め込むこともあり得無ぇ。さっさと送り返して、おさらばしちまうのが一番だ」

ミナカタの言葉に、ツマラも神妙そうに頷いた。

「そうだな…元々、西の人間と東の人間は仲が悪いのだぞい。酷い目に遭った者達を助けてやるのは悪い事ではないだろう。その後の事は、また別の問題だぞい」

渡りの賢者たちの言葉に、タカルハはほっと胸を撫で下ろしている。


 いつだったか、神成は西の大陸の人間は東の大陸の人間を『魔法の使えない野蛮人』と呼んでいると聞いたことがあった。シオリ達の方は、西の人間は『魔法に頼る化け物』だと思っているようだった。


 人間同士、対立する事情は色々あるのだろうが、その争いごとにマン達が巻き込まれては堪らない。下手に首を突っ込んで、どっちかの大陸の味方になってしまうのも嫌だ。とにかく、さっさとシオリ達と別れたい。神成は嫌な予感を抱えながら、そっと溜め息を吐いた。

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