第46話 シオリの執着

「タカルハ様、それは私にお任せください」

「そうか、それでは頼むのだぞ」

野宿の楽しい夕食の時間、タカルハとシオリが食事の支度をしていた。


 ウサから人間に戻った当初、神成達と険悪な雰囲気になった東の面々だったが、タカルハにこっ酷く説教されたようで、素直に暴言を謝罪したのだった。さらに、どうにか東の大陸へ帰る手助けをして欲しいと頭を下げられて、神成は渋々ながら承諾した。シオリ達の力になりたいというよりも、タカルハに「手を貸してやって欲しいのだ」と頭を下げられたのが大きい。


「で、ミナカタの心当たりまで、あとどれぐらいだ?」

神成がたき火に当たっているミナカタに声を掛けると、向かいに座っているヨサクとゴサクも聞き耳を立てた。

「あぁ、明日の昼頃には着く。俺の友人に船は用意してもらえるから、東のやつらとは、そこでお別れだ。取りあえずネーブル島まで行けば、東のお仲間の船に乗せてもらえるだろ」

「そっか、それは良かった。ヨサクとゴサクも嬉しいんじゃないか? もうすぐ帰れるぞ」

神成の言葉に、双子は顔を見合わせて笑みを浮かべた。


「本当に帰れるのだな!」

「夢のようだ! ようやく帰れますぞ、シオリ様!」

はしゃぐ双子に、笑顔を返すシオリ。どこか寂し気な眼つきに気付いた神成は、タカルハに目を向けて溜め息を吐いた。


 ネーブル島までの船に心当たりがあるというミナカタの案内の元、四日間野宿の旅を続けて来たのだが、その間中、シオリはタカルハにべったりだった。口には出さないが、東の大陸に連れ帰りたいという気持ちは強くなる一方だろう。


「だるー……きもっ…なのですよ」

神成の横で寝そべっていたマメルカの口から、嫌悪感丸出しの声が漏れる。今に始まったことでは無い。ここ数日、タカルハとシオリの様子を見つめては、同じような声を出し続けている。

 シオリがタカルハに引っ付いているせいで、いつものマメルカとタカルハのうるさい喧嘩が無く、道中は穏やかだった。しかし、シオリは西の肉食系女子とは正反対で、運動神経も良いとは言い難く、転びかけてはタカルハにしがみつき、靴擦れすればタカルハに薬を塗ってもらい、足場が悪い場所では抱えてもらい……そういう場面を見る度に、マメルカは吐き気を堪える様な声を出して顔を背けていた。


「マメ子……シオリにタカルハを取られて、面白く無いのか?」

神成の言葉に、マメルカは顔を皺くちゃにして鼻を鳴らす。

「あの女とタカルハさんがいちゃつこうが、そんなことはどうでもいいのです。あたしが気に入らないのは、あの女です。軟弱者がぁー、うざいのです。男の腐ったような女なのです」

神成から見れば、シオリはスタンダードな女子そのものだが、小さな野獣とは相いれない物があるのだろう。


「ご主人様、付近に異常はありませんでした。魔物も追っ手の姿もありません」

すっかり傷が癒えたササキが、付近の見回りから戻って報告する。流石に元沈黙の黒バラ隊隊員だけあって、警戒やら索敵やら、旅での身のこなしは頼もしい。

「見回りご苦労様、ありがとな。ササキも火にあたって休めよ」

「はい!」

嬉しそうに神成の隣に腰掛けて、尻尾を振るササキ。タカルハがシオリの世話に忙しい分、ササキは神成の側にいてもうるさく騒がれないので、すこぶる機嫌が良い。


「師匠~、食事が出来たのだぞ! 師匠は一番大きなお魚をどうぞ、なのだぞ」

「ありがとう、美味そうだな」

食事を運んできたタカルハの後ろには、しっかりとシオリがくっついている。仏頂面のマメルカとササキの前に食事を置くが、二人ともろくにお礼も言わなかった。口には出さないが、ササキも東の連中を良く思っていないらしい。自分が獣人だと言われたことだけでは無く、神成を侮辱されたことが面白く無いのだ。

 多少居心地は悪いものの、数日でお別れする者達と本音でぶつかって打ち解けることもないだろうと、暗黙の了解がなされている。そもそも価値観の違いが相当なものなので、数日でどうにかなるとは思えない。神成も魔法の化け物扱いされた手前、異世界人だとばれたらもっと面倒なことになりそうなので、当たり障りのない受け答えを心掛けつつ気を使って過ごしていた。


「タカルハ様、向こうで一緒に食べましょう」

「ん……」

シオリに言われて、タカルハは微妙な返事をして神成に視線を落とした。突っ立ったまんま、自分の服を握ったり離したりしながら、口の端を下げている。その様子に気付いた神成が口を開いた。

「……タカルハ、今日は俺と食べるか?」

「そうするのだ!」

即答したタカルハは、ダッシュで自分の食事を持って来ると、神成とササキの間に体をねじ込んで座った。

「シオリさんは、ヨサク、ゴサクと食べればいいのだ。東の者同士、気楽であろう」

タカルハの言葉に、シオリは満面の笑みを浮かべて黙って立ち去る……と思われたが、すぐに食事を抱えて戻って来てしまう。

「それでは、私もこちらでご一緒しますわ。タカルハ様といられる時間は限られていますもの。出来る限り、一緒に過ごしたいのです」


マメルカの顔が皺だらけに歪む。

ササキの眉間にも、深い縦皺が現れた。


二人の気配を察したタカルハが情けない表情で俯いて、小さく溜め息を吐いてから腰を浮かせようとする。それを察した神成が、手で制して口を開いた。

「いや、遠慮してくれ。ここ数日、タカルハはずっと朝から晩まで、あんたに付きっきりで面倒を見ていたんだ。今日は仲間とのんびり過ごさせてやってくれよ」

シオリの頬が小さく痙攣するのを見て、神成は心の中で「これは絶対にやっちまった」と頭を抱えた。

 精一杯言葉を選んだつもりだが、経験の乏しい神成に、女性心という地雷原を攻略するスキルは備わっていない。しかも、超絶に神成を嫌っているという激戦地だ。


「私、タカルハ様に面倒をかけるつもりは無かったのですが……申し訳ありませんでした。タカルハ様がお優しいので、つい甘えてしまって。それに、もうすぐお別れですもの。一分でも一秒でも多く、お側でお話をしていたいのです」

シオリが眉尻を下げて、悲しそうな表情でタカルハを見つめる。

 心底面倒臭さを感じた神成は、ですよね、ごめんねー、とタカルハを差し出したくなった。しかし、流石にタカルハが気の毒だ。美人の面倒が見られると喜んでいる様子は無かったし、マメルカとササキの様子を伺いながら気を使ってフォローばかりしていた。ずっと笑顔も見せていないし、気疲れしているのだろう。


「あんたの気持ちも解るけど、遠慮してくれ」

神成が強い調子で言うと、シオリはわざとらしく肩を落としてタカルハを見つめる。

「……タカルハ様、申し訳ありません。私、我が侭を言ってしまって。お食事が終わったら、またお話いたしましょう」

「待った待った! タカルハは俺の弟子だ。もう四六時中引っ付いて回るのは止めてくれ。タカルハも、もう世話を焼くな。シオリにはヨサクとゴサクがいるんだから、お前が面倒を見る必要は無い」

慌ててまくし立てた神成を見て、タカルハの表情が明るくなった。久しぶりの笑顔に、神成はもっと早く言ってやれば良かったと後悔する。波風が立たないように、シオリに遠慮して黙っていたが、そのせいでタカルハにばかり我慢させてしまった。


「もう面倒はおかけしませんので、せめてタカルハ様のお手伝いをする時ぐらいは側にいさせて下さい。そうでなければ、タカルハ様ばかり皆さんのお世話をさせられて、お気の毒ですし」

シオリに痛い所を突かれた。確かに神成は、お世話され具合ばかりは一人前の師匠だと自覚している。可愛らしくて優しそうなシオリだが、穏やかな口調で遠回しにチクチク精神攻撃を繰り出す様子を見ていると、神成は女性恐怖症になってしまいそうだった。何せ、名前が悪い。シオリゴリラというトラウマがあるのだから……。


「まぁさ……確かにそう見えるかもしれないけど。気の毒とか言うのは逆に失礼じゃないか? タカルハはこだわりを持って、好きでやってるんだし。子供じゃないんだから、手伝いが必要な時は、ちゃんと自分から言って来るしさ」

神成が溜め息と共に吐き出すと、タカルハが「その通りなのだ」と大きく同意して見せる。


 シオリが口を開こうとすると、ミナカタのわざとらしい咳払いが響き渡った。厳しい視線を向けられたシオリは、黙って頭を下げると、双子の元へ足早に立ち去る。


 ホッと胸を撫で下ろす神成。


 久々に神成達と夕食を共にしたタカルハは、マメルカと下らない喧嘩をしながらササキのしっぽを鷲掴みにしてはしゃいで過ごした。マメルカとササキの声も軽く、神成もミナカタも穏やかで満足そうな表情を浮かべていた。



*********************

 翌日、昼近くまで移動を続けて休憩を取っていた面々に、ミナカタが口を開いた。

「よし、東の連中はここで待機だ。友人の所へは、俺たちだけで行く。船を用意したら呼びに来るから待ってろ」

そう言ってさっさと立ち上がったミナカタに、東の三人が焦ったように顔を見合わせる。

「お待ちください! ここに置いてけぼりというのは……」

「なぜこんな所に!」

ヨサクとゴサクが声を荒げる。

「一緒にお連れ下さい。呼びに戻って来るのでは、二度手間でしょう」

意味が解らないといった様子でうろたえるシオリを見て、ミナカタが鼻を鳴らした。


「これから尋ねる男は、俺の友人だ。良く解らねぇ人間を、簡単に連れていくわけには行かん。この辺りの魔物は弱いし、数も少ねぇから双子でも充分倒せる」

「そんな……安全でも、あなた方が戻って来て下さる保証はありませんでしょう?」

「そうだぞ! 置き去りにされたのでは堪らん!」

食い下がる東の面々の言葉を無視するミナカタ。取り付く島もない。


「そうですわ! それでは、タカルハ様は一緒に残って下さいませんか?」

良い考えだとばかりに明るい声を出したシオリに、動きを止めるミナカタ。こめかみに青筋が立っている。これまでミナカタは東の三人とはろくに口を聞かず、距離を取って接していた。そのせいで、三人はまだミナカタの凶暴さを知らない。渡りの賢者様と尊敬しているようなので、暴言を吐く乱暴な拳骨オヤジだとは想像もしていないだろう。


ゴガッ ゴガッ ゴチッ


ミナカタの拳骨が、東の三人に降り注ぐ。


シオリにまで拳骨をお見舞いした渡りの賢者に、神成一行は畏怖の眼差しを向けた。制裁に関しては平等なミナカタだが、一応シオリには手加減していたように見えた。


「な、何をなさるのだっ!」

「うぬっ!」

「乱暴ですわよ! 私たちは子供ではありませんのよ!」

当然、頭を抱えて異議を申し立てる三人。

「俺からしたら、充分ガキだ。ピーピーうるせぇんだよ。信用出来ねぇのはお互いさまだ。二日経っても誰も戻らなければ、自力で何とかするんだな」

「そんな、無責任ですわよっ。渡りの賢者様が、このような非道を行うのですか!?」

食ってかかるシオリに、ミナカタの表情が凶悪になる。

「何が非道だ。俺達にどんな責任も無ぇよ。シーベルから無事に離れられただけでも、感謝するんだな」

そう言い捨てて、ミナカタはさっさと歩きだしてしまう。


「タカルハ様っ、せめて私だけでもお供させて下さい。置いて行かないで!」

目に涙を浮かべるシオリに、困惑した表情を見せたタカルハだったが、ミナカタの背中に視線をやってから思い切ったように口を開いた。

「ちゃんと呼びに来るのだ。俺を信用しているのなら、ここで大人しく待っていろ。こっそりついて来るような真似をしたら、もう力は貸さないのだぞ」

真剣なタカルハの表情に、黙り込むシオリ。苦肉の策とばかりに、神成にすがる様な目を向けて来る。見れば、ヨサクもゴサクも似たような顔で神成を見ていた。嫌ってはいても、神成の言に力があることは知っているのだろう。

 神成も知らない土地に突然放り出される三人を思うと気の毒ではあったが、ミナカタに無理を強いる気にはなれない。ミナカタが自分の友達に会わせたくないと言うのだから、それに従うのが筋だろう。その気持ちはよく解る。同じように神成も、タカルハを東の連中と残すのが嫌だからだ。


「ミナカタの言う通りにしてくれ。タカルハも連れて行く。これ以上ごねるのは、あんた達の我が侭だぞ」

神成の言葉を聞いて、ササキとマメルカがミナカタの後を追って歩き出す。

 タカルハと神成も、頷き合ってから肩を並べて後を追って行った。



 遠ざかるタカルハの背中を見つめながら、シオリが歯ぎしりする。

「ヨサク、ゴサク……タカルハ様は絶対に東に連れて帰るわよ」

「はい、解っております!」

頷くヨサクに、ゴサクも鼻息荒く口を開く。

「魔法を使える同胞とは、貴重ですからなっ! 是非とも東にお連れしたい」

「それもあるけれど、私は海で行方知れずになった赤ん坊の話を聞いたことがあるのです。背格好も、あの方によく似ていらっしゃる……」

どんどん小さくなるタカルハの背中に、熱い視線を投げるシオリ。その姿を見て、双子は同時に唾を飲み込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る