第45話 文化の違い

「台所を借りて作って来たのだぞ。沢山食べるのだ」

タカルハの特製シチューに、シオリ達は夢中でスプーンを動かした。


「おいしいですわ! 殿方に料理を振る舞って頂くなんて、申し訳ありません」

「有り難い! 兄者、草以外の食い物は久しぶりだな」

「うむ、涙が出て来る!」

感動する三人に、笑顔でお代わりをよそうタカルハ。タカルハの態度が軟化したせいか、東の三人の態度もすっかり和らいでいた。


「まずまずいけるのです」

「そうだな」

「二人は夕ご飯を食べたであろう? なぜ一緒になって食べているのだっ!」

ちゃっかりご相伴に預かっていたマメルカとミナカタが、お代わりを所望している。二人を叱りつけているタカルハと、それを微笑みながら観察しているシオリ。神成は少々、居心地の悪さを感じていた。


 タカルハとシオリの恋の予感とか、そういう下らない嫉妬は置いておくとして、出会ってしまった以上、やはりこの東の大陸の者達の手助けをすることになるのだろうと思うと気が重い。アリーシャ隊長との関係も険悪になってしまったことだし、こちらの事情に巻き込んでしまっては申し訳ない。もしかすると、これから聞く話次第では、東の三人の事情のほうが厄介かもしれないのだ。

 それでも、タカルハは出来る限りの事をしてやりたがるだろうし、放り出すことなど出来はしないのだろうが。人に流されるお人好しの自覚はあるが、ササキが死にかけたことで、自分の力を過信していたことに気が付いた。安請け合いして、誰かが死んでしまったらと考えると、怖くて堪らなかった。


「師匠、どうかしたのか? 師匠もシチューを食べるか? 食べるのなら温めるのだぞ」

「いや、俺はいいや」

「では、干したフルーツを出すのだ。お茶も入れるのだぞ」

「あぁ、ありがとう」

神成がタカルハを見ていると、どこからか視線を感じて何となく目を向ける。一瞬で視線を外すシオリ。確かにこちらに向けられていたはずの目は、友好的なものでは無かった。


「あの、タカルハ様……お茶をお入れになるのならば、私が致しますわ。タカルハ様は座っていて下さいませ」

隣にやって来たシオリに、不思議そうな顔を向けるタカルハ。こちらの大陸では、お茶入れを手伝う女は少ない。神成はリュウマンを探す旅で、フランシアとロクに同行したことがあったが、その時も料理やらお世話やらはロクがこなしていた。

「シオリさん達もお茶が欲しいのか? 自分で入れたいのならば、部屋にも道具があるから、自分達の分を入れると良いのだ」

そう言って部屋の隅に置いてある道具を指差したタカルハに、シオリは困ったように頷いて見せた。


「……タカルハ。東の大陸では、料理や何かは女性がするのが一般的なんだと思うぞ。男にお茶を入れてもらったりするのは気が引けるんだろ。だから、皆の分を入れてくれるつもりなんじゃないか?」

神成が助け舟を出すと、タカルハが「そうなのか」と納得する。

 シオリに大人しくお茶入れを頼むのかと思いきや、タカルハは道具を渡そうとはしなかった。

「事情はどうあれ、師匠のお茶は俺が入れるのだ。好みは俺が一番良く知っているし……俺が師匠にしてやれることを、他の者に取られるのは嫌なのだぞ。師匠だって、俺に入れてもらった方が良いであろう?」

タカルハに矛先を向けられて、一瞬反応に困る神成。しかし、弟子の一途な師匠愛は理解している。これで反応を間違おうものなら、タカルハはシオリに良く解らない対抗意識を持つようになるだろう。


「そうだな……料理もお茶も、タカルハの物が一番美味いからな」

「そう言う事なのだ」

神成の返事に満足して、お茶を入れ始めるタカルハ。


 神成は思う……こいつには彼女は出来ねぇな、と。そして自分も、問題児のタカルハとマメルカの相手をしているうちに、いつの間にかすっかり優しい幼稚園の先生ポジションになってしまっていて、彼女を作るなんて遠い夢物語だ。嫉妬深い園児を優先する日々なのだから。


「申し訳ありません。余計な手出しをするつもりはありませんのよ。ただ、シチューまで作って頂いて、お礼にお茶くらいお入れしたかったのです」

「礼などいらんのだぞ。俺は料理が得意だから、作るのは好きだ。師匠も褒めてくれるのだ」

シオリの微妙な表情に気付かずに、喜々として神成にお茶とドライフルーツを持って来るタカルハ。神成の心は叫んでいた。


ぬおぉぉぉぉ、何だこれ、何だこれ―――、何か、俺の邪魔者感ハンパねぇ!


 シオリに冷たい視線を向けられる神成。明らかに嫌われている。会ったばかりの可愛い女性に、理不尽な理由でウザがられている。シオリがタカルハに好意を持っているのは伝わって来るし、神成に邪魔をするつもりは全く無いのだが……この先を思うと、気分は最悪だった。


「おい、そろそろ肝心の話を聞こうじゃねぇか」

ミナカタが強い口調で切り出すと、シオリ達は顔を見合わせて居住まいを正した。


 ヨサクが咳ばらいをしてから口を開く。

「我らは一年半程前に、西と東が友好を結ぶために派遣された使節団だった。知っていることと思うが、西と東の交易は、二つの大陸の中間にあるネーブル島で行われている。どちらの大陸も、お互いの大陸に直接船を付けることは許されていない」

神成は、二つの大陸が交易していることも知らなかった。確か、道が険しいドラゴンロードでの行き来は出来ないという話を聞いたのは覚えている。どうやら、ネーブル島とやらに船を付けて、貿易などは行われているようだ。


「ネーブル島は、島の真ん中から西側は魔法が使えて、東側は使えないという話を聞いたことがあるのだが、本当なのか?」

タカルハの疑問に、ヨサクが頷く。

「その通りですぜ。島だけじゃありません、海の上もそうです。西の大陸と東の大陸の中間あたりに境界があるようで、東側は魔法は使えません」

「そうだ、我ら東の大陸人は、魔法になど頼らずに生きている!」

ゴサクが大声で胸を張った所を見ると、東の大陸人は、魔法を使えないという引け目よりも、魔法など必要無いという誇りがあるようだ。


 再びヨサクが口を開く。

「それで、ネーブル島だけでは無く、直接お互いの大陸を行き来して交流してはどうだろうかと提案する為に、許可を得て我らがやって来たのだが……」

ムッと口を閉ざすヨサク。余程嫌な目に遭ったのか、隣ではゴサクも似たような表情をしている。それを見かねたように、シオリが話を続ける。

「私たちの上陸に合わせて、魔法都市イシュバラから女王陛下が来てくれていて、面会したのですけれど……東の大陸の話をあれこれ聞かれた挙句、突然ウサに変えられてしまったのです」

そこで、シオリも悔しそうに口を閉ざした。


 しばしの沈黙の後、険しい顔で押し殺したような声を上げたのはミナカタだった。

「そりゃ災難だったろうが……、ウサに変える魔法を掛けたのは、女王のサクヤか? 一年半前なら、ナガヒはもう死んでいたはずだな?」

「そうです。サクヤ女王はたいそう美しく優し気な少女で、無邪気に質問する様子に騙されましたわ。何の前触れも無くウサに変えられて、庭に放り出されてしまったのです」

シオリの言葉に、神成達の表情が硬くなる。


「サクヤという女王が、自分の意思でやったのか? 家来の入れ知恵とかじゃなく?」

神成の問いに、東の三人の厳しい視線が飛んでくる。

「女王がやったんだ! あいつは突然、『もう飽きた。人質に使えるかもしれないから、一応生かしておこうかしら』と言って、俺達をウサに変えやがったんだ。たしなめる部下もいなかった!」

ヨサクがまくし立てると、釣られたようにゴサクも口を開いた。

「そうだぜ! あんたの女王陛下様がやったんだぜ。大好きな女王陛下の非道は信じられねぇかい? 俺達を女王陛下に突き出すか?」

神成は女王陛下とやらを庇ったわけでは無いのだが、何か言っても言い訳がましく思われそうで、ただ溜め息を吐いた。

「この大陸の人間は信用出来ませんわ。サクヤという女王は、邪悪です。あんな女が、大陸一の魔法都市の女王だなんて……見た目は美しくて可憐でも、中身は化け物です」

そう吐き捨てたシオリの目は、神成に向けられている。


 女王陛下のサクヤが悪人かもしれないということは、ネコマンの件で予想済みだ。しかし、前女王ナガヒの子がサクヤなのだとしたら……ナガヒの妹の子供らしい神成は、サクヤ女王とは従妹ということになる。見知らぬご親戚が非道だからと言って、神成まで罪悪感を持つことも無いのだろうが、複雑な心境になってしまう。


「やめるのだっ! 師匠はイシュバラの女王を好いてなどいないのだぞ! 困っている者を助けてくれる、優しい人なのだ」

タカルに怒鳴られて、東の三人が不満そうな表情で黙り込んだ。神成は庇ってくれるタカルハを有り難く思いながらも、もやもやした気持ちは大きくなるばかりだった。


「タカルハ様……あなたはこの大陸でお育ちになって、毒されてしまったのです。カミナリという方を師匠と慕っているようですけれど、普通の人間ではありませんわよね? その人も、見た目は若く美しく見えますが、齢を取っているのでしょう? それは人としてあってはならないことなのです」

シオリが必死な様子で訴えると、タカルハの眉間に深い皺が寄る。それを見た神成は、面倒そうに口を開いた。

「俺は見た目通りの年齢だ。確かに、この大陸の師匠は不老不死みたいな連中らしいけど、俺は違う。それに、俺が知っている師匠という人間は、立派な人物だったぞ。サクヤ女王とイシュバラのやり方に疑問を持っていたし」

「それでも、異常なことに変わりはありませんわよ。この大陸では、魔法などという呪わしい力を用いて、人間の身分を超えて、神や自然を冒涜しているのです」

ムキになって食ってかかるシオリには、神成がこの大陸の象徴のように見えるのだろう。肌も髪も白く、軟弱で女の様な見た目をしているくせに、呪わしい力で逞しいタカルハ達を従えていると。


「何だとっ! 訳の解らんことを言って、師匠を異常呼ばわりするのかっ!」

タカルハが苛立たし気に立ち上がり、シオリはビクリと体を震わせたが、引けないとばかりに真っ直ぐにすがる様な目を向けた。

シオリに続くように、ヨサクとゴサクもタカルハを見据え、競うように口を開いた。

「タカルハ殿は我らの恩人だ! ウサのまま死ぬのだと諦めていた所に、同胞のあなたが現れて、見事に我らを救ってくれた。恩を返すためにも、こんな狂った大陸からお救いしたい!」

「そうだぜ、我らが出会ったのも運命だったのだろう! タカルハ殿は、故郷の大地を踏む為に我らと出会ったのだ」

話し向きがおかしくなって来た。東の三人は、助けてくれたタカルハを国へ連れて帰りたいようだ。理不尽にウサに変えられて、一年半も女王とこの大陸の人間達に怒りを募らせてきたのだから、そう考えても仕方が無いのかもしれない。それでも、あまりの身勝手な言い草に、神成の心中も穏やかではいられない。タカルハの険しい表情からも、爆発寸前なのが伺える。


追い打ちをかけるように、シオリが口を開く。

「今、信用出来るのは、タカルハ様と渡りの賢者様だけです。後は、魔法の化け物と耳の生えた獣人と、心の穢れた女です。このような者達と、一緒に居てはなりません!」

シオリの言葉に、神成は一気に顔が熱くなるのを感じた。


『魔法の化け物』 → 『神成』 言いがかりだ!

『耳の生えた獣人』 → 『ササキ』 獣人で何が悪いっ!

『心の穢れた女』 = マメルカ 


何と直球な悪口だ。

親切にしてやった者達に、なぜこれ程罵倒されなければならないのか……感謝しろとは言わないが、化け物だの獣人だのと言われる筋合いは無い。


「ふぁぁああああ! 何だと~、クソ女がぁぁああああ!」


ブチ切れたのは、マメルカだった。突然の奇声にあっけに取られている神成をよそに、小さな獣は続けて口を開いた。


「黙って聞いてりゃー、勝手な事ばかり言いやがって! 服と飯を恵んでもらって、偉そうに言いたい放題ですかぁ~~~!!」


マメルカが爆発したことで、神成は冷静さを取り戻して、溜め息と共に肩を落とした。イライラしていたせいか、いつの間にか体に力が入っていたようだ。

 怒鳴られた東の三人も、奇声に驚いているのか、口を開けたまま動きを止めている。


「ハハッ、マメルカの言う通りだな。いい加減にしとけ。タカルハにお前ぇらを助けたことを後悔させんなよ。それに、善人な被害者ぶってるお前ぇらだって、本当はどんな目的で西に来たのか解ったもんじゃねぇしよ」

ミナカタの低い声に、東の三人は口を閉ざして俯いた。渡りの賢者のご威光は、東の大陸でも有効なようだ。


「師匠……厄介ごとを増やしてしまったようで、ごめんなのだぞ」

辛そうな声を出すタカルハを見て、神成は溜め息を吐いた。溜め息ばかり吐いている自分に気が付いて、再び口から息が漏れそうになる。


「いや、今日はもう休もう。疲れていたら、冷静になれないからな。続きは明日にしよう」

そう言って、神成は部屋を出て行ってしまった。

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