災難は東から
同胞というもの
第44話 春が来るのか
カミナリ盆地へ戻るネコイチとタマコと別れて、神成一行はドラゴンロードにある渡りの賢者の里を目指していた。
心配していた追っ手の姿も無く、数日後には小さな街で宿を取ることが出来た。
「ご主人様、背負って頂いてありがとうございました。明日からは自分で歩けます」
「そうか、良かった、無理はするなよ。お前一人ぐらい一日中背負っていられるんだから」
ササキの具合もすっかり良くなって上機嫌の神成だったが、気掛かりなことが二つあった。
一つは、ササキが神成のことを『ご主人様』と呼ぶようになったことだ。しかしこれは、後々イヌマン女子とお知り合いになった時に、ササキの真似をして『ご主人様』と呼んでもらえる可能性があるので良しとする。
二つ目は、タカルハのことだ。間違いなく何かやらかしているようなのだが、今日まで頑なに黙秘している。
「スライムさん、今日はリンゴを食べるのだぞ。今日の夜は、リンゴの香りの枕で眠るのだ」
床に座ってスライムにリンゴを与えているタカルハ。ミナカタとマメルカも、ベッドや椅子でくつろいでいる。
「タカルハさん、スライムには名前がないのですか?」
マメルカの問いに首を傾げたタカルハは、何か閃いたように神成に顔を向けた。
「名前は、師匠につけて欲しいのだぞ!」
「え? 俺? マクラなのかと思ってたけど。じゃあ、マクランでいいんじゃないか?」
「それがいいのだ! スライムさんは今日からマクランなのだぞ。さぁ、マクラン、師匠に名前を付けてもらったお礼をするのだ」
ポンヨン ポンヨン ポンヨン ポンヨン プニョッ
マクランは神成に、ニュアンスで頭を下げた。
「いや、こういう平和な空気も良いんだけど……タカルハよ、そろそろはっきりさせようじゃないか」
神成に厳しい視線を向けられて、タカルハが目を泳がせる。神成がはっきりさせたいこととは、タカルハがアリーシャ隊長のいた屋敷から拾って来たもののことだ。拾ったのか盗んだのか……いくら聞いても「まだ言えないのだ、後で教えるのだ」と繰り返すばかりで、何を持ってきたのか謎なままだ。
「解ったのだ。街に入ったし、丁度頃合いなのだぞ」
決心したタカルハの周りに、全員が集まって来る。気になっていたのは神成だけでは無かったようだ。
タカルハが魔法のカバンに手を突っ込む。ゴソゴソかき回して引き抜かれた手から、白い毛玉が床へ転がった。もう一つ、そしてもう一つ……出て来たのは、生きた三匹のウサだった。
「生モノかよっ!」
神成の突っ込みに驚いたのか、ウサ達が慌てたようにタカルハの膝に跳び乗った。
「おいおいおい、お前ぇ、それ……」
顔をしかめるミナカタ。
「そうなのだ。これは多分、ミナカタさんの仲間なのだぞ! このウサさん達は耳が前を向いているから、普通のウサさんでは無いのだぞ。悪人の屋敷の庭から、救い出して来たのだ」
「仲間じゃねぇよ。お前、それが人間だったとしても、正体は罪人だったらどうすんだ。考え無しに持って来ちまって……盗んだのバレてんじゃねぇか?」
頭を抱えたミナカタを見て、神成も溜め息を吐いた。タカルハが頑なに隠したのも、「元の場所に戻して来なさい」を恐れてのことだったのだろう。
「大丈夫なのだ! 代わりに、お店で買ったウサを三匹置いて来たのだ」
自信満々でどや顔を決めるタカルハに、神成は文句を言う気が失せてしまった。どう転んでも厄介ごとを背負い込んだに違いないだろうが、優しいタカルハがウサを連れて来てしまった気持ちも解る。それに、もし本当にミナカタと同じ状況ならば、確かめておいた方が良いような気もしていた。
「なぁ、ミナカタ……人間を動物にする魔法って、使える奴は多いのか?」
神成の問いに、眉間に皺を寄せるミナカタ。
「いや、そんな特殊な魔法、誰にでも使える代物じゃねぇよ。俺と同じウサだし、前女王のナガヒか……」
「ナガヒは四年前に死んだんだったよな。じゃあこいつらは、少なくとも四年はウサをやってることになるな。何にせよ、ナガヒと因縁がある連中っぽいから、話を聞いてみた方が良さそうだ」
神成の言葉に、ミナカタは不快そうな顔で頷いた。前女王のナガヒとは因縁があるから、名前を出すのも不快なのだろう。
前女王のナガヒとは、自分の妹のサクヤを襲って殺した人物だ。サクヤの旦那のユエナがミナカタの友人で、襲撃に居合わせたミナカタは、ナガヒの魔法でウサにされてしまった。ユエナは赤ん坊を連れて逃げて、何とか赤ん坊だけ異世界に逃がした後に、ナガヒに捕まって連れて行かれてしまったらしい。
ユエナは白マンで、異世界に逃がされた赤ん坊は神成だったらしいのだが……サクヤとユエナが両親だと言われてもピンと来ない神成は、そこらへんは保留ということにしている。
「三匹とも、俺に助けを求めているように見えたのだ……盗むのはいけないことだが、人間に戻してやりたいのだぞ」
タカルハの言葉が通じるのか、ウサが感謝するように体を擦りつけている。
「このウサさんは、やたらタカルハさんに懐いていたのです。助けてくれそうな、ちょろい人間が解るのですね」
鼻を鳴らしたマメルカに、スリッパを投げ付けるタカルハ。下らない喧嘩が始まりそうな気配に、慌てて神成が口を開いた。
「まぁ、取りあえず人間に戻してみよう。戻らなかったら、森に返せばいい」
「解ったのだ。さぁ、お前達、人間に戻してやるからじっとしているのだぞ」
真実の水鏡を用意するタカルハに、ミナカタが毛布を三枚投げ付けた。
「戻ったら全員裸だろう。用心の為に、目を逸らすことは出来ねぇから、人間に戻ったらすぐに毛布を体に巻け」
ウサに話しかける気が利く男……と言うよりは、経験者は語るだ。ミナカタが人間に戻った時は、見物人に裸を見られた上に、興奮したマメルカから奇声を浴びせられたのだ。
「おーみず!」
タカルハが慣れた手つきで、ウサに真実の水鏡をかざす。見物人も慣れたもので、光に備えて目に手をかざして備える。初見のササキも、神成の真似をしてウサを見つめた。
ウサが三匹とも光を発し始める。
「どうやら人間だったみたいだな」
神成の言葉を聞いて、皆に緊張が走る。極悪人だったら、戻った瞬間に攻撃してくるかもしれない。
強烈な光が治まると、毛布を巻いた人間が三人、床に座り込んでいた。
「こりゃまた、やっかいな……」
ミナカタの呟きに、神成、マメルカ、ササキが顔を見合わせる。そして、時間が止まったように、毛布を巻いた三人を見つめるタカルハに目を向けた。
毛布の三人も、不安そうにタカルハを見つめている。ウサの時から、タカルハに助けを求めたのには理由があったようだ。毛布から覗く肌が、全員タカルハと同じような褐色をしている。
「お前達は……東の大陸の人間なのだな?」
タカルハの問いに、三人が頷く。臨海都市シーベルで、褐色の肌をしたタカルハは東の大陸の人間だろうという話を聞いたのは記憶に新しい。
女が一人と男が二人。褐色の肌に長い黒髪の女は、華奢な体に優し気な顔をしている。二人の男は、見るからに肉体派の強面のマッチョマンで、驚いたことに顔も身体つきも同じだ。
「助けて頂いて、ありがとうございます。あなた様も、東の大陸からいらっしゃったのでしょう? あなた様のお姿を見て、おすがりして良かった……同胞とお会いできたのも運命でしょう」
不安気なかすれ声で、女がタカルハに語りかける。
「いや、俺は赤ん坊の頃に海で拾われて、西の大陸で育ったのだ。東の大陸には行ったことも無い。会ったのも、ただの偶然なのだぞ……」
タカルハの答えを聞いて、女達が驚いて顔を見合わせている。
「話は後だ。まずは、食い物と服を買って来よう。その前に、名前だけ聞かせてくれ」
神成が声を掛けると、タカルハがそそくさと神成の後ろに身を隠した。同じ大陸の人間にとまどっているのか、頼られて居心地が悪いようだ。
「私は、シオリと申します」
タカルハをチラチラ見ながら自己紹介したシオリ。神成は、嫌な記憶が蘇って表情を無くした。
シオリちゃん……地球で純情な神成をもてあそんだ女と同じ名前だ。いや、遊んでもらう前に、異世界に飛ばされたのだが。
「我らは、双子。俺は兄のヨサク、弟はゴサクだ。見分けがつかないだろうが、気にせずによろしく頼む」
「いや、見分けはつくだろ。二人とも、額の隅に四と五の刺青をしてるじゃないか」
「そうだぞ、兄者。こっちの大陸に来る前に入れたではないか!」
「そうだった、そうだった!」
神成の突っ込みに、仲良く頷き合う双子。見た目の割に、中身は結構接しやすそうだ。
「こっちも紹介しておこう。俺はカミナリ、こっちはタカルハ。傷坊主はミナカタ。小っちゃいのがマメ子で、イヌマンのササキだ」
シオリ達は紹介されるままに全員に軽く頭を下げたが、やはりタカルハを気にしている。同胞に助けてもらって頼りに思っているのだろうが、肝心のタカルハが煮え切らない。神成の後ろにすっかり隠れて、目も合わせようとしなかった。
結局、三人には風呂にでも入ってもらって、神成とタカルハが洋服の調達に出かけることになった。
「何か、こっちの女と違って大人しい感じだったし、あんまりエロい服を買って行ったら変態扱いされそうだな。ヨサクとゴサクは、着られるサイズだったら何でもいいか」
神成が聞いても、タカルハは返事をしなかった。
「おい、タカルハ」
「……ん? あぁ、聞いていなかったのだ。ごめんなのだぞ」
「いや、別にいいけど、どうした? 東の大陸の人に会って驚いたのか?」
「驚きはしたのだが……何だか、ちょっと嫌なのだ」
嫌がっている様子は丸解りだったから、優しいタカルハらしくない態度を不思議に思っていた神成は、指摘せずに一緒に外に連れ出したのだ。
「嫌って、何でだ?」
「何だか……シオリさんが、俺が同胞だの運命だのと言うから、仲良くするのがちょっと嫌になってしまったのだ。俺は、東の人間ではないし…俺の仲間は…師匠やマメ子なのだ。何も知らんくせに、師匠達よりも関わりが深いようなことを言われるのは迷惑なのだ」
タカルハの情けない表情を見て、神成は何となく心情を察することが出来た。恐らくタカルハは、仲間外れになってしまうようで不安なのだろうと。
元々こちらの大陸でも、笑い者にされて仲間外れだったのだ。ようやく神成と出会って、マメルカやミナカタ、盆地のマン達と仲良くなることが出来たのに、見た目が同じだけの他人に同胞呼ばわりされたら戸惑うだろう。まるで、お前は西では仲間外れだ、本当の仲間は東の人間だと押し付けられたようなものだ。
「そうだな。お前の仲間は俺達だ。お前は俺の一番弟子なんだから、誰が何と言おうと一番の仲良しだ。俺も盆地の皆も、家族みたいなもんだろ。東の大陸の人間になんて渡さないぞ」
神成の言葉に、途端に口元を歪ませるタカルハ。堪えきれずに笑顔を浮かべると、ふふふ、と含み笑いを漏らす。
「そうなのだな、家族なのだ。弟子と師匠の絆は強いのだぞ。俺だって、師匠の故郷の人間が来たって、俺の方が仲良しだし必要だと思うのだ。ふふふ」
「あぁ、そうだよ。だから、シオリ達と仲良くしたって、俺達の関係は何も変わらないぞ」
「解ったのだ! じゃあ、俺はちょっとだけシオリさん達の力になってやっても良いのだぞ。大人しくて可愛らしい娘だったから、さぞかし辛い思いをしたのだろう」
「そうか、タカルハは頼りになるからな」
「そ、そうか。ふふふ」
すっかり気を良くしたタカルハを見て、神成はほっと溜息を吐いた。嬉しそうな様子に、思わずつられて笑顔が湧いて来る……ところだったが…ふと、思い直す。シオリという、名前からして神成とは縁の無さそうな娘は、可愛かった。美人で華奢で、儚げで、褐色の肌も魅力的だった。
確か東の大陸は、男の方が強いと聞いたような。それならば、東の女からしたら、タカルハはもの凄いイイ男なんじゃあるまいか。
女に縁が無い自分と違って、弟子のタカルハにフラグが立っている。薄々気付いてはいたが、ネコマン女子やシオリやら……タカルハはハーレムに近い男なのでは……。
タカルハの耳をつまむ神成。
「いだ、いだだだだだ、な、なぜなのだ、師匠!」
「……ナントナク」
シオリというタカルハのお花畑フラグを思い、神成は無表情で鼻から息を吹き出した。
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