第43話 タカルハはやってくれる

 臨海都市シーベルから少し離れた丘の上で、ネコイチ、タマコと落ち合った神成達は、追っ手を警戒しながらも、怪我をしたササキを囲んでいた。

「師匠…応急手当はしてあるのだが、ナイフが抜けないのだぞ」

神成がナイフをそのままにしてササキを抱えて来たのだが、いざ安全な場所で治療しようとタカルハがナイフに手をかけても抜ける気配が無かった。

「何でだよ…力の加減か? それなら俺が抜くけど」

「違うのだ。多分、このナイフが特殊なもので……言いにくいのだが、死なないと抜けないとか、そんな感じなのだと思うのだぞ」

「何だそりゃ! くそっ、酷い武器だな!!」

「そうなのだ…これでは、ササキはずっと痛いままなのだ」

「どうにかならないのかっ! ササキは、俺を庇ってこんなことになってるんだ。どうにか助けてくれ!」

神成の絞り出すようなかすれ声に、タカルハは苦し気な表情でササキと神成の顔を交互に見つめる。


「ミナカタさんは、こういうナイフに詳しくないのか? どうすれば良いか解らんのか?」

切羽詰まってミナカタに助けを求める。

「いや…呪いの類いだろうが、解呪は出来ねぇし。武器の性質なのか持ち主の魔法なのか、それも解らん」

「誰か、何か知らんか? このままでは、俺の治療魔法ではどうにも出来ないのだ」

皆が顔を見合わせるが、神妙な顔で首を振り合う者しかいない。そもそも、タカルハ以上に魔法を使える者などいないのだから、仕方が無いことなのだが。


「あっ、ナイフの周りから血が流れだしたぞ! どうなってんだ! 誰か、ササキを助けてくれよっ…」

取り乱す神成を見て、タカルハが焦ってササキの傷口へ手をかざす。

「なーおれ! なーおれ! 駄目なのだっ! ナイフを抜かないと、血を止めてもすぐに流れてきてしまう」


 脂汗で髪までぐっしょり濡らしたササキが、ひと際大きな呻き声を漏らした。


「ササキ、ササキ! 痛いよな。ごめんな、何とかするからな!」

必死にササキを呼ぶ神成が、タカルハにすがる様な目を向けた。神成の視線と、止まらない血に焦ったタカルハは、目に涙を溜めてササキの体を何度も撫でる。何も出来ないもどかしさに、感情が溢れて口から飛び出しそうになる。


「止れ! とーまーれー!」

タカルハが叫んだ……。


ポーン

――――――――――――――――――――

タカルハは『止まれ』を覚えたのだぞ!

止まれ 特殊技能

    対象の時間を止めることが出来るのだ。止められる時間は相対的なのだぞ。

    強い相手だとちょっとしか止められないから、気を付けるのだ。

    師匠は何秒止められるかな? ふふふ

――――――――――――――――――――


 茫然と眼前に現れた画面を見つめるタカルハへ向かって、後ろから文字を覗き込んでいたミナカタが口を開いた。

「おい、タカルハ! ササキの体が止まっているなら、ナイフが抜けるかもしれねぇ。いつまで止めていられるかわからねぇぞ、急いで抜くんだ!」

ハッとしてナイフを持ったタカルハは、一気に手を引いてナイフを引き抜いた。

「抜けたのだぞ! なーおれ!」

すぐに治療魔法をかける。

タカルハの手元から優しい光が発せられると、みるみるうちに傷口からの出血が止まった。



********************

 無事に治療が完了したササキは、穏やかな寝息を立てていた。

「傷は大体治ったのだが、ダメージは残っているのだ。しばらくは熱が出るかもしれないし、安静が必要なのだぞ」

タカルハの報告を聞いて、胸を撫で下ろす面々。突然、神成がタカルハに跳び付いた。

「おぉ~~ありがとう、タカルハ! 最高だ!」

「し、師匠……ふ、ふはははは!」

抱き合って喜ぶ二人に、呆れたような表情を見せるミナカタ。

「しかし、タカルハの技は無茶苦茶だな。血を止めようとして、時間を止めちまうとは」

「ふふふ、凄い技なのだぞ! いつだってそうなのだ。俺はいつも、師匠のためになる技を覚えられるのだ」

「そうか…そうだな。お前の『整列』も『寄越せ』も『止まれ』も、俺を助けてくれたっけ。ははは、いつもタカルハは俺を助けてくれる」

「そうなのだぞ。師匠には俺が必要なのだ」

「あぁ、必要だ」

再び笑い合う二人を見て、暗い顔をしていたネコイチとタマコも表情を和らげた。


 ササキの無事に安心した面々は、ネコイチ達に偽ネコマンの襲撃と顛末を語って聞かせた。ネコイチもタマコも怒りを感じているようだが、それ以上に訳が解らないといった様子で顔を見合わせている。

「師匠、俺も聞きたいのだが、ミナカタさんと師匠はなぜあいつらが偽ネコマンだと気付いたのだ?」

「あたしも知りたいのです」

いつの間に目を覚ましていたのか、感電したマメルカが何事も無かったように会話に加わって来る。

「そりゃー、マメ子のお陰だ。お前ぇも役に立つことがあるんだな。よしよし」

ミナカタにボサボサ頭を撫でられたマメルカは、訳も分からずに鼻の頭を広げて、どや顔を繰り出した。


 タカルハがマメルカの鼻の穴に指を突っ込んだところで、神成が口を開いた。

「昨日の夜、マメ子が偽物の尻尾をくっつけていただろ? アリーシャがいたお屋敷で拾ったってさ。だから、ネコマン達の尻尾や耳が作り物だって気付いたんだ。そうだろ、ミナカタ」

神成に同意したミナカタに、タカルハはそれでも腑に落ちないというように首を傾げた。

「しかし、マメ子が屋敷で拾った尻尾を、あの者達がくっつけているとは限らないではないか。屋敷のモノとは結びつかないのだぞ? マメ子の尻尾を落としたのが偽ネコマンだったのならば、あいつらがあの屋敷にいたことになるのだ」

「まぁ、証拠があったわけじゃねぇが……いたんだろうな」

「証拠はあったよ」

神成の言葉に、皆の視線が集中する。一呼吸おいてから、神成が続ける。


「偽ネコマンが現れた時、アリーシャが言ったことを覚えているか? 『カシーナとクロエを殺すためだけに、15人でやって来たわけじゃないでしょう?』って言ってたろ」

「それは俺も聞いたのだぞ?」

「確かに、偽ネコマン達は15人だった。だが、アリーシャが15人と言った時には、まだ14人しかいなかったんだ。弓師の偽ネコマンの後ろから、女の偽ネコマンが現れただろう? あいつは隠れていて後から出て来たから、最初はアリーシャにも見えなかった」

「つまり、どういうことなのだ?」

「つまり、アリーシャは最初から偽ネコマン達の人数を知っていたということだ」

ハッとして顔を見合わせるタカルハとマメルカ。ミナカタは、考え込むように眉間に皺を寄せて顎をさすっている。


「あの偽ネコマン達は、アリーシャが用意したんだ。どっかのゴロツキでも金で雇ったのか」

広場の騒ぎとササキの負傷を思い出した神成が、忌々しそうに顔を歪ませる。

「しかし、何の為に? 何をするつもりだったのだ?」

タカルハの質問に口を開いたのは、ミナカタだった。

「何って、人間を殺させるためだろう。ネコマンが仇討ちで人間を大勢殺したってことにしたかったんだろうよ。ネコマンを悪者にして、人心を味方につけようってとこだな」

「何? その為に、本当に人間達を殺すつもりだったのか?!」

頷くミナカタを見て、タカルハとマメルカが顔を見合わせて、ぶるっと体を震わせる。


 殺されそうになった見物人をかばったタカルハには、偽ネコマンが本気だったかどうか良く解っているのだろう。遠目で見ていた神成にも、偽ネコマンが振り上げた剣は、脅しには見えなかった。だからこそ、タカルハが剣を防いだのを見て、心底ほっとしたのだから。


「頭がおかしいのです。ネコマンに濡れ衣を着せる為に、無差別に人間を殺そうとするなんて……それじゃ、タマコがカシーナ達を殺していたら、どうなっていたんでしょう?」

マメルカに顔を向けられたタマコは、解らないというように首を振った。

「タマコとネコイチを先導者に仕立て上げるつもりだったんだろうよ。速攻で神成が逃がしたから助かったが、あのままあそこにいたら、最初に口封じで殺されていただろう。それで、タマコとネコイチの仇だって態で、何人か…何十人か犠牲者を出して……」

「そんな! それじゃあ、最初からそういう罠を張っていて、我々をおびき寄せたということですか?」

ネコイチの叫びに、口を閉じるミナカタ。


 神成も、ミナカタと同じことを考えていた。ある程度予想はしていたが、カシーナとクロエの処刑の立ち合い自体が、罠だったのだ。ネコマンが怒りに任せて人間を処刑する様を公開して、ネコマンの怒りと恐ろしさを人間達に見せつけて、ネコマンと人間の仲を裂こうとしているのだと思っていたが……。実際は、もっと残忍な罠が張られていたのだろう。ネコマンが処刑をしようがしまいが関係無かった。もっと直接的にネコマンが憎まれるように、偽ネコマンに見物人達を殺させようとしていたのだから。


「なぜです! なぜこんな酷いことを……我々が何をしたと言うのです! ネコマンはイシュバラの連中に憎まれるような真似はしていませんよ! そうだろ、タマコ」

ネコイチの言葉に、タマコも苛立たし気に頷いて見せた。

「そうですよ! 私たちは、人間と上手くやっていましたよ! 村に来る冒険者との関係も良かったです。そもそも、イシュバラの連中と関わった覚えはありません。いきなり『潔癖の白バラ隊』が攻め込んで来たんです」

それについては、神成にも心当たりはある。ゴリラマン盆地にやって来た『苛烈の赤バラ隊』も、何かゴリラマンと因縁があったわけでは無く、ただただボスを倒して土地を奪おうと攻めて来たのだ。


 ネコマンもゴリラマンも、イシュバラの思惑通りに殺されてしまっていたならば……どうとでも都合の良い理由を捏造して、非道な行いは正当化されていたのだろう。


「ゴリラマン盆地には、『苛烈の赤バラ隊』が土地を手に入れようとやって来たんだけど、それだけじゃなかったのかもしれないな」

神成の言葉を聞いて、ミナカタが小さく唸る。

「あぁ、こりゃネコマンだけの問題じゃねぇな。魔法都市イシュバラは、マン達を滅ぼすつもりか……?」

「おいっ、渡りの賢者が迂闊なことを言うなよ」

神成にたしなめられてハッとしたミナカタは、押し黙るネコイチとタマコを見て、決まり悪そうに目を伏せた。しかし、大きく息を吐き出して、思い直したように再び口を開く。


「気を使ってる場合じゃねぇよ。よく考えてみろ。ゴリラマンもネコマンも、神成がいなかったらどうなっていたか……」

神成は考える。ゴリラマン盆地を奪いに来た『苛烈の赤バラ隊』は、ミーカ副隊長のリアクションのせいでただの阿呆に見えたけれど……今にして思えば、アリーシャ隊長は慎重で頭の良い人物なのかもしれない。突然現れた、正体不明の盆地の新しい持ち主。しかも、良く解らないすごい力を持っている。迂闊に手を出さずに、素直に引いて様子を伺い上の判断を仰いだのだから、相手を軽く見て攻撃して来た白バラ隊のカシーナ隊長よりはずっと賢い。しかも、今回の偽ネコマンを使ったやり口を見ると、相当ずる賢く陰険だ。


「師匠がいなかったら、きっとゴリラマンさん達は殺されていて、盆地は奪われてしまっていたのだぞ。ネコマンさん達もそうなのだ」

「ギリギリのところで、運良くカミナリさんに助けられているのです。カミナリさんは二回もイシュバラの邪魔をしたから、命を狙われたのではないですか? 群青オオカミの時にも、ミーカに罠にはめられたのです」

マメルカの心配そうな視線に、頷く神成。ササキに庇われたばかりなのだから、否定のしようも無い。


「とにかく、イシュバラがマン達に酷いことをしようとしているってことと、俺が目障りだってことは良く解った。何とかして止めさせないとな」

神成の言葉に、ミナカタが舌打ちする。

「クソッ、理由が解らねぇ。土地を奪ったからって、何だって言うんだ。魔法都市イシュバラに盾突く都市なんぞ、この大陸には無ぇだろう。しかも、執拗にマンを殺そうとするのはなぜだ」

「そもそも、マンのボスと戦うなんて、冒険者の力試しの冗談みたいなものなのだぞ? 隊を引き連れて来てボスを嬲り殺すような恥知らずな真似、どこの都市もしないのだ。非道な真似は魔法の理に嫌われるし…大陸中の人間から批判されるのだ」

タカルハの言葉に、神成が首を傾げる。


「でもゴリラマン達は、迷いの森の魔法が消えて、人間達が大勢でボスと戦いに来るって焦ってたけどな……」

「ゴリラマン達を焦らせる何かが、あったのかもしれねぇな。ネコマン達のことばかり気に掛けていたが、ゴリラマンにも詳しく話を聞くべきだった」

「盆地に帰ったら聞けばいいさ。出来ることからやっていこうぜ」

重苦しい空気を祓う様に神成が気楽な声を出すと、ミナカタが溜め息と共に体の緊張を解いた。

「そうだな。取りあえず、ネコイチ達は盆地へ帰れ。緑マンが森を閉ざしているから、イシュバラの連中でも手は出せねぇだろう。迂闊に動くと、今回のようなことになりかねん。しばらくは森にこもって、村を立て直せ」

ミナカタの言葉に、ネコイチもタマコも頷きはしなかった。


「勿論、村は立て直しますが……イシュバラの企みを知ってしまっては、心中穏やかにとは行きませんよ」

「そうよ、イシュバラを何とかしなければ安全に暮らせません。私は戦います!」

二人の厳しい声に、困ったように何度も頷く神成を見て、タカルハが見かねたように口を開いた。

「タマコは反省するのだ。暴走して、敵に利用されるところだったのだぞ。まんまと罠にはまっていたら、いくらネコマンが偽物だと気付いても、収拾がつかなかっただろう」

「そうなのです。タマコはしばらく大人しくしているのです。勝手をする人は、信頼出来ないのですよ。辛くて我慢出来なかったのでしょうが、皆の命も危険だったのです」

タカルハとマメルカに説教されたタマコは、厳しい顔のまま肩を落とした。反省はしているのだろう。


 タマコは気の毒だが、神成もタカルハとマメルカの説教はまっとうに思えた。

「まぁ、イシュバラの誰が悪いのかとか、何を企んでいるのかとか、調べるべきことが沢山ある。戦うと言ったって、イシュバラに攻め込んで、皆殺しにしたいわけじゃないだろう?」

神成の言葉に、ネコイチとタマコが顔を見合わせる。


「自分の身も守れねぇネコイチと、すぐに熱くなるタマコは、足手まといだ。大人しく盆地で待ってろ。俺達が、情報を集めて帰る」

無遠慮に言い捨てたミナカタは、耳に神成の指が掛かるのを察知した。慌てて咳払いしてから、取り繕う様に再び口を開く。

「あー、何だ……適材適所だ。俺達に任せろ。盆地に帰るにしても、ネコイチには護衛が必要なんだ。タマコが守って連れて帰れ。村にだって、強いお前が必要だろう? ゴリラマンと協力して、しっかり仲間を守れ」

神成の指が耳から離れると、ミナカタは安堵の息を漏らした。


「俺達はどうするのだ? 予定通り、ドラゴンロードへ行くのか?」

タカルハの疑問に、神成はミナカタに目を向けた。イシュバラのことを調べるにしても、直接乗り込んでいいものかどうか判断がつかない。

「そうだな。ドラゴンロードへ行く。情報なら渡りの賢者の里に集まっているだろうから、わざわざ敵の本拠地に乗り込むことはねぇだろう」

頷く神成。


 もはや、念願の離婚が出来るとはしゃげる雰囲気では無い。普段忘れがちだが、神成はミナカタと結婚しているのだ。やたら背の高い凶悪な顔の丸坊主で、しかも頭に三本の傷がある男と。婚姻関係を忘れたくて、ステータスも開けなかった日々…既婚者だと知られるのが怖くて、可愛いネコマン女子にも積極的になれなかった日々…さよならだっ!


「ドラゴンロード、楽しみなのです。あたしはまた、活躍するのですよ」

「またとは何だ。マメ子は活躍などしていないのだぞ」

「したのですっ! あたしが偽尻尾を拾ったおかげで、皆助かったのですよ」

「ただの偶然だろう! マメ子は何も気づいていなかったではないか!」

いつもの二人の言い合いも、独身間近の神成には微笑ましく思えた。これからの大変な日々を支えてくれるような、心優しい可愛い女子との出会いが待っている気がする。まともなヒロインとの出会いに、わくわくが止まらない。


「何が幸いするのか解らないのですよーだ! タカルハさんがお屋敷から拾って来たものも、何かの役に立つかもしれないのです」

マメルカの言葉に、神成のわくわくは霧散した。


「タカルハ……お前、屋敷から何か拾って来たのか?」

「………」

顔を背けるタカルハ。


一番弟子は、確実に何かやらかしていた。

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