第42話 謀略

「あ~ら、結局ネコちゃんに殺されちゃったわね。さっきとは別のネコちゃんみたいだけど。随分大勢で来たのねぇ。まさか、カシーナとクロエを殺すためだけに、15人でやって来たわけじゃないでしょう? 何をする気かしら~?」

ネコミミの連中に取り囲まれた見物人達は、一様に動揺しているようだ。大騒ぎにならずに済んでいるのは、アリーシャ隊長の声音に余裕があるからだろう。


 神成は、かなり動揺していた。ネコミミの連中が何をしに来たかなんて、わざわざ尋ねるまでも無い。見物人達だって、察しているに違いないのだ。


 矢を射たネコマンが、下卑た笑みを浮かべて鼻を鳴らした。

「そんなの、決まってんだろう? 仲間の仇討ちで、人間をぶち殺しに来たんだよ。騒いで逃げようとするやつから殺していこうかなあ。大人しくして、他の奴の陰に隠れていれば、生き残れるかもしれねぇぜ?」

男の言葉に、見物人達が息を詰める。


「ふ~ん、仕返しに来たのね。困ったネコちゃん達だわ。皆、静かにしているのよ~。パニックになったら助けてあげられないわ」

「助ける? 全員は無理だろうなあ」

男が見物人達に矢を構えると、押し殺した悲鳴がいくつも上がる。それを楽しむように、男は弓を左右に振って笑い声を上げる。細身で小柄な男だが、弓の腕前は処刑台の上を見れば明らかだ。矢が向けられるたびに、見物人達の一部が悲鳴を上げてうねっている。

 男の後ろから女のネコマンが現れて、爪で引っ掻くような動作をして見せて笑った。からかって面白がっているような仕草からは、仲間の仇討ちをしようという態度は伺えない。


 焦る神成の後方から、小さな笑い声が聞こえて来た。後ろには処刑台しか無いはずだが、そちら側にもネコマンがいるのかとそっと様子を伺ってみる。やはりネコマンはいない。

笑い声の正体は……処刑台の上にいる赤バラ隊の隊員のものだった。本人は堪えているつもりだろうが、俯いた顔の口の端が上がっている。


 神成は、動揺が収まり、怒りが湧いて来るのを感じた。冷静にならなければならない。何かがおかしい。ここにいるネコマン達は、盆地からやって来た連中では無い。勿論、盆地外にもネコマンは住んでいるだろうが……自分が知っているネコマン達とは雰囲気が違っている。


 処刑台の上や、広場の端に配置されている赤バラ隊の様子を伺うと、武器に手を掛けている者は見当たらなかった。そもそも人数が少ないし、戦う意志も感じられない。もしかして……。


ポーン

―――――――――――――――――――――

ミナカタからカミナリ・タカルハ・マメルカ・ササキへ

マントの連中は、ネコマンじゃないぞ。

アリーシャが仕込んだ茶番かもしれねぇ。迂闊に手を出すなよ。目的が解らん。

―――――――――――――――――――――


ミナカタの手紙に、頷いた神成。そうなのだ、このネコマン達は…恐らく人間だ。


ポーン

―――――――――――――――――――――

タカルハからカミナリ・ミナカタ・マメルカ・ササキへ

どういうことなのだ?

どうすればいいのだ?

―――――――――――――――――――――


見物人達の後方が騒がしくなり、返事を書こうとしていた神成の手が止まる。後方のタカルハ達が気になった神成は、様子を確かめようと処刑台の上に跳び上がった。


「ぼ、僕は関係無いぞ! ネコマンとは仲が良いし、友達だっているんだ。家で子供も待っている、解放してくれ!」

一人の男が見物人の塊から一歩抜け出て、近くの偽ネコマンに懇願しているようだ。

「そうだよ! アリーシャ隊長がいるんだから、どうせあんたたちは逃げられないよ。無茶は止めて、引いた方が良い」

威勢の良い女が、男に続く。詰め寄られている偽ネコマンは、無言で二人を蹴り飛ばし、地面に尻餅をついた二人に剣を振り上げた。


「クソッ、マジかよ!」

脅しには見えない。本当に二人の人間が殺されそうになっているが、神成の位置からでは間に合わない。


ギイィィンッ


偽ネコマンが振り下ろした剣は、タカルハの杖で受け止められていた。

「いいぞ、タカルハ!」

頼もしい仲間の姿に、ホッとする神成。

偽ネコマンが飛び退いて、タカルハから距離を取る。


 緊迫した空気の中、弓師の偽ネコマンの笑い声が降って来た。

「そうか、見物人の中には、冒険者が混じってやがるんだな。そうだなあ、その冒険者から殺してやろうか……おっと、動くなよ。お前が動いたら、見物人に矢の雨を降らせるぞ」

立ち尽くすタカルハ。見物人を人質に取られては、どうすることも出来ない。


 タカルハも見物人も助けなければ。神成は、自分がやらなければと、そう思った。


 偽ネコマンの人数と位置を確認する。1、2、3……アリーシャ隊長が言った通り、偽ネコマンは15人だ。

「タカルハ、動くなよ!」

神成の大声に、タカルハが振り返る。そこには、処刑台の上で腕を高く上げ、空を指差す神成の姿があった。


 神成に注目した広場の人々は、指先をたどって顔を上げ、そこに急速に広がる黒雲を見た。


「おいおいおい、何するつもりだ、ふざけやがって! おい、アイツを殺せ! 処刑台ごとぶっこわせ!」

弓師の偽ネコマンが喚きながら神成に矢を向けた。


瞬間、神成が手を振り落とす。


バリバリバリバリィィィィィ


眩しい光に、轟音。周囲の建物が振動する。



光に目を閉じた人々が恐る恐る目を開けると、偽ネコマンが全員地面に倒れていた。


「カミナリ様、ご無事ですか!? 矢が飛んできたように見えましたが」

ササキが処刑台に駆け寄り、神成の前へ跳び上がる。

「あぁ、俺は大丈夫だ。矢は当たって無い」

神成の足元につき立った矢を見て、ササキがホッと溜め息を吐く。


「倒れたネコちゃんを、全員捕まえなさ~い!!!」

アリーシャ隊長の大声が響き、それを聞いた神成が慌てて口を開いた。

「待てっ! 捕まえる前に、そいつらのネコミミと尻尾を調べるんだ。タカルハ、皆に見せてやれ!」

頷いたタカルハは、倒れている偽ネコマンに駆け寄って、耳と尻尾をはぎ取った。

「皆、良く見るのだ! 耳と尻尾は偽物だ! こいつらは、ネコマンに化けた人間なのだぞ!」

事態を把握出来ずに首を傾げる見物人達の中から、屈強そうな女が一人、倒れている偽ネコマンに近付き、タカルハの真似をして耳と尻尾を引っ張った。

「本当だ! こいつら、ネコマンじゃない。人間だよ!」

見物人達が近くの偽ネコマンに駆け寄り、次々とネコミミをはぎ取って行く。

「耳も尻尾も偽物だぞ。こいつら、何で俺達を殺そうとしたんだ?」

「どうなってんだ…ネコマンのふりをした他の都市の刺客か?」

「人殺しどもがっ」

戸惑いと怒りに、騒ぎ始める見物人達。


「さっさと全員捕まえなさ~い! 後は赤バラ隊が調査するから、見物人達は今すぐ家に帰るのよ~早くしなさ~い! 言う事を聞かない子は、一緒に捕まえちゃうわよ!」

アリーシャ隊長の厳しい声を合図に、どこに控えていたものか、赤バラ隊の隊員達が湧いて来て、慌てて倒れた偽ネコマンを回収し始める。隊員に「帰れ」「邪魔だ」と追い立てられた見物人達は、腑に落ちない表情を見せながらも足早に広場を去って行く。


「おーい、白い人、助けてくれてありがとう!」

一人の見物人が、去り際に神成へ声を掛けた。それを引き金に、次々とお礼の言葉を浴びせられた神成は、困り顔で頬を赤らめながら手を振り返して応じて見せる。パンイチ姿を見られても平気なくせに、感謝されるのは恥ずかしいらしい。


「しかし、すごい雷でしたね。敵だけを正確に狙うとは……感服致しました」

「まぁ、まぐれみたいなもんだな。上手くいって良かったよ」

「ご謙遜を」

「いやいや」

緊張を解いたササキと神成……そこへタカルハがダッシュで駆け寄って来て、処刑台の下で必死な形相で口を開いた。

「師匠~、大変なのだ! マメ子が雷をちょっとくらったようなのだ。魔法を使えなくなるのか!?」

「………」


タカルハの小脇に抱えられたマメルカは、髪がボサボサになっていた。


「くそっ! ササキに褒められたばかりだったのに、マメ子も食らっていたとは。まぁ、今回のはただの感電だから、魔法は使えなくならないけどな」

「それなら良かったのだ。マメ子は師匠の敵性野獣だから、無意識に狙ってしまったのだろう。ふふふ……いい気味なのだぞ」

小脇に抱えたマメルカを地面に放り出し、「目を覚ませ」と頬を叩いて肩を乱暴に揺するタカルハ。魔法を使えなくなるのかと焦っていたくせに、無事だと解れば手荒なものだ。


ポーン

―――――――――――――――――――――

ミナカタからカミナリへ

全員連れて、そこから離れろ。面倒なことになる前に、街を出るぞ。

ミーカの姿が見えねぇ、気を付けろ。

―――――――――――――――――――――


 ミナカタの手紙を見た神成は、上から見下ろしているアリーシャ隊長に目を向けた。こちらに降りてくる気は無さそうだが、じっとこちらの様子を伺っている。

「タカルハ、マメ子に手を貸してやってくれ。移動するぞ」

「解ったのだ」

処刑台から降りようと、アリーシャ隊長に背を向けた神成。

「危ないっ!」

ササキの声と共に、背中を押されて処刑台から突き落とされる。


 タカルハの上に落ちた神成が慌てて立ち上がり、処刑台の上を覗き込むと、うつ伏せに倒れているササキの姿が目に入った。その背中には、ナイフが刺さっている。

「くそっ! ササキ! 大丈夫か!」

処刑台に上がり、ササキを抱えて下へ降りる。

「何だ、どうしたのだ? ササキ? ……ナイフが!」

タカルハが慌ててササキの傷を確認して、治療魔法を開始した。

「だい、じょうぶ、です、うぅっ」

呻き声を聞いて、神成はホッと胸を撫で下ろした。死んでしまわなくて良かった……生きていれば、タカルハが治療してくれるはずだ。

ササキが自分を庇ってくれたことを察して、神成の体が熱くなった。


 処刑台に上がり、ナイフが飛んできたであろう方向に目を向けると、向かいの家の中で揺れる人影がチラリと見えた。

「おい! そこの家の中にいるのは誰だ! 俺を狙ったんだろう? 出て来いよ!」

神成の怒鳴り声に、家の扉が開く様子は無い。


「あ~ら、ネコちゃんの残党でも残っていたのかしら~? 大丈夫?」

「どうせお前の企みだろうがっ!」

アリーシャ隊長のからかう様な声音に煽られた神成は、二階に跳び上がろうと膝を曲げる。

「待てっ! カミナリ、落ち着け!」

神成の肩を押さえつけたのは、息を切らせたミナカタだった。


「カミナリ、今はササキの治療が先だ、安全な所まで移動するぞ。お前がササキを運べ。それとも、アリーシャを殺すつもりか?」

有無を言わせぬミナカタの言葉に、神成は目を閉じて大きく息を吐いた。

「解った……言う通りにするから、ミナカタは処刑台を降りてくれ」

神成の厳しい表情を確かめたミナカタは、仕方が無いというように溜め息を吐いてから処刑台を降りた。


一人、処刑台の上に仁王立ちした神成は、二階のアリーシャ隊長を睨み付ける。

「俺は今、最高にムカついてるからな。俺達を追って来るなら容赦しないぞ。白バラ隊みたいになりたくないなら、大人しくしてろ。次からは、ミーカも見逃さない」

そう言い捨てた瞬間、神成の体を無数の白雷が這いまわり、足元に収束して眩い光を放つ。


ゴガアァァァァァンッ


轟音と光が収まった時、粉々に砕けた処刑台の残骸の中で、神成が悠然とアリーシャ隊長を睨み付けていた。

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