第41話 タマコの想い
正午の中央広場には、人だかりが出来ていた。
行方知れずのタマコ以外、全員で広場にやって来たものの、処刑の見物人らしい人ごみに尻込みして立ち尽くしてしまう。
「公開処刑ってやつか…」
神成の呟きに、ネコイチが憮然として肩を落とす。お祭りムードで明るい声を上げる見物人達を見て、思う所があるのだろう。しかも処刑されるのは、記憶を無くして怯えた二人だ。
「こんなこと…がっかりです。裁く側も見物人も、罪状なんて気にしていないようだ。ただ殺すだけ…ただ、処刑が見たいだけ…そんな感じです」
ミナカタがネコイチの肩を叩く。
「ネコイチ…このまま帰るか? こんな処刑に付き合う必要はねぇぞ」
「そうですね…取りあえず、もう一度、カシーナとクロエの顔を見てから決めます。タマコも見当たりませんし、私だけでも出来る限りのことはしていかないと」
「そうか。それじゃ、ネコイチとカミナリは処刑台に向かえ。タカルハとマメルカとササキは、見物人の後ろで様子を見てろ。俺は近場の高い場所から全体を伺う。各自、何か気が付いたらお手紙で連絡しろよ」
ミナカタの指示に頷いた面々は、指定された場所へと向かった。
人混みをかき分けて処刑台の下にやって来た神成は、呪いのサークレットを外しながら硬い表情をしたネコイチに声を掛ける。
「何かあったら、すぐにネコイチを抱えて逃げるぞ。突然抱えられてジャンプされても、驚かないでくれよ」
「解りました。よろしくお願いします」
タマコの姿を探そうと辺りを見回した神成の耳に、見物人の騒めきが届く。
「アリーシャ隊長だ。今日もお美しい」
「アリーシャ隊長―!」
次々にアリーシャ隊長を讃えるような言葉が響き、人気の高さが伺える。皆の視線を辿ると、処刑台の向こうにある二階建ての屋上に、アリーシャ隊長一行が陣取っていた。向こうも神成の位置に気が付いているようで、遠目にもイヤらしい視線と目が合っているのが感じられる。
「タマコっ!?」
ネコイチの大声に驚いて視線を戻すと、カシーナとクロエが処刑台の上に連行されて来たところで、しかもそこには、いるはずの無いタマコの姿があった。
「ん? なんでタマコがあんな所に…」
「タマコ! なぜお前がそこにいるんだ?」
ネコイチに気が付いたタマコは、あからさまに顔を逸らせた。
「タマコ……自分の手でカシーナとクロエを処刑するつもりなのか?」
神成の言葉に、ネコイチが驚きの表情を浮かべる。
「そんな! タマコ、止めるんだ! そんなことをしたら、黒幕の思う壺だぞっ!」
処刑台にしがみつきながら必死に訴えるネコイチ。その姿を見下ろすタマコは、無表情だ。
神成も複雑な心境でタマコを見つめる。もしかしたら、タマコは最初からそのつもりで旅に同行したのかもしれない。もしくは、昨日実際にカシーナとクロエの姿を見て、我慢出来なくなったのか。どちらにせよ、姿を消していた間にアリーシャ隊長を訪ねて、処刑の執行人を申し出たのだろう。
「今から、処刑を執行する!」
処刑台上で赤バラ隊の隊員が大声を上げると、見物人達から歓声が起こった。隊員が静まる様にと手で制して見せてから、再び口を開く。
「ここにいる『潔癖の白バラ隊』元隊長のカシーナと、元副隊長のクロエは、独断でネコマンを殺害した罪により死罪となった。これより処刑を執行する」
隊員の言葉に、どよめきが起こる。
「それぐらいで処刑されるのか?」
見物人から漏れて来た言葉に、ネコイチが牙を剝いた。
「違う! 都合よく言っているだけだ!」
ネコイチに触発されたように、処刑台の上でタマコも牙を剝く。
「そうよ! 殺害で済まされるようなものじゃないわ! 白バラ隊全員で無抵抗のネコマンに襲い掛かって、43人も殺したのよ! 私たちは子供達を守るのに必死で、反撃も出来なかった」
タマコの悲痛な叫びに、静まり返る見物人達。しかし、話を聞いて同情すると言うより、タマコの怒りに引いているといった表情だ。
「おいおい大丈夫かよ。こっちにまで襲い掛かって来ないだろうな」
笑い混じりの見物人の言葉に、神成が厳しい視線を投げると、男は冗談だと言う様におどけた仕草を返して来る。
その様子を見たネコイチが、処刑台を叩いて必死にタマコを呼んだ。
「タマコ、タマコ! お前にも聞こえただろう! こんな茶番に付き合っては駄目だ……ネコマンが怖がられるだけだぞ!」
見物人を見回したタマコは、歯を食いしばって目をつぶると、下を向いて肩を震わせた。
「さぁ、さっさとやってしまいなさ~い! ネコマンに恨みを晴らさせてやろうという、女王陛下の温情を無駄にするつもりかしら~?」
屋上から見下ろすアリーシャ隊長が、イヤらしい声を張り上げてタマコを促す。
「駄目だ、タマコ。もういいから、今すぐ帰ろう」
ネコイチの言葉に、タマコの体から力が抜けた。
見物人達が、アリーシャ隊長と処刑台の様子を固唾を飲んで見守る中、処刑台から金切り声が上がった。
「だ、誰か、助けてくれ! 私は何も知らない! 何かの間違いだ! 殺さないでくれ―!」
「嫌よ―、何かの陰謀よ―、死にたくない……人殺し―――!」
目を剝いて唾を飛ばしながら訴えるカシーナとクロエの姿に、顔をしかめる見物人達。ガクガクと膝を震わせて、噛み合わない歯をガチガチ鳴らす罪人の顔を、じっと見つめるタマコ。憎い仇だが、削げた頬を痙攣させ、落ちくぼんだ目を見開いている様は、怒りとは別の不快な感情を湧き起こさせる。
奇声を上げたカシーナが失禁した。
タマコは黙って処刑台から飛び降りて、ネコイチの肩に顔を埋めた。
「……私だって、お前の気持ちは解る。よく我慢してくれたな」
抱き合う二人の姿を見て、神成は胸を撫で下ろした。いざとなれば、無理矢理タマコを処刑台から連れ去ろうと構えていたが、その必要は無かったようだ。
ポーン
緊張を解く間も無く、聞き慣れた音と共に眼前に広がった画面を見て、体が硬くなる。
―――――――――――――――――――
ミナカタからカミナリ・タカルハ・マメルカ・ササキへ
気を付けろ、様子がおかしい。
見物人の周りを、怪しい奴らが取り囲んでいる。何かしでかす気だ。
―――――――――――――――――――
手紙を見て慌てて周囲に目を配ると、頭からマントを被った怪しい連中が、見物人を取り囲むように等間隔で立っている。
「タマコ、ネコイチ……様子がおかしい。お前達を避難させるぞ。この場に居たらマズイ気がする」
二人が頷くのと同時に、神成は左右にネコイチとタマコを抱えて跳び上がった。
屋根を飛び越えて離れた路地に着地した三人。
「ネコイチとタマコは、すぐに街から離れた方が良い。取りあえず、最初の日にシーベルを見下ろした丘の上で待っていてくれ」
「解りました」
素直に頷いたネコイチの横で、タマコが不安げに首を振る。
「いったい何が起こると言うの? 私は戦えるから残るわ」
「駄目だ。何が起こったとしても、お前が戦闘に加わったりしたら、どんなことに利用されるか解らないぞ。処刑のことは俺達が見届けるから、タマコはネコイチを守って街を出てくれ。お前達だって、安全じゃないかもしれない」
「……解ったわ。気を付けてね」
神成が頷くと、タマコはネコイチの手を引いて走り出した。
広場に戻ろうと回れ右した神成の耳に、遠くでわめくアリーシャ隊長の声が届く。
「ネコちゃんはどこに行ったのかしら~? 処刑はどうするの? 戻って来ないと、仲間の仇を打てないわよ~?」
顔をしかめた神成は、再びジャンプして屋根を伝い、広場の処刑台前に降り立った。
「あら、ネコちゃん達はどうしたのかしら~?」
「ネコマンは公開処刑には立ち会わないってさ。残酷なことは好まないんだ」
「ふ~ん……そうかしらね~」
含みのある声音に、神成の体に鳥肌が走る。嫌な予感がする。
後方から気配を感じた瞬間、数回の風切り音が通り過ぎる。すぐにドスッという音と、人が嘔吐する時の様な不快な声。
何が起こったのか察した神成がカシーナとクロエに目を向けると、処刑台の上の二人の体には矢が数本突き刺さっており、痙攣しながらガクリと倒れ込むところだった。わざわざ確認しなくても、二人が死んでいることが解る。
矢が飛んできた方向を振り返る。
見物人の後方の建物の屋根に、弓を持つ人影があった。頭からマントを被った姿は、ミナカタが連絡して来た広場を取り囲んでいる連中と同じだ。
カシーナとクロエを殺した弓師がマントを脱ぎ捨てると、見物人を囲んでいた連中も次々とマントを脱いだ。
マントの連中の頭には、ネコミミが生えていた。
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