第40話 一番弟子は偉い

 庭に残されてしまったタカルハとマメルカ。


神成の背中を見送ってつまらなそうに溜め息を吐いたタカルハは、ぶらぶらと庭の隅に足を進めて、手入れされた草の上に腰を下ろした。庭木や花壇には花が咲いていたが、眺めて楽しむ気にはなれない。打って変わってマメルカは、物珍しそうに花を突っついたり、衛兵を眺めて値踏みしたり落ち着きが無い。

「マメ子、じっとしていられないのか? 遊びで来たわけではないのだぞ」

「だって、暇なのですよ」

薔薇の花びらをむしって口に入れたマメルカを見て、タカルハが眉間に皺を寄せた。


「そう言うタカルハさんだって、遊んでいるではないですか」

「何? 俺は座っているだけなのだ。遊んでなどいないのだぞ?」

「だって、ウサを集めているじゃないですか?」

マメルカに指を差されたタカルハが足元に視線を落とすと、ふわふわした白い塊が三つ程くっついている。

「な、何だっ……ウサさんなのだ…。お庭で放し飼いされているのか? 可愛いのだ」

タカルハが手を伸ばすと、ウサ達が競うように頭を擦りつけて来る。

「ふあぁぁあ、人懐っこいのです」

駆け寄って来たマメルカが手を伸ばすと、ウサ達は華麗に避けてタカルハの後ろへ逃げ込んでしまった。

「ふはははは! マメルカは嫌われたのだ」

「……可愛くないのです」


 頬を膨らませてマメルカが離れると、再びウサがタカルハの体に取り付いて、顔や体を擦りつけ、ジャンプする。スリスリ過剰で、必死な懐き具合だ。

「何だ? ちょっと様子が変なのだ……うーん……お前達、ちょっと待っているのだぞ? 大丈夫、すぐに戻って来るのだ」

ウサを体から離して立ち上がったタカルハは、離れたベンチに寝そべっているマメルカへ向けて声を掛けた。

「マメ子―、俺はちょっと小腹が減ったから、近くの店で何か買って来るのだぞー」

「あたしは飲み物をお願いしますー」

ちゃっかり飲み物を所望したマメルカに手を振って頷いたタカルハは、小走りで屋敷の門へと向かった。


しばらくして息を切らせて戻ったタカルハは、手を出すマメルカへ向かって果物を投げ付けた。

「飲み物を頼んだのですけどぉ~?」

「飲み物屋へは行かなかったのだ」

「使えないのです」

「じゃあ、果物を返して、自分で買いに行け」

タカルハの言葉に、マメルカは果物をベロリと舐めて見せた。


 タカルハが庭の端へと戻ると、とたんに三匹の白い塊が寄って来る。座り込んだタカルハは、再び懐きまくっているウサに手を伸ばした。



********************

「師匠~! どういうことなのだ!? なぜ、裸なのだ!?」

「ふあぁぁぁぁあ、ラッキー!!!」

屋敷からパンイチで出て来た神成を見て、タカルハとマメルカが叫び声を上げた。

「……色々あったんだよ。さっさと帰るぞ」

「そ、その恰好で帰るのか? なぜササキも裸なのだ? うぬぅぅ……お、俺も脱ぐのだぞ。師匠が裸で練り歩くと言うのなら、弟子の俺だって…」

「いや、タカルハは脱がなくていいんだよ。修行とか罰ゲームとかじゃないから」


神成の制止は届かず……三人のパンイチ男子は宿への帰路を急ぐ。途中、肉食女子に口笛を吹かれたり、美形男子に顔を背けられたり。

「おいおい、お触りは無しだぞ!」

手を伸ばす女達をたしなめる神成。

「それは残念。これで美味いもんでも食いなよ」

「おー、どうもどうも」

女達から渡される金を、ためらいも無く受け取る神成。赤い顔をしたタカルハとササキには、そんな余裕は無かった。

「やはり、師匠はただ者では無いのだ。全然、恥ずかしがっていない」

「素晴らしい御仁ですっ!」


 前方の路地から、ミナカタが顔を出す。騒ぎを聞きつけて足を向けたのだろうが、パンイチメンズを認めた瞬間に、猛烈な勢いで顔を逸らして足早に遠ざかっていった。


 無事に宿に到着して服を着た面々は、夕食後に話し合いをすることにして、取りあえずは街で観光をすることにしたのだった。



********************

夕食後、神成の部屋に集合した者達。

「師匠、タマコがいないのだ」

タカルハに言われて部屋を見回した神成は、説明を求めるようにネコイチに目を向けた。

「えぇ…部屋にもいないようで…どこへ行ったのか解りません」

「そっか。まぁ、一人で考えたいことがあるのかもしれないな。タマコは大人だから、迷子になったりはしないだろう」

夕食時にも口数が少なかったタマコを心配しつつも、大人相手に大騒ぎすることもあるまいと、神成はアリーシャ隊長との出来事を報告し始めた。


 すっかり話し終えると、タカルハがいの一番に口を開く。

「相談を始める前に、確かめたいことがあるのだ。ササキは任務も終わって、俺達と一緒にいる必要は無くなったのであろう? 大事な相談の場に同席させてやる義理はないのではないか?」

注目を集めたササキは、眉と口の端を下げて、神成へ顔を向けた。


「自分は…カミナリ様と、皆さんとご一緒したい。友人のイヌマンが殺された件や、記憶を奪う石のこともあります。信じていた場所や人からあっさり捨てられてしまった当初は、一人でどこかの田舎にでも行こうと考えていましたが、カミナリ様に会って、自分が知らなかった真実に少しずつ手が届いている気がします。それに、マン達の手助けもしたい…」

「うーん、俺は別に構わないけど。一緒に過ごしてみて、怪しいところとか無かったし」

神成の返事に、表情を明るくしたササキを見て、タカルハはムッツリと口を閉じてしまった。その様子を見て、神成が再び口を開いた。


「まぁ、タカルハは俺の相棒だからなぁ。お前が嫌だと言うのならば、ササキとは一緒にいられないけど……ササキといるのは嫌か?」

神成に真剣な目を向けられて、タカルハは溜め息を吐いてから表情を和らげた。


「……別に、ササキは嫌なヤツでは無いのだ。ただ、簡単に信用するのは危険なのだぞ。師匠は人が良いから、俺がしっかりしなければ、付け込まれてしまうのだ…」

「そうだな。頼りにしてるよ」

「何でもします! 信用して頂けるように、出来ることは何でも致します! ずっと見張って頂いて結構ですので、どうか同行させて下さい」

ササキがタカルハに向かって深々と頭を下げる。

「解ったのだ…イヌマンは悪巧みに向かない性格だし。ただし、いつでも俺が見張っているのだぞ! それに、師匠に弟子入りしようなどと考えるなよ。師匠の弟子は、一番弟子の俺が決める!」

「はい、有難うございます!」

「いや、ササキは弟子入り志願じゃないだろう…それに、一番弟子にそんなに権限があったとは知らなかったよ」


 タカルハがまだまだ言い足りないと言う様に前のめりになった所で、黙って様子を見ていたミナカタが、欠伸を噛み殺しながら口を開いた。

「もういいだろ。ササキはイシュバラに詳しいし、役に立つだろうが。カミナリに従いてぇって言うんなら、好きにさせとけよ。下らねぇことしたら、俺が始末してやる」

嫁の厳しい視線に射抜かれたササキが、神妙に頷いてみせる。ひと悶着あったが、取りあえず、ササキが仲間になった。神成としては、お馬鹿なタカマメコンビや口の悪い凶暴な傷坊主よりも、常識人のササキの方が接しやすいというのが本音だ。


「それよりも、白バラ隊の奴らの記憶が消されていたことの方が問題だろうが」

「そうなんです……とても嫌な気分になりました」

ミナカタの言葉に、ネコイチが力無く頷いた。

 肩を落とすネコイチの姿を見て、神成の頭の中にカシーナの怯える様が思い出された。激怒したタマコの体を止める程、カシーナの悲鳴は異常だった。

「カミナリ、どう思う?」

「うーん、記憶を消されたってことは、ネコマン殺しは白バラ隊の独断じゃなかったってことだろ。口封じをされて、しかも簡単に切り捨てられたんだ」

「だろうな。イシュバラの上の連中は、相当あくどいぞ。明日の処刑とやらも、油断出来ねぇな」

「処刑ですか…死んで当然の連中だと思いますが…何の自覚も無く死ぬなんて。何を裁いているのか解らない。酷いですよ…納得出来ません」

 肩を震わせるネコイチを見て、皆が黙り込んだ。


掛ける言葉が見つからない。同じネコマンのタマコがいれば、ネコイチと複雑な心境も話し合えただろうにと、神成は部屋を見回した。意外にも、いなかったはずのタマコの尻尾を床に見つけて、はっとして目を止めた。

「タマ……おい、マメ子。その尻尾は何だ」

タマコの尻尾だと思ったものは、マメルカの尻に続いていた。


「ふふふ、やっと気付いてくれたのですね。お屋敷の庭で拾ったのですよ」

「気持ち悪っ! 何の尻尾なんだよ。生ものか? そんなもん拾ってくるなよ」

「作り物なのですよ」

タカルハが無言で、マメルカの偽尻尾を引きちぎった。大袈裟に悲鳴を上げたマメルカに、ミナカタが拳骨を食らわせる。


「とにかく、最近、柄の悪い連中が屋敷に雇われたという噂も耳にしたし、明日は注意した方が良さそうだ。てめぇら、ちゃんと戦いの準備もしておけよ」

ミナカタの厳しい口調に、皆がしっかりと頷いて見せる。

 処刑を見届けるだけのはずなのだが…神成は、そもそも処刑がどのように行われるのか想像出来なかった。


 それぞれの思いを胸に、マメルカ以外は寝付かれない夜を過ごす中、タマコは宿に帰って来なかった。

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