第39話 風呂上がりの正装

 タカルハが東の大陸の人間だと判明した翌日、ササキに案内された一行は、ひと際大きくて立派な建物へとやってきていた。ミナカタだけは、別行動で情報収集をするとのことで、一人でどこかへ行ってしまっていた。


「おい、ちょっと待て、全員は通せない。そっちの小さい女とでかい男は、庭で待っていろ。アリーシャ隊長は醜い者がお嫌いだからな」

門番の無礼な言葉に、指を差されたマメルカとタカルハが険しい表情を浮かべて口を開いたが、神成に手で制されてしまう。

「穏便に行こう。俺達はネコイチ達の付き添いなんだから、もめ事を起こすような真似をしては駄目だ。悪いけど、マメ子とタカルハは庭で待っていてくれ」

神成の言葉と、申し訳なさそうに頭を下げたネコイチを見て、二人は渋々庭に残ることになった。


 白壁の豪華な屋敷を進むと、金縁の大きな鏡や、如何にも高そうな分厚い赤いカーテンなど、目に映る物全てが高級見える。一般庶民の神成は、うっかり足を滑らせてそこらの物を壊そうものなら、どれだけ高額の請求書が届くものかとハラハラしていた。


 辿り着いた広間の突き当りには、ソファに座る赤髪の女と、それを取り囲む数人の美形の男の姿があった。


「あら、久しぶりじゃない~。タカヒトちゃんだったかしら?」

声を聞いて、神成の体に震えが走る。記憶通りの不快なアリーシャ隊長が、目の前のソファーに足を組んでふんぞり返っている。すぐ隣に立っているのは、仮面とマントを脱いだミーカ副隊長だ。

「あんたに会うのは久しぶりだけど、そっちの副隊長には何度か会ったぞ」

「あら、そうなの。初耳だわぁ~」

アリーシャ隊長の芝居がかった口調に合せるように、ミーカが身に覚えが無いというように肩をすくめて見せる。

「そうか、俺の気のせいだったのかもな。副隊長が隊長の命令も無しに、遠方でウロウロしてるわけないもんな」

「そうよ、タカヒトちゃんは、お利口さんね~」

ニヤリと口元を歪めたアリーシャ隊長と、眉間に皺を寄せた神成が睨み合う。


 空間の緊張を破ったのは、ノックの音だった。扉へ向かったミーカが戻って来て、アリーシャ隊長に何事か耳打ちする。

「入りなさ~い!」

アリーシャ隊長の言葉を聞いて、神成、ネコイチ、タマコの視線が扉へと向けられた。


 扉から、赤バラ隊隊員の男が顔を出す。その後ろには、揃いの粗末な服を着て鎖に繋がれた人間が二人…。

「貴様っ! 貴様――っ!」

とたんに、唸り声を上げて牙を剝くタマコ。その様子を見て、神成も誰が連れてこられたのか察した。みすぼらしい服装と汚れた体ですぐには気が付かなかったが、鎖に繋がれているのは、『潔癖の白バラ隊』のカシーナ隊長とクロエ副隊長だ。

 正確には、元、隊長副隊長だろう。今の二人は、薄汚れた囚人にしか見えない。


タマコが牙を剝き、魔法の爪を伸ばす。跳びかかろうと上体を沈めた所で、慌てて神成が羽交い絞めにして止めた。

「タマコ、落ち着け! タマコ!」

「離せっ! 殺してやるっ!」

神成の腕を逃れようと、暴れるタマコ。

「タマコ、暴れないでくれ! 力を入れすぎると、お前に怪我をさせてしまう!」

力の加減が苦手な神成は、何とか怪我をさせずに抑え込もうと必死だ。


 ネコイチが静かにタマコの眼前に立ち、黙ったまま暴れるタマコの目をじっと見つめる。そして、一呼吸おいてから口を開いた。

「堪えろ、タマコ。堪えろ」

絞り出すような声を聞いて、タマコの体が止まる。

ネコイチは、体を震わせて拳を強く握りしめていた。タマコは、その様子に気付いたのだろう。


「ひぃぃぃぃ―――、何をするんだ、そこの獣に殺させるのか!?」

金切り声を上げたのは、鎖で繋がれたカシーナ隊長だった。怯えた様子で、背中を丸めて頭を抱えている。隣のクロエ副隊長も、膝を震わせて歯をガチガチ言わせていた。

 二人の怯え切った様子に神成の手が緩んだが、拘束を解かれたタマコが動く気配は無い。神成もネコイチもタマコも、体を震わせて引きずられるようにアリーシャ隊長の元へ連れて行かれるカシーナ達を目で追っていた。


「な、何だ、何をさせるんだ、知らない、知らないぞ! 私は何も解らない!」

「黙りなさ~い、みすぼらしいカシーナ」

アリーシャ隊長が、眼前に引き倒されて金切り声を上げるカシーナの肩に足を載せる。

「そっちのネコマンは、もういいのかしら? ここで殺してしまってもいいのよ~?」

そう言って、真っ赤な唇の端をペロリと舐めた。

 舌打ちしたタマコを見て、神成も険しい顔でアリーシャ隊長を睨み付ける。ここで感情を爆発させれば、アリーシャ隊長を楽しませるだけだ。


 ネコイチが、ゆっくりと息を吐き出してから口を開いた。

「殺したりしません。我々ネコマンは、殺さない。各地に散らばっている同胞の為にも、人間を殺して関係を悪化させないようにしようと決めたんです。あなた方イシュバラの人間が己の仲間の行為を罪深いと認めているのなら、その証拠に、あなた方の手で仲間を裁いて見せるのが筋でしょう」

「ふ~ん…私はどっちでもいいのよ~。カシーナは元々好きじゃないし」

ネコイチとアリーシャ隊長の声音の温度差に、神成が拳を握りしめる。


「なぁ、そっちのカシーナとクロエはどう思ってるんだ。随分怯えてるみたいだけど、自分達がやったことがどれだけ酷い事か、ちゃんと理解させたのか?」

神成の言葉に、ミーカ副隊長が馬鹿にするように鼻を鳴らし、アリーシャ隊長は声を出して笑った。

「笑っちゃってごめんなさいね~、理解なんて言うものだから。ミーカ、説明してあげなさ~い」

「はいっ! 『潔癖の白バラ隊』は、正体不明の落雷に遭い、魔法の恩恵が受けられなくなると同時に、記憶喪失になったのだ。何も覚えていないのに、理解など出来るわけないだろう」

「は? 記憶喪失? 白バラ隊全員か!?」

「そうだ」

 困惑する神成と、神妙な視線を交わすネコイチ、タマコ。白バラ隊全員が記憶喪失とは初耳だ。


 事情を悟って、目を細める神成。 記憶喪失の話は、嘘だ。

 

 白い雷をぶち込んだ本人なのだから、記憶喪失が雷のせいではないことは解っている。そもそも、記憶喪失になった者達が、どうやって都に帰ったというのだろう。しかし、異様に怯えた様子を見る限り、記憶喪失のふりをしているとは思えない。


 記憶を奪う石を使われたのだ……そう考えるのが自然だろう。


「因みに、カシーナとクロエ以外の隊員は、全員処刑を済ませた。隊長と副隊長の処刑だけは、ネコマンの為に遅らせていたのだ。女王陛下の温情に感謝するのだな!」

ミーカの偉そうな視線と口調に、神成が唇を噛みしめる。腹が立って仕方が無いが、怒りに任せて口を滑らせるわけにはいかない。


「それでは……、白バラ隊の隊員は、己がどんな罪を犯して処刑されるのか、反省も後悔もしないままに死んだということですか?」

ネコイチの言葉に、だから何だと言う様に、「だろうな」と答えたミーカ。その様子を見て、アリーシャ隊長がクスリと笑った。

「反省も後悔も無いけれど、ネコマンにとっては良かったんじゃないかしら~? あなた達のお仲間と同じように、悪いことをした覚えも無いのに、いきなり処刑だと言われて殺されたのよ? いい気味じゃな~い?」

「……やめろ、胸糞悪い。余計なことを言うなよ」

たまらず吐き捨てた神成を見て、いっそう楽しそうにアリーシャ隊長の口元が歪む。



 張り詰めた部屋の空気を切るように、後ろに控えていたササキが、アリーシャ隊長と神成の間に進み出た。

「アリーシャ隊長、面会はこの辺でよろしいのではないですか? ネコマン立ち会いの処刑はいつになるのでしょう?」

「ササキ、でしゃばるな。お前の役目は、ネコマンをここに連れて来ることで終わったんだよ。アリーシャ隊長に話し掛けるような無礼は許されないぞ!」

ミーカ副隊長の嫌味な声に、ササキは眉一つ動かさずに、素直に頭を下げて謝罪する。


「あ~ら、いいわよ。ちゃんとお使いを果たして、ネコちゃんを連れて来たみたいだし。処刑は明日行うわよ。こっちはずっ~と、準備を整えて待っていたんだから。さっさと済ませちゃいましょ~」

「明日……」

急な話に、動揺する神成。ネコイチとタマコに視線を投げると、二人ともどうとも判断がつかないといった様子だ。処刑の立ち合いに来たのは確かだが、記憶喪失の囚人の姿を見てしまっては…どうにもすっきりしない気持ちでいっぱいだ。


「それじゃ、明日の正午に中央広場に来てちょうだ~い」

神成達は返事をしなかったが、アリーシャ隊長は気にせずに話を切り上げてしまったようで、お付きの隊員に赤ワインを持って来るようにと指示している。


「囚人を牢に戻せ! そっちのネコ達も帰るのだな」

ミーカの言葉に、タマコの耳がピクリと動く。

「取りあえず、宿に戻って話そう」

慌ててタマコの肩に手を置く神成。これ以上ここにいても、良いことは無さそうだ。

 半ば押し出すように神成が帰路を示し、一歩踏み出した面々の背中を、再びミーカの声が留めた。

「あぁ、帰る前に、ササキは隊服を脱いでいけ。もう黒バラ隊じゃないだろう?」

「え? あぁ、はい。着替えを用意しておりませんので、宿で着替えて隊服を返却に参ります」

「それは駄目だろう。もう隊員じゃないんだから、今ここで脱いでいけよ。着替えを持って来なかったお前が悪い」

ポーカーフェイスだったササキの顔が、ピクリと一度痙攣する。


「おい、ミーカ。お前、俺に服を破られた恨みをササキで晴らす気かよ…」

神成の頭の中に、「あぁ―――ん!」というミーカの悲鳴がこだまする。

「…恨みなんて、言いがかりだ」

鼻を鳴らして目を細めたミーカに、神成が聞こえるように舌打ちして見せる。


「よーし、解った……俺が脱ごう。ミーカもその方が気分が良いだろう。服をはぎ取ったぐらいで、いつまでも恨まれちゃ堪らん!」

有言実行。迷い無く、服を脱ぐ神成。地球の男の風呂上がりの正装…パンイチで仁王立ちする。

「あ~ら、素敵!」

アリーシャ隊長のイヤらしい視線に、鼻息を一つ吹き出して応える。

「男のくせに、破廉恥なっ!!」

顔を歪ませるミーカに、鼻を鳴らす。神成にしてみれば、パンイチなど何のダメージも無いのだ。こちらの世界の人間にしてみれば、女がパンイチになっているぐらいの衝撃なのだろうが、育ちが違ければ恥ずかしくも何とも無い。露出満点のアリーシャ隊長の恰好の方が、破廉恥指数はずっと上だ。


「さぁーて、帰るぞー。宿までパンイチで帰るけど、捕まえたりしないでくれよ? ミーカ副隊長のご命令なんだからなっ!」

回れ右した神成の横で、ササキが帽子を脱いで床に叩きつけた。上着、シャツ、ベルト……次々と脱ぎ捨てて、床に叩きつける。

「帰りましょう」

パンイチになったササキに言われて、神成は少し笑ってから足を踏み出した。

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