臨海都市シーベルだ

第38話 海産まれじゃなかった

 謎のお手紙が届いた翌朝、チョーリン寺の門前に集まった神成一行は、温かい見送りを受けていた。味方マンの怪しいお手紙についてだが、神成はしばらく黙って様子を見ることに決めたのだった。


「まだまだ話し足りないが、重要な旅のようだし、引き留めるのは無粋であろう。せめて、これを持って行け!」

師匠チョーリンが満面の笑みを浮かべながら、神成の左胸の辺りに手を伸ばしてゴソゴソし始める。やがて手が離れると、胸に金のバッジが付けられていた。同様に、タカルハとマメルカの胸にもバッジが付けられる。

「これは、師匠チョーリンの『剛の者バッジ』だ! 我らに勝利した三人に与えよう。わしに認められた剛の者として、臨海都市シーベルで役に立つこともあろう」


 金色に輝くバッジに目を落とした神成は、彫りの深い師匠チョーリンの顔が施された造形美を認めて口を噤んだ。

「ふぁあああ、ダ…むがっ」

マメルカの口を、慌てて手でふさぐ神成。みなまで言わずとも、言いたいことは解る。ちっちゃな野獣は、本人を目の前にして、ダサイと言い放とうとしたに違いない。

「すごいのだっ! かっこいいのだぞ! ありがとう、なのだぞ」

目を輝かせてバッジを撫でているタカルハに、神成は満面の笑みで親指を立てて見せた。センスはともかく、一宿一飯の恩に報いる満点の反応だ。


「宴会と寝床に、土産までもらってしまって、すまないな。これからもよろしくな、師匠チョーリン」

神成が差し出した手を、強く握り返す師匠チョーリン。

「良い出会いだ! また今度、手合わせしようではないか。それに、イシュバラの件について、わしも出来る限りのことをしようと思う」

「何をするんだ? 一人で危険なことはしないでくれよ?」

神成の不安げな顔に、師匠チョーリンは優し気に頷いて見せた。

「うむ、無茶はせん。各地の師匠に連絡して、師匠会議を開こうと思う。一度話し合ってみた方が良かろう。その時は、神成にも参加してもらうぞ!」

「えぇ――…うん、いいけど…場違いだろうな…」

「そんなことは無い。お主も師匠だろう。なぁ、一番弟子のタカルハよ」

「そうなのだぞ! 立派な師匠なのだ」

鼻息を荒くするタカルハに、溜め息を吐いた神成を見て、師匠チョーリンは眉毛をぐいっと上げてからイタズラっぽく笑って見せた。


「それじゃあ、またな。色々有難う!」

「おぅ! 会議の件はお手紙で知らせるぞ! 達者でな、がはははは!」

それぞれに別れを惜しみ、礼を言って歩みだす面々。道草になってしまったが、ネコマン達に非道を働いた『潔癖の白バラ隊』の処刑に立ち会うために、臨海都市シーベルへ向かわねばならない。



********************

 柔らかい草がそよぐ、小高い丘の上。遥か眼前には、ひたすら青い地平線。目を落とせば、白い壁に囲まれた、これまた白い建物の群れ。

「ふあぁぁぁぁあ! 絶景なのですっ! 臨海都市シーベルなのです! 真っ白で大きくて綺麗な大都会ですよ!」

「すごいのだっ、白いのだっ! 大きな船も見えるのだぞっ!」

ぴょんぴょん飛び跳ねながら、手を取り合ってはしゃぐマメルカとタカルハ。大人達は、心地良い潮風と白い都市に目を細めて口元を緩める。

 師匠チョーリンの元から順調に旅を進めた一同は、無事に臨海都市シーベル近郊に到着していた。


 神成は、テレビで見たことのある地中海辺りの島を思い出していた。はるばる異世界に飛ばされておいておかしなものだが、今更、遠い外国に旅行にでも来たような気分になってテンションが上がる。

 ササキが、はしゃぐ二人をたしなめるように咳ばらいをしてから口を開いた。

「シーベルに着く頃には、夕方になっているでしょう。今日は宿を探してゆっくりして、明日、『苛烈の赤バラ隊』を訪ねましょう」

「そうだな…って…え? 赤バラ隊?」

スルー出来ない言葉に、神成が眉間に皺を寄せる。

「はい。臨海都市シーベルは、実質、魔法都市イシュバラが統治していて、『苛烈の赤バラ隊』が駐屯しているのです」

「マジかよ…うわぁ…。じゃあ、俺の命を狙いまくっているミーカと、その親玉のアリーシャ隊長とやらがいるのか」

予想外の再会に、全く心が躍らない神成。美しい都市の遠景も、心なしか光を失ったように見える。


 神成と『苛烈の赤バラ隊』との出会いは、最悪だった。異世界に来て、初めて出会った人間達だったが、何一つ良い印象が無い。

 神成の記憶の中のアリーシャ隊長は、赤い鎧を身に着けた赤髪のグラマーな女で、やたらと露出が多くて、話し方もねっとりとしたエロい感じだった。華奢な美形男子ばかりをはべらせて、神成にも「可愛い坊や~」だの、「タカヒトちゃん」だのと馴れ馴れしい口を聞く、生理的に無理な女だ。

 何より、不可抗力で服をはぎ取ってしまったミーカ副隊長が、慌てて乳首を隠しながら叫んだ「あぁ―――ん!」という不快な声が耳の奥にこびりついている。


「うわぁ~~、最悪だ。会いたくねぇ…気持ち悪っ!」

鳥肌を立てて身震いする神成を見て、ミナカタが呑気に背中を叩いた。

「まぁ、我慢するこったな。切れて雷をぶち込んだりするんじゃねぇぞ」

他人事のように神成をからかうミナカタだが、神成にしてみれば、石を投げつけてミーカを気絶させたミナカタのほうがよっぽど過激だ。

「鬼嫁…お前の方が、よっぽど粗相しそうだからな。『苛烈の赤バラ隊』の不快指数はすごいぞ。ブチ切れて拳骨を叩き込むんじゃないぞ」

「鬼嫁はてめぇだろう。俺は大人だ、わきまえている」

子供に拳骨をぶち込みまくる賢者に、神成は嫌な予感しかしなかった。



********************

「で、どうしてこうなった…」

臨海都市シーベルに到着した一行は、かなり豪華な宿屋を確保して、一階のレストランで御馳走と向かい合っていた。

 大満足なはずなのに、神成の声は不満気だ。

「申し訳ありませんっ! マメ子さんがお勧めの場所を調べてあるからと言うもので、お任せしてしまったのです…」

「うん、ササキは悪くない。豪華な宿で、御馳走も最高だからいいけどね、別に…」

「良くないのだ…何か、微妙なのだぞ…」

「ふあぁぁぁぁあ! 最高なのですっ! さぁ、飲み物のお代わりを注ぐですよっ」

隣に座る美形男子に、コップを差し出してご満悦のマメルカ。同じように、タマコも美形をはべらせてご満悦の様子だ。


 ここは、女子得のお宿。神成からすると、向こうの世界のホストクラブのようなサービスが受けられるレストランのようだ。美形男子達は、スーツでは無く、ちょっと露出の多い格好をしているし、他の客は女ばかりだ。


「まぁ、いいけどね…でもさ、イヌマン女子が接待してくれるお店とか無いのか?」

「都会ですからね、ありますよ」

「マジかっ、楽園だろ、それ! 飯食ったら行こうぜ!」

ササキの返答に、身を乗り出す神成。タカルハも乗り気のようで、頻りに頷いている。

「大人数で何泊するのか解らないのですから、無駄遣いは良くないのですよっ!」

偉そうに鼻息荒く言い放つマメルカに、男性陣は無表情で殺意を覚えた。


 マメルカは、美形男子にちやほやされていた。金を払う客だからというせいもあるのだろうが、どうやら『剛の者バッジ』が効いているようだった。シーベルに入ってから、マメルカやタカルハは奇異な目を集めていたが、そういう輩が胸元のバッジを見つけると、とたんに態度を変えたのだった。

「剛の者バッジって、すごい威力があるんだな…」

神成の呟きに、ミナカタが鼻を鳴らした。

「そりゃそうだろ。師匠チョーリンが認めた印だぞ。へっぽこ師匠のカミナリとは、威光が違うんだよ」

イラッとした神成だったが、かく言うミナカタも渡りの賢者として尊敬の眼差しを向けられていたことを思い出し、黙って御馳走を堪能することにする。


 森にこもっていた神成にとって、海の幸は久しぶりだ。地球の魚介とは少々見た目が違うものの、鯛っぽい焼き魚は、白く柔らかい身からほわりと湯気を立て、伊勢海老っぽいエビは肉厚でいかにも弾力がありそうだ。

「師匠、これをかけると美味いのだぞ」

焼き魚に振られたのは、タカルハ特製の乾燥ハーブ入り岩塩だ。

「あぁ、もっと美味くなった」

充分満足だが、醤油を恋しく思った神成は、今度タカルハに話して一緒に作ってみようかな、などと考えていた。


「でも、そちらの男性は珍しいですね。東の大陸の人じゃないですか? 前にもあなたのような肌の人を見たことがありますよ」

不意にタカルハを指差したホストの男の言葉に、全員の動きが止まる。

 何を言われたのか解らない面々の中で、ミナカタが訳知り顔で大げさに溜め息を吐いた。

「あぁー、言うの忘れてたわ。そうだな、タカルハは東の大陸の人間だ」

「東の、大陸? 俺は、海から産まれたか、船から落ちた赤ん坊なのだぞ?」

タカルハは、海産まれの可能性を除外していなかったようだ。


 理解出来ないというように首を捻っている弟子に代わって、神成が話を進めることにする。

「東の大陸って…ドラゴンロードの話を聞いた時に出て来たな。確か、魔法が使えない大陸だっけか?」

「あぁ、そうだ。東の大陸の人間は、タカルハのように肌が褐色なんだ。西の大陸と違って、男はガタイも良いし力も強い。タカルハみてぇな男が標準だな。こっちの大陸では、東の人間を魔法が使えない野蛮人なんて呼ぶやつもいるが、あっちは魔法が使えない分、機械や何かがかなり進歩している。医学や化学の発展も魔法に負けないレベルだ」

ミナカタの説明から、神成は東の大陸の様子が用意に想像出来た。文明のレベルは解らないが、要するに、東の大陸は地球に近い発展を遂げているのだろう。


「そう、なのか…俺は、東の大陸の人間なのか…。それでは、東の船から落ちた赤ん坊なのだろうな。だが、俺は魔法が使えるのだぞ?」

「そうだな。だから、お前は特別なんだ。こっちの大陸にも東の人間はやってくるが、魔法を使える者はいないと聞く。だが、お前の事情からすると…東の人間も西で育てば魔法が使えるのかもしれねぇな」

「そういうことに、なりそうなのだ…」

浮かない顔のタカルハを見て、神成はテーブルの下でミナカタの太ももをつねった。声を上げそうになるミナカタに、追い打ちをかけるように厳しい視線を投げてからタカルハを見るように顎をしゃくって見せると、察したようにバツが悪そうに坊主頭をつるりと撫でた。


「まぁ、何だ……東の人間だと解れば、色々調べようもあるだろう。いっそ、カミナリと一緒に向こうの大陸に冒険に行くってのもいいんじゃねぇか? ドラゴンロードに行っちまったら、また目標が無くなるんだし」

お気楽で無責任なミナカタの言葉に、タカルハが顔を上げて目を輝かせた。

「そう、か…そうなのだな。それはすごいのだぞ! 向こうの大陸まで行くなんて…すごいのだ!」

「そうだな。俺も東の大陸には興味があるし…いつか一緒に行ってみるか」

神成がそう言って笑うと、タカルハも満面の笑みを浮かべた。


「あたしも行くですよっ! 男が強い大陸…もしかして、向こうでは小柄なあたしは大人気なのではないですか? モテモテなのではないですかっ?」

鼻息を荒くするマメルカに、神成も衝撃を覚える。

「そうだぞ! きっと向こうには、ネコマンやイヌマンのような、可愛らしい女子がいるに違いない。タカルハもモテモテだろうな」

神成の言葉に、テンションが上がるタカルハ。


「まぁ、華奢でお綺麗なカミナリはたいしてモテねぇだろうがな」

ミナカタの一撃に、神成のわくわくは一瞬で鎮火させられた。

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