第37話 不思議な手紙
「騒がしくてすまないな、師匠チョーリン」
神成の言葉に、師匠チョーリンが豪快に笑う。
「愉快愉快! 弟子たちも楽しんでおる。普段は厳しい修行ばかりなのだ。客人と羽目を外すのも良いだろう。元々、女に相手にされない男たちが、精神と肉体を鍛えようと集った場だ。師匠カミナリの連れている型破りな女達と騒ぐのが楽しいのだろう」
神成は、先程からの女どもの醜態を思い出して深く頷いた。
ネコマンのタマコに、女としては小柄なマメルカ。型破りな女と言われれば、返す言葉が無い。神成からすると男らしい筋肉質の男たちが集うこの場所は、この大陸では男らしくない者達の駆け込み寺なのかもしれない。ミーカのような美形男子の集団よりも、神成にとってはよほど馴染み易い男達だ。タカルハもそう感じているのか、師匠チョーリンの弟子たちとすっかり打ち解けて話をしている様子は楽し気だった。
「師匠カミナリよ、お前は随分と面白い仲間を従えているな」
「まぁ、そうなんだけど…成り行きで友達になったんだ。従えているわけじゃない」
「ネコマンに渡りの賢者、特殊な魔法使いに、小柄な弓師か。こんな者達と成り行きで縁を結んだお前は、やはり普通ではないぞ」
「うん、普通では無いよ。強さだって、インチキみたいなもんだ。元々、体も力も異常に強いんだ。詳しくは言えないけど、普通の人間じゃないらしいから」
「うむ……それは手合わせしてみて良く解った」
神成との試合でも思い出しているのか、楽し気な表情で酒をあおる師匠チョーリンを見つめながら、神成の頬も自然と緩む。エルボーの打ち合いなど、暇な高校生が夜中にチェックしていたプロレスの試合さながらで、正直、楽しくて仕方がなかった。
だが、と神成は思わずにいられない。自分は師匠チョーリンのように、長い間苦しい修行に耐えて強さを手に入れたわけでは無い。タカルハは師匠として慕ってくれているが、自分の強さは偶然与えられた幸運で、中身など何も無いのだ。
「なぁ、師匠チョーリン。師匠って何なんだ? 俺はタカルハの師匠になっているらしいけど…正直、ごっこ遊びの偽物師匠みたいなもんなんだよ。あんたみたいな本物の師匠じゃないんだ」
神成の真剣な眼差しに、師匠チョーリンは腕組みをして首を捻った。
「それは難しい問いだな…。そもそも、わしも師匠になろうと思ってなったわけでは無い。徒手空拳を極めんとして、長年修行しただけのこと。齢70で真摯に教えを乞う者が現れ、わしもその者を弟子として心底欲した時に、魔法の理によって師匠と認められ、体が全盛期に戻った」
頷いて聞いていた神成が、ふと動きを止めた。
「ちょっと待った。齢70? 体が全盛期に戻る? ちょっと意味が解らない」
「うむ? そのままの意味だ。ステータスに師匠の文字が現れた時、70歳だった体が40歳そこそこに若返ったのだ。それ以来、齢を取らなくなった。気付けば200年近く、弟子を導いている。育てた多くの弟子達も、わしの元を離れて、先生として教えを乞う者に技を伝授している。その中から新しい師匠が生まれれば、わしは役目を終えるのかもしれんな」
「いやいやいや…それじゃあ、俺もそうなるのか? いや、待ってくれよ。俺はダンディーな大人の男になることなく、ずっと今のまま齢を取れないとか?」
頭を抱えた神成を見て、師匠チョーリンも難しい顔で考え込んだ。
「師匠カミナリの詳しい事情は知らんが、わしと同じ道を辿ると決まっているわけでは無いだろう。この大陸にいる他の師匠どもも、わしと同じようなものだが…師匠カミナリのように若くして師匠となった者はいない。前例が無いという事は、これからどうなるのかも解らんということだ。気に病むだけ損だぞ、ガハハハハ!」
そう言って豪快に笑う師匠チョーリンに、神成は恨めし気な視線を送った。更に、離れた場所でマメルカと取っ組み合いの喧嘩をしているタカルハにも視線を送る。
不詳の一番弟子タカルハは、随分と気軽に神成を弟子にしたものだ。もしも齢も取らずに長生きすることになったら…その想像に、神成は身震いする。
自分は大人になりきっていない体のまま、タカルハばかりが齢を取っていく。この大陸の基準は置いておくとして、タカルハはかなりのイケメンだから、かなりカッコイイ大人になって行くだろう。許せるか…果たして自分に、それが許せるか……否!
神成はお膳に載っていたおしぼりを、遠くのタカルハ目がけて投げ付けた。
タカルハの後頭部に、スパーンッと直撃するおしぼり。組み合っていたマメルカ共々畳に倒れ込むタカルハ。その様子を見た神成は、満足げに鼻から息を出した。
「タカルハめ。あいつがお気軽に俺を師匠呼ばわりするから…」
「そう言うてやるな。あの弟子は、随分と師匠カミナリを慕っておるようではないか。お主を侮辱されたといきり立って、わしに噛みついて来ただろう。それに、誰かに師匠呼ばわりされたぐらいで師匠になどなれはせん。お主が師匠になったのには、他に事情があるのだろう」
師匠チョーリンの言葉に、神成はタカルハの見事な試合ぶりを思い返す。自分などを師匠として慕う必要など無い程、立派な魔法使いに見えた。最初は、真っ直ぐに自分を慕うタカルハに戸惑う気持ちもあったが、異世界に放り出された自分が孤独を感じずに気楽に毎日を送れたのはタカルハのおかげだったのだろうと思う。もしかしたら、タカルハが自分を必要としていた以上に、自分の方がタカルハを必要としていたのかもしれないと。
「まぁ、俺にとってもタカルハは大切な存在だよ。しかし、何だよ、俺が師匠になった事情って?」
「さぁ、わしには解らん。だが、お主がゴリラマンやネコマンの味方をしていることはミーカに聞いた。わしも、イシュバラのやり方には疑問を感じておる。ネコマン殺しなど…許されることでは無い。何か力になれることがあったならば協力させてもらおう」
「そうか…それは助かる。沢山の人間が、ネコマンの味方をしてくれるといいんだけど」
神成の言葉に、師匠チョーリンは眉間に皺を寄せて唸り声を上げた。その表情からすると、大勢の人間達にネコマンの味方になってもらうのは簡単なことではないのかもしれない。
神成は、ネコマンの村の酷いさまを直接見ている…未だに思い出せば気分が悪くなるし、怒りや悲しみに襲われる。だからこそ、ネコマンの味方をするのが当然だと思えるのだが。
「人間は、ネコマンの味方をするのを嫌がるものなのか?」
神成の真剣な眼差しに、師匠チョーリンは少し言い辛そうに言葉を発した。
「いや…嫌がるわけでは無いだろうが……正しい情報が皆に行き渡るわけでは無いし、何より無関心な者も多いだろう。事実を信じる保証も無い。仮に、気の毒だとは思ったとしても、ネコマン相手に何かしてやろうと思うような者がどれだけいるか…」
「そっか…簡単なことじゃないよな。色々事情もあるだろうし」
神成は下を向いて黙り込んだ。
責める気にはなれなかった。神成は思う…自分も同じだと。地球でも、災害やら犯罪やらで、酷い目に遭っている人は沢山いた。自分は子供だったから、そういう人達に何もしてあげられなかったけれど…でも、本当にそうだっただろうか。今思えば、出来ないと諦めて、それを理由にして深く考えることを放棄していたかもしれない。
思い返してみれば、神成の頭に浮かんでくるのはじいちゃんの姿だった。自分自身、両親がいない外人の子供として、一丁前に不幸を背負った気でいたように思う。世の中をひねくれた目で見ていた自分に、じいちゃんが説教をするようなことは無かった。ただ、テレビで災害のニュースを二人で見ている時に、「よく見ておけ、聞いておけ」そんな風に言っていた横顔が思い出される。今にして思えば、きっとその後に、「そして、考えろ、動け」という言葉が隠れていたのだろう。
「師匠チョーリン……俺は特別に強いから、何か出来ることも多いかもしれないし、やらなくちゃならないと思うんだ。色々とちゃんと考えて、本気で頑張ってみるよ。まぁ、面倒臭がりだから、仲間達に尻を叩いてもらいながらだけど」
「うむ…あっぱれだ。わしはすっかり、お主が気に入ったぞ! さぁ、真面目な話はここまでだ! どんどん飲め、食え、笑え! がははははっ!」
豪快に酒をあおって笑う師匠チョーリンに釣られて、神成も大口を開けて笑う。
宴会の馬鹿騒ぎは、夜更けまで続いた。
********************
神成一行は、和室を与えられて眠りについていた。
騒ぎ疲れた面々が、久々の快適な布団で豪快ないびきや安らかな寝息を立てている中、神成だけは眠れずに寝返りを繰り返していた。
ブッ
「マメ子か…」
マメルカの放屁に顔をしかめる神成。
ブッ
「タカルハ…」
マメルカの放屁へ放屁で答えるタカルハに、神成は睡眠中でも争う二人の執念を感じた。
ポーン
予想外の音が聞こえて、神成は瞬間的に目を開いた。
神成の眼前に、お馴染みの説明板が広がっている。
「何だ…お手紙か…」
見慣れた画面は、お手紙えんぴつで送られてきたであろうものだ。お友達からしか届かないものなので、フランシアやロクの顔を思い浮かべた神成だったが、送り人の名前を見て眉間に皺を寄せる。心当たりが無い。
―――――――――――――――――――――
お前の味方からカミナリへ
お前は強いが、力の使い方がでたらめだ。やみくもに拳を振り回すだけでは、魔法を使いこなすことは出来んぞ。
イメージすることが大事だ。どんな攻撃を繰り出すか…切り裂きたければ、刃のイメージ。貫きたければ、細く尖ったイメージ。上手くコントロールすれば、雷撃は形を変えるだろう。
魔法の理を切る天の雷だけは、感情に任せて多様してはならんぞ。
―――――――――――――――――――――
「誰だよ…『お前の味方』って。ナイスアドバイスだけど、味方ぶるやつには要注意だと相場が決まってるんだぞ」
ポーン
―――――――――――――――――――――
お前の味方からカミナリへ
用心深いな、感心だ。確かに怪しかろうが、お前に不利になるようなことは言っていないつもりだ。
―――――――――――――――――――――
「聞こえてるのかよっ! 怖っ! ストーカーか、幽霊か!?」
慌てて辺りを見回した神成だったが、声の届きそうな範囲に人影は無い。
ポーン
―――――――――――――――――――――
お前の味方からカミナリへ
すとーか? とは、何だ?
良く解らんが、幽霊では無い。その内、直接会えることもあるだろう。
―――――――――――――――――――――
「その言い方からすると、俺とあんたは会ったことが無いのか。お友達でもないのに、何でお手紙が送れるんだ? お手紙えんぴつは、お友達にしか送れないはずだろ?」
ポーン
―――――――――――――――――――――
お前の味方からカミナリへ
私は誰にでも送ることが出来る。今日はここまでにしよう。お前にはしなければならないことがあるのだろう?
私の正体を聞いて、新しい問題と取り組むのは時期尚早だ。とは言え、私は物知りなのでな、聞きたいことなどあれば、手紙を寄越すが良い。出来る限り力になろう。
ただし、この手紙のことは秘密にして欲しい。特にミナカタには…。
―――――――――――――――――――――
「それは有り難いけど…一方的だな。特別にミナカタを敬遠したいようだけど、何でだ?」
ポーン
―――――――――――――――――――――
お前の味方からカミナリへ
嫌いだからだ。
―――――――――――――――――――――
「…あ、そう。嫌う程度には知り合いってことか?」
ブッ
返事が来たのかと目を凝らしたが、音違いだった。
事情をすっかり理解しているような、怪しい人物からのお手紙。こちらの声をどこでどう聞いているのかも解らない不気味さはあるが、意外にも神成は好意的に受け止めていた。この世界に来て、頼られるのでは無く、無条件に頼らせてくれる者の存在を初めて感じて、ちょっと泣いてしまいそうな程の安堵感があった。
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