第36話 拳を合わせればお友達
「三回戦、師匠カミナリ対師匠チョーリン! 両者、礼」
勢いよく礼をして、睨み合う二人。
「始め!」
バシュゥゥゥゥゥゥゥン
タマコの合図とともに、耳の奥に響く振動と風圧が波紋のように広がる。
目を閉じてのけ反った観客たち。何が起きたのか認識出来ずに、恐々と目を開くと、神成と師匠チョーリンが拳を合わせたまま停止していた。両者、大きく振りかぶりもせずに打ち出した拳がぶつかり合い、周囲に凄まじい波動を放ったようだ。
ニッと口の端を上げる二人。相手にとって不足なし、といった表情だ。
師匠チョーリンが拳を振り上げる。神成の顔目指して振り下ろされた拳は、予想を反して顔を素通りし、肘が横っ面に叩きつけられた。強烈なエルボーだ。
顔を横に流して体勢を崩す神成。よろける足を踏ん張らせて軽く首を振ると、真っ直ぐに立ち直って鼻で笑って見せる。今度は神成が腕を振り上げて、師匠チョーリンの横っ面に、お返しとばかりに肘を叩き込む。
まともにくらって、よろける師匠チョーリン。だが、倒れはしない。すぐに体勢を立て直し、再び神成へエルボーを繰り出す。避けずに、再び受けて立つ神成。
「チョーリン! チョーリン! チョーリン!」
「カミナリ! カミナリ! カミナリ!」
エルボーの応酬に、両陣営から声援が飛ぶ。
神成も師匠チョーリンも、エルボーでは倒れない。
やがて、鼻息荒く仁王立ちして見せる神成の懐へ、不敵な笑顔を浮かべた師匠チョーリンが飛び込んだ。
「チョーリン流岩砕連打!」
解りやすい技名と共に、神成を襲う連打の嵐。拳だけでは無い。目で追い切れない連打は、足からも繰り出されている。
高速で避ける神成。しかし、手数の多さに押されて、防御する回数が増えて来て、そのままずるずると後退し始める。気付けば岩壁際まで押されてしまっていた。
「チョーリン流加速砲!」
逃げ場を失った神成へ、師匠チョーリンが大きく拳を振り上げた。高速で振り下ろされる拳を避けられそうもない神成。
「師匠!」
思わず声を上げて目をつぶったタカルハは、同時に何かの衝撃に襲われて尻餅をついた。
ゴゥン、ゴゥン、ゴゥン、ゴゥン……
もの凄い音がしたのだろう。
余韻が空間を震わせて、響きがこだましている。
やがて目を開けたタカルハが見たのは、予想外の光景だった。てっきり特大の攻撃をくらった神成が倒れているものと思っていたが、後方に吹き飛んで地面に転がっていたのは師匠チョーリンだった。
「ど、どうなったのだ? 何が起きたというのだ?」
「さぁな…俺にもよく解らねぇ。カミナリは拳も足も出していなかったようだが…」
タカルハの問いに、ミナカタも首を傾げている。
倒れた師匠チョーリンに歩み寄る神成。あと数歩の所まで近付くと、師匠チョーリンが勢いよく立ち上がって腕組みをした。
「がははははっ! 何だ、今の攻撃は。何も見えんかった。あっぱれだ!」
嬉しそうに高笑いした師匠チョーリンを見て、神成も腕組みして仁王立ちして見せる。
「見えないだろうな。たった今完成した新技だ。ヨモツ流格闘術…第三の拳、尻尾拳だ!」
言い放つ神成。
首を傾げる外野の面々…。
「拳なのか尻尾なのか、はっきりして欲しいのだぞ…。そもそも師匠には尻尾など無いのだ」
最もなタカルハの疑問は、神成の耳にも届いていた。
神成の咳払いが響く。
「せ、説明しよう! 師匠チョーリンに防戦一方に追い詰められ、強烈なトドメを食らいそうになった俺は、幻の尻尾的な何かを繰り出して、師匠チョーリンのトドメもろともに吹き飛ばしたのだった」
言い終えて、満足そうに頷く神成。
「ま、幻の尻尾的な何か? 何も解らないのだ」
混乱するタカルハ。
「…リュウマンと修行していた俺は、いつの間にか尻尾的な何かの攻撃も体得していたのだった!」
神成の補足説明が入る。
無言で神成に歩み寄るタカルハとマメルカ。神成の後ろに回り込むと、座り込んで尻に顔を寄せる。手を伸ばして尻を撫でたところで、二人とも神成に耳を摘まれて引き上げられ、つま先立ちになった。
「いだだだだ、し、師匠! 師匠に尻尾は生えてきていないのだ!」
「ふあぁぁぁぁ、良いお尻なのです!」
「お前達…今度俺の尻に好奇心で顔を寄せたら、毒ガスをくらわせるからな」
二人の乱入で、師匠チョーリンと神成の試合の緊迫感は見事に霧散した。
「師匠カミナリよ…、俺達の戦いは引き分けということでどうだ」
「そうだな。もう、戦う空気じゃないし」
歩み寄って握手した二人を見て、タマコが大きく息を吸い込んだ。
「それまでっ! 両者、引き分け」
安堵の表情を見せる神成サイドの面々。
ササキが神成に駆け寄って、タオルで主人の顔やら手やらを忙しく拭き始める。
「お見事でありました、カミナリ様!」
嬉しそうに振られる尻尾を、タカルハがむんずと掴んで握りしめた。
「ゴマすり犬めがっ! こんな尻尾、切ってやりたいのだ。師匠の汗や汚れなど、俺が一瞬で落としてやるのだぞ。おーみず!」
タカルハが杖を振ると、神成の頭上から水がぶちまけられた。
「タカルハさん、これではびしょ濡れですよ。汚れは舐めた方がよく取れるのです」
マメルカが舌を出して神成の顔面に迫る。
「やめろ。ササキはともかく、タカルハとマメ子は面白がって俺のことをいじってるだけだろ。ちゃんと解ってるんだからな…」
名指しされた二人は、途端に顔を背けた。
「納得出来ません!」
ふざけた雰囲気にそぐわない声が響いて目を向けると、師匠チョーリンの女弟子ポリンが、厳しい顔で何かまくし立てているようだ。
「師匠チョーリンが引き分けなどと。あのまま戦っていれば、勝利していたはず! 師匠チョーリンは、全然本気を出していなかったではないですか」
ポリンの言葉に、師匠チョーリンがため息交じりに首を振って見せた。
「見ていて解らんかったのか? ……本気を出していなかったのは、師匠カミナリも同じこと。我らのような者が、殺さぬように人と戦うのは難しい。拳を合わせて理解した。師匠カミナリは、粗削りだが並外れておる。俺より劣っているとは言い難し」
まだ何か言い返そうとするポリンを、手をかざして制する師匠チョーリン。黙って様子を伺っていた神成達に歩み寄ると、厳しい顔をニカッと歪ませて満面の笑みを見せた。
「お前達、気に入ったぞ! もう夕暮れだ。今日は俺の道場に泊まるが良い!」
********************
「うん…名前を聞いた時に、予想はしてた」
師匠チョーリンのお言葉に甘えた面々。やって来たのはお山の中の、立派な門がある木造建築だ。門の看板を見た神成の呟きは、誰の耳にも止まらなかった。
『チョーリン寺』
板張りの道場に通された面々は、むさ苦しい男女に囲まれて、意外にも歓迎ムードの宴会で盛り上がっていた。上機嫌に酒を飲むミナカタとネコイチは良いとして……お行儀悪く騒ぎ出した一角に目を向ける神成。そこでは、ニューフェイスのタマコが大声を出していた。
「かかって来なさいよ、人間のオスメスどもがぁー!!」
落ち着いた常識人に見えたタマコだが、酒のせいか猫を被っていたのか…本性を曝け出して、師匠チョーリンの弟子達を挑発している。だが、喧嘩を始める様子は無さそうで、余興で始めた腕相撲大会が白熱しているだけのようだった。
面白がってタマコに挑む弟子達。
「だっしゃ―――!!」
ネコマンボス候補のタマコの腕は、ビクともしない。次々に相手の腕を叩きつけては、雄叫びを上げている。
「色ボケ猫がぁ――! 女の魅力は力ではないのです」
タマコに絡んだのはマメルカだった。女同士の面倒臭そうなバトルの予感に、神成の表情が渋くなる。
「カミナリ様…身内の恥どもは、自分がたしなめて参ります」
ササキが返事も聞かずに、立ち上がってタマコの元へ向かう。嫌な予感しかしない神成。
「おい、タマコ! 飲み過ぎたぞ。カミナリ様に恥をかかせるな。もっと行儀よくし、」
「ササキぃぃぃ~~~~、おらぁ―――!!」
説教を始めたササキの後ろに回り込んだタマコは、ガッチリとササキの腰に両腕を回して、そのまま後ろにブリッジした。
頭を床に強打したササキは、横たわったまま動かなくなった。
「タマコ~、女は技なのです! あたしの技を見せてやるのですっ!」
マメルカが、床のササキを踏みつけた。この時点で、神成はササキの回収を諦め、キャットファイトには関わらないことに決めた。
「技? 面白い、やってみなさいよ。人間のチビメスがぁー!」
「見せてやりますよ! 男子ども、そこに並ぶのですっ!」
醜い争いに巻き込まれた弟子たちが、横に一列に整列する。マメルカが、ブートキャンプの教官のように、並んだ男たちの姿勢に文句をつけて回っている。
「よーし、それではこれから、あたしが秘儀を見せるのです。男子たちは、動かずにこっちを向いているのですよ!」
「あんた、何するのよ。端から一人ずつ一発で沈めて行くつもり?」
タマコの疑問を、鼻で笑うマメルカ。
「確かに一発で沈めますが…力は使わないのです。あたしは、服の上からでも相手の乳首の位置が一目で解るのです! 今から連続で全員の乳首を押して行くのですよっ」
「そんなすごいこと、出来るわけないじゃない!」
マメルカとタマコのやり取りに、溜め息を吐く神成。ここで突っ込んだり近寄ったりしようものなら、自分の乳首も危うくなる。
「マメ子は相変わらず、下品で馬鹿なのだ! 最悪なのだぞ!」
タカルハが絡んでしまった。マメルカに歩み寄り、いつものように口喧嘩に励んでいる。
一番弟子の乳首の無事を祈りつつ、顔を背ける神成。見なかったことにするのが一番だ。
「行くですよ~! はい、はい、はい、はい、…」
マメルカが、弟子たちを次々と突っつくと、弟子たちの口から可笑しな声が上がっている。
「まさか…直撃だというの?」
驚愕の表情を見せるタマコ。
「下らん。心底下らないのだぞ。タマコも馬鹿なのだ」
タカルハの言葉に、タマコが無言でタカルハを後ろから羽交い絞めにした。察したマメルカが、人差し指を立ててタカルハの前に躍り出た。
「タカルハさんにも、食らわせてやりますよっ!」
マメルカの指が、タカルハの乳首に突き刺さる。
「ふあぁぁぁぁぁ!」
マメルカの指が、おかしな方向を向いて折れ曲がった。
「馬鹿めっ! マメ子の下らん試合を見てから、こんなこともあろうかと備えておいたのだぞっ。御見通しなのだ!」
そう言って服をめくって見せたタカルハの体には、板がくくりつけてあった。
「うん、平常運転。平和だな」
指を押さえて転げ回るマメルカと高笑いするタカルハを見ながら、神成は穏やかな気持ちでお茶を啜った。
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