第35話 マメ子もやるですよ
「さぁ、あたしもやるですよ―――! タカルハさんばかりに、良い格好はさせられませんっ!」
楽し気に鼻息を荒くするマメルカに、皆の表情は微妙だった。
「なんなのですか、その顔は。あたしだって、大漁組の一員なのです。やってやるのです」
「気合十分のようだが、大丈夫なのか? 目が良いことは知ってるけど」
神成の言葉に、マメルカが女性らしからぬしょっぱそうな皺の寄った表情を繰り出した。
「…嘆かわしいのです。あたしを目が良いだけの、ただの頼りになる素敵な美形弓師だと思っていたとは。異性として魅力的だけれど、戦闘では男を守れない軟弱ものだと思っていたとは。見た目も中身も最高だけれど、戦わせるのは気が引けると思っていたとは…」
「いや、お前の思い込みがヘビー級なのは良く解った。好きにしろ、骨は拾ってやる」
「カミナリさん! 同じ墓に入りたいと?」
「……」
無言でマメルカから視線を外し、座り込む神成。もはや突っ込むことすら放棄したタカルハは、仲間達にドライフルーツを配って回っていた。
ドライフルーツをクチャクチャさせながら、マメルカの試合開始を待つ仲間達。
「二回戦、マメルカ対タリン! 両者、礼」
マメルカの相手は、ノーリンよりは細身だが、長身で手足の長い男だ。ただ立っていても、体や四肢がゆっくり揺れているように見える。少々不気味で、落ちくぼんだ目から呪いなど飛んで来そうな雰囲気だ。
「チビな女弓師か…俺はノーリンのように油断はしない。その可愛い顔を、ボコボコに腫れ上がらせてやろう」
「な、何ですって…こんな時に一目惚れの告白とは、肝が太いのです。強敵なのです」
「何を言っている。告白など、」
「始め!」
審判タマコの声が響き、タリンの訂正はうやむやになってしまった。
合図とともにぴょんぴょん身軽に飛び退って、後方の大岩の上に陣取ったマメルカが、挨拶代わりといった様子で矢を構える。
「二手連射!」
放たれた二本の矢は、タリンの手で軽く払われてしまった。
「軟弱な矢の軌道など、簡単に予想がつく。弓師など、間合いを詰めてしまえば終わりだ!」
身を沈めてから地を蹴ったタリンが、一瞬でマメルカの眼前に到達する。そこへマメルカのナイフが突き出される。二度ナイフを突き出しただけで、飛び退って再び弓を構えるマメルカ。
「二手連射!」
矢を叩き落すタリン。
同じ事が何度も繰り返される。違うのは、マメルカのナイフが二度から三度になることがあるぐらいで、後は不毛な追いかけっこのようになってしまっている。仲間達にとっても意外なことに、タリンよりもマメルカのほうが素早いのだ。
業を煮やしたタリンが、ひと際身を低くして、拳を握りしめる。獲物に襲い掛かる前の獣のような雰囲気は、電光石火の大技を予感させた。
地面を蹴ったタリンの速度は、今までよりも早い。しかも、マメルカに肉薄する前に、長い腕を鞭のようにしならせて連打した。不規則に打ち出される左右の手が、マメルカに降り注ぐ。
マメルカは…全て避けていた。頭を振って、腰を捻って。
ラッシュの仕上げとばかりに、蹴りを繰り出したタリン。当然のようにそれも避けられて、マメルカのナイフが三度突き出される。ナイフを避けて後方に下がったタリンが、苛立たし気に舌打ちする。
「貴様…ふざけているのか…?」
タリンの憎々し気な言葉を無視して、マメルカの矢が二本飛んで来る。
「やめろっ、貴様、何のつもりだ!」
今度は三本の矢が飛んでくる。
「くそっ!」
避けながら怒りを露わにするタリン。何やら様子がおかしい。
「貴様! 矢もナイフも…なぜ同じ所ばかり攻撃してくるのだっ!」
「試合中にうるさい人なのです。当たったら楽しい所を狙っているだけなのですよ」
「くっ」
二人のやりとりに、観客席のミナカタが吹き出した。どういうことかと説明を求める視線を受けて、ミナカタが口を開いた。
「マメ子の矢もナイフも、タリンの乳首と股間しか狙ってねぇんだよ。二連撃の時は左右の乳首。三連撃の時は股間にも」
「最悪なのだっ! 下品で意味不明なやり口なのだ」
嫌そうに顔を歪めるタカルハの横で、神成がタリンに憐みの視線を投げている。
「しかし、地味ながら精神的にもきつい攻撃だな。観客にバレたのも痛いだろう。マメ子が攻撃を繰り出す度に、俺達は乳首と股間の心配をしてしまう……プッ」
言いながら笑いを抑えきれなくなった神成の様子に、ネコイチまで肩を揺らし始める。
「笑ってはいかんのだぞ! 下衆なマメ子を諫めなくては!」
「二手乳首連射!」
ぶふぉっ、と良心的なタカルハまで吹き出した。
矢を叩き落したタリンは、真っ赤な顔でわざとらしい咳ばらいをしてみせる。
「く、下らん! 攻撃される場所が解っていれば、ただこちらに有利なだけのこと」
その通りだ。マメルカのしていることは、何一つ攻撃のたしにはなっていない。
気を取り直したタリンは、再びマメルカに詰め寄った。繰り出される拳を避けたマメルカが、お決まりのように素早くナイフを突き出した。
「それまで! 勝者、マメルカ!」
マメルカのナイフが捉えていたのは、乳首でも股間でもなかった。ナイフの先端が食い込んで、タリンの首から一筋の血が流れ落ちている。寸止めしていなければ、命を奪う一撃だ。
負けたタリン同様、観客たちもあっけに取られていた。
「未熟なのです。乳首に気を取られて、首をおろそかにするとは」
マメルカが悪そうな笑みを浮かべる。
「まぁ、マメ子の言う通りだな。やるじゃねぇか、ハハッ」
笑って拍手したミナカタと、戻ったマメルカがハイタッチしている。
「師匠…マメ子は恐ろしいヤツなのだ。俺はちょっと震えが来たのだぞ」
「そうだな…でも、下衆な作戦はともかく、マメ子は普通に強いじゃないか。連打を避けまくってたとこなんか、すごかったぞ」
勝ちは勝ちだと、タカルハと神成が拍手して讃えて見せると、マメルカが鼻の穴を膨らませてドヤ顔を向けて来る。その顔に怒りが湧いたタカルハは、マメルカに跳び付いて鼻の穴にドライフルーツを突っ込んだ。
「師匠チョーリン! 無様な負け方を致しました…申し訳ありません!」
タリンが師匠チョーリンに土下座している。
「うむ…確かに無様。下衆な攻撃と侮り、まんまと知略に乗せられたのはお前の未熟」
「はい。おっしゃる通りです。精進いたします」
黙って頷く、師匠チョーリン。
やり取りを聞いていた神成は、実は師匠チョーリンは中々の好人物なのではないかと思い始めていた。二連敗しているのに、苛立つ様子も見せないし、下品なマメルカの勝ち方にも文句を言う気は無さそうだ。
「よしっ、師匠チョーリン! 俺達もやるかっ」
「おう!」
神成の呼びかけに不敵に笑った師匠チョーリンは、心底楽しそうに見えた。
「お待ちください」
割って入ったのは、師匠チョーリンの弟子の女だった。
「何だ、ポリン」
「師匠チョーリン程のお方に、素性も知れぬ軟弱男の相手をさせるのは弟子の恥でございます。是非、私に試合の機会を与えて頂きたく」
ポリンの言葉に、考え込む師匠チョーリン。伺うような目を向けられた神成は、黙って腕と首を回し、体をほぐして見せた。
そのまま少し離れた崖沿いに進むと、岩の壁に向かって豪快に拳を打ち込んだ。事態を察して、仲間たちがダッシュで距離を取る。
バリバリバリッ、ゴガァァアアン
轟音と振動…粉砕された小石が飛び散る。大きく抉れた穴からは、サラサラと砂が流れ落ちていた。
「これでも弟子の出る幕かよ」
神成に睨まれたポリンは、口を開けて大穴を見上げたまま尻餅をついた。
「久々に血がたぎるっ! 相手にとって不足なし! ガハハハハッ!」
豪快に笑った師匠チョーリンは、神成を見据えてこっちへ来いと首を動かして見せる。軽く腕を回しながら師匠チョーリンに歩み寄る神成。
やがて向かい合った二人。だいぶ日が傾いている。柔らかい日差しは、二人の戦士の影を地面に伸ばし、土埃を巻き上げる風は、好敵手同志が発する高揚感よりも男臭い哀愁を漂わせる。
「手加減など無粋…」
師匠チョーリンは、己の両腕からリストバンドを外し、地面へ放る。
ドスッ
地面にめり込んだそれは、勿論、重りだ。
同様に、腹巻も足首の重りも投げ捨てる。
「そうだな…フフッ」
神成は、呪いのサークレットとガントレットを外して地面に放った。クソ重そうな音を立てて、地面を抉る金属の塊。
男の熱いタイマンが、今、始まろうとしている。
「師匠…なんだかカッコよさげな雰囲気だが、師匠は武装解除しちゃってるだけなのではないか?」
タカルハの疑問に、マメルカが鼻の穴からドライフルーツを吹き出してから頷いた。
「そうなのです。カミナリさんは、武器を捨てただけなのです」
「まぁ、カミナリは調子に乗ると馬鹿だからな。だが、人間相手のタイマンでガントレットを使う訳には行かねぇだろうが。アイツの馬鹿力は骨身にしみてるだろ」
ミナカタの言葉に、タカルハとマメルカは自身の耳を抑えて苦々しい表情を浮かべた。今までに、何度神成につままれたことだろう。そんな二人の様子を見て、ミナカタも耳に手をのばして溜め息を吐いた。神成の調教は行き届いているようだ。
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