第34話 一番弟子は怒ったのだぞ

 旅は順調だった。

 今、この時までは……。


 臨海都市シーベルを目指す面々は、谷間の一本道で、怪しい人間達に通せんぼされていた。


 仁王立ちしてこちらを睨み付けている者達。男が三人、女が一人、道を並んで塞いでいる。男女共に角刈りのような髪型で、柔道着に似た服を身に着けていた。更に、四人の後ろに、ひと際立派なガタイの男が控えている。追剥ではなさそうだが、すんなり通してくれるようには見えない。


「自分は、魔法都市イシュバラの沈黙の黒バラ隊隊員、ササキです。逆らわず、そこを通して頂きたい」

ササキが声を張ると、後ろにいた男が進み出て来て、のけ反る程に豪快に息を吸い込んだ。

「俺は、徒手空拳完全格闘師匠のチョーリンだ! ある者に、カミナリなるものの始末を頼まれた! どいつだ!」

「師匠チョーリン!? なぜこんな所に…」

困惑するササキに、タカルハやマメルカも驚愕の表情を浮かべている。


「カミナリは俺だ! だが、俺は師匠チョーリンに殺される筋合いは無いぞ。何だか有名人みたいだけど」

「お前がカミナリか…見るからに軟弱な男そのものだ。こやつがそれほど強いとは思えんな」

「初対面で失礼なやつだな。お前こそ、それだけデカくて筋肉ムキムキじゃあ、女にモテないだろ。良かったなタカルハ、顔までいかついチョーリンに比べれば、イケメン細マッチョのお前なんて可愛いもんだ。自信を持て」

鼻を鳴らす神成に、タカルハは焦ったように首を振って見せる。

「師匠! その人は、大陸一の徒手空拳の格闘家、師匠チョーリンさんなのだぞ。世界に数人しかいない師匠と呼ばれる人物の一人なのだ。強くて偉くて恐れ多いのだ!」


 世界に数人しかいない師匠と呼ばれる人物……軽々しく神成を師匠に祀り上げたタカルハが、恐れ多いとのたまうとは…神成は突っ込む気にもなれなかった。

「で、何なんだよ。師匠チョーリンは俺を殺す気なのか?」

「いや、殺さん! 赤バラ隊の副隊長なんぞの頼みを聞いてやる義理は無いからな。ただ、かなりの強者と聞き、勝負しに出向いたのだ」

「ミーカの差し金か…面倒臭いな」

数日前、ミナカタが石を投げつけて気絶させ、そのまま放置してクソ野郎と追い返したミーカ。思い返しても、恨まれて当然だ。もともと命を狙われているようだから、名前を出されても驚く程のことでも無かった。


「師匠…、いくら師匠でも、師匠チョーリンに勝つのは厳しいのではないか?」

師匠を連発するタカルハに、神成が溜め息を漏らした。

「いや、別に負けても平気だろ。殺す気は無いみたいだし。そんなに強いのなら、折角だから俺も全力で戦ってみたいし」

神成の言葉に、ミナカタが慌てて口を挟む。

「待て、カミナリ。お前の全力が予想出来ねぇ。ミノタウシには全力だったのか?」

「いや、ウシには…そうだなぁ、四割いかないくらいかなぁ。雷の威力が予想外だったし」

四割、と呟く面々。粉砕したミノタウシを思い出し、神成に驚愕の目を向ける。

「そうか。じゃあ、全力で戦うのはやめておけ。様子を見ながら、加減することだ」

ミナカタに異議を唱える者は、仲間内にはいなかった。


「片腹痛し! 井の中の蛙、田舎者め。俺に手加減すると言いおるか。それに何だ、師匠師匠と、小童が師匠ごっことは不敬なり。あだ名の類でも、軽々しく用いる様な言葉ではないぞ!」

「うん、そうみたいだな。だってよ、タカルハ」

師匠チョーリンの怒りを、タカルハへ受け流す神成。怯えるかと思われたタカルハは、意外にも険しい顔で師匠チョーリンを睨み付けて口を開いた。

「ごっことは、そちらこそ失礼な! 俺の師匠カミナリは、正真正銘の師匠なのだぞ! ステータスの職業欄にも、師匠と書いてあるのだ! 魔法の理にも認められている、最高の師匠なのだ。俺は、誰に恥じることも無い、師匠カミナリの一番弟子のタカルハだ!」

「うん、カッコイイぞ、タカルハ。すごいぞ。すごいけど、どうなんだろう。俺はちょっと師匠という自信は、」

「なんだとっ! 魔法の理に!? そのようなことは信じられん! そもそもタカルハとやらは魔法使いではないか。そっちのカミナリはガントレットをしているようだが、それが師匠とは如何なることか!」

「うん、そう、それな、」

「片腹痛いのはこっちなのだぞっ! 師匠カミナリは、職業の垣根など超えた高次元の師匠なのだ。徒手空拳にこだわった器の小さいチョーリンめ! 弟子の程も知れたもの」

「いや、師匠ってこだわり尽くした感じだと、」

「よくぞ言いおった! それでは、タカルハも俺の弟子と勝負してみろ。他にも勝負を挑む勇気があるやつがいるのなら、弟子も喜んで受けて立つぞ」

「やってやるのだぞ!」

「………」

神成を無視して、師匠チョーリンとタカルハの間で話はついた。


 熱き戦いっぽいものが、今始まる。



********************

「一回戦、タカルハ対ノーリン! 両者、礼」

岩壁に囲まれた広い場所に移動し、なぜかタマコが審判のようになっていた。対戦に心躍るのか、自ら買って出て、目を輝かせている。


 タカルハの対戦相手ノーリンは、上背こそタカルハより低いが、その体についた筋肉は盛り上がり、厚みではずっと勝っていた。

「馬鹿め…魔法使い風情が、素手の俺に勝てるものか」

「口喧嘩をするつもりは無いのだ」

タカルハには珍しく、低い声で言い捨てる。ノーリンを睨み付け、やる気満々といった様子だ。


「始め!」


 合図と共に、軽くステップを踏み始めるノーリン。余裕の表情で、襲い掛かるタイミングを計っている。

「おーみず!」

タカルハの水の刃が、ノーリンに襲い掛かる。

「馬鹿なっ!」

横へ飛び退いてかわすノーリン。回避位置を予想していたタカルハが、間を詰めて杖を振り下ろす。

「なにっ!」

タカルハの杖は、地面に当たり、亀裂を走らせた。すんでの所で、横に転がって逃れたノーリンが、そのまま飛び退いて距離を取った。


「貴様…その魔法は何だ。しかも、杖で殴りかかるとは…魔法使いでは無いのか?」

「口数が多いのだな」

鼻を鳴らしたタカルハに、ノーリンがギッと歯を噛みしめた。


 俊足でタカルハに突進したノーリンは、手前で飛びあがり、一回転してから横蹴りを繰り出す。頭を狙われたタカルハは屈みながら、ノーリンの胴へ杖を突きだした。杖を手で防ぎ、体をねじって蹴りを繰り出すノーリン。今度はしなった足がタカルハの後頭部を狙う。前転で避けたタカルハは、片膝を付いたまま杖を振り上げる。

「おーみず!」

ノーリンを襲う水の刃。


 側転で避けたノーリンの頭から、一筋の血が流れ落ちる。自身の頬を撫で、血の付いた手を見て、刃を避けきれなかったことを知る。身震いしたノーリンは、口を引き結び、眉間に皺を寄せた。


 ノーリンは、地面を蹴ってタカルハの間に入るや否や、連続で蹴りや拳を繰り出した。滅茶苦茶な子供の癇癪のようにも見えたが、一つ一つの攻撃は重い。しかし、決定打が入らない。杖を使って上手くさばくタカルハ。


 拳を打ち込んだノーリンが、タカルハの杖を掴んだ。そこで二人の動きが止まる。

「ふんっ! こう接近していては、魔法は放てまい。これで最後だ!」

首を逸らせるノーリン。頭突きを狙っている。

「馬鹿め」

後ろに反ったノーリンの体へ、タカルハが杖を押し付けて、手を放した。杖を持ったままのノーリンが、地面に仰向けに倒れ込む。その体の上には、クソ重い杖が載っている。


「その杖は、重くて俺にしか持てないのだ。敵の武器を軽々しく持つものではないのだぞ」

杖をどけようともがくノーリンの鳩尾へ、タカルハの拳が叩き込まれる。

「ぐはっ!」

まともに食らって呼吸できないのか、苦悶の表情で手足をバタつかせるが、ノーリンの体に載った杖は動かない。

「おーみず!」

頭上に水の刃を形成したタカルハは、そのままの姿勢で審判のタマコを振り返った。


「それまでっ! 勝者、タカルハ」

タマコの声が響き、神成達が歓声を上げた。


 咳き込みながらもがくノーリンの上から、タカルハが杖を持ちあげた。

「俺の師匠は一流なのだぞ。魔法使い風情だって、一味違うのだ。師匠は、俺の我が侭を押し付けて師匠になってもらったのだ。でも、受け入れてくれて、俺の為に魔法石まで手に入れて来てくれた。ごっこ遊びでは無い、最高の師匠なのだ!」

言い捨てて、ノーリンに背を向けるタカルハ。ふんっと鼻息を漏らし、タカルハコールで拍手する仲間の元へ向かう。


 重しから解放されて立ち上がったノーリンが、走り込んで飛びあがり、タカルハの背中に蹴りを繰り出した……が、その足は神成の胴で止まっていた。

「師匠…」

「うん、如何にもやりそうだったからな」

予想していた神成が、一瞬早くタカルハの背中に到着していたようだ。

「がぁぁぁぁっ」

ノーリンが足を押さえて地面に転がる。神成の重さを知らずに出された蹴りが、自身の体を傷つけたのだろう。

「自業自得だ。勝負が着いた後に、背中から攻撃するなんて。師匠チョーリンは、弟子に卑劣な真似をさせるのか」

神成に睨まれた師匠チョーリンは、険しい顔で溜め息を吐いた。


「うむ…お恥ずかしい限り。弟子の不作法は俺の不徳の致すところだ」

勢いよく頭を下げた師匠チョーリンは、他の弟子に指示して、足を痛めたノーリンを隅に移動させた。

「恐らくノーリンは、骨が折れているのだぞ。俺は回復魔法が使えるのだ。治してやるのだぞ?」

タカルハの言葉に、首を振って見せる師匠チョーリン。

「いいや、ノーリンの自業自得。自力で回復させて、己の未熟を反省させる」

頷くタカルハに、師匠チョーリンは再び深く頭を下げた。

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