都会へ行こう

旅には邪魔が入るもの

第33話 長旅の備え

 ネコマン達は決断した。

「我々は、処刑は行いません。ただ、代表者が死刑の執行を見届けに参ろうかと思います。よろしければ、カミナリ様にも同行して頂きたいのですが」

ネコイチの言葉に、神成がもちろんだと頷いて見せる。

「それでは、自分が責任を持ってご案内します」

一日中、神成の後をくっついて回っているササキが、ネコイチに向かって深々と頭を下げた。


「イシュバラかぁ…ちょっと行くのが怖い気もするな」

「え? あぁ、カミナリ様、処刑が行われるのはイシュバラではありません。臨海都市シーベルです」

何気ない様子で口にしたササキへ、皆の視線が注がれる。

「いや、普通にイシュバラなのかと思ってたぞ、ササキ」

「はっ、申し訳御座いません。お伝えしていなかったようです」

「まぁ、ササキも色々あったからな…」

地面に膝を折ったササキの頭を神成が撫でると、尻尾が箒のように地面を払って土煙をあげた。


「師匠~、ササキに甘いのだ! なぜ撫でるのだ! 俺はまだ、その男を信用してはいないのだぞっ」

吠えるタカルハは、当然のように神成に張り付くササキに苛立ちっぱなしで、もはや「さん」付けすらしなくなっていた。

「甘いわけじゃないけど…ササキは、近所で飼われていた犬に似ているんだ。俺は仲良くしてて、たまに散歩を頼まれたりして。元気かなぁ、五郎号…」

「飼い犬扱いではないか。ササキもそれで良いのか?」

「自分は構いません!」

断言したササキに、タカルハは不味い物でも口にしたような顔をして黙った。


「臨海都市シーベルか。そりゃ、ドラゴンロードに近ぇな。丁度良い、シーベル経由でドラゴンロードに行くか。長らく里にも帰ってねぇし、馬鹿と離婚しなくちゃならねぇしな」

ミナカタの鋭い視線が、神成を貫く。睨まれた本人はそんなことはお構いなしで、ようやく離婚出来るとガッツポーズを決めている。

「はいはーい、俺も行くのだぞ! 冒険の約束なのだ!」

「あたしも行くのです。置いてけぼりは御免なのですよ」

タカルハとマメルカが手を挙げて飛び跳ねる。


 目的はともかく、せめて旅路だけは賑やかで楽しくなりそうだ。


 タカルハと神成は、手分けして食料を魔法のカバンに詰めていた。詰め終わって、なんとなくタカルハの手元を見つめる神成。


 りんご、りんご、野菜、野菜、肉…


 魔法のカバンに入れた物は、腐らない。中では時間が止まっているのか…生ものでもへっちゃらだ。


 レモン、レモン、香辛料、スライム、


 スライムだって入ってしまう。育ったスライムに入り口は狭いが、そこは性質を生かして、にゅーんと伸ばせば楽に入るからへっちゃらだ。


「いや、待て。へっちゃらじゃない。タカルハ、お前今、スライムも入れたよな?」

「入れたのだぞ。今回は長旅になりそうだから、使い慣れた枕も持って行くのだ」

「ま、枕…にしてるんだったな。しかし、中で死なないのか?」

「大丈夫なのだ。検証済みなのだぞ」

魔法のカバンに手を突っ込んで、スライムを引っ張り出すタカルハ。地面に戻された半透明の薄緑のそれは、元気に飛び跳ねている。


「カミナリ、餞別がある」

スライムをグニグニして無事を確認していた神成へ声を掛けて来たのは、リュウマンのヨモツだった。後ろにはピンクのイザナの姿もある。

「餞別?」

「あぁ、これだ」

差し出されたヨモツの手には、灰色の混じった乳白色の魔法石が載っている。タカルハの杖の物よりは大分小さいが、二つあるようだった。

「これ、魔法石だよな。俺に?」

「あぁ、ガントレット用に作っていた。元は、お前達が砂漠の魔物から取って来た結晶石だから、遠慮せずに受け取ってくれ」

「俺も仕上げを手伝った。記憶を戻してここに連れて来てくれた礼だ」

イザナが少々恥ずかしそうに、ペコリと頭を下げる。

「おぉ、二人ともありがとう。早速付けてみるかな!」

わくわくが止まらない神成が、受け取った石をガントレットの窪みにはめ込むと、淡い光を放ち始める。


ポーン

――――――――――――――――――――

カミナリは特別なガントレットを手に入れた!

名前 お人好し守護者のガントレット

   カミナリはお人好しだ

   効果は抜群だ

補足 因みにカミナリの魔法効果がある、カミナリだけに

   硬い石にはヒビも入らない

   思う存分殴れる魔法武器だ

――――――――――――――――――――


「まぁ、もう説明には突っ込まないことにして…カミナリの魔法効果があるってのはすごいな!」

素直に喜びながらも、ネコマンを助けた時の白い落雷が頭をかすめる。やはり自分は、雷に縁があるようだと。



********************

 旅のメンバーは、神成、タカルハ、マメルカ、ミナカタ、ササキ。それに、ネコマンのネコイチとタマコだ。

「カミナリ様は、タマコとは親しくありませんでしたね。タマコは見ての通り、最も強い雌で、ボス候補にも数えられています。回復魔法も使えるので、何かあった時にはお役に立つかと」

「へぇー、確かに強そうだ。よろしく」

「えぇ、よろしくお願いします。魔物退治でもお役に立てますよ」

ミナカタ並みに背の高いタマコは、体も締まった筋肉で覆われている。しかし、ゴツイというより、美しかった。長い髪も、眼つきも、くびれた腰も、女性らしくて色っぽい。スリットの入った短いスカートから覗くスパッツも良い。

 神成のテンション上昇を感じ取ったちっちゃい寸胴マメルカが、小さく一つ舌打ちする。


 旅立ちを森の外れまで見送りに来た面々の中に、神成は久々に目にする友人を見つけた。

「おい、ドラマダじゃないか! しばらく見なかったけど、何してたんだ?」

「ふはははは! 僕は、仲間の所で会議をしてたんだよ。若い苦悩をぶつけながら温泉を作るカミナリ様を見逃してしまって、残念だよ」

「若い苦悩とかじゃねーしっ。相変わらず、直球を精神にぶちこんできやがる…しかし、会議って何だよ」

「うん。ネコマンと人間が物騒なことになったからね、迷いの森に棲む緑マンで色々話し合って、しばらく森を閉じることにしたんだ。カミナリ様も不在だから、しばらく守りを固めてみるよ」

「閉じる? どうやるんだ、それ」

森を出れば解るよ、と言うドラマダに従って、別れを済ませた面々が森から離れて振り返る。


 とたんにザワザワと揺れ始める木々。地中から振動が伝わって来る。揺れが大きくなり、膝を折ってバランスを取り始めた辺りで、木々がしなるような、木の葉が擦り合わさるような音が響いた。かなり大きな音だが、目の前で起きた轟音では無い。森の端から端まで、似たような音が発されていて、一つの大きな響きになっているようだ。


 あっけに取られていた面々の目に、異様な森の姿が映った。正に森が閉じている。木々を伝って、沢山の蔦が絡まり合い、森に分け入る隙が無い程の大きな緑の壁が形成されていた。


「すごいな、緑マン。大袈裟なようだけど、これでネコマンも安心出来るか」

「えぇ。仲間と離れる心配が減りました」

ネコイチと頷き合う神成。緑マンの生態は謎だが、神成にとってもこの処置は有り難かった。迷いの魔法があると言っても、長期間マン達と離れるのは心配だったのだ。


「よし、行くぞ」

ミナカタの言葉に、皆で歩き出す。いざ、臨海都市シーベルへ。そして、ドラゴンロード、離婚の地へ。



********************

 半日程進むと、最初の魔物が現れた。二足歩行のでかい牛のような姿、ミノタウシだ。

「自分が片付けましょう!」

神成の前に出るササキ。

「いや、俺がやるのだぞ!」

ササキの前に出るタカルハ。

「私が魔法を纏った爪の威力をお見せします!」

タカルハの前に出るタマコ。

「ちっ、お色気ネコがぁ」

タマコの前に出るマメルカ。

 四人の押し合いが始まった。


 ギャーギャー騒ぐ四人をよそに、ミノタウシに歩み寄った神成が右拳を叩き込む。

打撃の陥没と共に体に走る雷。ミノタウシは後ろに吹き飛ばされる暇もなく、砕け散った。


 茫然とする四人。

「あ~、師匠~。核まで粉砕してしまったではないか! もったいないのだぞ! いっぱい換金して、シーベルでお魚の御馳走を食べるのだ。宿も立派な所にするのだぞ。水着も買って、海水浴もしたいのだ。だから、核の破壊は絶対禁止なのだ!」

「……うーん、俺が怒られるのかよ。新しいガントレットの威力がエグすぎるだけなのに」

初めての都会にわくわくが止まらないタカルハは、色々と計画しているようだ。


「そもそも、何で核って売れるんだ? 何に使うんだよ。リュウマンは食ったりするみたいだけど」

「今更なのだな…核を使えば、魔法が使えない者でもその恩恵を受けることが出来るのだ。核を介して、火や風、光を起こしたり。何度か使うと壊れてしまうから、需要があるのだ。生活必需品なのだぞ。俺だって、火をおこすのに使ったりしているのだ」

生活必需品の割に、神成には初耳だった。それもそのはずで、ご飯やら風呂やら生活のお世話は、全てタカルハ任せだったのだから。

「タカルハがいるから、俺には核は必要ないな」

「そ、そうか、ふふふ」

照れるタカルハの横から、ミナカタの拳骨が神成に振り下ろされる。

「お前、タカルハがいなくなったら死ぬぞ。ちっとは生活能力を身に付けろ。ガサツ馬鹿」

「鬼嫁め…」

舌打ちする神成。


 生活能力の無さは自覚している。ふと頭に浮かぶのは、『潔癖の白バラ隊』のことだ。魔法の恩恵が受けられなくなった隊員たちは、生活必需品すら使えなくなったということなのだろう。

 神成の感覚からすると、コンロやら電化製品が使えなくなるということだろうか。そうだとすれば、生活はかなり困難だ。もう処刑が決まっているらしいから、考えるだけ無駄なのかもしれないが…。


 それから、登場する魔物は神成以外が競うように狩って行った。豪華な食事や宿屋の誘惑は、愚かに競い合う四人にも有効だったようで、神成に核を破壊されるよりはと譲り合いを身に着けたようだった。


 更に強大な力を手に入れた神成は、以前にも増して、結果的にただの役立たず感をかみしめることになった。

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