第31話 賢者が明かす真実
盆地へ戻ると、ネコイチはネコマン全員と集会を開くと言って広場へ向かった。ササキとのやり取りを話して、女王陛下の申し入れを検討するのだろう。神成はどういうことになるのか不安だったが、これ以上口出しするべきでは無いことも心得ていた。
神成とタカルハ、マメルカは、ミナカタに連れられてリュウマンの二人の元に向かう。「聞きてぇことがある」と言われたササキは、ミナカタにガッチリと肩を組まれて一緒に連行されている。
「なぁ、ササキ…お前の亡くなった友人ってネコマンなのか?」
神成の疑問に、ササキが首を振る。
「いえ、イヌマンです。ネコマンに交じって暮らしていたのでしょう。タキトとノモトの他にもいるのかもしれませんね」
「ほう…犬耳もいたわけか」
「師匠、区別がつかないのだぞ。ササキさんもネコマンさんに見えるのだ」
「だな。強いて言えば、イヌマンはちょっと背筋が伸びている感じがする…」
「あたしはちょっと解ったのですよ。ネコマンは軟弱で媚びている感じがするのです」
マメルカは、ネコマン女子への偏見に満ちていた。
「マメ子は、師匠がネコマンさんを好いているから焼きもちを焼いているだけではないか。そういう所だぞ、師匠に好かれないのは。後、師匠の着替えを覗いたり、脱いだ下着を盗もうとしたり、隙あらば触ろうとしたりするから嫌がられるのだ」
「……ちっちゃい野獣、そんなことしてたのかよ」
狙われていた神成は、感知していなかったようだ。
ヨモツとイザナのリュウマンコンビは、打ち解けたように並んで座っていた。ピンク頭と青頭が並んだ様は、ペアのキャラクターのようだ。
「リュウマン、ですか?」
二人を見たササキが、目を見開いている。やはりリュウマンはレアキャラのようだ。
「おー、お前が記憶を無くしてた間抜けなリュウマンか」
ミナカタの物言いに、イザナが眉間に皺を寄せる。ミナカタへの暴言が飛び出す前に、ヨモツが呆れ顔で仲裁に入る。
「イザナ…腹が立つだろうが、この人は渡りの賢者のミナカタ様だ。暴言は聞き流して、相手をしたほうがいい」
「あぁ、本当だ、坊主頭だ。渡りの賢者様か…」
「え? 渡りの賢者様、ですか?」
納得したイザナと違って、再び驚いた声を上げたのはササキだった。渡りの賢者もリュウマン同様、レアキャラのようだ。
「うーん、あれだな…この盆地は、いつの間にかレアキャラの宝庫になってしまったようだ」
神成の言葉に、タカルハがわざとらしい溜め息を吐いて見せる。
「師匠~、リュウマンさんも賢者様も、師匠が集めて来たのだぞ」
返す言葉が無い神成。
「カミナリが一番レアだろうが。タカルハも中々にレアだ」
ミナカタに言われて、二人は顔を見合わせた。
「兎に角、魔法都市イシュバラについて、ササキに詳しく聞きてぇ。黒バラ隊の隊員のお前は、イシュバラの悪口を言うのは気が引けるだろうから、事実だけ教えてくれればいい」
半ば強引にササキを地面に座らせたミナカタが、自身も隣に腰掛けてから凄むようにササキに話し掛けた。
神成、タカルハ、マメルカは、三人で並んで座り込んだ。会話に混ざると言うより、最近物騒な件で耳にするイシュバラについて、自分達も聞き耳を立てて情報を集めてやろうという態だ。
「黒バラ隊と言っても……実は、首になったのです。使者になって、処刑を執行するネコマンを連れて行くのが最後の任務です」
無職確定のササキの言葉に、憐みの視線が集中する中、ミナカタの乾いた笑いが響く。
「ハハハッ、それは好都合だ。洗いざらいぶちまけろよ。で、何で首になったんだ? イヌマンだからか?」
「えぇ、そうです。元々、出世など出来るはずもありませんでしたが。最近は特に、マンへの風当たりが強くなったというか。白バラ隊とネコマンとの一件で、マンと人間の確執があるから、自分のことも信用出来ないとか何とか」
「ハハッ! ネコマンの味方をしそうなお前は、隊には置いておけないってんで追っ払われたのか」
「……おっしゃる通りです」
「それで、馬鹿正直にネコマンに女王陛下の温情を伝えたわけか。真面目と言うか、とんだ間抜け野郎だな、っあだだだだだ」
当然のように罵倒するミナカタの耳を、神成が引っ張った。
「賢者ミナカタよ、無職ササキの心をエグり過ぎだ。もうちょっと優しくしろ」
舌打ちして耳を押さえたミナカタが、多少穏やかな口調で口を開いた。
「で、その女王陛下だが…ただの馬鹿か、悪知恵の働くクソ女か、どっちなんだ?」
「クソ女…と言われましても。自分は遠くから姿を拝見したことしかないので。しかし、女王陛下はまだ十四歳ですから、知恵は側近から授けられているのだと…。なぜ、馬鹿やらクソ女やらと罵倒なさるのです?」
ササキの険しい顔も当然だろう。首は確定していても、女王直属部隊黒バラ隊の隊員として仕えていたのだ。主人への暴言は気分の良いものでは無い。
「解んねぇのか? だからお前も馬鹿なんだよ。石打の刑について、カミナリが言ったことを忘れたのか? ネコマンに白バラ隊を嬲り殺させようとするなんざ、それがどんなことを招くか考えられない馬鹿か、それともそういうことをさせて、わざとネコマンの印象を悪くしてぇっていう悪知恵だろうって言ってるんだよ」
ハッとしてから項垂れるササキ。
「女王陛下は、まだ幼くて純粋でいらっしゃるので。ネコマンに恨みを晴らさせてやろうという優しさかと…」
消え入りそうな声を聞いて、ミナカタがわざとらしい溜め息を吐く。
「どうだかな。女王陛下ともあろう者が、幼い、純粋で済まされるかよ。ネコマン殺しだって、白バラ隊の暴走だとは信じ難いな」
「それは…女王陛下は今、大陸の全ての都市や街とイシュバラの友好関係を構築しようとしていらっしゃるのです。都市の最新の魔法技術など、多くの人々と分かち合おうと…その一環でネコマンの土地にも白バラ隊を派遣したのですが、大義を履き違えた者達の暴走で…」
ササキの言葉を遮る様に、神成が口を挟む。
「いやいや、友好関係を築くなら、ボスを倒して土地を手に入れる必要は無いだろ。ゴリラマン盆地に来た赤バラ隊だって、仲良くしたいなんて一言も言ってなかったぞ。いきなりボスに宣戦布告したんだ。女王陛下の真意なんて、誰にも伝わってないじゃないか」
神成に情けない目を向けたササキは、返答しようと口を開いてみるものの、言葉が発されることは無かった。
「隊長たちは、女王陛下にどんな命令を受けていたのかが問題だな。ただの隊員のササキには、表向きの大義とやらしか伝えられていねぇのか…いや、イヌマンのお前には、余計に都合の悪いことは言わねぇだろう」
ミナカタの言葉に、すっかり肩を落としてしまったササキは、しばらく口を開きそうになかった。
気を利かせたタカルハが、全員にお茶を入れて配って回る。お茶を啜ってほっと一息吐く面々に、タカルハがおずおずと口を開いた。
「それで結局、どういうことなのだ? 魔法都市イシュバラの女王が、表では良い人ぶりながら、マンの土地を奪って殺せという命令を出しているということか?」
直球の疑問に、ミナカタが頷いて見せる。
「その可能性が高ぇだろうな。まぁ、側近とやらに操られてるただの馬鹿という可能性もあるが」
「そもそも、その幼い女王ってどんな子なんだよ」
神成が首を傾げると、それに応えたのはマメルカだった。
「あたし、聞いたことがあるのですよ。イシュバラの女王は、サクヤ様という優し気で美しい少女だと…」
「何!? サクヤだと? サクヤが生きて……いや、少女じゃねぇな。ササキ、そのサクヤって女王陛下は何者だ? 親は誰だ?」
突然取り乱したミナカタの様子に、面食らう面々。意気消沈していたササキも、気迫に押されて口を開いた。
「サクヤ様は、前女王陛下であるナガヒ様のお子です。賢者様は、ナガヒ様の妹のサクヤ様と勘違いしているのではないですか? ナガヒ様は、不慮の事故で亡くなった妹姫様を忍んで、生まれた子供に同じ名前を付けたのです。そのナガヒ様も、四年前にお亡くなりになりましたが」
「何? ナガヒが、死んだ? サクヤを忍んで…? クソッ!」
地面に手を打ち付けるミナカタ。その手がギュッと握り込まれると、地面には指で抉られた跡が付いた。決して柔らかい地面では無い。
全員が、ミナカタの怒りを感じていた。眉間に皺を寄せて、歪んだ口元に噛みしめられた歯。坊主頭に浮く青筋。しょっちゅう怒鳴って拳骨を降らせるミナカタだったが、これ程怒りを露わにしたことなど無かった。口は悪くても、いつも一歩引いている様な冷静さがあったのだが。
ミナカタの怒りも恐れずに、神成が口を開いた。
「お前、イシュバラの女王陛下とやらと何か関係があったのか? サクヤだナガヒだと、知り合いみたいに呼んでるようだけど」
鬼のような形相を上げるミナカタ。血走った目に神成の顔が映ると、頬が少し痙攣して、やがて弛緩して悲し気な表情になった。
「知り合いだった。女王のナガヒと、妹のサクヤ。サクヤの旦那のユエナ…。カミナリ、お前十八歳だったよな?」
突然の質問に頷いた神成を認めると、ミナカタが話を続ける。
「じゃあ十八年前だ。ナガヒ女王は、乱心して妹のサクヤを殺した。サクヤは、ユエナという男と結婚して、子供が生まれたばかりだった。サクヤを殺され、子供の命も狙われた旦那のユエナは、赤ん坊を抱えて逃げた」
口を開こうとするササキを、ミナカタが首を振って手で制する。ササキとしては、先程、妹のサクヤは不慮の事故で亡くなったと言ったばかりなのだ。ミナカタの話は信じがたいのだろう。
続けるミナカタ。
「旦那のユエナは、しばらく一緒に旅をした俺の友人だ。ナガヒ女王に襲われた時にも、丁度俺が尋ねていて…しかし、化け物じみたナガヒ女王に、対抗できなかった。何とか、赤ん坊を抱いたユエナと空に逃れたが、ナガヒはどこまでも追って来た。迷いの森でユエナをこっそり降ろして、俺はナガヒの足止めを試みたが、すぐに魔法でウサに変えられてしまい、ダンジョンに逃げ込んだ。それ以来、カミナリ達に助けられるまでダンジョンで逃げ回っていた」
「そんな話、聞いたことがありません! ナガヒ様が乱心したなんて…現に、四年前までは普通に女王陛下としてイシュバラで執政しておられましたよ」
まくし立てたササキも、先程のミナカタのように取り乱している。
ミナカタの表情が険しくなった。
「だから異常なんだよ! 俺が実際に体験した事実だから、ナガヒが妹のサクヤを殺したのは間違いねぇ。そのナガヒが、妹の死を忍んで娘に妹の名前を付けるか? 乱心する前は、誠実で穏やかな、平等な女王だったが…乱心したアイツは、化け物のようだった。その化け物が、妹を殺してすっきりしたからと、のうのうと再び女王陛下をやっていたとはな!」
再び、ミナカタの目に怒りが宿るのを見て、神成が震える肩に手を置いた。言い争いが激化すると、ササキに暴力を振るいかねない。拳骨マシンの抑制は、専ら神成の仕事になっている。
ミナカタが神成に目を向ける。目が合うと、怒れるミナカタの表情が悲し気に揺れる。先程からそうだ。神成は、ミナカタの態度に違和感を覚えていた。
「なぁ、ミナカタ…お前、変だぞ。何で俺を見ると悲しそうな顔をするんだよ」
ミナカタの口が、開いては閉じる。悲痛な表情から、言い淀んでいるのが伝わって来る。
やがて観念したように力を抜いたミナカタは、真っ直ぐに神成を見つめた。
「カミナリ…それは…、ユエナが逃がした赤ん坊が、お前だからだ。ユエナとサクヤが、お前の両親だ」
神成が首を傾げる。何を言われたのか解らない。両親…って何だっけ? 親だ。赤ん坊が俺? って……
「はぁぁぁぁぁ!?」
場にそぐわない声を上げた神成。タカルハとマメルカも、おかしな声を上げている。
「し、師匠は、異世界から来たのだぞ? なぜこの世界に両親がおるのだ?」
神成の疑問を、タカルハが代弁する。
「ユエナは赤ん坊のカミナリを、異世界に逃がしたんだよ。それで、異世界で育ったカミナリが、ゴリラマンの魔法に反応してこっちに戻って来たんだろう」
「いやいや、赤ん坊が異世界に逃がされたとしても、それが俺だとは解らないだろうが」
「いや、お前だよ、カミナリ。その白い頭が何よりの証拠だ。父親のユエナは、白マンだからな」
「いやいや、俺の頭はもともと茶色だったんだ。こっちに来るときの激痛で、白くなったんだよ」
「いや、それはユエナが異世界に赤ん坊が適応できるような魔法を掛けたんだろう。ゴリラマンが開いた異世界への道を無理矢理通す為にも、何らかの魔法を使ったはずだ。こっちに戻って、その魔法が解けたんだ。白マンは元々強いが、あっちの世界にも体が適応したお前は、こっちに戻って飛びぬけた身体能力を発揮したわけだ」
「いやいや……って……えぇ~~~……」
言葉を失う神成。白マンとは…神成の父親だったようだ。
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