イシュバラと驚愕の真実
第29話 またイシュバラか
カミナリ盆地へ戻った三人は、真っ先にリュウマンのヨモツの元へ向かった。
地面に気絶しているらしきピンクリュウマンを横たえて、ヨモツへ事の詳細を説明する神成。タカルハとマメルカは微妙に距離を置いて、顔を伏せている。
「で、俺が小さな黄色い玉を壊してしまったら、ピンクリュウマンが気絶したんだ。わざとじゃないぞ。だけど…俺は何かやらかしたのか? 玉はリュウマンの弱点とかだったのか?」
「いや、我はそんな玉は知らんな。リュウマンに関係した物だとは思えない。この者も、体に異常はなさそうだ……同族に会うのは何年ぶりか…」
しゃがみ込んだヨモツが、ピンクリュウマンの頬を優しく撫でる。同族に会えたのが嬉しいのか、口には出さないが、ヨモツの尻尾が左右にゆらゆら揺れていた。
「おい、起きろ」
ヨモツがピンクリュウマンの体を揺すると、微かに呻き声が漏れだし、やがてゆっくりと目を開いた。
「あっ、生きていたのですよ!」
「無事であったか! 良かったのだぞ!」
ヨモツの怒りを恐れて距離を取っていたマメルカとタカルハが、安心したように駆け寄って来たが、神成が呆れ顔を向けると、さっと顔を逸らせた。
「何だ…何が…。ん? お仲間か? 珍しいな…」
体を起こしたピンクリュウマンが、呟きながらヨモツと見つめ合って首を傾げる。神成はそれを聞き逃さなかった。
「おい、ピンクの! お前今、ヨモツを見て仲間って言ったよな。リュウマンが解るのか? 記憶が戻ったってことか?」
詰め寄った神成を見て、ピンクリュウマンの表情が強張った。
「うわぁ、お前、重い化け物!」
「いや、それはもういいから…お前が気を失ったから、カミナリ盆地に運ばせてもらった。お前の隣にいるのはヨモツだ。同じリュウマンだから、お前の事が解るかと思って勝手に連れて来たんだ。危害は加えないから、落ち着いてくれ」
それから、水やら食べ物やら、散々介抱した面々に、怯えて黙り込んでしまったピンクリュウマンの警戒がようやく解けたようで、おずおずといった様子で口を開いた。
「俺は、リュウマンのイザナと言う。魔法都市イシュバラで捕まって、記憶を奪われていたんだ。でも、全部思い出した」
「何? またイシュバラか…ろくなことしない都だな」
舌打ちする神成に、ヨモツが首を傾げた。
「イザナよ、イシュバラで捕まったと言ったようだが、なぜ都になど行ったのだ。魔法石を狙う人間に捕まって当然だろうに」
「俺は変身魔法が使えるから、人間に化けて都で遊んだりしていたんだ。でも、化けた人間が死人だったらしくて、バレて城に連れて行かれてしまった」
「それは、間抜けだな」
ヨモツの言葉に、しみじみと頷いて見せる面々。
「そうだよ、間抜けだったよ。城で魔法石を奪われた挙句、実験に丁度良いとか何とか言われて、記憶まで奪われたんだ。小さな玉に記憶を封じ込めると言われて…玉を額に当てられた途端にクラクラしてきたから、俺は焦って大暴れして玉を奪って逃げたんだが、間に合わなかったようだ。記憶を無くして、迷いの森に逃げ込んで…ずっと怯えながら変身を繰り返して暴れていた」
険しい顔で俯いたイザナの肩を、ヨモツが優しく叩いた。
「それは災難だったな。この盆地は安全だ。我と共にここでゆっくりすると良い」
「そうだな。仲間のヨモツもいるし、取りあえずくつろいでくれ。俺達は向こうに報告に行くから、イザナのことはヨモツに任せる」
ヨモツが頷いたのを確認してから、神成はタカルハとマメルカを連れて盆地の広場へと足を進めた。
「師匠がイザナさんの玉を壊したお陰で、記憶が戻ったのであろうか。流石は師匠なのだ」
「イザナさんの話からすると、きっとそうなのですよ。あたしはてっきりカミナリさんがやらかしたと思っていたのですが。アクシデントすら、カミナリさんの味方なのですね」
神妙に頷き合うタカルハとマメルカの前方で、カミナリが無表情で振り向いた。
「お前ら、見え透いたヨイショは止めろ。やらかした俺から、早々に距離を取りやがったくせに。喧嘩ばっかりしてるくせに、そういうとこは仲良しな」
仲良しという言葉を聞いて、タカルハとマメルカは嫌そうに体を離した。
「そこらへんは、ごめんなのだぞ。悪ふざけしただけなのだ。俺は、師匠と一緒にヨモツさんに殺される覚悟であったのだぞ」
「あたしだって、一緒に土下座する覚悟でした」
「うん、もうどうでもいいや。それより、魔法都市イシュバラってのは、最低だな。何もしていないネコマンを簡単に殺したり、害のないリュウマンの記憶を奪ったり…やりたい放題じゃないか。お前達は、イシュバラに行ったことはあるのか?」
「俺は無いのだぞ。イシュバラは遠いし、俺のような醜い男は、中に入れてもらえんかもしれんぞ。最近、大陸最大の都市として、方々に勢力を伸ばしていると言う噂を聞いたことがあるくらいなのだ」
「あたしも行ったことはありませんよ。あたしもちょっとだけ背が低かったりするので、都会に行ったら笑われて入れてもらえないかもしれないのです」
見た目にコンプレックスを抱えた者には、都会は敷居が高いようだ。何にせよ、神成の認識としては、イシュバラは悪の巣窟だ。ラスボスがいるのだとしたら、イシュバラなのではないだろうかとさえ思えて来る。
ゴリイチとネコイチの姿を見つけて手を挙げると、二人は待ってましたとばかりに駆け寄って来た。
「カミナリ様、どうなりました? 平原の魔物は?」
詰め寄るゴリイチの横で、ネコイチも緊張した面持ちだ。
「うん、詳しい話は後にするけど、魔物は何とかなった。それで、地図を見てもらえば解ると思うんだけど…どうやら俺が平原の所有者になってしまったらしくて」
「え? ネコマンのものにはならないのですか?」
驚くネコイチに、申し訳なさそうな顔を向ける神成。
「いや、俺がネコマンに譲るって言ったら、ネコマンのものになるのかもしれない。勿論、俺は喜んで譲るつもりだ」
神成の言葉を聞いて、ネコイチがほっとしたように肩を落とした。
「待て、ネコイチ。我々ゴリラマンのように、ネコマンもカミナリ様に力を借りたらどうだ? 新しいボスを立てても、また人間が土地を奪いに襲って来るかもしれないぞ。それならいっそ、カミナリ様に所有してもらったほうが安全だ。守ってもらえるし」
ゴリイチに言われて、思案気に目を閉じるネコイチ。簡単な選択では無い。
「一考の余地はありますね。皆に相談してみます」
「うん、俺はどっちでも構わない。どちらにせよ、これからもネコマンの力にはならせて欲しい。助けが入る時には、遠慮せず声を掛けてくれ」
「それは…有り難いことです。よろしくお願いします」
頭を下げるネコイチに、神成が力強く頷いて見せる。
「ネコイチさん、ちょっと見て欲しいのだぞ」
いつの間にか、タカルハが魔法の地図を広げて手招きしている。ツンツンと指差しているのは、所有したばかりのカミナリ平原の場所である。現れる説明文に、全員が頭を寄せた。
――――――――――――――――――――
『カミナリ平原』
旧迷いの森南平原は、カミナリタカヒトの所有になり、カミナリ平原となった。
※補足 カミナリタカヒトは、ネコマンの保護者になった。ネコマン救済の為に平原を所有し、ネコマンの居住地とする。
―――――――――――――――――――――
「師匠はもう、ネコマンさんの保護者になっているのだぞ。平原もネコマンさんの居住地だと書いてある。だから、師匠がネコマンさんに悪さをするようなことは無いから安心して欲しいのだ。口が悪くて適当に見えるが、優しくて頼りになる師匠なのだぞ」
タカルハの言葉に、神成は頭を掻いて顔を赤らめ、ネコイチはそんな神成を黙って見つめた。
「どうするかは、移住してからでも決められるのではないですか? 取りあえず、少しずつ住み家やらを作りながら、皆さんで相談したらどうでしょう。カミナリさんはいくらでも待ってくれると思うのです」
マメルカが神成に同意を求めると、神成はもちろんだ、と頷いて見せる。
「おい、お人好し、戻って来てたのか。ちゃんと魔物は退治したんだろうな」
頭を光らせたミナカタがやって来る。能天気さに腹は立ったが、知識の面で一番頼りになりそうなのはこの男だ。
神成がイザナのことを詳しく説明して聞かせると、ミナカタは顎に手をやって険しい表情を見せた。
「物騒な話だな。イシュバラは、かなり昔とは違うようだが。それもそうか…。イザナにはもっと詳しく話を聞いた方が良さそうだな」
誰に言うでもなく、独り言を呟くミナカタ。ウサにされる前のイシュバラを知っているようだが、神妙な様子に声を掛けずらい。
「カミナリ様ー! ネコイチ! 森の外に客が来ていますぞー!」
地響きと怒鳴り声。申し分ない、ボスゴリラマンの登場だ。呼ばれた二人は、客の心当たりが無いようで、顔を見合わせて首を傾げる。
「客? 私にですか?」
「そうだ。ネコイチというより、ネコマンの代表者に面会したいと、イシュバラの使者が来ているようだ」
「えっ……」
ネコイチの目が見開かれる。
「噂のイシュバラか…俺の客ではないみたいだな」
「阿呆、カミナリの客だろうが。流され保護者も同席しろ。いい機会だ、お前の事がどこまでバレてるのかも探れるかもしれん。俺も陰から伺っとくから」
「何だよ…陰にいないで茶でも出せよ、嫁」
拳骨が降るのが解っていても、神成の軽口は治らない。しかも、拳骨を避けて鼻で笑ったものだから、頭に青筋を立てたミナカタが凶悪なメンチを切っている。
「二人とも、馬鹿をやっている場合ではないのだぞ。イシュバラの使者など、危険で怪しいのだ。師匠、ネコマンさんを守るのだぞ。俺も陰から見守るのだ」
「お前も陰かよ!」
仲裁に入ったタカルハは、それとなく陰を希望した。
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